時は江戸―
茅場晶彦という天才が悪夢とも呼べるデスゲームをSAOで始めるずっと昔―
一人の少年、いや青年がいた。
彼の名前は
出島に訪れたオランダ人商人と日本人の妻との間に生まれた新士居ソルタは、当時の最先端の西洋の知識を異常なまでの好奇心で吸収し子供ならではの枠にとらわれない斬新な発想で、子供のいたずら書きのようなしかし革新的な論理プロセスを体系化した。しかしその新士居の思想は父親であるイキリトーニャ・フォン・ボーマンダの手帳にのみわずかにスケッチや考察を残すのみである。
彼の発想は後世になっても学者に光をあてられることもなく、博物館の倉庫でほこりをかぶった古びた手帳のいたずら書きに留まっていた。
そう―
その時までは―
時は大量の犠牲者を生み出したデスゲームSAOがクリアされ、人々が現実世界へと戻りしばらくした2025年の初頭に移る。
SAOを運営していたアーガスは解散。
SAOというデスゲームの様々な後処理はSAOのサーバ管理を請け負ったレクトの子会社イーアスによって粛々と進められていた。
イーアスの面々がまず最初に頭を抱えたのはSAOの犠牲者に関する取扱いだ。
SAOに家族を囚われた現実世界の人間はクリア後に現実世界でアーガスを相手取り無数の裁判を展開。
多額の賠償金を請求こそしたものの、死んだ人間が戻ってくるわけもなく。
行き場をなくした彼らの想いは不可能ともいえる要求となって表れた。
それは―
「SAOの犠牲者たちの、SAO内での生前データ提供か...。」
イーアスの犠牲者問題を担当するプロジェクト・ビクティムのチームリーダー
「SAO内での彼らのデータは、今となってはアインクラッド帰還者が記録した記憶に頼った記述のみ。生前のデータは彼らのゲームオーバーとともに消去。残っていたとしてもSAOクリアによってデータ消去されてしまいました。」
そう言ったのは東の部下でもあるイーアスの技術担当
「確かに探してみれば、彼らが一番最世に登録した自分の顔とは別の”アバターの顔”はデータベースに残っているかもしれませんが...」
波路は目を伏せる。
「それでは犠牲者の家族たちが求める『生前の記録』とは程遠い...。」
会議室に入ってきたチーム一番の若手
「一応レクトから与えられた高度自立型AIにもソリューションを模索するように命令し、走らせてはいる。俺らもやれることからやってみよう。」
皆を励まそうとした東の言葉とは裏腹に、現状は最悪と言えた。
犠牲者のデータはいくらSAOのサーバーを引き継いだとはいえ、茅場晶彦によるデリートが行われた後では手の打ちようがない。
せめて、SAOの攻略中にデータを集めてデータを記録しておけば―
そんな無理が浮かぶほど、東たちは行き詰っていた。
会社の上層部もこの無理をどこかで理解しているのか、このチームに対する視線は消して冷たくはなかった。
予算も名目上与えられてはいたが使うような解決法があるわけでもなく、犠牲者の家族への対応もあり無駄に長く与えられた時間だけがただ無為に過ぎていく。
このままうつむいて考えていたっていい考えは浮かばない。
そう判断した東はチームの全員にしばらくの休憩を告げ、なにかあれば連絡するように伝えた。
こうして時間をおいても、なにか考えが浮かぶとは思わない、が―
しばらくの時間をおいて、東は自分の携帯からの短い通知音で目を覚ました。
時刻を見れば退社時刻を優に過ぎている。真っ暗のオフィスの中、東は自分の机で寝ていたようだ。
実際、成功の見えないプロジェクトの責任者の東の心労は計り知れないものだった。
やり手だった東に会社側からはちょっとした休息の配慮として与えられたのであろうポジションであることは理解していたが、実際に犠牲者の家族からのヒアリングや事件の記録などを見ていると東は抱えきれないような大きな解決への責任を感じるのだった。
それは責任者である東だけではなく、チームの全員が感じていたことだった。
しかしデータは残ってなどおらず、犠牲者たちのSAOでの生活の残滓をつかむこともできない。
不可能を追いかける彼らは、自らの無力さに打ちひしがれていた。
自分の携帯を確認すると、そこには携帯の中に常駐するアシスタント型AIが利用者の興味のある情報を収集してくれるエンタメ系アプリと連動して自分に週末の予定を提案してくれていた通知だった。
「そうか、今日は金曜日か」
いつしか曜日の感覚も消失していたようだ。アシスタントAIは利用者の生活リズムや食生活を計測し最適な生活を提案してくれる管理者としての側面を持つ。会社の福利厚生の一環として登録が義務付けられていたものだが、押しつぶされそうな責任に駆られる彼らを支えているのも事実だった。最初は会社のおせっかいだと煙たがっていたが、こうしてみるとありがたさがわかる。
ふっと笑みをこぼすと、東は席から立ちあがり頭に週末の博物館特別展示への期待を浮かべながら退勤準備を始める。
しかし彼は気づいていない。
いつのまにかソリューション模索のために走らせていた高度自立AIが自らの携帯に常駐するアシスタントAIと連動し、高度自立AIの提案した『プラン/サルベージ』の第一段階が始まっていることに。
薄暗いイーアスの社内。
日付をまたいだ深夜の社内には誰もいない。
親会社のレクトから貸与された高度自立AIを管理しているPCの画面が不意に灯る。
その画面には―
【逸脱時間論理プログラム ソルタ・シンシイの可能性】