魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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15 強襲

「ファルナ、キトンに連絡はつくか?」

 

 俺は胸のポケットの中で大人しくしていたファルナに話しかける。

 ファルナはしばし宙をにらんだ後、表情を曇らせ首を振った。

 

「駄目です。シズカさんに霊的経路(チャンネル)が繋がりません」

隠形状態(ステルスモード)で潜伏行動中か」

「おそらく」

 

 隠密哨戒型魔装妖精であるシズカは存在を隠しての潜入工作を得意とするが、この状態の彼女はあらゆる捜査を無効化するため霊的経路(チャンネル)を通じた交霊(アクセス)も受け付けなくなるのだ。

 仕方がないと、俺は次善の策を講じる。

 

「ファルナ、お前だったら煙突から逃げ出せるな」

 

 姿隠しの能力もあることから包囲網の突破も可能だろう。

 

「キトンの所まで一っ走り使いを頼まれてくれ。あいつが巻き込まれると厄介だ」

 

 腕のいい仲介屋(フィクサー)は傭兵にとって生命線ともいえる。

 これがどうにかすると情報やら物資やらの線が断たれてしまうのだ。

 この騒ぎを俺が避けることはできないにせよ、キトンにまで被害を広げるのは事後の巻き返しなどを考えても下策だった。

 もっともそれも、俺が生きてこの場を切り抜けられなければ何の意味も無いが。

 

「でも、それではマスターが……」

「なに、一人舞台をやりたがるのは男の性ってもんさ」

 

 心配するファルナに俺は笑ってこう言って見せる。

 

「女の前では特にな」

「マスター……」

 

 ファルナは思いつめた様子で俺を見つめた。

 真摯な態度で言い募る。

 

「必ず無事でいてください」

 

 その願いには力強くうなずいて見せた。

 

「ああ必ず。どんなときだろうと決してあきらめはしない」

 

 ファルナは最後まで俺の心配をしながら煙突へと潜り込んだ。

 

「やああってやるぜ!」

「銃を持っているやつは集まれ!」

「テーブルを倒してバリケードにするんだ!」

 

 傭兵たちが気勢を揚げ、店内がにわかに活気づく。

 血の気の多いことだ。

 硝煙の匂いと血と暴力が身に染み付いて消せない。

 そんな連中だった。

 

「俺たちの倍、敵が来たって一人あたり二人ずつやればいーんだよ。簡単な話じゃねーか」

 

 全身に彫り込んだ皮膚硬化(ハード・スキン)の呪紋を誇らしげに見せつける大男が叫ぶ。

 皮膚硬化(ハード・スキン)の呪紋は皮膚を硬質化させ、鎧のように身にまとうものだ。

 板金鎧をも貫く銃器の蔓延と共に鎧が廃れた現在、防具の代わりとして人気がある。

 

「自分を基準に計算するなよ……」

 

 呆れの声がどこからか漏れた。

 乱戦になった場合、人数の差は技量の差を埋めるからな。

 少しばかり腕が立っても格闘で複数を相手にするのは愚の骨頂だ。

 格闘技に幻想を抱いているやつ(アマチュア)はその辺、誤解していることが多いがな。

 

 俺も格闘に備え、邪魔になる軍用ジャケットを脱いで肩に引っ掛けた。

 カウンターに歩み寄って、いつものやつを注文する。

 

「蒸留酒をストレートのダブルで」

 

 こんな時に?

 とでも言いたげなバーテンに、片頬を吊り上げ犬歯をむき出して笑ってやる。

 

「せっかくお客さんが来てくれたんだ。丁重に迎えてやるのが礼儀だろ」

 

 そして入り口、そして裏口のドアが大きな音を立てた。

 

「おいおい、何の騒ぎだ? ノックにしちゃ激しすぎるぜ」

 

 誰かが陽気にはやし立てる。

 俺は窓にも気を付けた。

 手慣れた者ならドアよりそちらから侵入してくる。

 守る側からすれば、真っ先にバリケードを組むのはドアだと決まっているからだ。

 窓からの突入、ウィンドー・エントリーは帝国軍特殊部隊などでもよく使われる手だった。

 

 三度目の轟音でドアが破られた。

 オーバーコートの男たちが一抱えもある鉄柱に取っ手を付けた破城槌(バッテリングラム)を使って無理やり侵入口を確保したのだ。

 侵入用(エントリー)ツールにはこの他にハンマーや手斧(ハチェット)などが使われることが多い。

 銃が蔓延した帝国だが、鍵に弾を打ち込んでも壊れないばかりか跳弾で怪我をするのが落ちだからだ。

 

「ヒューッ! こいつはマジだぜ」

「マナーがなってない連中だな。ドアは開けて入るもんだぜ」

 

 軽口を叩く傭兵たちの前に襲撃者たちが素早く突入してくる。その手には硬い樫の警棒が握られていた。

 更に後方にはマスケット銃を構えた一団が控え威圧してくる。

 

「大人しくしろ!」

「へへへ、聞いたかよおい。大人しくしろだとさ」

「誰が商会の犬なんかに従うかよ!」

 

 降伏勧告に対して金の腕亭に集った面々は天井に向けて派手に銃を撃って挑発する。

 それに対抗して商会の側からも威嚇射撃が行われる。

 鉛弾が天井を穿ち、むせかえるような硝煙が店内に立ち込めた。

 

「今だ!」

「行くぞ!」

 

 マスケット銃の再装填には慣れた者でも時間がかかる。

 (クロスボウ)のそれよりは素早く行えるので油断はできないが、戦い慣れした傭兵たちがその隙を見逃すはずが無かった。

 

 狭い室内ゆえ、取り回しのいいナイフや手斧(ハチェット)、ブラックジャック、あるいは撃ち終えたマスケットの短銃の銃身を棍棒代わりに握りしめ、傭兵たちは商会の警備員たちに襲いかかる。

 マスケットは単発ゆえ、こうやって撃った後は鈍器として殴りつけるのに向くよう銃把(グリップ)の尻を金属で補強をしているものが多いのだ。

 

 そして混戦になってしまえば銃は使えない。

 俺の方にも警棒を振り上げた警備員が駆け寄って来た。

 やれやれ、せっかちなことだ。

 

「ほらよ、一杯目は俺のオゴリだ」

「ぶっ!?」

 

 俺は手にしたグラスの中身をそいつの顔面に飲ませてやる。

 眉や前髪にまで派手にぶっかけてやるのがコツだ。

 眼だけだと瞼を閉じられ袖で拭われたらお終いだが、毛髪に引っ掛けてやれば少し遅れて垂れてくる。

 そこを狙うのだ。

 

 目に入った強いアルコールに瞼をこする男に近づき、左の拳を顎めがけて叩き込んでやる。

 商会の警備員ともなればコートの下に鋼の防刃板を入れたベストを着込んでいると考えられるから胴への攻撃は避けたのだ。

 

 確かな手ごたえ。

 俺の左手には拳の部分に砂状の鉛を仕込んだ革の手袋、サップ・グローブがはめられていた。

 鉛の粒は拳を握るとギュッと凝縮され拳を守ると同時にパンチ力を素手の何倍にも引き上げる。

 レンガも一突きで割れるほどだ。

 一撃で脳を揺らされた相手はあっさりと倒れ込んだ。

 カウンターバーの向こう側で目を丸くしてこちらを見ていたバーテンに、俺は肩をすくめてこう言ってやった。

 

「酔いつぶれたらしい」

 

 たった一杯でこれじゃあ、準備運動(ウォームアップ)にもならんな。

 そして次の相手が警棒を構えじりじりと近づいてくるのに笑って見せる。

 

「よしなワン公! 給料安いんだろ。そんなものを振り回してるとろくなことにならんぜ」

「うるさい!」

 

 そう叫んで打ち掛かって来るやつに、今度は手にしていた軍用ジャケットを放ってやる。

 広がるジャケットに視界を遮られることを嫌った警備員は警棒で薙ぎ払おうとするが、ジャケットを巻き込むためその速度は減じている。

 見切るのは難しくない。

 

 そうやって空振りさせてしまえば、後は隙だらけの体勢をさらけ出すことになる。

 そこを内懐に飛び込めばいい。

 仮に反撃を受けたところで間合いが近すぎる不十分な体勢から放たれた打撃など無視できる。

 こちらが無手で、自分が有利な武器を手にしているという驕りがあるから反撃への警戒が薄いし、間合いを外され有効な攻撃ができなくなっていても武器による攻撃に固執してしまう。

 そこを突くのだ。

 

 相手の右手を踏み込んで捉えた。

 警棒を逆にテコとして利用し手首の関節を極め投げてやる。

 床に転がった相手は痛みにだろう右手を抱えて立てなくなった。

 

「言わんこっちゃない。人の忠告は素直に聞くもんだぜ」

 

 手加減せずにやったから骨が折れたか、軽く済んでも関節が脱臼しただろう。


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