「な、なんで私ばっかりこんな目にあうのよ!」
オルガマリー・アニムスフィアは群がるスケルトン達を魔術による攻撃で退けながら、燃え盛る冬木の街をあてもなく駆けていた。
カルデアで冬木へのレイシフトの陣頭指揮をしていた筈なのに。気がつけばこの燃える街に一人、オルガマリーは放り出されていた。あまりにも突然すぎて、まるで事態が理解できない。そしてオルガマリーが混乱から立ち直るのも待たずに、街のあちこちから湧き出たスケルトンが彼女を襲った。それからここまで、彼女はずっと走り続けていた。
「はぁはぁはぁ、はぁ……キャ!?」
オルガマリーは瓦礫に足を取られて盛大に転倒した。彼女の周りを、数多のスケルトンが取り囲む。四面楚歌。
「い、いやぁ…………」
彼女は優秀な魔術師であり、本来ならスケルトンの数十体など軽く蹴散らせただろう。
しかし、父親の急死による突然の家督相続や所長という慣れない役職へのストレス、マスター・レイシフト適性がないことに対する周囲からの蔑み、そしてなにより、この果てのない地獄のような光景によって、彼女の心は彼女の自覚ないままに、もう半ば折れかけていた。
もう、ここで終わらせてもいいかもしれない。一瞬そんな思いが彼女の頭をよぎった。同時に、こんなところで終わってたまるか!という激情が彼女の中で爆発した。
「ふざけないでよ!私はまだ終われない!こんなところでまだ終われないのよ!」
オルガマリーは奮起した。ありったけの気力を動員し、心を奮い立たせる。彼女のそれは虚勢に過ぎなかったが、ともすれば見せかけを本物にする程の圧すら伴っていた。そうだ、こんなところでは終われない。私はまだ──。
オルガマリーの魔術がスケルトンをまとめて薙ぎ払った。
オルガマリーは肩で息をして、それからようやく自分が目前の危機から脱したことを実感した。
もう走らなくていい。
もう逃げなくていい。
これから何処かで腰を据えて、ゆっくりと事態を解明する。
カルデアとの通信方法を考えて、いや、ここが冬木ならAチームが来ているはずだ。彼らと合流すればいい。Aチームはレイシフト適正者の中でもとりわけ優秀な7人と、1人。
そして、レフ。彼なら必ず、私を助けに来てくれる。
希望が見えてきた。
その時だった。何処からともなく蕩けるような、粘りつくような女の声が聞こえきた。
「フ、フフフ……。ああ可笑しい。久方ぶりに生きた魔術師を見たと思えば、まさかこのような醜態ぶりとは」
スケルトン達の包囲が崩れた向こう側、ひび割れた電柱の上から、身の丈ほどもあるハルペーを携えた黒衣の女がオルガマリーを見下ろしていた。その女の眼を見た瞬間、いや、その女に視られた瞬間にオルガマリーは己の全身が怖気立つのを感じた。
「う、うそ……サー、ヴァント……!?」
それは伝承に残る過去の偉人・怪物達がこの世に落とす影法師。令呪によってその身を縛り、英雄を文字通り使い魔とした破格の存在。
「漂流者は生かして返すなとのことですが、ただ殺してしまうのは勿体ない。貴女は私の満足いくまで、むしゃぶりつくしてから殺しましょう」
「………ッ!?」
その女の言葉で、オルガマリーの心は完全に折れた。
殺される。
サーヴァントに抗う?ありえない。
魔術師だろうが只人だろうが、等しく命を奪われる。それほどの存在なのだ。
私は殺される。
甚振られる。
嬲られる。
壊される。
嫌だ!いやだイヤだイヤダ!
絶望がオルガマリーの心を蝕んでいく。
それを見て、女の眼が笑った。
「レ、レフ!助けて!!」
レフ・ライノールの姿はない。
「誰か、誰か!!」
この燃え盛る街には彼女を助ける人間はおろか、生者1人残っていない。
「誰でも、いいからッ──!!」
女サーヴァントが跳んだ。
長大な柄を大きく振りかぶり、弧を描くように伸びた刀身が虚空に光る。
「助けてよーーーーー!!!」
──銀色の風が吹いた。
「とぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉう!!!」
何か大きな叫び声が聞こえるのと同時。
女サーヴァントが吹き飛んだ。目の前で。
崩れかけのビルに突っ込んで、その勢いでビルは完全に崩壊した。
ズンッ!という音を立てて、オルガマリーの前に銀色のフサフサした背中が着地した。
「な、なに……が……?」
その背中は大きく、雄々しく、それでいてアスリートのように無駄がなく洗練されていた。ソレは白銀の体毛に覆われていて、幻想的な雰囲気を漂わせている。右足からはシュウシュウと音を立てて蒸気が立ち昇っていた。
その銀色のナニカは、ゆっくりとオルガマリーに振り返った。人間のカタチをした別のナニカ。振り返ったソレは、首から上が狼だった。
──ウェアウルフ。
まだ世界に神秘か残っていた時代を生きた、魔獣の一種。
完全なる獣の風貌、けれどその青い眼は理知的で、とても優しかった。
狼の口で、ソレは私に問いかけた。
「君が私のマスターか?」
──私はその日、運命に出会った。
どうしてそんなにお耳が大きいの?
君のピンチに、必ず駆けつけるためさ