第1節 矮小なる銀狼
コンクリートの大地を駆け、倒壊したビルの壁を蹴り、白銀の体毛を靡かせて私は跳んだ。
ここは炎上汚染都市冬木。
紅蓮の業火に巻かれた、灼熱の地獄。
今生初めて見る世界は、一面が赤に塗りつぶされていた。
「オオオオオッ!」
私は両腕をがむしゃらに振り回しながら吠えた。迫り来るスケルトンを徒手空拳で蹴散らしながら、ひたすらに走り続けてもうどれほどだろうか。
「後から後から湧いて出てくるな!」
FGOの馴染み深いエネミー、スケルトン。
その名の通り骸骨だ。錆びた剣や朽ちかけた弓を手に、ボロ布のような衣服の残骸を身に纏い生者を襲う。
どうでもいいが、この骨の由来はなんなんだ?こいつら、何処から来て何故人を襲う?
あるいは理由などないのかもしれない。
ゲームを作るにあたって製作側に都合よく用意された敵キャラクター。
三次元世界の人間が、このFGOという世界を創造するにあたって作り出したトに仇すモノ。
「鬱陶しいんだよ!」
だったらちゃんとヒトを襲いなさいよ!
私はウェアウルフだから、メタ的に考えたら味方でしょうが!!
──あ、申し遅れましたが私、ウェアウルフに転生しました。
その体躯はデカく、雄々しく、それでいてアスリートのように無駄がなく洗練されていた。まさに野生の獣。全身は白銀の体毛に覆われていて、幻想的な雰囲気を漂わせている。
顔は狼、身体は人間。手足の指はちゃんと5本ある。青い瞳に鋭く伸びる犬歯。ピンと立った耳がチャームポイントかな。
あとちゃんと言葉を喋れる。声帯どうなってんだ。これも転生特典なんですか?
そう、転生特典ね。
この世界で目覚めてすぐに確認したんだが、どうやら「微小の奇跡を発動できる肉体」が私に付与された特典らしい。
体内に溜め込んだ魔力を奇跡としてこの世界に具現化する。要するに小規模ながら聖杯の真似事ができるってことでいいのかな。素晴らしいとは思わんかね!こんな破格、ともすれば世界観の崩壊に繋がりかねない能力が与えられるなんて、魂の存在界位の剥奪という代償は、だいぶデカかったみたいだな。今更ながら、ちょっと怖くなってきたケド……。
過ぎたるは猶及ばざるが如しにならないことを祈るばかりだ。過ぎたる力は自分を滅ぼしかねない。元はただの一般人だしな。まあそれはそれとして今生を楽しく生きるために力はバンバン使いまくるけどネ!要は心構えの問題よ。
ちなみに、今の内包魔力はMAXだ。
今なら「皇帝特権」よろしく自分に任意のスキルを付けたりなんかは朝飯前だ。
うわぁワクワクするなぁ!寝る前に自分がサーヴァントのスキル持ってるとしたらどれがいいかな〜って考えてたのが実現するんですよ?これで興奮しないわけがない!
色々妄想してたけど、やっぱりまずはコレですよね!スケルトンに囲まれているし丁度いい!スキル付与──『無窮の武練』!!
力任せの雑なアクションなんざ二流。この洗練された技術を見よ!これが玄人じゃあ〜!!
「うおおおお!」
しかし、特に何も起こらなかった。
「ほげぇぇぇぇぇぇ!!!」
スケルトンの波に喜び勇んで飛び込んだ私は見事に数の暴力に押され弾き飛ばされた。
なんでや!なんで発動しないの無窮の武練君!一つの時代のトップクラスの武技をどんな状況でも十全に発揮できる(意訳)んとちゃうんか!!
いやまさか……。そもそも前提が?
この身で一度、その武技を持って一つの時代に君臨しないとダメなのか……?私にはその経験がない。というか武術武芸の経験すらない。
つまり、この「微小の奇跡を発動できる能力」は、なんでもできる能力じゃない。無いところからは引っ張れないんだ。ゲェーー!
スケルトンの群れが私を圧殺しようと間近に迫る。さっきから余裕ぶっこいてたけどこれは本格的に死ぬ。やばい。
私は本能的に一つのスキルを自らに付与した。
『魔力放出』!!!
「アオオオオオォッン!!」
ドパァンッ!という炸裂音とともに、私の雄叫びに乗ってこの身に宿る魔力が周囲の空間に文字通り放出された。魔力が暴力的な音の圧力となって無差別に空間を揺さぶり、スケルトン達を木っ端微塵に粉砕する。なんたる音響兵器。
私はなおも追いすがる残りのスケルトンから逃走し、ようやく一息つけそうな、崩れかけのビルの陰に潜り込んだ。
結局、力任せで雑な方法になってしまった……。しかもこの魔力放出、魔力を溜め込んで奇跡を使う私の能力と相性最悪じゃねーか。
というわけで魔力を補填、補充するスキルが欲しい。第一候補はフランちゃんが持つガルバニズムだ。生体電流の操作、魔力の自在変換及び蓄積。しかもこいつは実体のない攻撃へのバリアーにもなる!
「ガルバニズムをおくれー!」
うおおおおお!
とおるは『魔力逆流』を習得した!▼
「なんでさaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
いやけど悪くない!悪くないよ!
たぶんアレだな。『ガルバニズム』は電気を操作する能力がないとダメなんだ。このスキルを持っているのはフランちゃんことフランケンシュタインとニコラ・テスラ。両名とも電気を操ることができる。けどただのウェアウルフの私にそんな能力はない。なので類似した能力の『魔力逆流』が手に入ったわけだ。
この『魔力逆流』、どうやら周囲の魔力を吸い上げる能力らしい。一言で表すなら魔力ダイソン。いいね、シンプルで。『ガルバニズム』の便利すぎる能力に未練はあるが、まあそう都合よくはいかないってことだ。
そういうわけで、ここに通常のウェアウルフを遥かに凌ぐ吸引力を持つ、次世代のダイソンが誕生した──
「キャアーーーーー!!!」
私が自身のダイソン化に密かに肩を落としていると、絹を裂くような悲鳴が私の大きめな耳を震わせた。人間の女の声だ。FGO、序章、炎上都市冬木、女の声。まず間違いない。
オルガマリー・アニムスフィア。この冬木でレフ教授に殺される運命の、報われない悲劇の
私は転生者だ。故に知る。彼女は既に詰んでいる。
私がカルデアスに呑み込まれる彼女を救ったところで、カルデアで肉体を失った彼女は、この冬木という特異点からは帰還できない。
だが、困っている人を見捨てられるほど、私は薄情でもない。今生出会う、初めての人間でもあることだし。ここで見捨てる選択肢は、ない。その最期を覆さないかぎり、彼女に対する全ての行いが、偽善となるとしても。
私はビルの陰から飛び出して、声の方向に駆け出した。死ぬ運命にある人間を、それを知りながら場当たり的に助けることに対する罪悪感と、この身に宿る奇跡ならばあるいは、という微小の可能性への淡い期待を胸に抱えて。