目の前の壁を乗り越えるため、大切なものを手にするため。
失うのものは物質。あるいは時間。時に形なきモノ。
いずれも己を構成する重要なパーツを捨て去り前へと進む。
失うことに慣れてしまった人間は、──それを対価と呼ぶのだろう。
シュヴァリエ・デオンが地面に膝をつき、次の瞬間には眩ゆい光の粒子になって空間へと溶けていく。
私は肩で息をしながら、ゆっくりと背後の聖女を振り返った。
カハー!と私の口から、溜め込んでいた緊張が漏れ出ていく。
私のこの人狼の肉体は、人間に比べて遥かに頑丈で無茶がきくが、それでも上限ってもんがある。
関節は動かすたびに軋んで変な音がするし、上がった体温もなかなか下がらない。心臓は今にも爆発寸前オーバーヒートだ。
『其は有限なる小奇跡』で自己流に再現したスキル『魔力逆流』で体内に溜め込んでいた魔力も、マルタさんのエグい炸裂魔術による傷の修復と肉体強化に使い切ってしまった。
大気に充満するマナは、時代が神代に遡るほど濃密になる。イコール神秘の濃さと言い換えてもいい。
まあつまるところ、だ。神秘の薄れて久しいこの時代のフランスじゃ、オートモードで常時魔力吸引したところでろくに魔力は溜まらないってことだ。
結論、これ以上の連戦は自殺行為だ。
いつもの私なら、デオンを運良く倒せた瞬間に、即座に逃げ出している。
だってもう、戦ったところで間違いなく死ぬからだ。
けど、今の私はひとりじゃない。ゲオルギウス先生がいるし、何よりオルガマリーを攫われて内心穏やかじゃない。一歩もここから退く気はない。
が、それはそれ。問題はどうやって聖女に勝つか。
近接では、ヤコブ神拳を修めたマルタさんには歯が立たない。かといって遠距離なら魔術が飛んできて、切札には竜種タラスクの召喚が控えてる。遠近共にこなせる万能サーヴァント。それが聖女マルタだ。
おいおい誰だよこんなチートキャラ敵として出そうと考えた奴は。はっきり言って勝てる気がしないんですけど?
それは運営、というかシナリオ担当も察していたのか、はたまた別の理由かはわからないが、バーサーク・マルタには設定的に制限がある。
彼女はジャンヌ・オルタに狂化を付与されたものの、持ち前の精神だか信仰心だかの力でそれをある程度抑え込んでいる、らしい。
だから私が三次元世界でプレイヤーとしてオルレアンを遊んだ時には、あくまで試練として立ちふさがった。まあ完全な敵キャラじゃないってことだ。助言もくれたしな。
……ファヴニールを倒した竜殺しの英雄・ジークフリート。その居場所。
オルガマリーを奪還、そして特異点オルレアンを修正するならファヴニールとの戦闘は不可避だろう。それにはまず間違いなく、ジークフリートの助力が必要だ。
特異点に立ち向かい、修正し、人理を修復する。
それは私がゲームの中で一度やり遂げた事で、オルガマリーができなかった事だ。
人生が唐突に終わるってのは、もう仕方ない。世界にはたくさん人間が生きてるんだ。その内の何割かは確実にそういう終わり方をする奴も出てくるだろう。納得はできないが、諦めはつくさ。運が悪かったってな。
私は諦めた。だから次に来た。生まれ変わった。転生した。第二の生を受けた。
けどさ、違うだろ。
目の前真っ暗、先行き不透明で周りは敵だらけのクソみたいな状況で。足掻いて泣いて喚いて挫けて、それでもなんとか歩き続けて来た女の人生を。爆弾一つで吹き飛ばされて。それで運が悪かったです諦めますなんて、そんなの私が認めない。
魂さえも無限の炎に焼かれ続ける終わりなんざ、ココでは私が許さない。
私は私の意思で、彼女を生かす。
どこかで否定され続けた彼女の人生を、それだけでは終わらせたくない。
情が移った?
そうとも。
ここまで一緒に過ごした時間がそうさせた。
自己投影?
そうとも。
囁くんだよ、私の前世の、封じられた記憶が。
これはリベンジだ。
彼女と私のリベンジだ。
愚かな自己満足だと、笑いたくば笑えばいい。
私は生かす。彼女を救う。ハッピーエンドまで連れて行く。
生きてるって、何より素晴らしいことだから。
だからさ、こんなところで立ち止まるわけにはいかないんだよ!
「先生、まだ行けますか」
「それはこちらの台詞です。もうろくに戦う力も残っていないでしょう」
言ってくれるじゃないの。
おや、先生が私を気遣って前に出た。
「私が盾になります。あの聖女にもう奇策は通じない。正面から押し切りますよ!」
その瞬間には、私たち二人は既に駆け出していた。
先生は前へと。私に向いた聖女マルタの視線を遮るように立ち塞がるが、問答無用で私の胸が発光し、しかるのち爆発した。
グボァァァ!?
……だ、だいじょうぶ。致命傷だ。
傷を残りカスの魔力で部分的に修復する。応急処置だ。修復必須の欠損だけを回復した。
くっそ〜!具体的にいうともう残機がヤバイ。ハッキリとした数は私もわからない。感覚的なものだ。
冬木からここまで、もう両の手に収まらないくらい死んでるからな……。
『其は有限なる小奇跡』は、あくまで肉体欠損の回復手段に過ぎない。聖杯にも似たこの天使からのギフトは、私の死そのものからの生還とは無関係に思える。
これは最近感じている事だ。
死に慣れてるとも言うが……。いや、慣れることはないんだが。
死ぬ時はいつもサイアクの気分だ。
意識が途切れる時の生々しい感覚。強制的に叩き起こされる時の不快さ。
生き返るたびに己の何かが欠けていく感覚には、絶対に慣れることはないだろう。
発光!
右腕!
「オォォォォォ!」
私はロックオンされた右腕に意識を集中した。吸い込め!吸い込め!吸い込め!
爆発。私の右腕はブチブチィ!という嫌な音を響かせながら魔術の光に呑まれた。
「ガァァァァァァ!?」
死ぬほど痛いわ!!
だが成功だ。
光の収まった私の右腕は、まだ繋がっている。……千切れかけてるケド。
マルタの祈りによる魔術攻撃。あれは対象そのものを炸裂させるものだ。魔弾とかの様にわかりやすく飛んで来てくれるなら躱すなり上手く防御するなりなんらかの対策が打てるんだが、いきなり炸裂するんじゃ対処の仕様がない。
が、やっぱり何にでも抜け道はあるもんだな。
マルタの魔術攻撃の対象は、私の肉体そのものだ。私の肉体の内部、例えば骨とか筋肉とか内臓とかを無作為に範囲選択してそいつを遠隔起爆するような、そんなエグい攻撃だ。
それがどういう理屈かは知らないが、結局媒介となるのは「魔力」。
摩訶不思議な未知のパワーってわけじゃない。
そうとわかれば、『魔力逆流』でいくらでもやりようはある。体外と体内の違い、タイミングの問題さえ解決すればいい。今ので大体のコツは掴めた。次は完全に吸収してやる……!
「今ので魔力リチャージ率3%ってところだな……」
先生の身体が光った。
が、何も起こらない。おそらく高ランクの対魔力だ。魔力を媒介にしている以上、先生にはマルタの魔術攻撃は一切通用しないのだろう。
先生のアスカロンとマルタの杖が遂に激突した。
激しい近接戦闘。流石にこの間は祈りも使えないと見た!先生が時間を稼いでくれている。
さっき先生が言った正面から押し切るという言葉。これまでの戦闘経験やら私の能力については、ヴォークルールで初めて会った時に先生には明かしてある。
つまりトドメは任せたということ。あるいはそれに繋がる大技の発動を期待されている。
その為には魔力のリチャージが必要だ。
『其は有限なる小奇跡』さんは燃費悪いからな。まあ50%もリチャージできればどデカイ花火くらいは打ち上げられそうだ。
そのためには魔力、魔力が必要なんだが……。
私はゴソゴソと身体をまさぐった。
指先にチクリときた物体を掴んで取り出す。
それは虹色に輝くモヤットボール。
「あったよ!聖晶石が!!」
これが、ガチャの対価……!