魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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12 死なない男

「済みません。スレイアード様にとって、私たちの想いは重荷ですね」

 

 私たち。

 彼女はこんな時でもファルナのことまで考えて言葉を選んでくれる。

 

 幼かったあの日、俺は従姉さんが遺した魔装妖精、ファルナの継承を選んだ。

 だが、実はその前にガキだった俺に合わせて負担の少ない戦術級魔装妖精が用意されていたのだ。

 俺のためだけに生まれた彼女。

 それを知ったのはずいぶん後のこと。

 運命のめぐり合わせに驚いたものだったが。

 だから俺はこう答える。

 

「いいや、そのくらいの荷物でへこたれるほどヤワじゃないさ。少しぐらい俺にも背負わせろ」

 

 ここで俺にないがしろにされれば彼女たちには立場が無く、存在の意味すらあいまいになる。

 それが魔装妖精だった。

 

 同情ではないつもりだ。

 俺は同情など嫌いだし、施しを受けるのもごめんだ。

 だが理解と助けは必要だろう。

 誰であろうとも。

 

「スレイアード様……」

「お前はしっかり者だが、何とは無しに放って置けない所があるな」

「私が、ですか?」

 

 そうだな、俺は少し考えてから口を開く。

 

「どこか、寂しそうに見えるところがあるせいかな」

「……っ」

 

 瞳を真ん丸に見張ってシズカは言葉を失う。

 その瞳が泣きそうにうるんだように見えたのは気のせいか。

 それに完全に気を取られた、その時だった。

 不意に視界の端で死んだはずのスミスの身体が跳ね起きた。

 

「なにぃ!」

 

 シズカが仕留め損ねた?

 いや、それはない。

 では?

 

「今夜のことは忘れて下さい」

 

 スミスはそう念を押すと、犬歯をむき出し凄みの効いた笑みを見せた。

 馬車に飛び乗り夜の闇へと走り去る。

 

「シズカ……」

 

 俺のつぶやきに返事はない。

 スミスが動いた瞬間、シズカは再び身を隠していた。

 今頃は、そのままスミスの馬車を追っているところだろう。

 

 しかしスミスは何者なのか……

 俺は首を振った。

 

 気を取り直して残された手がかり、気絶したままの男の身体を素早く調べる。

 オーバーコートの下には燕尾服があった。

 薄い鋼でできた防刃板を入れたベストを着込んでいる様子から、どこかの商会の工作員(エージェント)らしく思えた。

 しかし、どこの商会かは特定できなかった。

 

 あとはシズカがどこまでスミスを追うことができるかだが。

 いずれにせよ倒れたままの男の持ち物の中で価値があるといえば、俺が蹴り飛ばしたマスケットの短銃ぐらいか。

 こいつは授業料代わりにもらっておいてやろう。

 今回の件で男が学習したかどうかは保証できないが。

 

「……悪く思うな。あんたの弱さが招いたことだ」

 

 この男には始末されないだけマシと思ってもらう。

 燃えないゴミと一緒に出しておくわけにもいかんしな。

 

「ご無事でしたか、マスター」

 

 そこにファルナが帰ってきた。

 プラズマの翼をきらめかせながら宙に静止する。

 波打つ絹糸の髪。

 月光を水のように浴びながらたたずむ姿はまるで芸術品のようだった。

 

「ああ、今夜は月が綺麗だからな。妖精(シズカ)と散歩していたのさ」

 

 おどけて言うが、

 

「シズカさん?」

 

 ファルナの声が低くなった。

 あ、これはしくじったか?

 

「マスター……」

 

 ファルナは目を座らせて俺の肩に顔を寄せる。

 先ほどシズカが止まった場所だ。

 

「他の魔装妖精(おんな)の匂いがしますわ」

 

 分かるのか!

 いや、おそらくは魔装妖精の力の源になっている精霊力の残滓、俗に言う妖精の通り道をファルナが持つ妖精の視野(グラムサイト)が捉えているのだと思うが。

 シズカは隠密哨戒型魔装妖精なので潜伏中はまず検知できないが、隠形(ステルス)を解いた場合はその限りではないようだ。

 ファルナは頬を膨らませながら言葉を重ねる。

 

「私でも滅多に乗せてもらえないマスターの肩に乗るなんて、許せませんわ」

 

 ファルナはぷりぷりと怒りながら言葉を重ねる。

 

「マスターもよその妖精をホイホイ肩に乗せるのは止めて下さい! 匂いまで付けられて!」

 

 いや、匂い付け(マーキング)って考え過ぎだろ。

 

「ここは私のものなんですよ!」

 

 ここって、俺の肩か?

 

「いや、俺の肩は俺のものだろう」

 

 俺はそう主張するが、ファルナに抗議される。

 

「そういうことを言ってるんじゃありませんわ!」

 

 それじゃあ、どういうことなのか。

 ともかく、この場にいつまでも居るのは危険なため、俺はファルナをなだめつつ速やかに帰路につく。

 口元を覆っていた軍用三角巾を外すと、

 

「マスター、肩に乗せて下さい」

「いや、首筋がくすぐったいから勘弁して欲しいんだが」

「マスターはよその妖精は乗せられても、自分の妖精を乗せられないんですか。私はマスターの伴侶なんですよ」

 

 病んだような表情で恨めしそうに言われては、妥協するしかない。

 

「いや、分かった。分かったから」

 

 ファルナを肩に乗せて、

 

「マスターの首筋……」

 

 そう言ってふらふらと身を寄せるファルナに、首をすくめる。

 

「だからくすぐったいから止してくれ」

 

 そう告げるとファルナはぐっと詰まり、そして瞳を逸らしておずおずと口を開いた。

 

「あの、その、寒いんです」

「何?」

「で、ですから……」

 

 消え入りそうに言う彼女に、やれやれと思いつつ譲歩する。

 

「分かってる。俺はただの暖房器具さ」

「マスター……」

 

 ファルナは、とても嬉しそうに俺に寄り添った。

 俺も笑って見せる。

 俺みたいな野郎の笑顔がどこまで気持ちを伝えてくれるのか、いささか疑問ではあったが。

 そうやって夜の旧市街を歩きながらスミスの件を話すと彼女も首を傾げた。

 

「あのシズカさんが仕留め損ねたとは思えませんが……」

「ああ、だからこそ問題なんだ。まぁ後はシズカに任せるほかないが」

 

 それから男から巻き上げたマスケットの短銃を見せながらファルナに説明をする。

 

「こいつの処分もある。足がついたら嫌だから、さっさと故買屋(ブローカー)に洗浄してもらうべきだな」

 

 特殊な品でもないから素早く始末すれば問題ない。

 

「行きがけの駄賃、ですか? 悪い人ですわ」

 

 ファルナは小さく笑う。

 

「なぁに、誰も見ちゃいないさ」

 

 俺は夜空を見上げて言う。

 

「月と妖精以外はな」

 

 そもそも旧市街のスラムに転がった男はこの辺りに住む不法住居者(スクワッター)にとっては美味しい臨時収入のようなもの。

 あのまま放って置けば朝までには身ぐるみ剥がされていることだろう。

 だから誰が奪ったかなんて何の意味も無くなる。

 

「何だか世知辛い話ですね」

「まぁな。しかし同情するのもきりが無いし、弱肉強食の自然界の掟が普通に適用されている、とも言えるだろうな」

 

 それで俺たちも飯が食える訳だし需要と供給ってやつだ。

 俺たちは旧市街(スラム)の住人、金の出所を気にできるような身分でもない。

 商会勤めの賃金奴隷(ウェッジ・スレイブ)のように店の看板で食い扶持が確保できるわけでもないからなぁ。

 ともかく。

 

「スミスの追跡調査と一緒にキトンに頼もう」

 

 

 

 こうして、その日の仕事(ビズ)は終わった。

 戦利品の短銃は元値の二割五分で売れた。

 故買品の買い取りは基本が三割だ。

 足下を見られるともっと安く買い叩かれるのが普通だから、悪くない値段で売れたことになるだろう。

 

「良かったですね、マスター。帰ったら南方から仕入れていた赤ワインを開けましょう? 塩味の効いたシェーブルチーズもありますし」

 

 ファルナは澄ました笑顔でそう言った。

 そう、従姉さんそっくりの表情で。


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