魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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18 現状確認は手っ取り早く

 ファルナから手当てを一通り受けた俺は金の腕亭の奥にある、とあるボックス席を借りて彼女と相談することにした。

 バーテンに預けていた擲弾発射器(グレネードランチャー)も返してもらい弾を再装填する。

 磨き上げられた樫のテーブルの上で、擲弾発射器(グレネードランチャー)はランプの光を受け鈍く輝いた。

 火打石を備えた撃鉄(ハンマー)を上げると、一回分の火薬を詰めた紙包みの端を歯で噛み切って火皿に火薬を入れた。

 火皿はバネ仕掛けで閉じられる火蓋によって塞がれ、俺は残りの火薬を包み紙ごと銃口から薬室に入れ、槊杖(ラムロッド)と呼ばれる棒で突き固める。

 そしてたすき掛けにした大型のバッグから取り出した弾頭を筒先のカップに装填した。

 これら一連の操作は慣れれば(クロスボウ)の装填より素早く行うことが可能だった。

 

 装填したのはゴム(スタン)弾だ。

 榴弾ではとっさの場合に至近距離では爆発に巻き込まれるので使えないし、使える間合いがあったとしても問答無用で撃ち殺すのは相手が重要な情報を握っていた場合などに面倒なことになるからだ。

 ゴム(スタン)弾は榴弾、催涙弾、発煙弾のように完全な効果は望めないが、突発的なアクシデントに対応するには使い勝手が良かった。

 殺るならこれで動きを止めた後、バックアップの護身銃なりナイフなりで止めを刺せばよい。

 

 俺は擲弾発射器(グレネードランチャー)を再び鞄に仕舞い込むと、ファルナにフォックスとの一件を簡潔に説明した。

 渡された紙束の内容を共に確かめる。

 

 まず、奪われた黒い鞄は保護ケースになっていて、大小さまざまな木型が収められているという。

 文字と一緒に絵も描かれていることから鞄の外観も分かる。

 やはり鞄はスミスが持ち去った四角く黒いもので間違いないらしい。

 しかし、

 

「この木型が何かについては記述無しか」

 

 フォックスの言っていた機密が何なのかは分からなかった。

 

「木型といえば何かの模型でしょうか?」

 

 考え込む俺に、ファルナが言う。

 

「鋳物を作るための木型というのも考えられるな」

 

 俺が言っているのは鋳造するときに溶かした金属を注ぎ入れる砂型を作るための元になる型だ。

 鋳物は冷えると少し縮むため、それを見越して大きめに作られる。

 帝国アカデミーの錬金科でも実習時に扱ったことがある。

 商会が機密として扱うなら、何らかの機器の部品の型かも知れない。

 

 俺はページをめくる。

 次の紙面からは機密盗難事件の経緯、として説明が始まる。

 事件は商会内の対抗派閥が隠し持つ機密を納めた鞄を、小鬼の傭兵を使って奪取したことに端を発する、と書かれていた。

 

「商会の内部対立か」

 

 いきなりの不穏な内容に俺は顔をしかめる。

 一方、ファルナは別のことに反応した。

 

「小鬼の傭兵といえば……」

「昨日の現場に居た、あの赤ずきん(レッドキャップ)たちのことか?」

 

 どういうことかと資料を読み進めると、答えが書いてあった。

 あろうことか、この小鬼たちが機密を持ったまま行方をくらませたというのだ。

 

「傭兵が雇い主を裏切った?」

 

 ありえない話だった。

 そんな真似をしたら次から仕事が受けられない。

 信用で成り立っているのが傭兵の世界だ。

 

 この小鬼たちが機密を売り払おうとした先はマクドウェル商会だと推測されている。

 

「はぁ、やっぱり取引相手はマクドウェル商会で間違いないのか。こいつは気が重いな」

 

 俺はため息を漏らす。

 

「マスター、マクドウェル商会なら、代理人の方にコネがあるのですから有利じゃないんですか?」

 

 俺の肩に乗ったファルナが耳元でささやく。

 同じ資料を二人で覗き込んでいるため声が近い。

 俺は首を振って答える。

 

「もう既にブツがマクドウェルの代理人の手にあるとしたら? マクドウェル商会から強奪なんてとてもじゃないけどできないぞ」

 

 そうなったら完全に詰みだ。

 どうしようもない。

 

「でもスミスさんが本当にマクドウェル商会の工作員(エージェント)だったのか、本当のところはまだ不明ですわよね。仮にマクドウェル商会の者でも、代理人には内密での行動でしたから終わったわけではないと思いますが」

 

 ファルナが冷静に指摘した。

 確かに、フォックスも機密がマクドウェル商会に渡った様子は無いと言っていた。

 

「そこに賭けるしかないか」

 

 そうして二人で資料の確認に戻る。

 小鬼たちが旧市街の某所にてマクドウェル商会と取引を行うという情報をつかんだ我々は、機密を奪回すべく工作員(エージェント)を送り込んだとある。

 

「もしかして、あの時、赤ずきん(レッドキャップ)たちを襲った男たちのことですか?」

「そのようだな」

 

 この工作員(エージェント)たちは敗走したが、かといって取引相手と想定されるマクドウェル商会が機密を入手した様子もない。

 そして生き残りの工作員(エージェント)の証言と、機密を奪回して逃走した工作員(エージェント)が何者かに襲われ機密を奪われていることから、現場に他の襲撃者が存在したことが判明。

 追跡調査を行った。

 結果、割り出されたのが俺とファルナだった。

 紙面には俺たちの人相書きが並んでいる。

 それを見た俺は改めて、ファルナのためにもこの状況を打破することを誓う。

 

 とはいえ、フォックスが傭兵のことを信じられない理由も分かった。

 雇い入れた傭兵は契約を破るようなろくでなしで、しかもようやく押さえたと思ったら他の傭兵に機密を横取りされる。

 これだけ立て続けに痛い目に遭えば、疑心暗鬼に陥ることもあるだろう。

 

 もっとも、だからといってそれを理解してやる義理は俺たちにはこれっぽっちも存在しないわけだが。

 俺はやつの保護者(パパ)じゃない。

 やつに殴られた痕が鈍く疼いた。

 一方、ファルナは首を傾げていた。

 

「そこが分からないんですけど。どうして私たちの身元がばれたのでしょう? 夜の取引現場は月明かりだけ。仮に目撃者が居たとしても判別はできないはず」

「そうだな。そもそもファルナは顔を見られてもいない訳だし、どうやって見つけたのやら」

 

 俺も疑問に思うが、その辺については紙面では何も触れられていなかった。

 

「まぁ、そいつも聞いてみるか」

 

 俺はそう言いつつ静かに席を立ち、素早くボックス席の仕切りを横に引いた。

 

「うわっ!」

 

 俺たちが入っていたボックス席の隣には、こちらに耳をそばだてていたのだろう、いきなり開いた仕切り板に驚いている小柄な若い男が居た。

 念のためファルナに眼を借りてみたが、呪紋を入れた様子もなく魔導士でもない。

 つまりは、

 

「ふん、商会の工作員(イヌ)か」

 

 使い走りというやつだった。

 

「ち、違……」

「違うとは言わせん」

 

 俺は相手の腹にブーツの爪先を叩き込み黙らせる。

 

「げはっ」

 

 うずくまる男をボックス席に引きずり込み、耳元でこう言ってやる。

 

「それ以外に、そんなピカピカのボタンを見せびらかし、折り目正しい糊の効いた服を着た人間がこの店に来るかよ」

 

 俺や、この店の客の服を見てみやがれ。

 使われているボタンや金具は銃を用いた戦闘に対応した、飾り気のない低視認性の艶消しのものだ。

 馬が嫌う光物で騎馬を牽制する戦場は過去のもの。

 今時の傭兵はそんな細かなところまで気配りを欠かさないものだ。

 徹底している者なら更に障害物に引っ掛けたりしないよう隠しボタンになった衣服を選ぶぐらいだしな。

 

 そして糊付けされた服は洒落ていて商会の人間にとっては制服みたいなものだったが、小鬼やトロール鬼の持つ闇を見通す瞳、帝国アカデミーの最新の研究では赤外線視力と呼ばれる視野には見つかりやすくなるのだという。

 かつては糊を効かせた軍服をバリバリ言わせながら着るのが粋だと言われていた帝国軍でも糊付けは廃止されている。

 それどころか赤外線視力に隠蔽効果を持つ布地や染料さえ開発されているという噂もある。

 アカデミーでの研究以前に、経験的にそれを知っている傭兵たちがそんな服を着るはずが無い。

 

 だから糊の効いた服を着てこの店に足を踏み入れるといったら商会の人間。

 それも二流の連中ぐらいだった。


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