東方繋操録 〜紅魔館執事長比企谷八幡〜   作:黒初白終

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 随分と広い図書館だな


 ―――人間の客なんて珍しいわね

 ―――本を盗まないなら歓迎するわ


 地下室に用があって来たんだが


 ―――・・・そう。レミィに頼まれたのね

 ―――生きていたら、また会いましょう

 ―――こぁ、案内してあげて


 ―――はい。ではこちらに・・・えっと、


 比企谷だ


 ―――では比企谷さん、どうかご無事で

 ―――私達の名前は、また会った時に






第七話:呪いの行方

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 紅魔館のテラス。

 レミリアとフランが熟睡している真昼間に、二人の従者が仕事を一段落終えて休憩を取ろうとしていた。

 

 カチャカチャ・・・

 

 ティーセットの音が心地よく耳に響く。

 二つ並んだカップに琥珀色の香り高い紅茶と、濁った色のこれまた香り高いコーヒーがそれぞれ注がれた。もちろん注いだのは二つとも紅魔館の瀟洒なメイドこと咲夜である。

 

 

「はい、どうぞ」

 

「おう。・・・はぁ、しんど」

 

 

 軽い挨拶でコーヒー入りのカップを受け取ったのは紅魔館の不完全な執事こと比企谷。疲れていたのか執事服の首元を乱雑に緩め、深く息を吐きながら椅子に腰掛け、そのままぐったりとテーブルに身を預けた。

 それに対して咲夜は軽く息を吐くだけでお淑やかに座った。そして自分の紅茶の入ったカップに一口だけ口をつけると比企谷の態度を嗜めた。

 

 

「あなたも正式な紅魔館の従者でしょう?休憩中でもその自覚を忘れないようにしなさい」

 

「いや、俺丸一日働きっぱなしだったからね?本当は休憩じゃなくて睡眠取りたいんだが・・・何ならもう二度と働きたくないまである」

 

「時間なら私がいくらでも作ってあげるから、常にお嬢様達に仕える者だということを意識しておいて。それに、あなたの分の仕事を私にさせる気かしら」

 

 

 比企谷としてはそう言われてしまうと弱い。比企谷自身、半分程の雑事をやっているため分かるのだが、あの量の仕事を身内に押し付けるというのも気が引けた。

 だが、こういう時にこそ意味不明な極論で証明をでっち上げ、逃げようとするのが比企谷八幡という人間なわけで。

 

 

「はぁ・・・・・・突然だがな、日本には『二兎追うものは一兎をも得ず』という(ことわざ)があってだな」

 

「一応聞いてあげる」

 

「結果的に一兎も追おうとしなかった時と得られるものが同じなんだから働かなくていいとは思わないか」

 

「なら一兎を追いなさい」

 

「完全な正論で言い返された・・・」

 

 

 視線を向けられることもなく即答された比企谷は、自分の非を認め渋々と服装と姿勢を正した。

 猫舌に程よい温度まで冷めたコーヒーにミルクを少しだけ注ぎ、角砂糖の入った瓶を手に取る。そして、瓶の中から一つ、二つ、三つ、四つ―――

 

 

「ちょ、ちょっと―――」

 

 

 ―――五つ、六つ、七つ、八つ。

 八幡だけに、と比企谷は咲夜の制止の声も聞かずゲロ甘なコーヒーを作り出した。更には練乳があればもっと完璧だったんだがなどとほざくこの輩。飲み物を入れてくれた人に対する冒涜である。

 咲夜は絶句した。元々、紅魔館の住人は紅茶を好んで飲む。比企谷も紅茶を飲む時は普通に少量の砂糖を入れるだけだった。コーヒーを入れたのは今回が初めてだったのだが、本人の希望で入れてみたらこの暴挙である。こんなものを飲み続ければ糖尿病まで一直線間違いなし。もはやため息しか出ない。

 しかし、当の本人はそれはもう幸せそうにゲロ甘コーヒーを飲んでいるものだから咲夜も怒鳴るに怒鳴れない。と言っても、実際に見える表情の変化などほとんどないのだか。

 

 

「・・・はぁ、次からは二つまでにしておきなさい」

 

「なら次からは紅茶にしておく」

 

「あなたねぇ・・・・・・」

 

 

 何だかんだ身内に甘い咲夜。しかし比企谷はゲロ甘以外のコーヒーは所望していないらしい。

 この男はどうも猫っぽい所がある。気分屋だったり、猫舌だったり、近づいたり離れたり。紅魔館に来たばかりの頃は猫背で、今でも気を抜くと背中を曲げてしまうこともしばしば。惰性的な所などもそう思わせる要因である。

 咲夜としては初めて入れたコーヒーの香りや深み、酸味などの感想を聞きたかったのだが、この超甘党の猫にそのような文句をぶつけてものらりくらりと躱されてしまうだろうと諦め、話題を切り替えた。

 

 

「それで?」

 

「ん・・・?」

 

「昨日の話よ。一昨日の、人里の守護者に胸ぐらを掴まれて脅迫された所までは知ってるけど」

 

「いや、別に脅迫って程じゃ・・・・・・え? 今、人里の守護者って言った? あの人が?」

 

 

 守護者・・・? あの人、人里の住人に物理的な被害与えてたんだが―――と、驚愕の事実に戦慄する比企谷を無視して続きを促す咲夜。

 

 昨日の話とは、比企谷が現在一徹している原因であり、紅魔館で仕事を始めた当初と同じくらいに疲労している理由でもある。比企谷は昨日、外での用事を終えた後すっかり夜になり元気になったフランの遊びに付き合い、つい先程まで紅魔館内の雑事をこなしていたのだ。

 比企谷は忙しすぎて記憶が飛んでいたのか、思い出すと『あぁ・・・』と顔を顰めた。面白くないことがあったのだろう。だが、同時に『丁度いい』と呟いてカップを置いた。深く息を吐いて、珍しく真剣な顔をして咲夜と顔を合わせる。

 

 

「これから話すことは、紅魔館の・・・主に俺と咲夜のこれからに深く関わってくるかもしれない」

 

 

 何かしら、能力の応用で心を揺さぶられているのではないかと思うほど、その言葉は咲夜に重く響いた。

 

 

「俺たちは人間の手に余る能力を持っているが、どこまで行っても人間だ。幻想郷の中だといつ死んでもおかしくないし、100年もすれば死ぬ」

 

 

 

 現実と向き合ういい教材だった、と比企谷は言った。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 永遠亭。

 広い客間には静寂が訪れていた。一人は何が起こったのか理解できないのか呆然としていて、他二人は興味深そうにこちらを観察している。

 一人呆然としていた彼女は、次第に言葉を理解していったのか徐々に肩を震わせ―――

 

 

 ダンッ!!

 

 

 ぱちゃり、と鈴仙が入れてくれたお茶が机の上に零れる。

 良い茶葉を使っていたのだろうか。それを見た八意永琳がため息をこぼした。

 

 

「おい、どういう理由か説明しろよ・・・!」

 

 

 身を乗り出してこちらの胸ぐらを掴んできた藤原妹紅。

 見ず知らずの人を犠牲に不死の呪いから開放されることを望んだため、能力を使わないと主張したところこうなった。

 

 

「私はあの吸血鬼の客として認められたんじゃなかったのか」

 

 

 胸ぐらを掴まれても特に不快になるわけでもなく、ただ何となく、昨日出会った上白沢先生に似てるな、と呑気なことを考えていた。

 

 

「対応はこちらに任されている。もっと言えば俺はフランの従者だ。最悪、レミリアの命令は聞かなくていいことになっている」

 

 

 これは紅魔館内で交わした約束で、フランを主とし命令には絶対服従。レミリアは明確な主ではないが、こちらが受け入れられる範囲で命令に従う。

 フランに命令されている時などは、レミリアの命令を聞くことは出来ない。そのため姉妹喧嘩の時、従者二人は大変である。

 

 ただ、今回は―――

 

 

「もし命令だとしても、これは俺の中でレミリアの命令に従える範囲を超えている。フランからの命令がない限り俺が意見を変えることはない。理由としては―――単純にアンタらが気に入らない」

 

 

 理由なんて、いつだって誰だってそんなもの。現世での人間関係は忘れてしまったが、記憶の中には何となくそうだった覚えがある。

 人が他人を認めないなんて、大体が気に入らないからだ。自分の中の価値観とも正義とも呼べる何かが相手を許容できないから、認めるわけにはいかない。プライドかと聞かれればそうではない。誇りなんて大層なものではなく、それを認めてしまえば自身を否定することになるというちっぽけで臆病な心の問題。

 その程度の理由で、と思うかもしれない。だが、譲れない最低ラインというものを誰しもが持っているはず。絶対に譲れない。例えばそれは自身の命で、例えばそれは大切な人で、例えばそれはプライドで。

 自分のそれが一体何なのか明確にわかっている訳ではないけど。それは曖昧で定義があるわけでもなく、本当に存在するのかも分からないけど。それでも、きっとそれは確かに存在していて、それが紅魔館の皆なのだと信じている。

 目の前の二人のことを認めてしまえば、自分と紅魔館の皆との関係が偽りのものだと認めることになる。それだけは、あってはならないことだ。

 

 

「不老不死を願った人が、死にたくないと願った人が。いったいどれだけたくさんいるんだろうな。まぁ、そんな人は既に死んでるんだから分かるわけはないが」

 

 

 不老不死になるとは死ななくなることではない。死ねなくなることだ。実際に不老不死になった人は、きっと誰もがそう思う。

 それでも、願っても普通は手に入れられないそれを手に入れておきながら、辛いからという理由で他人に押し付けようとするのは違うだろう。

 お前達が自分で願ったのだろう。欲したのだろう。その呪いを。お前達が望んだのだ。強欲が過ぎる。

 

 訴えかけるように目で問うと、藤原妹紅は肩を震わせ苦しさに表情を歪ませながらこちらを睨み、胸ぐらを掴んでいた手を今度は首にまわす。

 そして、叫ぶように吠えた。

 

 

「お前に、何が理解(わか)る!! 」

 

 

 ギリギリと折れてしまいそうな程に首を締め上げられ、声を出そうにも出せない。

 藤原妹紅は力を緩める様子もなく、目元に涙を溜めながら激昂する。

 

 

「不老不死になったこともないやつが!たかだか数十年しか生きてないやつが!死のうと思えばいつでも死ねるようなやつが!!」

 

 

 今すぐに言い返したいことがある。言い返したいことができた。言い返さなければならない。しかし、首にまわされた手が邪魔で声が出ない。

 

 

「大切な人と一緒に老いることも死ぬことも許されない私の何が理解るっ!!!!」

 

 

 ・・・ああ、泣ける話だ。

 もし自分がそうなってしまったらと思うと同情せずにはいられない。自分に彼女を重ねて、紅魔館に一人取り残されたらと考えるとぞっとする。

 この話を聞けば誰もが彼女に味方して、こちらに非があることを主張するのだろう。誰もがその姿を想像して、自分に重ねて、可哀想だと言うのだろう。悪者は完全にこちら側だ。

 だが、それでも言わせてもらわなければならない。

 

 スッ・・・

 

 人里の教師にやったのと同じように関係を再構築すると、弾かれるように首から手が離れる。

 

 

「ケホッ、ゴホッ・・・・・・。

 ・・・ああ、理解できない。しようとも思わない。

 確かに不老不死は老いることも死ぬ事も出来ない。大切な人が誰かは知らないが、その人の方が先にいなくなるだろうし、これまでだってそうだったんだろうな」

 

 

 苦しさに咳き込みながらも、溜まりに溜まった『気に入らない』を吐き出すために嫌味のこもった同情を見せる。

 そして、切り返すようにそれを吐き出す。

 

 

「だが、アンタ理解してたはずだ。不老不死がそういうものだと知ってて手を出したはずだ。知ってて手を伸ばして、掴み取って、望んでその姿になったはずだ。

 老いることも死ぬことも許されない? 違うな。アンタは老いからも死からも開放されたんだ」

 

 

 幻想郷の幻の存在は、言葉遊びのような捉え方の転換が大きな意味を持ち、それが能力に起因したり大事件を起こしたりする。

 『死ななくなった』は『死ねなくなった』は似ているようで違う。同じ事象なのにまったく違う意味を持つ。だから、不死の能力を持ってしまったのと望んで手に入れたのでは前提として異なっている。

 

 こんな屁理屈くさいことを考えるようになったのはいつからだったか。現世で考えたこともあったかもしれないが、少なくとも覚えている中ではフランの問題を解消した時からだ。

 

 

「確かに俺は、数十年どころか十余年程度しか生きていない。だが、それでも自分が正しいと胸を張って言える。アンタはどうだ。 胸を張って自分が正しいと、間違ってないと言えるのか?」

 

 

 藤原妹紅のような境遇の人は周りの同情を集めやすい。多数派に非難されれば、少数派の主張など簡単に潰される。ここが人里でなくて良かった。他の二人が援護するかとも思ったが、どうやらそういう関係ではないようだ。

 それなら後は、彼女自身に非を認めさせるだけ。

 

 

「わ、私は・・・・・・っ!」

 

 

 拳をギュッと握りしめ、力なくこちらを睨みつける。何とか反論しようと口を開くが、言葉が出てこない。

 

 

「私は、ただ・・・・・・」

 

 

 藤原妹紅が声に出したのはそれだけだった。

 過去の出来事を思い出したのか頭を抱え、それ以降黙り込む。

 

 それを確認し、次はかぐや姫へと視線を移す。

 しかし、彼女は申し訳なさそうにするでもなく、ただ憮然とした態度でこちらを見た。

 

 

「・・・私にはあなたの言葉は響かないわ。妹紅みたいに罪悪感がある訳でもない。私には地上の人間のことなんて分からないから」

 

 

 傲慢、とは少し違うのだろうか。見下している訳では無いが、彼女の言う通り罪悪感がある訳でもない。おそらく、本当に地上の人間のことが分からないのだろう。

 以前レミリアに聞いたことがある。月の民は穢を祓った地上の人間だと。穢の無くなった月の民は地上の人間を見下す傾向があるらしい。彼女たちがそうなのだろう。

 

 

「私にとっては人が一生を過ごす時間も刹那の時も何も変わらない。私は、ただ退屈なだけ。変わらない、代わり映えしない世界が退屈で仕方ない。

 幻滅したかしら?きっとあなたの知ってる私とは違うのでしょうね。結局幻想はただの幻想なのよ。幻は、決して現実に成り得ない」

 

 

 見方によれば傲慢と見られても仕方ない態度だが、不思議と藤原妹紅よりは好感が持てた。罪悪感も感じていない、人間味に欠ける彼女に何故それほど苛立たないのだろうか。藤原妹紅の方がよっぽど人間らしく、確固とした理由があるというのに―――

 

 

「私は退屈が嫌い。今も昔も、ただそれだけ」

 

 

 ―――ああ、今わかった。

 蓬莱山輝夜は昔から変わっていなかったのだ。不死になったのも、不死を押し付けたいのも『退屈が嫌』だから。ずっとそのために行動していたのなら、強欲でも何でもない。

 ただ、藤原妹紅はどうだろう。不死の能力を手に入れておきながら、今は『大切な人と一緒に老い、死にたい』と言っているのだ。罪悪感を抱きながら。

 

 きっと自分が気に入らなかったのはこの点だ。

 

 罪悪感を持つのは反省の証だろうか。

 違う。

 罪悪感と後悔とは似て非なるものだ。

 後悔とは既に終わった事象、自分ができなかった事などに対する心残り。つまり反省。

 対して罪悪感とは何かしら行動し、悪い結果に巻き込まれる相手に対する『許して欲しい』なのだ。

 藤原妹紅の場合、その悪い結果を知っている上でその『罪悪感(許して欲しい)』を抱いているのだ。

 

 全てを理解して、藤原妹紅を睨みつける。

 

 罪悪感を持つくらいなら最初からやるな。

 それでも欲したのなら貫き通せ。

 許しを乞うな。

 贖罪が許されると思うな。

 背負い続けろ。

 逃げるな。

 楽になろうとするな。

 

 

「・・・・・・」

 

 

 藤原妹紅の胸ぐらを掴んで、吐き捨てたかった。

 しかし、彼女を責め立てるような言葉は浮かび上がっては喉元でつまり、ついぞ声に出すことは無かった。

 出せなかった。喉が収縮して出すことを拒んだ。

 

 お前はどうなのだと、自分自身に聞かれた気がしたからだ。

 現世ではどうだったのだろうかと。

 自分に目の前の彼女を責める権利があるのかと。

 

 

 その答えは、出なかった。

 

 

「・・・分かりました」

 

 

 色々考えて、先程までと比べると頭は幾分か冷えた。大体の全容は理解出来たし、自問に対する答えは出なかったが、今回の問題に対するひとつの答えは出た。

 

 

「私から貴方達へ一つ、条件を出します。その条件さえ満たせば、貴方達の望む通りにその呪いを引き剥がしましょう」

 

 

 丁寧な口調を意識して、冷静に考える。

 

 後悔先に立たず。

 後悔・・・自分の行動に対する心残りを先に知ることなどできない。

 自分の行動が正しいのか間違っているのかもわからない。

 だから、自分に出来ることは最善を求めて行動することだけ。

 

 

「・・・ほ、本当に、か?」

 

 

 涙で顔をぐしゃぐしゃにした藤原妹紅は一瞬呆けた顔をした後、そう尋ねてきた。蓬莱山輝夜と八意永琳も、呆然とはしていないが少し驚いた顔をしている。完全に話を断る流れだったから、当然といえば当然の反応なのだろうか。

 

藤原妹紅と蓬莱山輝夜のために(・・・・・・・・・・・・・・)力を使うことはない、と言っただけなのだが。

 

 

「ええ。ただ、勘違いはしないで頂きたい。先に申しました通り、貴方達のために力を使うわけではありません」

 

 

 意図がわからず首を傾げる藤原妹紅と蓬莱山輝夜。だが、八意永琳は何か察したのか、クスリと微笑んだ。

 察しのいい人は苦手だ。

 少々気恥ずかしくなりながらも、しっかりと目の前の二人と向き合う。

 

 

「私が貴方達に能力を使う条件。それは―――」

 

 

 

 鮮明に記憶に焼き付いたのは、ぽけーっとしたマヌケな顔と、軽く目を見開いて驚いた顔、そして生暖かい視線だった。

 

 やめて、見ないで。

 お布団被りたい。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 比企谷の説明が終わると、咲夜は腕を組んで顎に手を当て、一人納得する。

 

 

「なるほど。誰かに不死を望まれる(・・・・・・・・・・)こと、ね・・・」

 

 

 比企谷の主張としては、あくまで藤原妹紅と蓬莱山輝夜が救われる側であってはならない。そこを認めることは出来ない。だから妥協点を提示した。

 

 

「おかげで永遠亭の薬師に『捻くれてるわね』って生暖かい目で見られた」

 

 

 比企谷は恥ずかしい気持ちを紛らわせるためカップに口を付けようとして、カラになっていることに気づく。それに目敏く気づいた咲夜が紅茶のティーポットを掲げてクスリと微笑む。

 何故銀髪の人達は皆生暖かい視線ばかり向けてくるのか。

 比企谷は若干不貞腐れ、苦い顔をしながらも紅茶を頼んだ。

 

 咲夜が紅茶を入れ直している様子を見て、比企谷はふと昨日の話を思い出した。

 

 

「そう言えば、永遠亭の薬師に『私と同じ髪色のメイドの娘によろしくね』って言われたんだが・・・親しいのか?」

 

「いいえ。パチュリー様の喘息の薬を取りに行く以外で会うことはなかったわね。誰かさんのおかげでその数少ない機会もなくなってしまったのだけど」

 

「おい、俺が悪いみたいな言い方するな。これまでにないくらい良いことをしただろうが」

 

「それで? この話が私達に深く関わってくるとあなたは言ったけど」

 

 

 完全に無視である。比企谷哀れなり。

 しかし、精神面で異常なまでの防御力を誇る比企谷。

 今更この程度でダメージを受けたりしない。

 冷たい対応も受け流して、新たに咲夜が入れてくれた紅茶のカップを受け取る。

 

 

「・・・簡単に言えば俺達の寿命の話だ」

 

 

 比企谷も咲夜も、一応人間である以上100年も経てば死が訪れる。

 確実に、二人が仕える主や紅魔館の住人より先に死ぬことになる。

 

 

「いつまでもこのままでいられるわけじゃない。フランやレミリア達に最後まで仕えるには、不老不死が一番手っ取り早い。ただ、」

 

「その呪いを受ける覚悟があるのかと言いたいのでしょう?そんなの愚問ね。私はお嬢様が望めばそのままに。許してくださるならずっと側にお仕えするわ」

 

「お前の狂気を感じる程のレミリア愛は分からんでもないが、不死になればレミリアがいつか死んだ後もずっと生き続けきゃならんのだが?」

 

 

 フランに仕える比企谷には咲夜の忠誠心がよく理解できる。

 フランが望めばそのままに。許されればいつまでも側に。

 だが、だからこそ不死を受けるなどと簡単には言えない。

 咲夜ほど主に対する忠誠心があると、主がいなくなった瞬間から生きる理由がなくなってしまうだろう。生きる理由がない。それでも生き続けなければならない。これほどの苦痛もない。

 

 しかし、咲夜は呆れ顔に笑を混ぜて息を吐いた。

 

 

「私のことなんてどうでもいいわ。たとえ一生の苦痛を受けるとしても、一瞬でも長くお嬢様と一緒にいたいもの」

 

「・・・・・・そうか」

 

 

 まさに見事と言うしかない。これ程までに従者として完成されている存在がいるだろうか。

 自分もまだまだ従者として甘かった、と反省し、精進を決意した比企谷。

 

 それに、と咲夜が微笑んで続ける。

 

 

「もし死ねなくなっても、ハチマンがずっと一緒にいてくれるのよね?」

 

 

 ピシリ、と石のように固まる比企谷。

 ポーカーフェイスは崩さなかったが、動揺を隠しきれなかった。

 一瞬の静寂。

 

 

「・・・何?唐突な告白?やめろよ、うっかり惚れそうになる」

 

「私は別に構わないわよ? その気持ちに応えるとは言ってないけど」

 

「ホントいい性格してんなお前・・・」

 

「あら、ありがとう」

 

「褒めてねぇよ」

 

「褒めてもいいのよ?」

 

「コンニチワ」

 

「ダメね、話が通じないわ。言葉を覚えたお猿さんかしら」

 

「人を苛立たせる天才かお前は」

 

「あら、ありがとう」

 

「あ、ダメだこれ永遠続くやつだ」

 

 

 最近は忙しくて中々できなかったが、この二人は軽口を叩き合うくらいが丁度いい。

 久しぶりのやり取りに二人とも思わずクスクスと、くつくつと笑いをこぼす。

 休憩時間も永遠ではない。現世の仕事だったら完全真っ黒なブラック企業間違いなしの労働時間を誇る紅魔館の従者。一度の休憩は半刻もない。

 二人とも自身の懐中時計を確認するとどちらからともなく立ち上がり、ティーセットを片付け始める。

 途中、ふと疑問に思った咲夜が比企谷に声をかける。

 

 

「あなたの能力って、切り離したものは何かに継ぎ直さなければならない制約なんてあったかしら」

 

 

 咲夜が疑問に思ったのは、比企谷が呪いなどは付け替えることしか出来ないと、藤原妹紅と蓬莱山輝夜に説明していたこと。

 『繋がりを操る(・・)程度の能力』がその程度しかできないはずがない。過去に、比企谷はパチュリーと病の繋がりを完全に断ち切ったことがあり、その後他のの魔女に喘息の症状が現れたものはいない。話が噛み合わないのだ。

 

 咲夜が必死に今までを振り返って考察する中、比企谷はそれをあっけなく口に出した。

 

 

「ああ、あれ嘘」

 

 

 ピシリ、と今度は比企谷ではなく咲夜が固まった。

 こちらはポーカーフェイスすら隠せず、何か言いたげな呆れた顔をしていた。

 

 

「あなたって本当・・・」

 

「いや、待て。何か勘違いしてるだろ。ちゃんと理由はあるんだ。あれは俺自身の誓約と妖怪の賢者からの制約、あとは藤原妹紅と蓬莱山輝夜への戒めのためだ」

 

 

 比企谷の言う誓約とは、一方的な能力の行使をしないこと。二人の人間がいて、片方はもう一方に危害を加えられるのに、その逆はできない。このような関係にすることも、やろうと思えばできる。

 妖怪の賢者からの制約とは、幻想郷に被害が及ぶおそれのあるレベルでの能力の行使。比企谷が切り離したものは、何かしらにくっつこうとする性質を持つため、不死を切り離してそのまま放っておけば、そこらの野良妖怪が不老不死を持ち手がつけられなくなるかもしれない。

 藤原妹紅と蓬莱山輝夜への戒めは説明した通り。この二人が救われる側であってはならないというもの。

 

 

「・・・時々、あなたの考えてることが分からなくなるわ」

 

「普段は分かるのかよ・・・何?ストーカー?」

 

「今日はトマトパーティーかしら」

 

「ばっかお前、そんなもん絞ってレミリアにでも飲ませとけよ」

 

「キュウリでもいいわよ」

 

「何でそんな俺の嫌いな食べ物知ってんだよ。やっぱりお前ストー―――待った、分かった。謝ろうじゃないか」

 

「全く謝る側の態度ではないけど」

 

 

 比企谷はナイフをちらつかせた咲夜を見て、脳漿が飛び出した美鈴を思い出した。あれを自分が喰らったら確実に死ぬ。

 咲夜がナイフを指でクルクルと回すと、どのような原理か段々とその数が増えていった。

 

 

「あまり口が滑ると永遠亭のお世話になってしまうわよ・・・・・・あ」

 

 

 ぽっと出たつぶやきの後、キン、と金属が床にぶつかる音。

 珍しいことに、咲夜がナイフを落とした。

 何かしら思い出してつかみ損ねたようだ。

 

 

「どうした?」

 

「いえ・・・・・・関係ないかもしれないけど、以前あの薬師に名前を聞かれて答えたら、驚いた顔をされたことがあって」

 

「は・・・? 名前?」

 

「ええ」

 

 

 比企谷は顎に手を当て考える。

 咲夜の名前は、比企谷の記憶が正しければ満月を意味する、レミリアに付けられたものだったはず。

 十六夜。咲夜。

 八百万の神に何かしら関わっている名前だっただろうか。

 現世での知識を元に検索をかける。

 

 

「・・・・・・サクヤヒメ?」

 

「どうかしたの?」

 

「いや、思兼神の姪にそんな名前の神がいたような・・・」

 

 

 親族なら、髪の色が一緒なのも納得できる。

 時間を操るという強力な能力も、神なら説明がつく。

 ただ、神には寿命という概念が存在しない。神は忘れ去られ、消えるだけ。神力もなければ寿命も存在する咲夜は当てはまらない。

 

 ―――『時間を操る(・・)程度の能力』は時間を進める、止めることしかできないのか?巻き戻すことはできないのか?

 時間を巻き戻せるなら、寿命という概念がなくなる。

 

 咲夜は、レミリアと出会う前の記憶がないと言っていた。

 

 本当に神なのでは・・・?

 

 

 パチン、と小さな柏手が鳴る。

 はっ、と気づいた比企谷は正面を向いた。

 

 

「私が何者なんてどうでもいいことでしょう?」

 

 

 比企谷は深く思考していたようで気づかなかったが、咲夜は明らかに不機嫌そうな顔をしていた。

 落としたナイフを拾うと、ナプキンで軽く磨いた。

 

 

「私は私よ。それを、私と紅魔館の皆が証明してくれるなら、それでいいわ」

 

「・・・ああ、悪い。意味の無いことを考えてた」

 

 

 咲夜は、紅魔館の主レミリア・スカーレットの従者。完全で瀟洒なメイド十六夜咲夜。誰にも、そのことを否定させはしないし、何より紅魔館の住人達が肯定する。

 たとえ、幻想郷が敵になろうとも。

 

「さて、続きを始めましょうか」

 

「ん・・・」

 

「はい」

 

 

 ティーセットを片付け終わると、従者達は直ぐにまた仕事に取り掛かる。

 比企谷が差し出した手に、咲夜がそっと自身の手を乗せる。

 

 

「『許可』するわ」

 

 

 

 ここからは、従者だけの時間。

 




 ◆後書き◆

 遅くなって申し訳ありません。
 大学一回生がこんなに忙しいとは・・・

 次の投稿もいつになるか分かりません。

 では、また次の機会に
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