「トオル、しっかり狙うのよ。絶対、絶対逃したらダメよ」
「狼は狩猟が得意なはずなんだ。思い出せ、狩りの本能を。……よし、今夜は豪勢に行こう」
自分の鼻をひと舐めして、風にかざす。東から抜ける風。私が今いる方が風下だな。こいつは上出来だ。
草むらに潜み、目標へゆっくりと近づく。おお、見えてきた見えてきた。草むらから黄ばんだ茶色の耳がピョコピョコ覗く。野うさぎだ。
久しぶりの肉、貴重なタンパク源である。フランス料理は16世紀イタリアからもたらされたものらしいが、中でもうさぎ料理は有名だ。食用にうさぎを飼育する程フランスでは身近な食材だとか。これは期待が高まる。
人間も人狼も、雑草ばかり食べてるわけにはいかない。特に私は人狼形態だとすこぶる燃費が悪い。故にこうして小型犬に『変化』して燃費を少しでも抑えようと、涙ぐましい努力をしている訳だが。それにも限界というものがある。囁くのよ、「お腹減りたまえ……!」とスーパー天草くんが。
ちなみにこのネロ祭り高難度での天草のスキル、元ネタは島原の乱で天草が兵糧攻めにあったところから来ているのだと聞いた。このスキル、とても強力な効果を持っていて、スーパー天草くんにお腹減りたまえされた我々マスターは阿鼻叫喚。大炎熱地獄──『イモータル・カオス・ブリゲイド』。腹が減っては戦はできぬ、とはよく言ったもので。
閑話休題。
さぁ息を規則正しく、小さく静かに、吸って、吐いて、吸って。
うさぎが何かに勘付いたように、耳を震わせた。慌てて近くの小さな丘に登って逃げようとする。
だが遅い!この距離なら逃がさない。私の小さな後脚が力強く地面を蹴った。たったひと蹴りで彼我の距離はゼロになった。背中を見せて逃げるうさぎを押し倒す。頭をガブッとひと噛み。南無三!
うさぎはビクビクと痙攣して、しばらくしてからグッタリと動かなくなった。
「とったどーーー!!」
「よくやったわねトオル!今夜はご馳走よ!」
駆け寄ってきたオルガマリーが私の頭をわしゃわしゃした。グリングリン撫でられる。私もなんだか嬉しくなって尻尾をブォンブォン振った。体育館に置いてある大型扇風機並の回転速度だ。私に触れると火傷するぜ……摩擦で。
二人とも空腹でテンションがおかしくなっていた。
「ハハハもっと撫でたまえ撫でたまえ!」
唐突に、オルガマリーが私の頭からパッと手を離し、フッとため息をついて私を見下ろした。
「冷静に考えたら喋る犬って気持ち悪いわね」
「急に冷静になるのやめてくれません?」
さあ、うさぎを捌こう。
腹を裂いて、血を抜いて、内臓を取り出して、皮を剥いで……。
私は知識でしか知らないから、実際やるとなるとすごく時間がかかりそう。血抜きは早くしないと肉が傷むらしいから、手早くすませたいけど……。
「それは私がやるから、アンタはそこに座ってなさい。狩るのと捌くの、役割分担よ」
そう言ってオルガマリーは腰に下げた小さなナイフを取り出して、手早くうさぎを解体し始めた。
「おお、所長の意外な一面……」
「魔術師だもの。慣れてるのよ、こういうの」
オルガマリーが手を止めずに返答した。
ああ、なるほどね。そういう用途でかー。なんか想像できるわー。魔術の勉強でうさぎ解体とかやってそうだわー。
それからしばらくして、うさぎの解体が終わった。
返り血にそまった所長と、食べられる部位がほとんど削ぎ落とされてしまった無残な肉の塊がその手にぶら下がっているのが印象的だった。
「…………考えてみたら、食べるために解体なんてした事無かったのよね」
「そういう時もある」
満点の星空の下、焚き火を囲んで、肉を焼く。
焼いただけのうさぎ肉は、ほとんど味がしなかった。塩とかないしね。うん、そういう時もある。
これは小さな一歩だが、私達はこうして少しずつ成長していくのだ……。
あ、流れ星……!ステーキ食べたいステーキ食べたいステー……あぁ。
※
夢を見ていた。
レフの触手が眼前に迫る。しかしそれらは流星によって弾け、目の前の道が拓けた。オルガマリーと抱き合う。
「信じてるから」
私は頷いて、二人でカルデアスに飛び込んだ。
そこで目が覚めた。
私はコロリンと寝返りをうった。消えた焚き火の向こう側で、鎧と鎖帷子を枕元に置いて、焼け落ちた村から拝借したボロ布を毛布がわりに、オルガマリーが穏やかに寝息を立てている。
「もう一週間も前のことか」
冬木の大空洞に突入する前、Dr.ロマンにカルデアスの座標を変えてもらうよう頼んだ。
指定したのは1431年、フランス。FGO第一特異点、邪竜百年戦争オルレアンの舞台だ。
オルガマリーは、肉体を失う事でレイシフト適性を手に入れた。しかし、レイシフトからカルデアに帰還してしまうと、肉体を失ってしまった彼女の魂は、帰る場所を見つけられずにこの世界から消滅してしまう。
正確には星幽界という界位に存在する魂は、肉体なしには物質界には留まれない、とかいう理屈があるらしいのだが、私も詳しくはわからない。後でダ・ウィンチちゃんなりに聞いてみるつもりだ。オルガマリー本人の前では話しづらいから、タイミングを伺う必要があるが。今はあまり、彼女を不安にさせたくないから。
そうして私は、冬木に満ちていた神代並の魔力を『魔力逆流』で吸い上げて『其は有限なる小奇跡』を発動させた。
私達二人の魂を、カルデアスに刻み込んだのだ。
魂とは、物質の記録だ。肉体に依存しない存在証明。
そしてカルデアスは、地球の魂をコピーした疑似天体。つまり地球の記録な訳だ。
その記録の中に私達の記録を上書きした。
1431年のフランスに本来存在しないはずの私達は、こうして疑似レイシフトととも呼べる強引な技を使って冬木から脱出したのだった。
目覚めた時、私達は焼け落ちた村の広場に横たわっていた。
それからここまで一週間。街を探してずっと歩き続けている。目的は藤丸くんとマシュちゃんの捜索。カルデアとの通信をしようにも、私達は自分たちの居場所を示すものを持っていない。あいにくドリンチちゃんにはそういう機能はなかったようだ。
《ウーン、オ役ニ立テナクテゴメンヨ》
と謝られてしまった。つくづく高性能なAIである。まるでもう一人のダ・ウィンチちゃんと喋っているみたいで、なんだか面白い。おかげで気が紛れるから、この過酷なふたり旅もなんとかここまで乗り切ることができた。
そのドリンチちゃんも、2日前に内蔵バッテリーが切れて、今は沈黙している。魔力貯蔵タンクとはまた別に、電気駆動する部品もあったらしい。ダ・ウィンチちゃんの多才さには驚かされるばかりである。
とにかくそういうわけだから、今はひたすら街を探して歩き続けるしかない。
藤丸くん達の手がかりを探るためにも、食料のためにも。
「……さて、もう一眠りするか」
朝になったらオルガマリーを起こして、朝食に雑草を食べて、それから。
また、歩きださねば。
こんな時にゴルドルフ新所長が居てくれれば……