チートな人狼がDLされました   作:呼び水の主

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第10節 赤い瞳のオルガマリー

 ──ヴォークルール。夜。街の外壁の上にて。

 

「お話とはなんでしょうか」

 

 ジャンヌは素顔を隠すために目深に被っていたフードを払って、外壁の外の暗闇を静かに見つめているオルガマリーに話しかけた。

 

「随分待たせるじゃない。聖女サマ」

 

「……!?」

 

 こちらを振り返ったオルガマリーの姿が、一瞬ブレた。

 ジャンヌは咄嗟に身をかわした。視界の端で、ふり抜かれた拳が虚空を突き抜けて行く。崩れた体勢を整えて、数歩退がる。

 眼前には赤い瞳を闇の中で光らせている女が、冷たい笑みをたたえて立っていた。

 女が先程まで立っていた地面から、ガラガラと石の砕け落ちる音が遅れて聞こえてくる。

 

「貴女は何者ですか!」

 

 ジャンヌは目立たぬ様に纏っていた町娘の格好から一転、魔力で編まれたいつもの鎧姿をその身に纏って、手にした旗の切っ先を赤目の女に向け、ジリリと距離をとった。

 ジャンヌの刺すような視線を受け止め、女は口の両端を大きく吊り上げた。

 

「──私はジャンヌ・ダルク。貴女自身よ、私は」

 

 

 ※

 

 

 闇に沈む街の中で、煌々と松明と蝋燭の明かりが灯る建物があった。

 その一室、6人程が寝っ転がってもまだ余裕のありそうな広さの部屋で、私たちは今後の方針について話し合っていた。

 今ここにいるのは藤丸くん、マシュちゃん、私、そして通信を繋いだダ・ウィンチちゃんだけだ。

 

 オルガマリーは外の様子を見てくると言って、出て行った。

 マリーさんは宝具の長時間の使用が祟って、今はアマデウスと共に割り当てられた個室で休んでいる。どうやらやんごとなき身分の方であるというのは一目でわかってしまうらしく、兵士達が恭しく彼女を扱うのを見て、流石王妃はオーラが違うんだなぁとどうでもいい事を考えたのは内緒だ。

 ゲオルギウス先生は恐らく街の周囲を24時間警戒しているだろうから、きっと外壁のどこかを見回っているだろう。

 

『やれやれ、自分の命に関わることだから、所長にも聞いておいて欲しかったんだけどね。信用しているから後は任せる、と言われてしまっては私としても文句は言えないよね』

 

 部屋の中央に投影された画面の向こうで、ダ・ウィンチちゃんが笑いながら肩を竦めた。

 

『しかし、やけに冷静だったのが気にかかるなぁ……。以前の彼女はもっとこう、余裕のない人間だと思っていたけどね』

 

 それはオルガマリーが成長したのかもしれないし、あるいは本来持っていた余裕を取り戻したのかもしれない。今の状況の方が、カルデアにいた時よりもマシなのだとしたら、それはとても悲しい事だと思う。だってそれは、頑張っている人が報われるような環境じゃなかったという事なのだから。

 

「それで、オルガマリーの肉体を取り戻す方法はあるのか?」

 

『そうだね。これはまだ仮説だが、まずコフィン内部を外部から見えないように密閉する。そこに水35ℓ、炭素20kg、アンモニア4ℓ、石灰1.5kg、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素、……まあつまり大人1人分の人体の構成元素をぶち込んで、コフィン内部に彼女の魂をレイシフトさせる。そして最後にコフィンを開けて中を観測すれば、見事肉体が再構成されていた!って寸法さ』

 

 細かい数値は所長の健康診断の時のデータもあるしね、と付け加え、画面の向こうでダ・ウィンチちゃんが得意げに胸を張った。

 藤丸くんが「ハガレンだ……」と呟いている。こっちの日本にもハガレンあるんだね。ハガレンはいいぞ!

 ダ・ウィンチちゃんの話を聞いて、マシュちゃんがおずおずと手を挙げた。

 

「シュレディンガーの猫、ですか?」

 

『おっ、鋭いねマシュ。シュレディンガー博士は、量子力学の確率解釈論を批判するために、「生きている猫」と「死んでいる猫」が同時に重なり合った摩訶不思議な現象を「あり得ない話」として例え話にした。まあつまり、観測しない限り結果は収束しない、というミクロ世界の法則をこれによって批判したわけさ』

 

『しかしいま、所長はまさに「生」と「死」が重なり合った特異な状況にある。これは我々マクロの世界では「ありえない事」だとされていたけれど、偶発的なレイシフトによる魂単独での存在の確立によって、実際に起こってしまった訳だ』

 

「だから、逆にシュレディンガーの猫が応用できるという事ですね!」

 

『だいせいかーい!我々カルデアは、まだ「所長の死」を観測していない。なら、まだどちらの存在としても確立されていない所長を「生きている」状態で観測できれば、彼女は肉体を取り戻す事ができるはずだ。魂は物体の記憶、存在証明だからね。肉体の構成元素に魂を合わせれば、再構築する事も可能、と我々は推測したというわけ。わかったかな?』

 

「流石はダ・ウィンチちゃんです!ね、先輩!トールさん!」

 

 マシュちゃんが嬉しそうに藤丸くんと私に同意を求めた。私と藤丸くんはお互いの顔を見合わせてニッコリと笑った。

 

「すごーい!」

「すごーい!」

 

 私と藤丸くんは2人ですごいを連発した。すごーい!

 

『さては全然理解してないな、君たち。まあ仕方ないか。けど、これだけは絶対に肝に銘じておいてくれたまえ』

 

 ダ・ウィンチちゃんが念を押すように画面に顔を近づけた。

 

『聖杯だ。所長が生き残るためには聖杯が必要不可欠だ。冬木へのレイシフト、そしてトールくんによるオルレアンへのレイシフトの連続で、彼女の魂には相当のガタがきている筈だ。十全なバックアップなしでのレイシフトの多用は、存在を摩耗させる危険が大きい。まして、肉体というガワの無い、魂むき出しのレイシフトだったからね……』

 

「つまり、聖杯でオルガマリーの存在を補強しなければ、カルデアへはレイシフトできないって事か」

 

 私の問いに、そういうこと、とダ・ウィンチちゃんは頷いた。

 オルレアンの聖杯は、ジャンヌ・オルタが持っている。

 持っているというよりは、ジャンヌ・オルタそのものが聖杯と言うべきか。聖杯を存在の核にする事でこの世界に存在を確立させたジャンヌ・オルタは、まさにいま私たちがやろうとしているオルガマリー救出案の先駆者といったところか。

 しかし、これだけの案をすぐに思いつくんだから、カルデアというのはやはり天才や秀才達の集まりなのだと実感する。

 

『すまないね、藤丸くん、マシュ。本当は君たちだけにこんな重荷を背負わせたくはなかったんだけど』

 

 ダ・ウィンチちゃんを押し退けて、Dr.ロマンが画面に入ってきた。

 申し訳なさそうに頭を掻く姿からは想像し難いが、彼がカルデアにいなかったら、藤丸くん達の人理修復の旅も成り立たない、というのは私が現世でゲームをしていたからこそわかる事だ。

 今も目元にクマができている。生き残った僅かな職員のカウンセリング、人理修復のための仕事に忙殺されて、休む暇もないのだろう。それでも彼はその疲れを微塵も感じさせずに、藤丸くんとマシュちゃんを労っていた。

 

『あ、そうそう。君たちへ、せめてもの手助けにと思って、聖晶石を用意したんだよ。勿論トールくんの分もあるからね。今からその座標に転送するから、上手く役立てて欲しい』

 

 マシュちゃんがデミ・サーヴァントに変身して、盾を床に横たえた。即座に盾が輝き始める。その光が収まると、そこには虹色の金平糖が数個と、ゴテゴテとした機械のようなものが横たわっていた。

 

「おぉぉぉ……」

 

 私は聖晶石を取り上げて、蝋燭の光にかざしたり撫でてみたりして、マジマジと観察した。

 大きさは金平糖より一回り大きいくらい。光にかざせば透き通ったような虹色の輝きを発っするのでとても綺麗だ。けどめっちゃチクチクする。ちょっとトゲの部分が鋭角すぎるんだよな……。

 実は冬木で一度使ったことがあるんだけど、あの時はじっくり観察する暇なんて無かったからなー。

 

「これがあれば私もサーヴァントを召喚できるのかな?」

 

『うーんどうだろう?適切な召喚陣と、君にマスター適性があれば可能だとは思うけど……。まあ、聖晶石は霊子の結晶だからね。大怪我をした時とかに服用すれば傷薬の代わりになると思うよ』

 

 えぇ〜、このトゲトゲを服用するの!?無理でしょ。っていうか霊子の結晶で回復するって、それもうほとんどサーヴァントじゃんね。人狼が幻想種である事と、やっぱり関係あるんだろうか。

 まあよくわからんので、とりあえずDr.ロマンの言うことを素直に信じることにする。

 

「で、こっちの機械はなんなんです?」

 

『よくぞ聞いてくれました!』

 

『うわぁ!?』

 

 ダ・ウィンチちゃんがDr.ロマンを勢いよく押し退けてドアップで登場した。近すぎて鼻と目しか映ってないよ!

 

『それは大型決戦礼装G型へのパワーアップパーツさ!そろそろD型が壊れる頃だろうと思ってね!こんなこともあろうかと思って用意しておいたのさ!勿論予備バッテリーもあるぞ!!』

 

「さすダヴィ!」

 

 そういうことになった。

 

 

 ※

 

 

「竜の魔女……!?」

 

 ──そんな、馬鹿な。

 ジャンヌは困惑した。

 しかし、目の前に立っているのは確かにオルガマリーの筈なのに、その身に纏う雰囲気は完全に別物だ。

 まさか、けれど、どうやって……?オルガマリーがヴラド三世の眷属にされた事と関係があるのか。だとしてもなぜ竜の魔女がオルガマリーを操れるのか。

 ジャンヌの頭をさまざまな憶測が飛び交ったが、彼女はすぐに考えるのをやめた。

 あちらに聖杯がある以上、細かい過程は考えるだけ無駄というものだ。彼らは聖杯を用い、強引にオルガマリーを操っているのに違いない。であれば、ジャンヌが取る行動は一つであった。

 

「今すぐ彼女を解放なさい……!」

 

「……自分の置かれた状況がわかってないようね」

 

 鋭いジャンヌの言葉に、オルガマリー(竜の魔女)は呆れた仕草で笑った。

 

「アンタにはオルレアンに来てもらうわ。この女を死なせたくないなら、大人しくすることね」

 

「卑怯な……うっ!?」

 

 オルガマリー(竜の魔女)が彼女自身の首に手をかけるのを見て、一瞬硬直してしまった。その隙を突いて、オルガマリー(竜の魔女)が人外のスピードでジャンヌに肉薄した。

 首筋に強い衝撃を受け、ジャンヌは目の前が真っ暗になった。





【挿絵表示】

赤いきつねと緑のマリーみたいな語感。
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