剣と剣が激しく打ち合うたび火花が弾け、それを振るう両者の顔を闇の中に浮かび上がらせた。
フランスの剣士と、大きな銀狼に跨る騎兵が激突する。騎兵は足を止めぬよう大地を駆け回り、剣士へと猛撃を加えた。
すれ違いざまに一合、二合。
騎兵の駆けた勢いは力となって、剣士を押し込む様に圧倒する。
だが剣士も然る者。二歩、三歩と巧みな足捌きで体を退き、騎兵の勢いを殺してみせる。
騎兵の勢い任せの剣は技量において剣士に及ばず、されど剣士が騎兵を圧倒するにはその圧力は高すぎた。
命のやり取りは瞬きの間に過ぎ去って行く。先程から似たような攻防が幾度も繰り返されていた。
──そして互いに距離を置くための引きの三合。鋼と鋼がぶつかり合う音を耳の奥に残して、両者は再び距離を取った。
しかし、騎兵の行く手を遮る女の影がひとつ。
「そろそろその足、止めさせて戴きますね。
「甲羅が!壁になって………!先生、掴まって!」
聖女の詠唱と共に出現した身の丈を遥かに超えた巨大な甲羅が文字通り壁となって、騎兵の行く手を塞いだ。
それはただの甲羅ではない。内に秘めた膨大な神秘が、ただそこに在るだけで重圧となって二人を押し留める。
銀狼はソレに目を丸くしながら、騎兵は眉を寄せて、その突如として現れた巨壁を避けるべく逃げの一手を図った。
右へ。目の前の聖女から逃れるよう走る。
「やはり予想通りに動いてくれた。……ふふ、君の動きがよく見えるよ」
「ぐぁっ!?」
狼が痛みに呻いて前のめりに倒れ込む。
鋭く斬り付けられた左後ろ脚の肉が、パックリと裂けていた。路を塞がれた際のわずかな隙を突いて、剣士が背後から斬りつけたのだ。
騎兵はすぐさま倒れゆく狼の背中から跳躍し、返しの勢いで振るわれた剣士の剣をガッチリと受け止めた。
これまでのどれよりも甲高い音をたてて、両者の剣が激突した。騎兵は対峙する麗しい剣士の風貌に惑わされることなく、背後の狼を守るべく正面からのぶつかり合いに応じた。彼の持つ殉教者の魂は、あらゆる精神干渉を遮断する。
技量においてはより技術の洗練された近代の英雄たる剣士が勝るも、守勢にかけては騎兵も負けてはいない。彼の力は、誰かを守る時にその真の力を発揮する。
捌き切れない剣線が騎兵の鎧に徐々に傷を付けていく。だが、剣士の剣が何度騎兵を斬りつけようと、彼は一歩も退かずにその場に留まり続ける。
しかし、騎兵は背後で魔力の高まりを感じ焦りを覚えた。
(この場に縫い付けられましたか……!)
聖女の魔術攻撃が来る。騎兵は高い対魔力を持つ故に恐れる事はないが、あの狼はどうか。もし防ぐ手立てを有していなければ、彼の命はここで尽き果てる。
騎兵自身も、その後襲い来る二騎の前に力尽きてしまうかもしれない。守ると誓ったヴォークルールの、ひいてはフランスの命運が、いまこの一瞬にかかっている。
「後ろが心配かい?けれど貴方はここで釘付けにする!」
剣士が一気に攻勢に出た。
──その様、まさに刃の嵐。
「ッッッ!!」
動けない騎兵の背後で、遂に聖女の魔術攻撃が放たれた。
聖女の魔術攻撃は、祈りによって対象そのものを炸裂させる。
「トール殿……!」
騎兵の背後で魔力が爆ぜた。
肉の裂ける音。低い呻き声。
そして、メキメキとナニかが盛り上がる不気味な音がした。
「こんなところで……、負けて、たまるかよ!」
狼が立ち上がる。既に傷はふさがり、出血の後が赤く汚れた体毛から窺えたが、それだけだ。
肉体の彼方此方から骨と肉が耳障りな音を立てて、狼そのものの形状から二足で地を踏みしめるヒトの姿をした狼へと変身する。
──その者の名は、人狼。人の姿をした獣が、理性と敵意を宿した青い瞳を瞬かせ、静かに牙を剥いた。
「全魔力、解放……!カッ喰らえ!『其は有限なる小奇跡』!」
人狼はそう吠えると、その場から一瞬で掻き消えた。
騎兵に集中していた剣士は、その動きをあろうことか追いきれなかった。そも、人狼が立ち上がるとさえ予想だにしていなかったのだ。
そして人狼は聖女を意にも介さず、真っ直ぐに剣士の元へとカッ飛んできた。
「な、に……ぃ!?」
──速すぎる。剣士は異常なまでの魔力の高まりを、人狼の体内から感じた。先程とは比較にならないスピード。先の戦いで見せた、王妃の宝具を増幅させたる力の一端か。そして、その一瞬の思考が剣士の命取りとなった。
「オォォォォォォォォォ!!!!喰らえ!!
ボグゥ……!という鈍い音が響き渡り、それはつまるところ剣士の右脛が破壊された事を意味していた。
「っう、ぁぁぁ!?」
しかし、流石は英雄。常人ならば発狂しかねない程の痛みすら、その意思ひとつでねじ伏せる……!
「舐めるなァ!」
気力だけで剣を横薙ぎに振るう。が、いつもより半歩踏み込みが足りない。剣先すらも人狼に届かない。──否、こちらの間合いを読んだかのような距離の取り方。
先程までの、剣士の顔に惑わされていたヤツとは違う。スキルにまで昇華された剣士の魅了を、己の意思ひとつでねじ伏せるのは容易なことではないというのに、このバケモノはそうしてみせた。
人狼が輝く右手を大きく振りかぶり、腰をグッと落とした。低姿勢から今にも飛びかからんとするこの構えは──!
(──やられる!?感情の昂りだけで、こうも強くなるものか!!)
人狼の拳が、一際強く光った。
ヤツの攻撃が、くる!
剣士は砕かれた右足とは逆、左足を軸足にして、即座に迎撃の構えをとった。
(正面から私の間合いに飛び込んでくるとは!!)
だが、その剣士の予想は大きく外れた。
「沈め!
衝撃。
遅れてパァン!というナニカが弾ける音。
武器を隠し持っていた様子もない。
迎え撃つには十分な余裕があった。
ヤツの姿勢、目線、全身の動きから、次にどう動くか。剣士の生前培った、闘争の勘は捉え切っていたはずだ。
(だというのに、何故……?)
「……ガハッ」
吐血する。
剣士の腹に、人狼の
打撃痕は、5箇所。内、4箇所はかすり傷に留まった。剣士の身に染み付いた、熟練の動きがそうさせた。
しかし、ただ一箇所。剣士の急所を。ヤツの、弾丸の如く──否、
右拳がまるで意思を持つ生き物のようにひとりでに動いて、持ち主の元へと帰還する。
ガチョーンという音を立てて、ヤツの右腕と右拳がドッキングした。
「たとえどんな達人でも、初めて見る攻撃には対応できまい?」
「拳は、普通、飛ばないだろう……」
それが剣士の、このフランスの地での最期の言葉だった。
技解説
『弁慶すら悶絶』(シン・ブレイカー)
別名スネ破壊キック。
Shinは英語で脛の意。
超高速で相手の間合いに踏み込み脛を破壊する。ほぼ確定で相手の敏捷値を大幅にダウンさせる。
技の由来は「弁慶の泣き所」。意味はどんな英雄豪傑でも脛を打つと泣き叫ぶくらい痛いという意味。
相手の脛を執拗に殴打しようと試みるその姿は一見して卑劣な行為に見えるが、決して卑怯な技ではない。
ただし脛を鎧で防御している敵には通用しない。例:ジャンヌ・ダルク・オルタなど。
『狼牙風風拳』(五連パンチ。あるいは五連ロケットパンチ)
無茶しそうな地球人が使いそうな必殺技。
生前漫画で知ったこの必殺技を、『其は有限なる小奇跡』による身体能力ブーストで再現を試みたもの。低姿勢から一気に相手の懐に入り五連撃を叩き込む。
たまに拳だけ飛ばす。こちらは冬木でシャドウランサーを倒したロケットパンチの強化発展系。
これはもう間違いなく殴りかかってくるだろうと予想される至近距離から、まさか拳が飛んでくるとは誰も思わない。完全なる初見殺しだが決して卑怯な技ではない。
ただし未来予知にも匹敵すると言われる高ランクの「直感」や、第六感など天性の才能による危機回避を行える「心眼(偽)」などのスキルを持つサーヴァントには通用しない。