チートな人狼がDLされました   作:呼び水の主

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第9節 悪意は親愛の中に

 マリーの周囲にガラスの破片が寄り集まっていく。それはうねる様にして空間に現れて、煌びやかな、細かい粒子の輝きを美しく辺りに放った。

 そして、それらはあっという間に一つに合体して、トロイの木馬に迫る程巨大な、四足の獣が顕現した。

 透き通るような、否、真実透き通った身体を有し、テラテラと燃え盛る炎の色を反射して、その獣は夜の廃墟に立ち上がった。

 

「あれ、なんか思ってたのと違うんだけど……?」

 

 そこに現れたのは、額にフランス王家の紋章──百合の花──が入ったガラスの馬だった。

 ソレはガラスの瞳で、翼を広げ威嚇を始めたファヴニールを睨みつけた。

 

『──我は百合の花の守護者。王家の敵を、打ち滅ぼすものなり』

 

 ガラスの白馬はそう言って、前脚を空高く掲げいなないた。彼の勇ましい鳴き声が地面を揺さぶった。

 

「まあ!これって素敵だわ!」

 

「ははは!すごいねマリア、これは傑作だ!」

 

「えええ!?な、何事ですか!?」

 

「せ、先輩!これがあのマリー・アントワネットの宝具なんですか!?」

 

「か、かっこいい……!!」

 

「せんぱーいっ!?」

 

「キェァァァァァァァシャベッタァァァァァァァァ!!!??」

 

 それぞれが様々なリアクションを取る中、ガラスの白馬はファヴニールめがけて大きく跳躍した。後脚に力強く踏み抜かれた大地は、手榴弾が爆発でもしたかの様に、勢いよく土を巻き上げられ大きな穴を覗かせた。

 マルタ、カーミラ、デオンの三騎が大きく後ろに後退する。サーヴァントがどれほど頑丈であろうと、神秘の塊であるあの大質量巨大馬に踏まれれば一たまりもない。

 白馬はファヴニールの前に、その巨体からは想像もつかないほどの身軽さで、ふわりと降り立ったかと思うと、即座に反転し先程見せた強力無比な後脚の力を使って、強烈な後ろ蹴りをファヴニールに放った。

 

「──◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!???」

 

 白馬の蹄が、抉るような角度でファヴニールの懐に叩き込まれた。ドフッ、という形容し難いような鈍い音がして、ファヴニールは口を苦しげに開いて、血の塊を足元に吐き出した。

 

「ちょ、待っ、なんなのよこれぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 吐き出された血の塊が、ドポン、とジャンヌ・オルタに降り注ぐ。

 そして、ガラスの白馬はマリーの元に駆け戻り、その巨躯を精一杯低くして自らの主人に語りかけた。

 

『お早く』

 

「みんな乗るんだ!ジャンヌさんは動けないジル元帥を頼みます!藤丸くんはマシュちゃんに抱えてもらって跳ぶんだ!」

 

 トールは地面に寝かせておいたオルガマリーの元に駆け寄って、気を失ったままの彼女を軽々しく肩に担いだ。

 

「…………」

 

 トールは、オルガマリーの鼓動を肩で感じながら、未だ閉じられたままの彼女の瞼を不安げに見つめた。彼女の首筋には、ヴラド三世に吸血された傷が生々しく残っている。

 

「大丈夫だ、きっと」

 

 トールは一瞬で迷いを振り切って、既に走り出しているガラスの白馬に追いすがった。

 

「トールさん、早く!」

 

 落ちないようにマシュに支えられながら、藤丸が眼下を並走するトールに向かって叫んだ。

 トールは、オルガマリーの首に負担が掛からないように、彼女を肩から胸に抱えなおして、大きく跳躍してガラスの白馬に飛び乗った。

 

「街の外には待機してた兵士たちが居るはずだ。彼らも回収しないと」

 

 トールは白馬の首筋に腰掛けて居るマリーに話しかけた。

 白馬はあっという間に街から距離を取りつつあった。暗くて不明瞭だが、兵士たちと別れた場所も、すぐ目の前のはずだ。

 

「……いや、それは諦めた方がいいね」

 

 マリーの代わりに、アマデウスがある一点を指差しながら、トールの言葉に応えた。

 

 彼が指差す先に、紅黒い炎に焼かれている、馬や兵士達らしき死体が転がっていた。

 生きている者がいないのは一目瞭然だった。誰も彼もが、身体を真っ黒に炭化させて、空の星に向かって手を伸ばしている。

 ここから見る事はできないが、きっと彼らは、生きたまま焼かれる苦しみに歪んだ顔をうかべているに違いなかった。その中にはきっと、ここに来るまでに良くしてくれた、料理が得意なのだと笑っていた赤毛の青年と、家族を想う気のいいちょび髭も含まれているにちがいなかった。

 

「──竜の魔女、ヴラド三世。この借りは、必ず返すぞ」

 

 トールはオルガマリーを強く抱き締めて、遠ざかっていく燃える街を睨み付けた。その瞳の奥に、黒い炎がチロリと宿ったが、それに気づいた者は誰もいなかった。

 

 

 ※

 

 

 ジュワッ、という音を立てて、身体中にこびり付いたファヴニールの血を、全身に纏った紅黒い炎によって蒸発させながら、ジャンヌ・オルタは心底機嫌が悪い、という顔でガラスの白馬が逃げて行った先を睨みつけた。

 

「今の私がどれほど貴方達を惨めに思っているかわかりますか?」

 

 ジャンヌ・オルタは、その怒りの矛先を彼女の猟犬である、自らのサーヴァント四騎に向けた。睨みつければ殺せるのだ、と言わんばかりの眼力で彼らを睥睨するその立ち姿は、触れれば今にも爆発してしまいそうな恐ろしさを見る者に与えるだろう。

 しかし、当の睨まれた四人は平然とその視線を受け止めた。

 

「そうは言うけれど、そもそも貴女があの聖女を生け捕りにしろなどと命じたのが問題なのよ」

 

 ジャンヌ・オルタを値踏みするように仮面の奥の目を細めながら、バーサーク・アサシン──カーミラが言った。

 

「それは私も同感だな。なぜ生け捕りなどと手間のかかる事をするんだい?オルレアンの住民を、未だ生かし続けている事と関係があるのかな?」

 

 この燃える廃墟の中ですら、清涼な空気を感じさせる仕草で、バーサーク・セイバー──シュバリエ・デオンが問いかけた。

 

 バーサーク・ライダー──鉄の聖女マルタも、その話題には興味がある、といった顔でジャンヌ・オルタを見た。

 

「叱責に質問で返すとは、貴方達には呆れと失望を禁じ得ません。──まあ、いいでしょう。オルレアンの住民を生かしている理由はひとつ。彼の地に住まう愚か者たちに、聖女の死を見せ付けるためですよ」

 

「悪趣味だこと」

 

 マルタが小さくため息をついた。

 シュバリエ・デオンは合点がいった、という風に頷いた。

 

「なるほど。ジャンヌ・ダルクが聖女としてフランスを救った、その始まりの地であるオルレアンでは、彼女はまさに希望の象徴。その希望を目の前で摘み取る事で、彼らを精神的に痛めつけようという訳か」

 

「で?それに何の意味があるというのかしら。確かに苦悶に歪む者たちの顔を見るのは素晴らしいけれど。そこまで回りくどい方法をとる必要があって?」

 

 カーミラが言った。

 

「当然。この国は過ちを犯しました。主の御意志と、一度は祭り上げた聖女をこの国は裏切った。故に、主は彼らに愛想を尽かしたのです。だから滅ぼします。主の嘆きを私が代行します。けれど──」

 

 ジャンヌ・オルタは暗く沈んだ眼で、遠くオルレアンの方を見た。

 

「──彼らが死の間際に、希望を残す事は許しません。だから見せ付けるのです。かつて彼らが希望を見出し、そして見捨てた哀れな小娘を、彼らの目の前で殺すのです」

 

「まあ、好きにするといいわ。その歪みと憎しみ、()()()()のものであるといいわね」

 

 カーミラが興味が尽きた、という顔で言った。

 ジャンヌ・オルタは、その言葉の意味に一瞬悩んだが、すぐに考える事をやめた。特に意味のない皮肉だと、切って捨てた。

 

「それで、話を戻しますが」

 

 ジャンヌ・オルタは、今一度四騎を見回して言った。

 

「先程は、聖女を捕らえる絶好の機会でした。ファヴニールもしばらくは動けませんし、ここはバーサーク・ライダーにでも追撃に出てもらいましょうか──」

 

「──それには及ばん」

 

 これまで沈黙を貫いていたバーサーク・ランサー──ヴラド三世が、ジャンヌ・オルタの言葉を遮った。

 

「既に種は蒔いた。後は芽吹くのを待てばよかろう」

 

「────ハ。アハハハハ!そういう事でしたか。戦いに参加しないとは何事かと思えば。よくもまあ、そんな非道な手を思い付くものです。……さいっこうだわ!あの女の苦しむ顔が、今から楽しみね!」

 

 

 ※

 

 

 ガラスの白馬はとんでもないスピードでヴォークルールまでの道を疾走していた。普通の馬で2日かかる距離を、わずか6時間で駆け抜けてしまった。

 

「先輩、街が見えました!」

 

 マシュが遠くを指差す。

 ヴォークルールだ。ようやく帰ってきた。とトールはひとりごちた。

 6時間も安定しない馬上で過ごすのも、そろそろ限界だったところである。きっと誰もが臀部の痛みに耐えかねている頃合いだろう。

 サーヴァントも長旅でお尻が痛くなったりするのだろうか、とトールがどうでもいい事を考えていた時だった。

 

「う、うーん。……トオル?あ、あれ?私……?」

 

 胸に抱えていたオルガマリーが、ようやく意識を取り戻した。

 

「だ、大丈夫か!?ちゃんと意識はあるか?血が吸いたいとか思ってない?」

 

「……?……はぁ!?なんで起き掛けにそんなふざけた事聞かれなきゃいけないのよ!っていうかアンタ、近いわよ!?離しなさい!毛がチクチクするでしょ!」

 

 トールはホッとしたやら気が抜けたやらで、体中に張り詰めていた緊張が音を立てて抜けていくのを感じた。

 

「よかった、本当に、よかった……」

 

「な、なに泣いてるのよ……。調子が狂うったら、もう」

 

 オルガマリーは顔を少し赤くしながら、いつもと様子の違うトオルを不思議げに眺めた。

 それからようやく周囲を見る余裕を取り戻して、自分が馬鹿でかいガラスの馬の上にいる事に大いに混乱したのだった。

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