魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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11 裏切り

「もちろん抵抗してもらっても結構ですよ。私はいつも他人に苦痛を与えること、そして他人が私に苦痛を与えてくれることを望んでいます」

 

 いかれた発言とは裏腹に澄んだ瞳を輝かせ、本当に嬉しそうに言う。

 

「苦痛を受け入れるということは何であれ、とても愉しいものです」

 

 スミスは笑うがしかし、

 

「同時に苦痛を与えたいという欲望、それも限り無く膨らんでいくものですがね」

 

 やれやれ、こいつは本物の快楽殺人者(フリークス)だな。

 

「目的の物を奪取させ不要になったら口封じに始末する、か。汚い手だがありうる話だ」

 

 俺のつぶやきに、スミスの笑みが深まる。

 整った顔をしているだけにまるで死神と対しているような迫力がある。

 その瞳に光るのは職業的(プロフェッショナル)な冷たさではなく偏執的(マニアック)な熱さだった。

 これがこの男の本質か。

 

 月光を蒼く弾くスミスの短銃は銃身内に螺旋状の溝(ライフリング)が刻まれているのが銃口から見て取れた。

 一般的なマスケット銃ではない。

 螺旋状に切られた溝は銃弾に回転を与え弾道を安定させるもので、通常の短銃の数倍もの命中精度(グルーピング)有効射程(レンジ)を持つ岩妖精の業物だ。

 まぁ精度以前に短銃は銃器の中でも最も扱いが難しいもので、その性能を生かすには我流ではなく正式な訓練が必要なのだが……

 ここで自分の命を賭けてスミスの腕を試す訳にも行くまい。

 

「俺には妖精の守りがあることを忘れてないか?」

 

 冷静に指摘する俺に、スミスは笑った。

 

「フフ、あのお嬢さんがどの辺りに居るか分かりませんが、今から呼んでも間に合いませんよ。あなたはここですぐに死ぬのだから」

 

 しかし、

 

「妖精なら、そこに居る」

 

 次の瞬間、夜の闇を突如破ったかのように小さな黒影がスミスの背後、上方に現れた。

 黒衣をまとった小妖精がコマのように回転しながらスミスの首筋に当たり、手にしていた刀……

 秀真国から伝わる片刃剣が脊髄を一撃で断つ。

 そこは魔装妖精が持つ僅かな長さの刃物でも確実に命を奪うことができる人体の急所だった。

 

「たけき者も遂には滅びぬ。ひとえに風の前の塵に同じ……」

 

 決して大きな声ではないが、聞く者の耳に涼やかに刻まれる美声。

 共に感じる乾いた夜風が肌に心地良かった。

 昼間の陽気が嘘のように大気が冷えている中、魔装妖精シズカが愛刀を手に倒れ伏すスミスを見下ろしていた。

 

 素早さに特化された彼女は、魔力強化神経(ブーステッド・リフレックス)の呪紋をもってしても実現不能と言われるEXランクに相当する速さを持つ。

 そのスピードのみが可能とする不可避の一撃だった。

 

 俺はシズカに笑いかけてやる。

 

「君にしては派手な登場だったな」

「たまにはよろしいでしょう?」

 

 俺の軽口にも気立てのよい彼女はつきあってくれる。

 しかし礼を言うのが本来だろう。

 

「助かったよシズカ。ありがとう」

「お役に立てて嬉しいです」

 

 その言葉が嘘でないことを証明するかのように、シズカはひっそりと笑ってくれた。

 月の光の下で咲く花のように儚い笑み。

 しかし彼女は表情を改めて俺に聞く。

 

「あの、一つ分からないことがあるのですが」

「お前に分からんことは、俺にだって分からんことかも知れんぞ、シズカ」

 

 俺の返答に、シズカは不意を突かれたような、ぽかんとした顔をする。

 俺を何だと思っているのやら。

 そんな彼女に苦笑しつつ、俺は問う。

 

「で、聞きたいことって?」

「あっ、はい。先ほどのお言葉ですが、私の気配を感じ取っていらっしゃったのですか?」

 

 隠密哨戒型魔装妖精である彼女。

 俺に所在を知られたのが驚きだったのだろう。

 俺は首を振って、何てことはないタネを明かした。

 

「正式な代理人を通さない依頼だ。キトンが保険のためにシズカをスミスの追尾に付けていることは予想ができていたのさ」

 

 彼女は気配も音もなく相手を殺す術に長けていることだしな。

 俺たちの稼業じゃ当然の処置だろう。

 信用し過ぎるやつは長生きできない仕組みだからな。

 人の生き死にに汚いもくそもあったもんじゃない。

 

「なるほど、さすがスレイアード様。私のことをよく解っていらっしゃる」

 

 そう言ってシズカは俺の肩に止まった。

 そして、ささやくように言い募る。

 

「主と呼ばせては頂けませんか?」

 

 万事控え目な彼女にしては珍しく積極的な言葉だった。

 精一杯の勇気を出して言ってくれたのだろう。

 抜き出た体術により体重を感じさせないはずの彼女の身体が、心地良い重みとして肩に感じられた。

 しかし、

 

「うちには俺のことを自分のものだって主張する、お嬢様が居てな」

 

 苦笑が漏れた。

 ファルナに対して?

 いいや自分に対してだ。

 

「シズカを肩に乗せたというだけで、浮気をした亭主のように責められそうだ」

 

 そうおどけて見せる俺に、シズカは小さく笑ってくれた。

 

「そうですね。マスターの肩は私のものですわ、って以前も仰ってましたっけ」

 

 シズカは自分では使わないお嬢様調の言葉遣いまで真似して俺の道化芝居に付き合ってくれる。

 

「俺の肩は俺のものなんだが……」

 

 誰だってそうだが、自分は自分自身のものだ。

 誰かに所有されて安心するのは健全ではないだろう。

 人間だろうと……

 魔装妖精だろうと。

 

「ファルナさんがうらやましいです。この間も自分の義体(からだ)は隅々までマスターの手が入っていて、触られていない所なんか無いと自慢されていました」

 

 シズカは本当に羨望するかのように言うと、聞き取れるかどうかといった小声で内心を漏らす。

 

「……私のことは、定期メンテナンスでもそこまで診ては頂けないのに」

 

 シズカの本音に困惑しつつ、俺は言葉を返す。

 

「いや、ファルナは損傷した状態で引き継いだから全身に手を入れているだけで、シズカはそこまでする必要は無いだろう?」

 

 すると、シズカは瞳を潤ませて恨めしそうに俺を見た。

 

「私は必要ないと仰るのですか?」

 

 その声は頼りなげに震えていて、俺は慌てて言いつくろった。

 

「いや、そういう意味じゃないって」

 

 言葉というのは不自由なものだ。

 人が作ったものなのだから、使い勝手が悪いのはしょうがないことなのかも知れないが。

 

「ああ、何だったら今度のメンテナンスの時に隅々まで診てやるから」

 

 俺がそう言うと、シズカは一転して顔を真っ赤に染める。

 

「そ、それは恥ずかしいといいますか…… でもスレイアード様が仰るなら逆らえませんから、私」

 

 シズカはしどろもどろになってつぶやくように言う。

 メンテナンスの話でどうしてこうも色めき立つのか分からないのは俺が人間だからか?

 いや男だからなのだろうな、と思った。

 

 夜風が身体を冷やしていく。

 慎み深く、よく気配りができて、思いやりがあって。

 そんな夢のように完璧な人間など存在しない。

 だが、シズカはそうだった。

 

 しかし彼女は魔装妖精。

 自分たちの願いをそのまま形にした、理想的な人格を彼女に持たせた俺たち人間が、それに惑わされるのは身から出た錆と言うべきだろうか。

 多分、俺はずっと迷いながら生きていくんだろうな。

 そう思う。


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