魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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01 憧憬

 夢……

 夢を見ている。

 過ぎ去った時の夢。

 セピア色の、切ないほどの郷愁を帯びた夢を。

 

従姉(ねえ)さん、その人形は何?」

 

 夢の中の従姉さんは記憶どおりの透き通るような大人の笑顔で、手のひらの上の小さな人形を見つめていた。

 

「ああ、スレイアード」

 

 俺は彼女の静かだがよく通る声に自分の名前を呼ばれるのが好きだった。

 そして俺に向き直った従姉さんは大切な宝物を見せるかのように手のひらの上のものを差し出した。

 

「これは魔装妖精。人工精霊石をコアに持つ自動人形(オートマタ)よ」

「魔装妖精……」

 

 従姉さんの手のひらの上、眠るように瞳を閉じる人形を見つめる。

 人の手によるがゆえの芸術的な美しさを持つ人型。

 その面差しはどこか従姉さんに似ていた。

 

 だが……

 周囲の情景が暗転し、今度その人形を手にしていたのは叔母だった。

 黒い喪服を着た叔母の手のひらに載せられた壊れた人形。

 

 先の魔導大戦では多くの人が戦い死んだ。

 戦略兵器である魔装妖精の適合者(マスター)だった従姉さんも戦場に立ち、そして……

 

 この壊れた魔装妖精は従姉さんの形見だった。

 

「さぁ、あの子にお別れを言って」

 

 嫌だ。

 俺はまだ従姉さんのことを……

 

 

 

「従姉さん!」

 

 叫びながら目を開ける。

 俺は寝起きが良い方では無いのだが、あの夢の後だけは頭の芯が冷えたように眼が冴えてしまう。

 こうして目覚めを迎えるのは何度目のことだろう。

 まだ夜の気配が去り切っていない時刻。

 しかも今日は安息日だ。

 神さまとやらだってまだ寝ているだろうに。

 

 俺は衝動に突き動かされるように、狭いアパート部屋の一角に場違いに置いてある高級ドールハウスを覗く。

 そこでは従姉さんから受け継いだ魔装妖精、ファルナが装備を解除した半裸姿で寝入っていた。

 美しい曲線を描く、すらりと伸びた足がニーソックスに包まれている。

 布団代わりのハンドタオルは大きくめくれあがっていて、黒の下着姿の身体が露出していた。

 (シルク)のベッドに翼を休めて微睡むその何とも艶めいた姿に、ごくりと生唾を飲み込み凝視してしまう。

 そうして気付く。

 

「……最低だ、俺」

 

 俺の下半身は素直に反応していた。

 人形であるファルナに。

 

「んぅ?」

 

 俺の邪な視線を感じ取ったのか、ファルナが目を覚ます。

 小さく伸びをして、俺に向け記憶の中の従姉さんと同じ笑みを浮かべた。

 

 ……知ってる、スレイアード。心に焼き付いて消えない一瞬を、永遠って言うのよ。

 

 従姉さんがいつか口にした言葉を思い出す。

 銀の髪に澄んだすみれ色の瞳。

 気品と鋭さを兼ね備えたファルナの凛々しい顔立ちが、従姉さんと重なった。

 

「おはようございますマイ・マスター、スレイアード様」

 

 音楽的ともいえる声がファルナから発せられる。

 そしてその目が俺の下半身に向くと、彼女は口元を手のひらで押さえながら艶めいた笑みを見せた。

 

「マスターのえっち」

 

 俺は危うく崩れそうになった表情を片眉を跳ね上げることで何とか誤魔化し、ぶっきらぼうにこう答える。

 

「朝だからな」

 

 起き抜けの生理現象だということにしたのだ。

 

「むぅ」

 

 そんな俺の反応に、ファルナは何故か不満そうに頬を膨らませる。

 そして寝床から立ち上がると形のいい裸体を誇示するように晒した。

 

「それではマスター、装備を着せてもらえますか?」

「ん? ああ……」

 

 俺はファルナのねだるような、それでいて恥ずかしいようなといった表情に弱かった。

 普段は上品に澄ましているだけに、甘えられると無条件に可愛がりたくなってしまう。

 

 頭の中から獣じみた衝動を追い出すと、芸術品に触れるように慎重にファルナの身体を手にとって外装パーツを一つずつはめていく。

 肌の露出は減っていくが、優美な外装パーツは彼女の魅力をいやがうえにも引き立てた。

 藍色を限りなく濃くして黒に近づけたようなとても深い透き通るような色合いを基調に、金の縁取りが良いアクセントとなっているシックで気品のあるものだ。

 中でも両足に履かされたピンヒールと脚の曲線美は人形なのに、いや人形だからこそ完璧な色香をまとっていた。

 ここだけの話、そういう性癖を持つ人間だったら是非とも踏んでもらいたくなるだろうと思えるほど。

 

 一方で、殊更に異彩を放っているのは彼女の左手に装着された大型のクローアームだった。

 

「ファルナ、左手の調子は?」

 

 元々、悪魔型魔装妖精の格闘用義肢だったが、左腕を失ったファルナのために俺がジャンクから流用したものだ。

 使えるものがそれしかなかったとはいえ、優雅な容姿を持つ彼女には異質すぎるもので……

 しかし、ある種の魅入られるような凄みがあった。

 

 だがファルナにはまったく気にした様子が無い。

 俺の問いに、落ち着いた声で答える。

 

「ノーマルな右腕側とのバランスのモーメントチューンが問題でしたが、マスターが補正して下さったお蔭で許容できる範囲に収まっておりますわ」

 

 そう告げるとファルナは両手を広げてその場でくるりとターンして見せる。

 そして貴族の令嬢のように右足を斜め後ろの内側に引き、左足の膝を軽く曲げ一礼。

 軽やかで、かつ気品に満ちた動きだった。

 

「それよりも日常生活で大きな物が掴みやすいのが便利ですね。バターナイフとかコーヒースプーンとか」

 

 彼女はむしろ楽しそうに言ってのけた。

 

 つぎはぎの義体(ボディ)

 魔装妖精はこの大陸に伝わる錬金術(アルケミー)と、遙か東方の秀真国に伝わる式神(シキガミ)傀儡(クグツ)の術の合成でできている。

 しかしその製造技術は魔導大戦でこの国、ヴォレス帝国のかつての中心地、帝都の旧市街と呼ばれる区域と共に失われていた。

 適合者の身体に受容器(レセプター)と呼ばれる印を打ち人工精霊石と契約を交わす技ももう無い。

 今できるのは出来合いの部品を組み合わせた間に合わせの修理だけだ。

 

「それではコーヒーを淹れますわね」

 

 ファルナは腰から黒く輝くプラズマの翼を展開してふわりと飛び立つ。

 優雅に黒き翼を翻す様は天使、いやそれ以上の美しさで人を魅了し惑わす堕天使のようだと言うのが一番あっているだろう。

 そうして彼女は部屋に備え付けのミニキッチンに向かう。

 

 コーヒーとはいっても俺たち庶民が飲めるのは大豆(ソイビーン)を炒って作った代用コーヒー(ソイカフェ)だった。

 本物は南方からの輸入に頼っている高級嗜好品だからだ。

 ファルナはコーヒーサイフォンにミルで荒目に挽いた豆と水をセットすると、クローアームの手のひらに埋め込まれたファイヤークリスタルに接続(アクセス)、そして起動。

 炎の精霊力を導き出しアルコールランプに火を灯す。

 そうしてクローアームでマグカップの取っ手を掴むと引きずり運んだ。

 

「マスター、お砂糖は?」

「そうだな、今日は一杯で」

 

 ファルナの問いにそう答える。

 コーヒーはブラックでも飲むが、日によって気分次第で変えていた。

 甘いのも嫌いではない。

 ファルナが淹れてくれるのならば、だが。

 

「マスター、アカデミーはしばらくお休みでしたね。本日は何を?」

 

 俺は帝国アカデミーの練金科に進んでいた。

 無論、ファルナの修理と維持のためだ。

 今ではファルナだけが従姉さんの生きた痕跡なのだ。

 

「昼はゆっくり休もう。ただ研究資金が底をつきそうだから夕方には金の腕亭に行ってキトンから仕事(ビズ)を回してもらうか」

 

 キトンは帝都の裏社会(アンダーグラウンド)では名の知れた仲介屋(フィクサー)だった。

 汚れ仕事に銃器(ガン)火薬(パウダー)、裏の情報に至るまで、金になるなら合法(リーガル)非合法(イリーガル)を問わず何でも取り扱う。

 俺とは魔装妖精の部品を手に入れるために知り合った仲だった。

 

 魔装妖精の研究は今後もファルナを維持していく上で必要不可欠だが何しろ金がかかる。

 費用の捻出のため、俺はキトンから定期的に裏の仕事を紹介してもらっていた。

 

 スポンサーは貴族やら金持ちやらこの帝国を経済力で支配する巨大商会やら。

 彼らは自分たちの手を汚せない場合に、死んだ親父がやっていたような裏の世界の傭兵に仕事を依頼する。

 非合法な人員の引き抜き(ヘッドハンティング)、機密の奪取、施設の破壊工作、情報操作による謀略、そうした危険だが、その代わり報酬も高い仕事だ。

 前回の仕事から一カ月、そろそろまた仕事を受けないとまずいところだった。

 

「ブランクが長いと戦いの勘が鈍るしな」

「だったら、まず顔を洗って来て下さいな。朝食の準備は私がやっておきますから」

 

 小さな身体ながら精霊の力を使うことのできるファルナは器用に料理を作ることができた。

 何の変哲もないベーコン一つでベーコンスープ、ベーコンステーキ、ベーコンシチュー、ベーコンサンドなど様々なメニューを作る彼女は優秀だ。

 俺たちが酒の肴にする干し肉(ジャーキー)だって、彼女の手にかかればポークビーンズ、スープにシチュー、干し肉サラダなどちゃんとした料理に化ける。

 俺は彼女と一緒になってから世話になりっぱなしだった。

 

 そして玄関の方でガラスの容器が立てる硬質な音がした。

 

「ああ、牛乳配達が来たようですわ。それでは今朝は干しエビとホタテ、サーモンジャーキーを入れたシーフードミルクスープを作りましょうか。海産物の出汁がミルクに溶け出て美味しいですわよ。ジャガイモを入れればそれがそのミルクを吸いますし」

「朝から本格的だな。大丈夫か?」

 

 聞いただけで起き抜けにもかかわらず食欲をそそられるほど美味そうだがファルナの負担を考えて聞く。

 朝は火を使わないメニューがこの国では普通なことだし。

 

「そんなに手間のかかるものでもありませんわ。ジャガイモとニンジンを入れても五分も煮込めば出来上がりますから」

「……さすがだな」

 

 感心するほかない。

 

「トーストはいつも通り二切れ焼いて、バターだけですね」

「そうだな。いつもので頼む」

 

 表面だけをパリッと焼いて中はふっくらな厚切りトーストに、バターをザクザク言わせながら塗ったものは食べ飽きることのない朝の定番だった。

 チーズがあるなら薄切りに(スライス)したそれを輪切りにしたピーマンと共にトーストに乗せ、蓋をしたフライパンでチーズがとろけるまで焼いたものも美味いが。

 

「自家製のマーマレードもありますが?」

「なら、そいつももらうか」

「デザートはヨーグルトでいいですか? ジャムはアプリコットとラズベリーがありますよ」

「ラズベリーでいいんじゃないか?」

「了解しましたわ」

 

 出会った時には深窓のちょっと世間知らずのお嬢様といった感じのファルナだったが、俺と一緒に暮らすようになってずいぶんと慣れてきたような気がする。

 ここまで来ると人間の嫁なんて居なくてもいいんじゃないかとすら思えた。

 

「それじゃあ頼む」

 

 俺はそう言って洗面台に向かう。

 顔を洗った後、朝の日課となっている体力錬成のトレーニングをこなしている内に朝食は出来上がっていることだろう。

 常に鍛えておかないと、いざと言う時に身体は四分の一以下の実力しか発揮できなくなるからな。

 キッチンから漂ってくる香ばしい匂いを感じながら、俺は黙々とトレーニングに取り組むのだった。


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