魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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14 食事、そして異変

 常連たちに適当にあいさつをしつつ、俺はファルナと店の奥を目指す。

 

「マスターのこちら側の世界での交流関係ってよく分かりませんわ」

 

 ファルナは首をかしげて胸のポケットから俺を見上げる。

 普段の俺はどちらかというと不精というか、積極的に交友関係を広げていくタイプじゃないからな。

 意外なところで顔が効くのが不思議なんだろう。

 だが、

 

「傭兵にとって人脈(コネ)は財産だからな。これが貧弱だと仕事(ビズ)にもなかなかありつけないし、仕事(ビズ)があったとしても能率が落ちる」

 

 苦笑しながら話してやる。

 物語などにありがちな、ネットワークに属さず己の実力だけで生きていく孤高の傭兵なんぞ、現実に居たら食いっぱぐれて孤独死するだけ。

 格好良くも何ともない。

 

「一匹狼じゃあやって行けないのが傭兵という生き方さ」

 

 その分、余計なしがらみも増えるし、金や労力を消費して維持しなければならない関係なども生じるが。

 さっきの煙草みたいにな。

 

 

 

 カウンターの前に置かれた石板(ボード)白墨(チョーク)で今日のメニューが書かれている。

 

「どんぐり食い向けのメニューまであるんですのね」

 

 ファルナは感心したように言う。

 どんぐり食い、とは森妖精たちを揶揄した呼び方だ。

 過去の従軍経験のせいか、彼女は唐突に品が良いとは言えないスラングを口にすることがあった。

 

「この店は菜食主義者の森妖精や宗教上の理由で肉食を禁じられている者、はてまた森妖精の真似をする人間、妖精かぶれ向けのメニューも扱ってるからな」

 

 サラダなどの単なる野菜料理だけでなく、豆から作られる肉もどきまである。

 もちろん、食後のどんぐりコーヒーも。

 

「森妖精の鋭い感覚は、植物油でなく豚脂(ラード)を使っているようなエセ菜食料理を一発で見分けちまう。だから森妖精向けの菜食料理を作れるってことは、それだけしっかりと管理された厨房(キッチン)を持っているということで、信用できるんだ」

 

 もっとも、ここの厨房機器(ハード)自体は軍の払い下げの野戦炊事車(フィールドキッチン)、シチュー砲とも呼ばれる馬で牽くあれを店の奥にぶち込んだだけで、品質は炊事兵上がりのコック長の腕が保っているって話だが。

 

証明された食べ物(ハラルフード)と言われるものですわね」

 

 ファルナも知っていたか。

 俺はうなずいてやる。

 

「森妖精たちが好んで利用するから人間至上主義者たちは近寄りもしないんだが。もったいない話だよな」

 

 確かな品質の料理を出すということで多少割高ではあるが、金はスミスから受け取ったものがあった。

 

「今日はドネルケバブにするか」

 

 ぐるぐると回る縦型のグリルに、パプリカを挟んだラム肉やチキンが積み重ねられあぶられている。

 焼けた表面を包丁で削り、パンに野菜と共に挟んでソースを付けて出してくれるものだ。

 

「コロッケもおいしそうですわね」

「ファラフェル、豆のコロッケだな」

 

 カウンター席に着き、店員に注文する。

 肉はせっかくだからラム肉を。

 野菜はトマトにタマネギ、キュウリにレタス、パセリがあり選ぶことが可能だが、俺は苦手なものは無いため全部入りで注文する。

 ソースは香辛料が効いたバリバリに辛いもの、ニンニクソース、ハーブソースの三種類から選べるが、何なら二種類、あるいは全部入りでも可能だ。

 まぁ、これも俺は、

 

「全部」

 

 面倒なので全部入りにする。

 

「ついでに、ファラフェルも頼むか」

 

 豆のコロッケも頼む。

 元々、肉の代用食品として作られたもの。

 ヘルシーフードなので身体にもいい。

 しかし揚げたてを出してもらったファラフェルに噛り付いて、俺は驚いた。

 

「ただの豆のコロッケのはずが、おかしいくらい美味いぞ」

 

 その昔、肉不足の際に森妖精がレシピを伝え、貴重なタンパク源として食べられたというファラフェル。

 

「あら、これはなかなか……」

 

 霊的経路(チャンネル)で俺と味覚をつないだファルナがつぶやいている。

 作り方(レシピ)を盗むつもりなのだろう。

 

「この香り立つ風味はパセリとコリアンダー? 香辛料が使われていますわね。豆料理なのに?」

 

 そう彼女が言うとおり風味を良くするための工夫がこらされており、たまらない美味しさだ。

 帝国では香辛料は肉の防腐処理や臭み消しに使われるのが主な役目。

 こんな風に肉料理以外に使われるのは珍しかった。

 もちろん焼きたてのラム肉に野菜たっぷりのドネルケバブの方もいけるがな。

 

 手早く屋台(ストリートベンダー)などのクイックフード、ジャンクともストリートフードとも言われる干しダラとジャガイモを豚脂(ラード)で揚げたフィッシュ・アンド・チップスやロブスター一匹を丸ごと使ったという流行りのロブスターロール、東部名物深皿ピザなどで済ませるのもいいが、時間と金に余裕があればこんな風にちゃんとした食事をとるのもまた良い。

 俺たちにとって、いや旧市街の住人たちにとって食事は楽しみであると共に、これからの過酷な生活を戦うだけの活力を蓄えるための儀式でもあるからな。

 食べ物が得られることに祈りや感謝をささげながら味わって食べ、自分の血肉にするんだ。

 

 傭兵家業でも一番大事なことは食事が美味く食えるってことだった。

 美味く食べられさえすれば、どんなにつらい状況でも最後まで気力が続く。

 

 店内を見回せば中央には十卓近くの丸テーブルがあり、夕時とあって俺たちの他にも多くの客たちがひしめきあっている。

 岩妖精や小鬼、トロール鬼、トカゲ人、馬人族など様々な亜人たちまで混じっているのが特徴だ。

 

 食事を終え満足した俺はふと顔を上げた。

 店の外に妙な気配があることに気づいたのだ。

 

「何だ?」

 

 そっと気取られぬよう酒場の窓から周囲を観察すると、店の周りを何者かに包囲されているのが分かった。

 この雑然とした歓楽街の界隈には似合わない、揃いのオーバーコートを着た無個性な男たちだ。

 いずれかの商会の警備員と思われる、がっしりとした身体つきをした男たちがこの建物を監視している。

 ざっと見ただけでも二十人以上は居た。

 おそらく隠れている者も含めれば、もっと居るだろう。

 この酒場に集まっている裏の稼業に身を置く連中にそれを知らせると、彼らの間にも緊張が走った。

 

「こいつはまた。逃げられそうな隙はないか?」

 

 裏口も密かに確かめてみるが、どうやらこちらも押さえられているようだった。

 

「どこのやつらか知らんが、裏の世界の住人たちと正面からやり合う気か」

 

 相手はかなり強引な手合いらしい。

 俺は覚悟を決める。


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