「はいカットー!」
二階にあるオフィス風スタジオに田所の声が響くと、キスをしていた男優二人が、先ほどまでの仲が嘘かのように分かれて、周りのスタッフは備品を回収し、掃除を始める。
「今日はありがとうね」
「ウッス」
田所の礼に対し、男優は軽くそう答える。「シャワーどこっすか」
「ああ、向こうにあるから」
田所がそういうと、男優はなにもいわずシャワーへと向かう。
その後ろ姿を見ながら、田所はため息を一つ落とした。
男優としてこの世界に入り、もう10年以上が経つ。そこまでの年になると、前線で戦えるのは一握りだ。
そうなると、ほどんどの男優がこの世界をやめ、別の職に就くか、この世界の片隅に生きるかの選択を余儀なくされる。
田所など、まだいい方だった。迫真の演技がかわれて監督となり、他のスタッフよりも多くの給料をもらえている。
田所は振り向いて、あわただしく動くスタッフの二人、木村と三浦を見る。
昔、一緒にAVに出ていた男優だ。
AV男優には学のない人間が多い。そうなると、やめた後の職業先というのは絶望的だ。
こうやって、昔のよしみでスタッフをやらせてもらい、馬車馬のごとく働かされるしかないのだ。その境遇を考えれば、いまの田所の場所は、決して悪い者とはいえない。
だが、監督には監督の辛さがある。
何か事故があれば自分の責任で、誰かがミスをすればすぐに駆け付けなくてはならない。
極めつけは男優への機嫌取りだ。最近の男優はわがままな者が多く、へそを曲げられると途端に演技が手抜きになる。
そのことで暗い気持ちになるたびに、男優時代のいわれるがままにやっていればよかったことを思い出し、あの頃はよかったと嘆く。
「先輩、掃除終わりました」
「終わったゾ」
木村と三浦から声がかかり、ハッとして顔をあげる。
「ああ、そうか。じゃあ撤収だ」
スタッフを引き連れ、スタジオを後にする。
あーあ、俺ずっとこんな感じなのかな。
そんなことを考えながら、階段を下っていると、
「おお!」
足を踏み外し、ズルっと体が下に落ちると、体を回転させながら下に落ちていく。
段差の角が体のいたるところを打ち、そのまま一番下に落ちた。
頭の中がはっきりとせず、叫び声が聞こえたが、くぐもっていて誰がなんと言っているのかわからなかった。
誰かの気配とともに、背中に手が当てられるのが分かる。
「いや、大丈夫。大丈夫だ」
田所はそう答え、静かに回復を待つ。
数秒たつと感覚がはっきりとしてきて、顔を上げると心配そうな表情をした木村の顔が映った。
「大丈夫ですか」
木村の言葉に、田所は頷く。
「ああ、たいしたことない」
「手を」
そう言って、木村が右手を差し伸べたとき、田所は違和感を覚えた。
さっきまでしていなかった手袋をしていた。それも左手だけに。
あんなのつけてたか。
疑問に思いながらも「ありがとう」と左手で木村の手を握った瞬間
「ああ!せ、先輩!」
と木村は顔を真っ青にして叫んだ。
「な、なんだよ」
田所は立ち上がると、どこからか血が出ているのかと、頭を触りながら全身を見たが、何処もおかしなところはなかった。
「どうしたんだ」
「いや、だって、ないんですよ。手、手に」
と木村は左手を指さした。
「手?」
見るがちゃんと手はある。「ちゃんとあるだろ」
「いや、だって、番号が!寿命番号がないんですよ!」
――確定寿命番号――
「それは名の通り、確定している寿命を示す番号です。人はその年齢になった時、死亡します。5歳になった時に、寿命検査を行った後、左手に番号が刻印され、それは一生消えるることはないはずなのですが……」
前に座る医者は、まるで当たり前のことを話すように、そう説明した。
「いや、えっと」
なにから聞いていいのか、分からない。「じゅ、寿命ですか」
「ええ、寿命です」
「分かるんですか」
医師はかすかに鼻で笑った。
「当たり前じゃないですか。まさか本当に忘れてしまったのですか」
「いやぁ」
田所は頭を掻く。
そもそも、そんなこと一度も教わってないし、5歳の時に刻印をいれた記憶も全くない。
今までの記憶にも、そんな番号をいれた人間はいなかった。
「こういう」
医者は手で空中に四角を描く。「大きさの、中に手が入って、そこからレーザーで刻印を入れるんですけど」
田所は首をかしげる。
「いや、まったく」
「つまり、ご自分の番号もわからないんですね」
「はい」
「それは困りましたね。うーん、部分的な記憶障害でしょうか」
医者は腕を組んで、首をかしげた。「外傷は見当たりませんでしたので、命にかかわるようなことはないでしょうが、一応、大学病院の方に紹介状を出しておきます」
「はあ……ありがとうございます」
田所はなんとも言い難い様子で、そう答えた。
紹介状をもらい、歩いて家に帰る途中、信号を待っていると、多くの人々が左手に手袋をしているのが分かった。
ぼーっとそれを見ていた時、その意味が分かった。もし年齢に近い数字だったり、若い数字だったとき、変に気を使わせてしまう可能性があるからだ。
あまりに多くの人間がしている当たり、もしかしたらみなマナーとして、手袋をつけるよう教えられているのかもしれない。手袋をついている=番号が近いか若い、というイメージを付けさせないように。
しかし、そんなことは田所は知らない。
忘れてしまったのか?いや、マナーや刻印のことだけを、局部的に記憶喪失にあうなんてありえない。
あり得ない話だが、俺はもしかして、あの階段を転げ落ちた時、別の世界に――
「先輩」
後ろから声がし、思考の果てから現実に引き戻されると、隣にいつの間にか木村がいた。
「青になってますよ」
「え」
顔を上げると、いつの間にか信号は青になっていた。「あ、ああ」
思い出したかのように歩き出すと、その隣に木村も続く。
「偶然、先輩を見つけまして。病院にはいったんですか」
「ああ、さっきな」
「そうですか。本当に寿命番号のこと、忘れちゃったんですか」
忘れた。というより、きっと別の世界から飛ばされたんだろう。
そんなこと、いえるわけがない。
「まあ、そうかもな」
と曖昧に答える。「お前、俺の番号知らないのか」
「知らないに決まってるじゃないですか、いつも手袋をしていたんですから。まあでも、番号が分からないって大変ですね」
「大変……大変ねぇ。なあ、寿命が分かんねぇことが、そんなに大変なのか」
「何をいってるんですか」
木村は田所のいっていることが理解できない、といった様子で眉をひそめた。
「いや、だってさ。自分がその時に死ぬって、それが分かっちゃうと怖いじゃん。死ぬにしても、知らないうちに死にたいっていうか」
「そんなことになったら、準備ができないじゃないですか」
「準備って?」
「死ぬ準備ですよ」
「死ぬ……準備」
思わぬ言葉に、田所はそのセリフを反復していた。
「そうですよ。自分が死ぬってわかっていれば、やらくちゃならないことを、ちゃんとやっておけるじゃないですか。いつ死ぬかわからずに、ビクビクしながら生きるのなんて御免ですよ」
そうかもしれないと、田所は思った。
前の世界では、日々を漠然と生き、いつ死ぬかなんて考えず、きっと明日も生きているんだろうと、楽観的に考えていた。
だが、絶対に人は死ぬのだ。その日付が分かっているのなら、それに向けていろいろと考えて行動ができる。確かに分かった方がいいのかもしれないが、やはり田所には分からないでいたいという思いの方が強かった。
それは、元の世界の倫理観に長く浸っていたせいなのか、それとも人としての本能か。
不意に、木村の手袋に目がいく。
「木村、お前の確定寿命番号って――」
その時、木村の顔から嫌悪感がにじみ出ているのが分かり、田所は言葉を止めた。
それと同時に田所は察する。隠すものがマナーだとすれば、それを見ようとするのは非常に失礼な行動だ。
「ああ、いや。悪い」
田所はすぐに謝った。
「いえ……本当に忘れてしまったんですね」
その表情と言動に、その行動がどれほど失礼なものだったのかがうかがえた。
「あ、そういえばさ、近くにうまいラーメン屋の屋台がきたからさ、三浦のと一緒に行かないか」
話題を変えようとそう提案すると、木村は首をかしげる。
「誰ですか、三浦って」
「え……いや、三浦だよ。ほら、スタッフの」
「スタッフに三浦なんて人いませんけど」
田所は一瞬、言葉を失う。
いない?前の世界ではいたのに、なんで。
「いやほら。お前が初出演のとき、一緒に出てただろ」
「ああ、田中さんのことですか。あの人は数年前に寿命で死んだじゃないですか」
「田中?」
そんな人間は知らない。「なあ、お前、本当に三浦さんを知らないのか」
「だから、そういってるでしょう。誰と間違えてるんですか」
「いや、悪い」
どうやら、前の世界とこの世界では、三浦の居場所が違うらしい。
当然、前の世界に居たのだから、どこかにいるだろう。だが、確定寿命番号の有無と同様に、ほんの少しの世界のズレというものも、存在している。
「そっか、いないのか」
田所は空を仰いで、三浦の顔をそこに浮かべた。
あれが最後の別れになるとは思ってもいなかった。こうなるなら、もっと一緒に飲んでやったらよかったな。
「先輩、どうしたんですか」
「いや、なんでもない」
でもまあ、どこかで生きてるんなら、それでいいだろう。
そう思いながら、家に帰った。
夜、布団の中で薄暗い天井を見ながら、田所は考えた。
最初、この世界は非常に息苦しいものだと考えていた。自分の寿命なんて、考えたくもなかったからだ。
だが、木村の話を聞いて、その思いは少しずつ変わっていた。
「悪くないな……悪くない……だけど」
田所の胸の中には、いまだ引っかかることがあった。
何か……何かがおかしい気がする。
その原因を探ろうと、必死に考えを巡らせたが、答えは出ず、いつの間にか眠りについた。
この世界に来て、1月が立った。
田所は順応していた。
なんであれば、その世界の小さな変化を楽しんでいるほどだった。
例えば新聞だ。事故によって人が死んでしまったとき、名前の後には、その人間の年齢が()で書かれるが、この世界では少し違った。
あるにはある、しかし()が二つあるのだ。一つはその時の年齢、その次は確定寿命番号だ。それが近いと、例え事故死でも、まああと数年だったんだ、とちょっと気持ちが軽くなる。
商売にもその変化がある。多くの店が、ものによって数字が違うが寿命の近い人間に割引をする、といったサービスを行っていた。
確定寿命番号は絶対に消えないし、偽装の恐れもない。
これらの小さな変化を、日々の中で見つけては、なるほど、と感心する。
そんな刺激を受けると、この世界に来たのも悪くはないと思う。だが、やはり三浦にはもう一度会いたいものだ。
――これにより世界の人口は50億飛んでにじゅ――
田所はテレビの電源を切ると、真っ暗な窓の外を見てから背伸びする。
「さて、もう寝るかな」
電気を消して、布団に入る。
明日も、なにか新しい発見があるかな。
そう思い、小さく鼻で笑うと、ゆっくりと寝入った。
グイ。
体が引っ張られるような感覚で、田所は目を覚ます。
もうろうとする意識が徐々に晴れてくると、目の前に仰天している男の顔が目に入った。
「え!な、誰だ!」
掴まれていた手を振り払い、体を起こすと、電気のついた部屋の中に3人の男がたたずんでいた。
泥棒?強盗?
様々な言葉が脳裏をよぎったが、すぐにある疑問がそれらをかき消す。
男たちの顔、まるでおかしなものでも見たような表情で、こちらを驚愕した様子で見ており、なにをするべきかと、体をそわそわと動かしながら、男同士で見あったり、田所をみたりとせわしない。
「なんだ……あんたら」
そう質問すると、一番最年長らしい男が
「それはこっちのセリフだよ」
と田所以上に戸惑った様子で答える。「なんであんた生きてるんだよ」
「生きてる?」
「そうだよ。あんた、田所浩二だよな」
田所は頷く。
「そう……ですけど」
「だったらあんた、今日が誕生日で、確定寿命番号の日だ。死んでなきゃおかしい」
その言葉を聞いた瞬間、田所は目の前の何もない空間を見据えると、息をのんだ。
俺の……寿命?まじかよ、今日がおれの寿命の日だったのかよ……ちょっとまてよ。
田所にある考えが頭をめぐると、胸に冷たい煙が渦巻くのを感じた。
おかしい……おかしいぞ。前の世界とこの世界は、たいして変わらないはずだ。なのになんで俺は今日死ぬんだ。
巡った憶測はある答えを運んでくると共に、田所を絶望させた。
「田所さん。いま上の人間に電話して――」
「うわああああああ」
田所は男の言葉を無視して、部屋の中を突っ切ると裸足で外に出た。
「ちょっと!待ってください!」
後ろから男たちの声が聞えてくるが、そんなものは無視してとにかく走った。
息が続かなくなるまで走り、後ろから男たち付いてきていないことを確認すると、息を整えた後、ただ歩き続けた。
1時間後、あるアパートにつくと、二階に上がり奥から二番目のドアのインターホンを押す。
数秒、待っても出なかった。隣の窓を見ると中は電気がついていなかった。
インターホンを連打すると、窓から明かりが見え、ドアが開いて木村が顔を出した。
「せ……先輩?」
木村は見るからに寝起きだった。「何なんですかこんな時間――」
「木村!」
田所は木村の肩をつかんで叫んだ。
「うわ!な、なんですか」
「田中……田中のことについて聞かせてくれ。そいつは何歳で死んだんだ」
予測なら、出演したときはたいして年齢は離れていないはずだ。
「えっと……あの時の僕の二つ上で下から、26歳です」
「26……26」
田所は何度かその数字を復唱する。「26歳で、寿命で死んだんだな」
「ええ」
「おかしくないのか」
「いや、寿命ですから」
「つまり……その年齢での寿命もあるってことだな」
「……はい」
「そうか」
田所は頭を下に向けた後、また木村の顔を見る。「そいつは……誕生日に死んだんだな」
「ええ、当たり前じゃないですか」
「そうか……そうか」
田所はふらふらと歩き出すと、アパートの階段を下りだした。
「先輩!どうしたんですか」
後ろから声がして振り返ると、木村が心配そうな顔を向けていた。
「大丈夫だ……ちょっと一人にしてくれ」
そういってまた階段を下り、夜の道を歩きだす。
ずっと疑問だったのだ。
寿命とは何だ。
病死は寿命か、事故死は寿命か、殺されるのは寿命か。
どれも違う、きっと田所を含めた、多くの人間が老死のことだと考えるだろう。
そう、あり得ないのだ。田所の年齢で、ましてや、その昔、この世界で田所と共にAV出演した田中という男の、26歳なんてことも。
極めつけは誕生日だ。
医者にその年齢になった時に死ぬといわれたときから、違和感があった。
誕生日にぱったりと人が死ぬ?そんなことは前の世界ではなかった。
年齢というもの自体、人間がどれだけ生きたかを分かりやすくするためのものであり、肉体は誕生日とともにガラリと変わるわけではなく、徐々に老いていってるのだ。
急に死ぬなんて、あり得ない。
だが、この世界ではそれが当然になっている。ちゃんと誕生日に人が死ぬからだ。
なぜ?なぜ誕生日に人が死ぬ。そして、なぜ寿命が今日である俺は死なない。
俺と、俺以外の人間の違いはなんだ。
答えはすぐに出た。5歳の時に受ける、確定寿命番号の刻印。その時に、人々は体に施されるのだ。
番号と同じ誕生日に死ぬ、なにかを。
それはきっと目的や、法則がある数字なのだろう。そして、大体の人間が、自分の本当の寿命より前の数字があてがわれるはずだ。田所や田中がそうだったように。
酷い者は20以下、もしかすると一桁の人間もいるのかもしれない。
つまり、どこかで生きていると思っていた三浦は、世界のズレよって別の場所にいるわけではない。小さな数字を刻まれ、出会うよりも前に――
ゴン。
思考を巡らしていると、突然、鈍い音が聞こえると共に、意識が暗闇に消えた。
頭がジンジンと痛む。
意識を取り戻した田所は、静かに目を開いた。
視界には自分の膝と体にまかれているロープのようなものが目に入り、感覚から椅子に座らされ、手と体が縛り付けられていることが分かった。
ゆっくりと顔を上げると、コンクリートの壁と共に、左右に黒いタキシードを来た男2人が見えた。
「目が覚めたか」
右の男が言った。
「眠っていた方がよかったのに」
と左の男が続く。
「ここは……どこだ」
いまだに鈍い痛みを放つ頭を振り、周りを見渡すが、コンクリートの壁と蛍光灯しか見当たらない。どうやら出入口は後ろにあるようだ。
「目的は……なんだ」
数秒の間の後、右の男が答えた。
「維持のためだ」
「おいおい、答えるのかよ」
左の男が茶化したようにいう。
「彼にも知る権利がある」
「知らない方がいいだろ」
「知りたいのなら、知らせてやった方がいい」
「どうなってもしらないぜ」
「おい」
田所は二人の会話に割って入る。「なに話してるんだよ。お前たちはなんなんだ」
「残念ながら、組織の名前はいえない」
右の男がいった。「ただ、世界の秩序を守るものだといっておこう」
「秩序?」
「そうだ」
「どういう意味だ。ちゃんと説明してくれ」
男は一瞬だけ、戸惑ったかのように言葉を詰まらせた後、口を開いた。
「地球の資源は有限だ。人間が増え続け、それを消費し続ければ、いずれ大きな問題となる。そのために、人間の数を調整しなくてはならないのだ。秘密裏に」
「それが……確定寿命番号か。国家ぐるみの……いや、きっとこの国だけじゃない。世界ぐるみでこんなことをしてるんだ。全員で手を組んで、人を間引いでるんだ」
「そう考えてもらって構わない。だが、どれも世界の秩序のためだ」
「そうか……そうか」
そのとき、顔を青くした田所は、恐る恐る男に聞いた。「なんで、なんでそんなことを、俺に教えた……絶対に誰にも知られてはならないことを」
男は何も答えず、目線を横にそらした。
「うわあああああ」
田所は叫び、体を思い切り振った。「ほどけ!ほどけ!これをほどけ!」
「あらら、いわんこっちゃない」
左の男は、田所の様子など眼中にないかのように、軽い様子でいった。「だから知らない方がいいっていったのに」
「知らずに死ぬのは嫌だろう」
「俺は知らないまま死にたいね」
「そうか」
田所は力の限り暴れ続けた。
体力がなくなっても、一瞬の休憩の後、またすぐに体を動かす。
だが、ロープが外れることはなかった。
「クソ!クソ!人殺し!人殺し!」
田所が唾を飛ばしながら、二人に叫んでいると、後ろから鉄扉の開く音が聞えた。
「おまたせ~」
後ろからいかにもゲスい顔の男が、前にやってくる。「いや、ちょっと手間取ってよ。なに、起きちゃってたの」
「ああ」
左の男は笑い交じりに答えた。「しかもこいつが、いっちゃったのよ」
「趣味悪いね~」
ゲス顔の男は笑いながらいった。
「知りたいといったから、教えてやったまでだ」
「まあどうでもいいけど、さっさとやっちゃおうか」
「そうだな」
左右の男が田所に近づくと、素早くロープをほどき、田所の体を強い力でつかみ、動かせなくする。
田所は必死で体をゆすったが、びくともしなかった。
ゲス顔の男は謎の機会を左手に、田所の前に立つ。
手が入る程の穴が開いたものだ。
それが刻印を行うための装置だと、すぐに理解すると同時に、その持っている手に目が行く。
92。
左右の田所を掴んでいる二人の手も見る。
94……97。
田所はギリギリと歯を食いしばった。
「なにが世界の秩序だ。そんなこというんだった、お前たちもしっかりやりやがれ!自分たちだけ……自分たちだけ長生しやがって!ゲスどもが!」
「管理の立場にある以上、長く生きなければならないのだ。これも――」
「うるせぇ!だまってこの手を離せ!」
「まあまあ、落ち着けよ」
ゲス顔の男が機械をいじりながらいう、「もうすぐ終わるんだからさ。確か、君の年齢は……これだったね」
そのとき、田所は震えた。
この機械は何かしらの方法で、ある年齢を境に人を殺すものだ。
田所の場合、それが昨日だった。もし、いまその年齢で死ぬ設定で刻印をされた場合、どうなるのだ。
想像は容易だった。
「うわあああ!離せ!離せ!離せ!」
男によって無理やり左手を前に出されると、ゲス顔の男がそこに機械を近づける。
「やめろ!やめろ!やめろおおおお!!!」
田所の叫び声と同時に、機械音が部屋に響いた。
――アナタノカクテイジュミョウバンゴウハ――
先ほどまでの暴れっぷりが嘘かのように、だらんと力なく椅子に座る田所の左手を、ゲス顔の男は笑いながら掴んだ。
「36……普通だな」