魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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13 再び金の腕亭へ

 夕暮れ時のアパートの中、ファルナは取り込んだ俺の洗濯物の山にダイブしていた。

 

「ふかふかですわー」

 

 身体を俺のシャツの上で伸ばしながら心地良さげに言う。

 

「ああ、珍しく良く晴れていたからな」

 

 そう答える俺に、ファルナは俺のシャツに顔を埋めて何事かつぶやいた。

 

「マスターの匂いがしますわ」

「ん、何だって?」

「な、何でもありませんわ」

 

 慌てた様子で顔を隠す。

 しかし耳や首筋が赤くなっているのが見て取れた。

 何をやっているのやら。

 

「洗濯物を畳んだら金の腕亭に行くぞ」

 

 俺がそう告げると、ファルナは洗濯物から身を起こした。

 

「はい。キトンさんとシズカさんに、あのスミスという男について分かったことを伺うのですね」

「ああ、情報通のキトンにシズカの能力の組み合わせだ。何がしかは分かっているはずだ」

 

 スミスについては色々と気にかかったが、キトンに会えば分かるだろうと俺は思考を放棄していた。

 推理しようにも材料が絶対的に足りていない状態だ。

 考えてもどうにもならないことで延々と悩むのは利口じゃない。

 人間には割り切りが必要だ。

 

 俺は使い込んだ革のパンツと濃いグレーのシャツを着込むと、バックアップとして左脇の下の隠蔽(コンシールメント)ホルスターに小型の護身銃を身に着けた。

 発火に雷管(プライマー)を使うパーカッション式の、手のひらに収まるぐらいの短銃身の拳銃だ。

 

 その他にナイフを二振り。

 どちらも(ブレード)は白磨きではなく、光の反射を抑える黒染め仕上げで刃先(エッジ)のみが銀に研ぎ澄まされている。

 片方は小型で切れ味鋭い作業用。

 もう一方は大振りで柄頭をハンマーのように使ったり幅広の刃をスコップの代わりにしたりとラフにも扱える頑丈な物だ。

 どちらのナイフも軍用の数打ちだが良く使い込み、自分で研ぎ、手のひらに十分馴染んでいる。

 

 人差し指と親指を鍔に添えて軽く押すように持つ、斬る、刺すなど応用範囲の広い基本のセーバー・グリップ。

 柄を握りしめ、柄頭を使って打撃を与えるためのハンマー・グリップ。

 くるりと手の内で回し、逆手に構える刺殺用のアイス・ピック・グリップ

 逆手に握ったナイフを、腕の陰になるように隠し持つカモフラージュ・グリップ。

 様々に持ち替え、重心や握り心地を試していつもどおりであることを確認する。

 

「そのナイフも長く使い続けていますわよね」

 

 ファルナが俺を見上げながら言う。

 

「軍が使っている量産品でしょう? 鋼が柔らかくて刃持ちも良いとは…… もっと良い品に替えたらいかがです?」

 

 その言葉に俺は首を振る。

 

「固くて折れるよりは柔らかくて曲がる方がまだマシだ」

 

 軍用ナイフの鋼材が柔らかめなのはそのためだった。

 刃持ちの悪さは切れ味が落ちる都度タッチアップ、小さな携帯用砥石で刃を立ててやることで応急的に補えるしな。

 

「そもそも俺は実戦で証明(バトル・プルーフ)された武器しか信じないからな」

 

 実際、

 

「ナイフ一つ取ってみても、こんなシンプルな道具が壊れる訳が無いと思っているやつがほとんどだが、これが結構折れるんだ。構造やデザインが悪くて弱い部分ができることもあるし、鍛造の段階で人間には気付けないほど微細なひびが入ることもある」

 

 それが現実だった。

 

「傭兵は武器に命を託して戦うんだ。流行の最新式ナイフを持って戦闘に臨んで、刺して、折れました。この世とさようならじゃあ話にならない」

 

 帝国軍に採用されている軍用品は、そういった問題を一つ一つ解決していったものだけが残り、使われる。

 だからこそ信頼が置けるのだった。

 一流の刀剣鍛治(ブラックスミス)銃職人(ガンスミス)は剣や銃身のサンプルを実際にひん曲げてみて折れないことを確かめるというが、そこまで手を尽くしたぜいたく品を傭兵稼業なんぞに使うのはよほどの趣味人だけだしな。

 

 そうして、それらの装備を隠すため払い下げ品の軍用ジャケットを羽織った。

 ポケットには携帯治療(ファースト・エイド)キットと、防水マッチ、蝋燭、鏡、油紙製のエマージェンシー・シート、折りたたみの小型ナイフとノコギリ、針と糸、細いロープなどがコンパクトに収納されたサバイバルキットを突っ込む。

 

 その上から擲弾発射器(グレネードランチャー)の弾頭を詰めた軍で弾薬運搬用に使われている防水コットン製の鞄をたすき掛けに身に着け、背には擲弾発射器(グレネードランチャー)を収めた細長い鞄を担ぐ。

 左手には鉛が仕込まれた革手袋。

 最後に変装のため鍔広の帽子と共に伊達眼鏡(アイウェア)を身に着けて準備は完了だ。

 

 そうしてスミスからの仕事(ビズ)を片づけた翌日の夕刻、俺はファルナを連れて金の腕亭へと向かった。

 ついでだから早めに行って晩飯を取ることにする。

 午前中に日課のスクワット、腕立て伏せ(プッシュ・アップ)などを中心とした筋トレと柔軟(ストレッチ)を行ったので身体の切れ(コンディション)は良い。

 どんな事態にも対応できるよう運動量は控えめにしておいたので、疲労も残っていない。

 

「よう、スレイアード。久しぶりじゃねぇか」

 

 金の腕亭に入ると、俺を認めた相手から声がかけられた。

 

「ああ、ここのところ忙しくてね。調子はどうだい、兄弟」

 

 この馴染の小鬼の男は旧市街の一角を占めるガーディアン・ギャング、赤き竜の顔役(フェイス)だった。

 

煙草(モク)持ってないか? 今ちょうど切らしてよう」

 

 このとおり、重度のニコチン中毒者(チェーンスモーカー)でもある。

 

「仕方ないな。一本だけだぜ」

 

 俺は懐から闇市(ブラックマーケット)で手に入れた煙草を渡してやる。

 

「いいねぇ、紙巻(シガレット)か」

 

 帝国で煙草というと普通は刻み煙草のことを言い、パイプで喫ったり、新聞紙などで巻いて手巻き煙草にして喫うのが一般的だ。

 新聞紙なんてインク臭くないのかとも思うが、好きなやつはそれが逆に良いのだと言う。

 

 一方、紙巻煙草(シガレット)はそのまま喫えるからか帝国では軍の支給品となっており、そこから一般にも広まっていた。

 俺が持っていたものも軍からの横流し品だった。

 軍から正規の払下げ(ミリタリーサープラス)品を扱っているルートもあるが、この街でそんなものを行儀良く利用するようなやつはまず居ない。

 出所を気にできるような身分でもないしな。

 

 男はヤニで黄色く染まった尖った歯が目立つ口元に煙草をくわえる。

 そして手近にあったランプのホヤを開けて火を点け美味そうに煙を吸い込んだ。

 紫煙と共に言葉を吐く。

 

「昨日あたりからうちの縄張り(シマ)で勝手をするクソッタレどもが出て、幹部連中の機嫌が悪いんだ」

 

 この男は情報通なのだが、煙草を吸うと口が極端に軽くなる性質(タチ)だった。

 

「ここだけの話、マフィアが絡んでるって話も聞く。気を付けな」

 

 紙巻一本でこういった情報が得られるなら安いものだ。

 

「自分は吸わない煙草を持っていると思ったら……」

 

 ファルナが感心半分、呆れ半分で俺を見る。

 煙草はこんな具合に潤滑油代わりになるからな。

 

 ただし一流の傭兵には極度の酒や煙草愛好家はいない。

 長時間の待機中に我慢ができなくなり精神的にも悪影響が出るからだ。

 特に潜伏中の煙草は禁物だ。

 愛煙家は感覚が麻痺しているが、その臭いは遠く、顔も見分けられないような距離に居る人間にまで届いてしまうことがある。

 鼻の利く亜人相手だとなおさらだ。

 夜なら煙草の火で所在がばれることもあるしな。

 また、灰や吸殻を捨てれば痕跡を残すことになる。

 公安や賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)といった都市の猟犬たちは、そういったものを足跡の代わりに辿って獲物に喰らい付くのだ。

 彼らの嗅覚を侮ることはできない。


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