夢幻震わす、一閃の電   作:Red October

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皆様、お久しぶりでございます。

予告通り、相応の長編になってしまいました…。なんでいっつも、長くなるんだろう。



さて、予定通りですが、他作品のネタが満載でもあります。皆様は、どれだけ見つけられますか?

!警告!

今回も、グロ表現その他満載です。その手のものが苦手な方は、ブラウザバックをお願いします。

下スクロールを以て、読む覚悟を固めたと見なします。










































 それでは、

ゆっくりしていってね!


第11話 雨風と電は、再び交わりて

 現在時刻、0530。

 すでに太陽は、地平線(?)から半分顔を出しており、キラキラする朝の光を投げ掛けている。たいがいの生物にとって、活動を始める合図であり、夜行性の生物にとっては、活動を停止し、眠りに就く時。

 

 その朝の光を照り返して、ピカピカと金属質の光沢を放つものが複数あった。それらは皆、空中に浮かんでいる。

 それらをよく観察すると、飛行機やUFOなどではないことがよく分かるだろう。艦橋や砲台といった艦上構造物が多数あるし、翼はあるが、飛行機ほど速い速度で動いてはいないし、何より鳥でもないのに翼が上下に動いている。

 そう、これこそが、このラモンド世界における一般的な乗り物である、飛行艇である。着水するわけでもないのに、なんで飛行「艇」なのかって?そんなもんは公式さんに聞いてください。

 

 さて、それらの飛行艇のうち3隻の上では、朝っぱらであるにも関わらず、多くの作業員が忙しく立ち働いていた。

 この3隻の飛行艇は、他とは異なる、異様な見た目をしている。まずそもそも、甲板の上にまともな構造物がない。砲台はあるにはあるが、甲板の端のほうに追いやられている。同じように艦橋も、艦の右舷に配置され、全体的にコンパクトなアイランド艦橋になっていた。

 そして、広々とした甲板の上には、多数の小型の飛行艇が、甲板を埋めつくすように並んでいた。どれも同じに見えるが、よく見ると細部や塗装が異なるものが3種類、並んでいる。

 甲板の先頭に並んでいるのは、白く塗られた1人乗りの飛行艇。全体的にほっそりしており、翼の先端などは半円を描くように加工されていて、日本刀のような曲線美がある。機体中央に、人が1人乗れる程度の広さのコクピットがあり、座席と操縦桿があった。コクピット正面には、十文字に交差した線と円が描かれたディスプレーがある。どうやら、照準のようだ。

 全体的な形状は、旧日本軍の戦闘機、零式艦上戦闘機21型に似ている。だが、細部が異なっていた。まず機首のプロペラとレシプロエンジンがない。代わりにそこには、魔法石の力を循環させて飛行艇を浮かせたり飛ばしたりする、魔導エンジンが積まれている。また、機銃がパワーアップしており、機首13㎜機銃2丁に主翼内20㎜機銃2丁となっていた。武装だけ見れば、零式艦上戦闘機52型クラスだ。

 その後ろには、これまた白塗りの飛行艇。ただし、これはよく見ると、コクピットの長さが長く、2つの座席が背中合わせについていた。機体前方を向いた席には、操縦桿と照準があり、機体後方を向いた席には、機銃が取り付けられている。ついでに言うと、翼はまず機体の下方に向かって斜めに伸び、途中から折れ曲がって上方をさしていた。そして、翼の先端に奇妙なスピーカーらしきものが付けられている。 

 九九式艦上爆撃機の翼を、ユンカースJu87急降下爆撃機のそれにすげ替えたような、奇妙な機体である。そして、機体の下には、誰が見ても爆弾だとわかる黒い物体が大小3つ、吊り下げられていた。

 そして、甲板の最後尾に並ぶのは、他とは異なる緑色に塗られた飛行艇。キャノピーはさらに細長く、3人分のシートが設けられていた。この機体の翼も、途中から上向きに折れ曲がっている。

 それらの間を、先述の作業員たちが走り回っている。ある者はスパナを持って飛行艇の気密性を確認し、ある者は2人で協力して燃料の入った台車を押し、またある者は5人がかりで「せーの!」と声をかけあい、見るからに重そうな台車を押していた。その台車には、片方の端にプロペラと短い翼のついた、細長い棒状の金属製の物体が置かれている。その物体のもう片方の端は、半球状に閉じられ、黒く塗られていた。

 現代日本に生きる一部の方なら、見た瞬間にこれが何であるか、すぐ分かるだろう。

 

「装着急げ!早くしろ!」

「発進まで、もうあと15分しかないぞ!」

 

 そんな声も、飛び交っている。

 その声を受けて、作業員たちは作業のスピードをさらに引き上げた。しかし、手を抜かずに見るべきところはきっちり点検している。

 と、甲板と艦橋を繋ぐ金属のドアが開き、そこからぞろぞろと男たちが出てきた。いずれも、茶色い飛行服を身にまとい、茶色い飛行帽を被ってゴーグルを付けている。紛れもなく、この小型飛行艇の搭乗員たちである。

 男たちは、艦橋のすぐ下に集まって、士官とおぼしき白い服を着た人物から、何事か説明を受けている。その士官らしき人物のすぐそばの黒板に、何やら図が大きく描かれているのをみるに、作戦内容の最終確認らしい。

 5分もすると、確認は終わったらしく、男たちは一斉に敬礼した。そして、それぞれの飛行艇にめいめい散らばって移動していく。

 その頃には整備も武装も完了しており、コクピットの横に移動式の脚立をかかえた整備員がスタンバイしていて、パイロットの搭乗を待つばかりとなっていた。飛行服姿見の男たちは、その脚立を利用したり、自力で翼によじ登りってそこからコクピットに入ったりしていく。

 

「ご武運を!」

 

 ある整備員が、キャノピーを閉めながらパイロットに声をかける。パイロットはそれにサムズアップで応えた。

 

「やっつけてこいよ!」

「任せろ、絶対にブチ当ててきてやる!」

 

 別の場所からは、そんな声も聞こえる。

 それらの会話に混じって、飛行艇の魔導エンジンの駆動音が響き始めた。エンジンに軽い負荷をかけながら動かすことで、各部の動きを円滑なものにするためである。いわゆる暖機運転というやつだ。

 

 

 

 10分後。

 ラモンドの空を飛行している、全体的に平たいフォルムの3隻の飛行艇である、フリゲート護送社の最新鋭護衛艦「アマテラス型飛空母艦」。そのネームシップ「アマテラス」艦橋から、サーチライトを使った発光信号が送られた。同時に、空に向けて赤い信号弾が打ち上げられる。

 

「発艦準備よろし!」

 

 アマテラスの甲板にいる士官が、艦橋見張り所から身を乗り出したクルーに叫ぶ。

 

「了解。旗艦クロスデルタより指令、『第一次攻撃隊発進セヨ』!」

「了解!第一次攻撃隊、全機発艦!」

 

 クルーから返答が返ってくるや、甲板上の士官が叫び、両手に持った紅白の旗を交差させるように振った。

 

「総員、帽ふれー!」

 

 甲板の両脇に退避していた整備員たちや、手空きの乗組員たちが一斉に被っていた帽子を取り、頭の上に持ち上げて右手で振り回す。

 

 飛行艇のエンジン音がぐんぐん高まり、甲板上の全ての音を圧する。特に甲板の先頭にいる飛行艇は、エンジン出力を一段と高めており、エンジン音も高く大きくなっていた。そして、エンジンカバーの放熱口からは、飛行用の魔力が青白い炎となって溢れている。

 と、先頭の飛行艇は走り出した。最初はゆっくり、それからどんどん加速。そして、車輪がふわりと宙に浮いた。アマテラスの飛行甲板を蹴り、飛行艇は朝の空へと飛び立っていく。

 1機目に続いて、2機目、3機目と飛行艇を繰り出すアマテラス。隣の2番艦「イザナギ」、3番艦「クシナダ」でも、同様の光景が展開する。

 

 最終的に飛び立った第一次攻撃隊の内訳は、白塗りの1人乗り飛行艇である「カタリナ型制空艇」が30機、白塗りの2人乗り飛行艇である「ソーラ型急降下爆撃艇」が36機、そして緑色の3人乗り飛行艇である「アクアス型攻撃艇」が45機。3空母あわせて111機にものぼる、かなりの規模の攻撃隊である。

 

 発進し、空中集合を終えた第一次攻撃隊は、2隊に分散した。片方は、カタリナ型12機に守られた36機のソーラ型。もう片方は、カタリナ型18機とアクアス型45機。

 そのまま敵艦隊に突進する…と思いきや、アクアス型の隊はその空域にとどまった。ソーラ型の隊は敵に突進…すると見せかけ、まったく見当違いの方向に飛んでいく。やがて、1隻の巨大な緑色の飛行艇を追い越して、その艦首の前方で進撃を止めた。

 この緑色の大型飛行艇の名は、「エスメラルダ」。このラモンド世界の飛行艇の中では、わりと古いタイプの飛行艇である。

 

「第一次攻撃隊第一中隊、配置に付きました!」

「戦闘再開時刻まで、あと1分!」

 

 エスメラルダのブリッジでは、クルーたちが次々と報告を上げる。

 

「魔導回路、異常なし。転送魔法システム、起動終了!」

「転送空域の座標入力。転送座標、敵艦隊直上!」

「回路開通、魔力注入。転送魔法波動、照射準備よし!」

 

 ブリッジでそのような報告が上げられている頃。

 エスメラルダ艦首両脇に備え付けられた、奇妙な大きい箱状の装置が、淡い桃色の光を放ち始めていた。それは、何かのレーザーっぽいものを発射する装置に見える。それの向く先には、エスメラルダ艦首前に集合した、第一次攻撃隊第一中隊の姿がある。

 

 

 

「戦闘再開まで、あと1分!」

 

 総旗艦「クロスデルタ」艦橋でも、同様の報告が上げられる。

 眠気覚ましのドリンコを一気飲みしながら、バルフォアは頷いてそれに応じた。ハチミツが若干量混ぜられているとはいえ、このドリンコの原料は魚とニトロ化合物を含むキノコ、そしてトウガラシ。若干量のハチミツでは、とても味を誤魔化しきれるものではない。口の中を激痛にも似たトウガラシの辛味が支配し、今にもマンガみたいに口から火を吹きそうだ。

 だが、魚のすり身がミックスジュース化されて入れられているので、手早くたんぱく質を補給できるし、キノコのニトロ化合物が強心剤の役割を果たしている。何より、トウガラシの辛味のせいで、眠気などとっくに吹き飛んでいる。

 

「よくそんなえげつない味のモノ飲めますね…」

「なに、慣れるまでが大変なだけさ」

 

 涼しい顔して副官に返事し、バルフォアは叫んだ。

 

「全艦、砲撃よーい!」

 

 誤射を防ぐため、最初の一撃は航空隊に譲るが、その後は全力の砲雷撃戦だ。破壊力がものを言う。

 共和国防衛軍の現戦力は、全部で365隻。約30隻が修理を間に合わせ、戦線復帰した形だ。陣形は昨日と大して変わらず、中央が烈風隊(バルフォア直率)、左翼が天山隊(ダストエルスキー指揮)、右翼が流星隊(フィーリア指揮)である。

 

「0600時まで、あと10秒!…9、8、7…」

 

 カウントダウンが読み上げられる中、バルフォアは心の中で呟いた。

 

(頼むぜ、お前ら…!)

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「砲撃用意!」

 

 一方、空賊団「カドモス」のほうでも、バルバーナが同様の号令を発していた。

 カドモスの戦力は、全部で352隻。結局、修理が間に合ったのは23隻だけだった。

 

「相手もほぼ同数のようだ、上手く戦えば、我々は勝てる!」

 

 部下たちにはそう言ったものの、バルバーナの胸中には不安が渦巻いていた。

 昨日1日で、カドモス艦隊にはかなりの被害が出ている。しかも、自らが全幅の信頼を置いていた副官のアメリアとアルベルト、それに艦隊運用の名手オクサナの3人が亡き者にされているのだ。残った幹部メンバーはいるが、どうしても見劣り感が否めない。

 

(せっかくチャンスが再度訪れたんだ、なんとしてもモノにしなければ…)

 

 既に敵の艦隊はこちらの射程に入っている。しかしそれは、こちらも相手の射程に入っているのとほぼ同義だ。

 

 

 

 そして…

 

 

 

 カドモスと共和国防衛軍、双方のメンバーが時計を睨み付ける中、長針が少しだけ、チッと動いた。

 

「撃て!」

 

 バルバーナの号令。空間を挟んだその反対側で、

 

「やれ」

 

 バルフォアが、落ち着いた命令を発した。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

『やれ』

 

 バルフォアのその命令を聞いたとたん、

 

「物質転送魔法波動、照射!」

 

 エスメラルダの艦長が一声叫んだ。

 直後、艦橋士官の1人がスイッチをポチッと押す。すると、艦首の箱状の装置が桃色の太い光のレーザーを放った。そのレーザーは拡大し、第一次攻撃隊第一中隊を包み込む。

 と、光に包まれた機体が、ぐにゃりと曲がったように見えた、と思った次の瞬間に消える。他の機体も次々と曲がるようにして視界から消えた。

 消えた機体は転送魔法によって、ちょっとしたワープをし、転送先として指定された座標に瞬時に移動した。視界に空と雲が映ったことでワープ終了を察した中隊長が、下方を見下ろす。砲撃を放つカドモス艦隊が見えた。

 

「全機行くぞ!遅れるな!」

 

 通信に一声叫ぶや、中隊長は操縦桿を押し倒し、左のフットバーを踏み込んだ。

 中隊長のソーラ型急降下爆撃艇ががくんと左に傾き、フロントガラスの外側いっぱいに敵艦が映りこんだ。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「撃てー!」

 

 バルバーナの号令が復唱されつつ、魔導通信によってカドモス全艦に通達された。

 カドモス側の飛行艇が、一斉砲火を放つ。しかし、共和国側は撃ってこなかった。

 

(…?)

 

 バルバーナがそれに違和感を感じた直後。

 

「て、敵機直上!」

 

 カドモス艦隊総旗艦「デ・マヴァント」のレーダー手が、切迫した声で叫んだ。彼の前のレーダースクリーンには、白い光点が大量に映っている。

 

「なにっ!?」

 

 バルバーナが叫びながら上を見上げた時、サイレンのような甲高い音が鳴り響いた。

 

 

 

 中隊長を乗せたソーラ型急降下爆撃艇は、ぐんぐん高度を下げ、カドモス艦隊に突進していく。独特の逆ガル翼が風を切り、サイレンを思わせる甲高い風切り音が鳴りわたる。

 

「ダイブブレーキ作動確認!降下角度70度、降下開始高度サンマル(3000)!」

「ヒトハチ(1800)まで行く、高度カウント頼む!」

「は!フタハチ!フタナナ!フタロク!…」

 

 機銃手に高度を調べさせながら、中隊長は渾身の力で操縦桿を倒し続ける。味方内での訓練なら、とっくに対空砲による迎撃が始まっているはずだが、カドモスからは1発の対空砲弾も撃ち上げてこない。対応が遅れているようだ。

 高度がヒトキュウまで下がった時、やっとカドモス側がぼつぼつ対空砲を上げだした。だが、遅すぎる。

 

「ヒトハチ(高度1800)!」

「てっ!」

 

 機銃手が報告するや、中隊長が叫んで操縦桿をめいっぱい引いた。同時に機銃手は投下スイッチを押す。

 機体の下側で機械の動作音がし、軽くなった機体に、がくんと強烈なGがかかった。そして、機体が水平飛行に戻る。

 爆撃艇が抱えてきた爆弾が、投下されたのだった。

 

 

 

「敵機直上!上方戦闘急げ!」

 

 カドモス側のある飛行艇の上で、甲板にいる砲術手のリーダー格の男が怒鳴った。それに被さるようにして、サイレンの音が、上のほうから聞こえてくる。

 見上げると、飛行艇の真上に敵の飛行艇が出現し、急降下してくるところだった。機影がどんどん大きくなってくる。

 いつどこから敵が沸いて出たのか、などという疑問はあるが、そんなことは今はどうでもいい。大事なのは、敵が攻撃しにきている、ということだ。

 慌てて砲手たちが砲を回そうとするが、敵機の突っ込んでくる速度に比べたら、もどかしくなるくらい遅い。その間にも、サイレンの音は大きく甲高くなり、敵機はみるみる近付いてくる。

 と、唐突にサイレンが止んだ。とっさに顔を上げた砲手たちの目に映ったのは、水平飛行に戻った敵機と…

 

 空から降ってくる、3つの黒い塊。

 

 次の瞬間、投下された爆弾が飛行艇の甲板を突き破り、艦内で炸裂した。同時に、砲手たちの意識は、鋭い痛みと爆音と高熱とともに、忘却の彼方に吹っ飛んだ。

 

 

 

「よし」

 

 ソーラ型急降下爆撃艇の機銃手は、満足そうに呟いた。

 眼下に見えるカドモスの飛行艇、自分たちがターゲットとしたその舟から、黒煙が立ち上っている。

 次の瞬間、その黒煙がふいに3倍くらいに増え、凄まじい炎と破片とが撒き散らされた。

 

「隊長、爆撃成功です。それと、私らが狙った舟が、なんか急に大爆発しましたよ」

「ああ、大方弾薬庫にでも引火したんだろ」

 

 振り返ることもせず、隊長は操縦桿を引きながら答えた。

 

「攻撃に成功、長居は無用だ。離脱する」

「了解!」

 

 中隊長の機体は、全速で離脱にかかる。

 機銃手が振り返ると、後続の味方機が次々と投弾するのが見えた。その下で、カドモスの飛行艇が次々に炎上している。中には、大爆発を起こし、一撃で爆散するか真っ二つに折れるかするものもあった。

 

 

 

「飛行艇『ギリア』に敵弾3発命中!被害甚大!」

「飛行艇『マール』、大爆発!通信で呼びかけるも応答なし!」

 

 カドモス総旗艦「デ・マヴァント」艦橋では、悲鳴のような声で報告が飛び交う。突然の奇襲により、味方には多数の被害か出ていた。

 

「くそっ!おい!敵はどこからやってきやがった!?」

「ボス、それが、敵はふいにレーダーに現れました。どこから来たか、まったく不明です!」

 

 バルバーナの怒気を伴った質問に、デ・マヴァントのレーダー手が青くなりながら答える。

 当たり前だ、共和国防衛軍の攻撃隊は、転送魔法によってワープして突っ込んできているのだ。一瞬前まで戦場の外側にいたのだから、どこから来たかわからないのも無理はない。

 

「なんだと!?」

 

 バルバーナがさらに質問を重ねようとしたその時、見張り員の絶叫が飛び込んできた。

 

「新たな敵機、急降下!目標は本艦!」

「なにっ!?」

 

 報告に重ねて、心胆を寒からしめるに足る、恐怖をあおるサイレンが響く。

 

「わぁぁぁぁもうダメだぁ!」

 

 レーダー手が、頭をかかえてうつ伏せる。

 

「取り舵いっぱい!なんとかしてかわせ!」

 

 恐怖を押し殺し、バルバーナは指示を飛ばす。さすがカドモスのリーダー、1度死んでも空賊のボスとしての能力はある。

 

「副砲、対空射撃準備よし!撃ちます!」

 

 この時になって、ようやく対空射撃が可能になったようだ。デ・マヴァント甲板の5つの副砲(本来6つなのだが、昨日の戦闘で1門破壊され、修理しきれなかった)が火を吹く。しかし、やっと射角が合ったというレベルである以上、命中を期待できるかと問われると、残念だが期待できないと答えるしかない。

 敵機は、散発的でかすりもしない対空砲火を、悠々とくぐり抜け、爆弾を投下する。しかし、バルバーナが発令した、取り舵による回避運動が効を奏し、最も巨大な爆弾の直撃は避けられた。代わりに小型の爆弾が1発命中し、最上甲板の露天副砲の操作員たちに戦死者が出たが。

 

「くそっ!」

 

 バルバーナが舌打ちと悪態を吐き出す。

 

「しまった!敵攻撃隊、別動隊が後方の支援艦隊直上に出現!後方支援艦隊、被害甚大!」

 

 それに、通信手の絶叫が重ねられる。

 

「なにっ!?」

 

 バルバーナが急いで振り返る。

 そこには、後方に控えていたサポート部隊が、爆撃によって蹂躙されていた。

 サポート部隊は、ある程度の自衛が行えるくらいの練度と装備は持っているが、やはり、前線での激突を前提とするレギュラー部隊に比べると、低い練度と貧弱な装備になってしまう。しかし、バフ(味方の攻撃力上昇)やデバフ(敵の攻撃力低下)、回復(損傷艦艇のダメコン)などの、レギュラー部隊にとって重要な仕事を幾つも担っており、ある意味艦隊戦の要とも言える部隊だ。それが、敵からダイレクトアタックを受けている。

 ウウゥゥゥー…という甲高いサイレン様の音とともに、カモメの翼をひっくり返したような翼の敵機が急降下し、黒い物体を投下する。それが飛行艇に吸い込まれると、一拍おいて黒煙と凄まじい炎、そして爆発音が立ち上る。攻撃の凄まじさと徹底ぶりも相まって、1機が急降下するごとに1隻がやられているかのような錯覚を覚える。

 サポート部隊に敵が直接襲いかかる、という状況は、カドモスが経験してきた状況の中には全くなかった。サポート部隊と敵の間を遮るように、カドモスのレギュラー部隊が展開しているのだが、どんな方法を使ったか、敵機はレーダー網を嘲笑うように掻い潜り、サポート部隊を襲っている。

 

 実はこれ、別動隊ではない。爆撃艇はカドモスのレギュラー部隊の直上に転送されたはずだったが、実際に転送されたポイントは、カドモスのレギュラー部隊とサポート部隊の間の、何もない空の上だったのである。転送終了と同時に、部隊の前と後ろから「敵艦発見」の報告が上がったため、指揮官の独断で部隊を2つに分けた結果、こうなったのだった。

 

「くそっ、奴ら、どうやってこんなことを…!」

 

 しかし敵は、バルバーナにこの疑問を考える暇を与えはしなかった。急降下爆撃艇部隊が引き上げにかかった直後、敵のレギュラー部隊が一斉砲火を浴びせたのだ。それにより、バルバーナの意識はそちらに引き寄せられる。

 

「わ、我が艦隊の被害甚大!今の攻撃でサポート部隊から12隻、レギュラー部隊から9隻、計21隻が失われました!しかも、どうやらベロニカ様がやられたようです!」

「やってくれる…!」

 

 バルバーナは歯ぎしりしつつ、全艦に一斉砲撃の指示を飛ばした。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「第一次攻撃隊第一中隊、奇襲に成功!敵艦隊は被害甚大!」

 

 クロスデルタの艦橋に、弾んだ声で通信手の報告が上げられるや、一部から歓声が上がった。

 

「やった!」

「逆賊め、思い知ったか!」

 

 中にはカドモスに罵声を浴びせる者もある。

 

「はしゃぐな!まだ始まったばかり、さらに被害を広げる!」

 

 一喝し、バルフォアは新たな命令を下す。

 

「第一次攻撃隊第二中隊、配置に付け!全艦、全砲門開け、全力射撃!敵の注意をこっちに引き付けろ、その隙に攻撃隊を転送してサポート部隊を、殲滅する!」

 

 指示を受けて、直ちに艦隊が動きだす。先ほどのカドモスの一斉射により、若干乱れていた隊列を立て直すと、爆撃で混乱しているカドモス艦隊に向け、全門斉射を浴びせた。空気を砲弾や魔法の光線が切り裂き、黒い煙の花が咲く。それに混じって、撃破された飛行艇の破片がキラキラ光りながら宙を舞い、赤々と燃える飛行艇の巨体が「空の底」に墜落していく。

 

「怯むな!撃てぇー!」

 

 共和国防衛軍に参加している空賊団「銀狼」の首領・ガルドールが激を飛ばす。

 

「全艦撃ちまくれ!生かして帰すな!」

 

 フィーリアも、負けじと号令をかける。

 

「天山隊も流星隊も、全力射撃してるな。あとは、ダストエルスキーが『切り札』を持ってくれば、なんとか行けるか…?」

 

 バルフォアが呟いた時だった。

 

「第二中隊、配置に付きました!転送魔法、照射準備よし!」

 

 通信手が報告を入れてきた。

 

「よし、やれ。照射!」

 

 バルフォアはただ一言、命じた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ぐあぁぁぁ!」

 

 男の悲鳴を最後に、通信が途絶えた。

 

「ボス!また1隻やられました!我が軍は劣勢です!」

「くそったれ!」

 

 通信手からの報告に、バルバーナは苛立ちを隠さない。

 敵の主力艦隊は目の前に展開しており、それさえ突破すれば、目的地である共和国の首都はすぐそこなのだが、敵は凄まじい抵抗を見せており、カドモス艦隊には被害が続出していた。そうでなくても、カドモスは艦隊運用の一翼を担ったオクサナの戦死により、艦隊運動が弱くなっている。敵はそれに気付いたらしく、弾幕の薄い箇所に攻撃を集中して、少しずつこちらの戦力を削りに来ていた。

 その時。

 

「っ!?ボス!新たな敵が突如として出現!位置は本艦からみて5時の方向、距離1万!」

 

 レーダー手が、とんでもない報告を上げた。

 

「なに!?数は!」

「数は約60、狙いはサポート部隊と思われます!ですが、今度は直上ではなく、我が隊とほぼ同高度の空域に現れました!」

「新手か!サポート部隊に迎撃させろ!」

 

 バルバーナは素早く、決断を下す。しかし、その決断は、やや遅かった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「全機、突入進路、確保!アタックポイントまで、500!」

 

 第一次攻撃隊第二中隊として転送されたアクアス型攻撃艇の1機の中で、航法士が報告する。

 

「全速!進路そのまま!我に続け!」

 

 それに応じたのは、同乗している中隊長だ。

 45機のアクアス型攻撃艇は、めいめい3機ずつで15の小隊を作り、それぞれがターゲットしたカドモス飛行艇めがけ、突撃を開始している。しかも、各小隊の目標は重複していない。実戦は初めてであるにも関わらず、この練度である。

 

「敵艦との距離、残り800!アタックポイントまで、あと100!」

 

 と、この時、攻撃艇の前方に見えるカドモス飛行艇から、発砲煙が上がった。一瞬後、攻撃艇の周囲の空中に、黒い煙の花が咲く。

 

「撃ってきたな…だが、遅いっ!」

 

 砲弾の炸裂煙を見た中隊長が叫んだ直後、

 

「ポイントに到達!」

 

 航法士が報告した。

 

「用意、てっ!」

 

 魔法通信で小隊の各機に指示を飛ばしながら、中隊長はトリガーを引いた。機体の下で、機械の動作音。

 アクアス型攻撃艇が抱えてきた、必殺の空雷が投下されたのだ。飛行艇に搭載されているものよりも一回り小ぶりな、しかし威力は飛行艇搭載型にも引けを取らない空雷が、白い煙の航跡を引いて、まっすぐ敵艦に突進していく。

 空雷を放った攻撃艇は、カドモス飛行艇が放つ対空砲火を掻い潜り、敵艦の反対側に抜けようとする。反転して離脱することもできるが、それをやると、無防備な腹に対空砲を叩き込まれる可能性が高くなる。となれば、取るべき進路はただ1つ。

 

 一直線に突撃し、突っ切るのみ。

 

 防空砲火をくぐり抜け、敵艦の反対舷に出たとたん、アクアス型攻撃艇はすぐさま高度を上げ始めた。対空砲の射程から逃れようとしているのだ。

 

「空雷命中!1、2…やった、全弾命中です!」

 

 後方を見張っている機銃手が、弾んだ声を上げる。

 機銃手の視線の先には、凄まじい火柱を上げて急速に高度を落としていく、敵の飛行艇の姿があった。空雷の威力は、大型飛行艇であっても、直撃すればただではすまない。それを一度に3本もくらったのだから、運命は決まったようなものである。

 まもなく、敵の飛行艇は火だるまになりながら、雲の下へ吸い込まれて見えなくなった。

 

「敵1隻、撃沈確実!他の隊も、攻撃を成功させています!」

 

 機銃手が、さらに報告を続ける。

 

「よし、帰投するぞ!」

「は!帰投進路を取ります!」

 

 中隊長の号令一下、第一次攻撃隊第二中隊は撤収にかかった。多数のたなびく黒煙を置き去りにして。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「第一次攻撃隊、攻撃終了。戦果は50隻以上の撃沈破と推測されます。攻撃隊は、各機帰投を開始しています」

 

 総旗艦「クロスデルタ」の艦橋では、今の航空攻撃の戦果がさっそく報告されていた。

 

「50か。上々だな」

 

 戦果を聞いたバルフォアが応じた。

 この世界における、艦隊戦でのサポート部隊の規模は、多くてだいたい4~500隻程度。今の報告が重複していないならば、航空攻撃だけで敵サポート部隊の10パーセントを削った計算になる。これはなかなか大きい。

 

「これで、相手のサポートがだいぶ削れたはずだ。相手の回復ペースも落ちるだろう。攻撃隊は、次なる命令があるまで待機させよ」

「承知しました」

 

 通信手にそう告げると、バルフォアは再び正面を見据え、指示を出した。

 

「全艦、撃って撃って撃ちまくれ!生かして通すな!」

 

 バルフォアの指示に、共和国防衛軍の各艦隊は、一斉砲撃で応えた。飛行艇どころか、アリ1匹たりとも通さないと言わんばかりの猛烈な砲撃が、カドモス艦隊を襲う。

 それに魔法も合わさり、空中にはレーザービームによる虹が描かれ、炎の赤と煙の黒がそれに華を添えた。

 砲声に震えるクロスデルタのブリッジで、バルフォアは1人、考えた。

 

(もしかすると、エスメラルダに積んだ「もう1つのヒミツ」、使わずに済むかもしれないな…)

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ちっ、上手くない…!」

 

 バルバーナは、不満を隠さず舌打ちした。

 さっきの敵の奇襲で、実に30隻もの飛行艇が撃沈され、加えて18隻は被害が激しく、戦闘不能となって離脱せざるを得なくなった。この一撃で、約50隻が一挙に戦列より失われ、残りは300隻とちょっとしかいない。それに対し、戦闘再開からここまでの砲撃で沈んだ敵艦は、せいぜい10隻前後。数の優位が逆転されてしまった。このままでは、押し潰される。 

 と、その時、「デ・マヴァント」の通信手が、弾んだ声を上げた。

 

「ボス!テオドロ殿が戻ってきました!『ツィタデル』の到着です!」

「本当か!?」

「間違いありません!」

 

 報告が入ったとたん、さっきまで不満げだったバルバーナの顔に、不敵な笑みが戻ってきた。

 

「よし!『ツィタデル』の準備をさせろ!これで、戦えるようになったぞ!」

 

 戦いはまだ、終わる気配を見せない…

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 共和国首都の付近の上空では戦乱の嵐が吹き荒れ、多くの者がそれに巻き込まれているのだが、一方で、ホンモノの嵐に飲み込まれている者たちもいた。

 共和国と帝国の国境、両国首都間の最短航路上、「不安空域」と呼称される空域の外れに、大嵐が吹き荒れる。それに揉まれる、多数の飛行艇。ちょっとした規模の商船隊のようにも見えるが、れっきとした軍隊である。

 

「てぇーっ!」

 

 しかもこの嵐の中、砲撃だの魔法だの撃っている。悪天候下での砲撃訓練か…と思いきや、そうではない。実戦である。

 なぜこんな天候下で実戦なのか。その答えは、艦隊の砲口の向く先にあった。

 

 

 

♪推奨脳内BGM:「大風に羽衣の舞う」♪

 

 

キィアァァァァァァァー!

 

 

 雨の音も風の音も圧し、悲鳴を思わせる甲高い咆哮が響く。

 その方角を見れば、そこには竜が1頭、飛行していた。およそこのラモンド世界の竜とは、似ても似つかぬ姿をしている。

 全長は30メートルほどと、飛行艇に比べれば大して大きくはない。だが、タツノオトシゴを横に倒したような細長い胴体には、背鰭と足鰭をはじめとして、各部に白く薄い膜が張られている。頭部には、後ろに反り返った金色の平たい角が2本生えており、心臓があると思わしき部分も、金色に光り輝いていた。真っ黒い雨雲と竜の白い胴体の中で、その金色が非常に目立つ。その全身に、神々しさと美しさが漂っていた。ここが、大嵐のど真ん中でなければ。

 

 この竜の名は、「嵐龍アマツマガツチ」。

 その能力は、風と雨雲を呼び、大嵐を発生させ、その嵐とともに各地を移動することができる、というとんでもないものである。大型で猛烈な台風を作り出し、それを自由自在に操っているようなものなのだ。しかも、アマツマガツチを宿した台風は、目というものがなく、そのうえ寒い地域でも問答無用で荒らしていく。こんな動く天災があってたまるか。

 

 その「生ける大嵐」が今、多数の飛行艇…帝国の八大軍団のツートップ、元「遥かなる空賊団」と元「グランディリア」に、牙を向いていた。

 両軍団の砲撃は、特に練度の高い兵が行っているにも関わらず、1発もアマツマガツチに当たらない。これは、アマツマガツチの「風を起こす能力」により、アマツマガツチが風の鎧を自身の周囲に纏っているためである。 

 逆に、アマツマガツチのほうは風を利用して突撃をかまし、自身の体躯にものを言わせて飛行艇を叩きつぶしたり、口から球状やビーム状の水ブレスを吐いて、飛行艇を切り裂いていく。アマツマガツチの体内で圧縮された高圧の水ブレスは、飛行艇の船体を貫くなど造作もない威力を持っていた。

 

「手強いね…!」

 

 元「遥かなる空賊団」の女首領、ジフィラは、窓の外を泳ぐように飛ぶアマツマガツチを見つめながら、苦々しげに呟いた。

 ジフィラは、「最果ての空賊団」にいた頃に、何度か翼竜と戦っている。しかしその時は、自分よりも経験の多い団員がいたし、ある程度情報があったし、何よりエドワードという頼れるボスがいた。そして翼竜は、ここまで大きくなかった。

 今、目の前にいる巨大竜は、これまでにジフィラが見た、あるいは本で読んだどの竜とも違う、異質なものだ。そして、経験者たちの数は少なく、ボスもいない。というか、自分自身がボスだ。

 

「砲撃はイマイチか。そもそも、砲弾が届いてるかも怪しいね…。魔法は?」

「魔法自体は届いているようです。ただ、どうやら相手の甲殻が思った以上に硬いらしく、弾かれている様子が見られます」

 

 部下に聞いてみたところ、以上のような返事が返ってきた。

 それを聞き、ジフィラは決断する。

 

「各艦に、次の砲撃からは魔法を砲弾に付与して発射するよう伝えて!魔法付き砲弾なら、ダメージが通るかもしれない!」

「はい、ボス!」

 

 通信手はすぐさま、各艦に通信を回す。わずか30秒ほどで、伝達は完了した。

 ジフィラは再び、窓の外を飛ぶアマツマガツチを見やる。ぱっと見た感じでは、どこも傷付いていないように見える…が、よく見ると、右の前足の膜がボロボロになり、背鰭の間の膜も一部が破れている。ダメージが入っていないように見えたが、しっかり入るものは入っている、ということだろう。

 

「全艦、砲撃準備完了です!」

「撃て!」

 

 通信手から報告が入るや、ジフィラは発砲を命じた。

 

「撃てー!」

 

 一瞬後、元「遥かなる空賊団」の全艦が、一斉に砲撃を行った。魔法が付与されているため、砲撃の音が若干変化している。

 発射された砲弾は、アマツマガツチに向かって飛翔し、風の鎧にぶつかって…それを貫通してアマツマガツチに命中した。砲弾が一斉に飛来し、爆発したことで、アマツマガツチが爆炎に包まれ、大きな爆発音が響く。それに混じって、悲鳴が聞こえた。

 爆炎が収まってみると、アマツマガツチの姿には、若干の変化があった。頭部に生えた黄金色の角は、左側の角が半分折れてなくなっているし、背中の膜のボロボロ具合がひどくなっている。初めて、明確なダメージが入ったというべきだろう。

 

「よしっ!」

 

 自分たちの攻撃が、十分に通用するという明確な証拠が見つかったため、ジフィラが満足そうな声を上げた時だった。

 

『なに?ようやく、どうすればいいか分かったの?』

 

 通信用のモニターが作動して明るくなり、元「グランディリア」の首領、マルテの顔が映った。

 

「うるさいわね!たまたまそっちの得意分野だったってだけじゃない!」

 

 ジフィラは半ば反射的に、マルテに言い返す。実はこの2人、はるか前からライバル同士なのである。

 

『ふーん。ま、こっちの攻撃の様子も観察してたら、魔法を使った攻撃が有効らしいっていうのには、とっくに気付いてたと思うけど?』

「ぐぬぬぬぬ…!」

 

 さすがにこの正論には言い返せず、ジフィラは唇を噛む。もしここにハンカチかあれば、「キーッ!」という叫び声といっしょに、ジフィラに引き裂かれているにちがいない。

 

『しかしアイツ、飛行艇を押し潰すことができるはずの重力魔法にすら平然と耐えるのよ。いったいどんな身体してんのかしら』

「え?アイツ、そんなに頑強なの?」

 

 マルテが呟き、ジフィラがそれに反応した時だった。

 

キィアァァァァァァー!

 

 もう何度目になるかわからない、アマツマガツチの咆哮が轟いた。

 この世界に生息する竜の咆哮は、そのほとんどが荒々しい重低音なのだが、アマツマガツチのそれは、人間の悲鳴のような甲高い声である。それが余計に、ジフィラやマルテたちの平常心を奪う。

 

『うるさいわね、さっきから。もう、何回吠えたら気が済むのよ、この飛行トカ…っ!?』

 

 アマツマガツチ(もちろんこの龍にこんな名前があることは知らない)のことを、飛行トカゲモドキ、とののしりかけたマルテが、ふいに口をつぐんだ。モニターに映るマルテの顔は、青くなっている。

 

「何?どうしたのよ?」

 

 ジフィラが問うが、マルテは半ば聞いていないかのような口調で、ただ一言、呟くように言った。

 

『なに…アレ…』

 

「は?」

 

 マルテの表情に疑問を感じ、窓の外に目をやったジフィラは、愕然とした。

 そこにいたアマツマガツチ、その姿が変貌していたのだ。

 

 

 

♪脳内推奨BGM:「嵐の中に燃える命」♪

 

 

 

 大まかな姿形は、変わっていない。

 しかし、身体各部の膜に、赤い斑点が浮き上がっており、全身からにじみ出る雰囲気に禍々しさを与えている。

 そして、その背後では、嵐がいよいよその激しさを増していた。雹か霰でも降っているのかと錯覚するほどの大粒の雨が、横殴りに降りつける。風もそのきつさを増し、小型艇はおろか、下手をすると大型艇ですら舵を取られかねないレベルの暴風が吹きつける。

 

ピカッ!

ピシャッピシャッ、バリバリバリバリドゴオォォォォーン!

 

 ふいに、視界の一面を覆うような、とんでもない明るさを持つフラッシュが焚かれたかと思うと、鼓膜を突き破りそうな雷鳴が轟き、窓の外が一面真っ白に光る。その中でも、アマツマガツチの飛膜の斑点が、赤くくっきり浮かび上がっていた。

 

 ジフィラもマルテも、瞬時に理解した。

 

 自分たちは、この竜の逆鱗に触れたのだと。

 大きなダメージを与えたことで、竜はいよいよ本気で、こちらを倒すつもりになったのだと。

 

 双方の首領が見つめる中、いきなりアマツマガツチが行動を起こした。

 まるで、とぐろをまいたヘビのように、自身の細長い身体を丸める。それは、これまでに全く見られなかった行動だった。そして、身体を細かく震わせ、力をためはじめる。

 何をしようとしているかはわからない。だがジフィラもマルテも、これはヤバいのが来ると直感した。

 

「『全艦、全速であの竜から離れて!』」

 

 2人同時に、同じ命令を出す。

 多数の飛行艇は、この非常時ながらも、整然とした隊列を保ったまま、離脱し始めた。さすがというべきだろう。

 

 だが、ジフィラもマルテも、命令を出すのが少し遅かった。

 

 ハンターの皆様なら、アマツマガツチが何をしようとしているか、お分かりであろう。

 

「な、なんだ?」

 

 最初に異変に気付いたのは、ジフィラの乗る艇の航法士だった。

 

「舵が動かないし、それに、全然あの竜との距離が離れていかない…!?」

 

 そして機関室に向かって、伝声管に怒鳴る。

 

「おい機関室!もっと速度は出ないのか!?」

「とっくに全速だ!これ以上出したら機関が暴走してしまう!」

 

 ところが、機関室から返ってきた返答がコレである。

 

「じゃあ、どういうことだ!?」

 

 航法士がイラついた声で、疑問を口にした時だった。

 通信手が繋げっぱなしにしている各艦の魔導通信回路から、悲鳴が立て続けに飛び出してきたのである。

 

『こちら13号、助けてくれ!全速で走ってもあの竜から逃げられない!それどころか、アイツに引き寄せられてる!』

『14号、同じく引っ張られてます!なんて風だ!』

『こちら55号、逃げられない…!すみません、後は頼みます…!』

『こちら29号、風に引き寄せられた33号と激突しました!33号は2つに折れて轟沈、こちらも機関出力低下、逃げられません!』

 

 ここに至って、ジフィラもマルテも何が起きているのか、遅まきながら理解した。

 アマツマガツチが風を発生させ、飛行艇を自身のほうに吸い寄せているのだ。明らかに、引き寄せた飛行艇を一網打尽にすることを狙っている!

 

「全艦、機関が爆発する寸前まで回せ!全力でアイツから逃げなさい!諦めるな!」

 

 ジフィラは声を荒らげ、通信で味方を励ます。

 

『全艦、全速!逃げてぇぇぇぇぇ!』

 

 いつも冷静沈着なはずのマルテが、悲鳴じみた声を上げる。

 しかし、ジフィラの激励も、マルテの必死の叫びも、両首脳を含む全員の奮闘も空しく、見えざる手にでも捕まえられたように、

 飛行艇は十把(じっぱ)ひとからげに、アマツマガツチのほうへ吸い寄せられていった。隊列の保持もへったくれも、あったものではない。

 

ゴオオオオォォォ!

 

 風がひときわ激しく吹きすさぶ。そして、その身に強大な力を宿したアマツマガツチの気配が、死の恐怖とともに背後ににじり寄っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …そう、アマツマガツチの必殺技の1つ、通称「ダイソン」である。

 ハンター諸氏の中には、コイツをくらってベースキャンプまで吹っ飛ばされた方もいらっしゃるだろう攻撃。アマツマガツチの技の中でも1、2を争う高い威力と、「吸引力の強くなるただ1つの大竜巻」で有名な、アマツマガツチの最大クラスの攻撃技である。

 

 

 

 十分に飛行艇を吸い寄せたアマツマガツチは、ためこんだ力を全て解放した。水平面で回転運動し、自らの風起こしの能力をフル活用し、巨大な竜巻を発生させる。そして自身もその風に乗り、吸い寄せた飛行艇の群れめがけて、全速で突撃し、目の前に迫った飛行艇めがけて、かたっぱしから全力の体当たりをかました。

 アマツマガツチの巨体と風とが地獄の断頭台と化し、風の音はそのまま、死神の鎌の風切り音へと変貌する。

 砕け散る金属の音響、木材がこっぱみじんにされる乾いた音、乗組員の悲鳴…そうした全ての音が、風の音に押し流され、飲み込まれる。

 頑丈なはずの飛行艇は、アマツマガツチの激突に耐えられなかった。凄まじい轟音を発してバラバラに吹き飛び、船体を構成する部材や乗組員が撒き散らされる。そしてそれらも、一瞬後にはアマツマガツチの起こした大竜巻に飲み込まれ、粉々に砕かれながらはるか上空まで放り上げられていった。

 運よく激突を免れた飛行艇には、大竜巻がその牙を剥く。逃げ切れずに吸い込まれた飛行艇は、シュルツェンやウイングを引きちぎられ、甲板上の全てのものを放り出して、空のはるか彼方、赤黒い雲の中へと消えていく。乗員がどうなったかなど、考えるのも憚られる。

 

『ぎゃああああ!』

『うわあああ!』

『た、助けてくれぇ…!』

 

 通信機からは、死に晒された仲間たちの悲鳴が次々に聞こえてくるが、残された者たちには、何もできはしない。ただ、自身を生き残らせることだけで精一杯だ。しかし生存の努力も空しく、犠牲者は次々と増えていく。

 

 

 

 …やがて、風が弱まり、吸引力が消えた。

 ジフィラは周囲を見回して、なんとか助かったことを知る。立ってはいたものの足はガクガク震え、心臓はこれまでにないペースで脈打っていた。圧倒的な恐怖に晒された証拠だ。

 艦橋内でも、床にへたりこんだ他のクルーが、顔を見合わせたり、自分で自分の頬をひっぱたいたりして、生存を確認している。

 

「マルテ!そっちは大丈夫!?」

『なんとかね』

 

 ジフィラがモニターに向かって呼びかけると、乱れる映像の中でマルテが答える。せっかくのマルテの帽子はずり落ちて、空賊団のボスとしての威厳はどこかへ行ってしまっていた。

 ライバルの無事に少しだけほっとしたジフィラは、窓の外を見て、言葉を失う。

 ついてきている部下たちの飛行艇が、ぱっと見てもわかるくらい、その数を減らしていた。少なく見積もっても50隻以上、下手をすると3桁単位の飛行艇が失われたらしい。そして、それに見合う数の部下たちが、訓練や実戦で鍛え上げたその腕を発揮することなく、大嵐の空に消えたのだ。

 赤黒い雲に分厚く覆われた空からは、細かく砕かれた飛行艇の破片が、雨粒といっしょに降ってくる。そしてその雨粒は、よく見ると真っ赤に染まっていた。インクや絵の具でないことは明白である。竜巻に飲み込まれ、引きちぎられた仲間たちの血潮であろう。飛行艇の窓ガラスを叩く赤い雫に、ジフィラは仲間たちのことを思っていたたまれない気持ちになった。

 そして、赤い雨の下、全身をうっすら赤く染めながら、その場に悠然と浮かぶアマツマガツチ。多くの部下の命を吹き飛ばした元凶。

 

「っ…!」

 

 アマツマガツチの白い身体を認めたとたん、ジフィラは反射的に砲手を押し退け、砲のトリガーに飛び付いた。ちょうど、風に抗って飛ばしたため、飛行艇のほぼ真後ろ、船体後方の砲台のほぼ正面に、左を向いたアマツマガツチの姿がある。

 

「おのれ、仲間たちの敵!」

 

 ジフィラは一声叫び、トリガーを引く。砲声が響き、砲弾が風を切って、一直線にアマツマガツチへと向かう。

 竜巻に風を注ぎ込んだため、アマツマガツチの纏う風の鎧は消失していた。そのため砲弾は、見事にアマツマガツチの左の前足に命中する。

 爆発が起きたその瞬間、アマツマガツチが悲鳴を上げてのけ反った。爆炎が収まってみると、アマツマガツチの左前足の飛膜が破れてしまっている。

 

「ざまあみなさい!」

 

 アマツマガツチを罵り、ジフィラは通信回線に声を上げた。

 

「全艦、全力射撃!仲間の命を吹き飛ばしたあの飛行トカゲモドキに、私たち『遥かなる空賊団』の力を見せつけてやりなさい!」

『うおおおぉぉ!』

 

 さっきのダイソンの一撃で、家族を、友人を、あるいは恋人を、戦場の露と吹き飛ばされた、元「遥かなる空賊団」団員たちの怒りは凄まじかった。ジフィラの命令に従い、ただちにアマツマガツチめがけて全力射撃を叩き込む。

 

『言おうとしたセリフをジフィラに先に言われたのは、気にくわないけど…事実は事実だし、仕方ない。私たちもやるわよ!続きなさい!』

 

 マルテも同じ心境だったようで、生き残った仲間たちを率い、アマツマガツチに向けて突撃を開始する。

 

「マルテたち『グランディリア』を援護しなさい!全艦砲撃開始!撃てー!」

 

 ジフィラの号令一下、元「遥かなる空賊団」の飛行艇が、アマツマガツチに向けて砲弾の雨を見舞う。

 それが目に障ったか、アマツマガツチは青い瞳でもって、ジフィラのほうをキッと睨み付ける。

 

(ボスから共和国首都の防衛の手伝いを命じられてこんなところで道草を食ってられない。このまま戦闘に持ち込んでさっさと倒すなり撃破するなりして、そのあと急いでリリバット島で行かないと…!)

 

 ジフィラはただ1人、共和国の戦いに思いを馳せ、焦っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、風の弱まった一時は過ぎ去り、風はまた激しく吹いて、雨は降り、雷は鳴る。

 嵐はまた吹き荒れる、その嵐が通りすぎるまで…!




かなり長くなっちゃいました…

ゲームの設定上では、暴風を自力で発生させているアマツマガツチ。言ってみれば、クシャル◯オラみたいなことを、やっているんだろうな…と考えたので、拙作では実際にやっているとして書いてしまいました。ゲームで表現したら、クシャル以上のクソゲーになること請け合いだな…

設定では、アマツマガツチのダイソン攻撃1発で、「遥かなる空賊団」「グランディリア」両軍合わせて実に169隻にものぼる飛行艇が、撃沈または大破戦闘不能となっています。ハンターやってても思うのですが、アマツさんのダイソン、容赦なさすぎんよぉ…


ちなみに、取り上げたネタは、以下の通りです。登場順に書きます。

・永遠の0(攻撃隊発進のあたり。わかりにくいか?)
・宇宙戦艦ヤマト2199(転送魔法使用の下り)
・艦隊これくしょん(アニメ)(第一次攻撃隊第一中隊の戦果報告時)
・ジパング(アクアス型攻撃艇の突撃シーンの一部)

また、攻撃シーンの一部は、「旭日、遥かなり」を参考にさせていただいてます。

次回の投稿も未定ですが、早めの投稿を心がけますので、応援よろしくお願いいたします!

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