魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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19 尋問

「ここは特別な席でな。相手に欺瞞情報を流す場合や敵対者をおびき寄せるために隣に物陰になる席をわざと用意してあるんだ。隠し扉の仕掛けもそのためのものだ」

 

 男にそう告げながら、俺は先ほど開けた引き戸を再び閉める。

 扉は完全に仕切り板と区別がつかなくなった。

 

「フォックスの手の者だな」

 

 俺の断言に、男の肩がわずかに揺れる。

 

(脈拍に変動あり。正解のようですわ、マスター)

 

 魔装妖精特有の鋭い感覚(センサー)で男の動揺を感知したファルナが霊的経路(チャンネル)を通じてそうささやく。

 やはりな。

 あれだけ傭兵に不信を抱いていたフォックスだ。

 賞金首にするという脅しがあったにせよ、更に監視をつけるだろうということは容易に予測ができた。

 だからこそ、この特別なボックス席を借りたのだ。

 

「違……」

 

 言いかける男の腹に再び蹴りを叩き込む。

 

「そうは言わせんというのが聞こえなかったか?」

 

 物覚えが悪いことだ。

 

「まぁ、あくまでも関係無いと言い張るのならそれでもいいさ」

 

 俺は頬を釣り上げ笑って見せる。

 

「これから貴様を尋問するのに、何の遠慮も要らないってことだからな」

 

 男の表情が絶望に染まった。

 

「黙ったり嘘をついたりするたびに指を一本ずつ折る。それでも立場が理解できなければ次はナイフでそぎ落としてやる。指で足りなければ耳や鼻だ。どこまで耐えられるか見ものだな」

 

 サディスティックに頬を釣り上げ喉の奥で笑ってやると、男は恐怖にだろう硬直した。

 

 まぁ、ハッタリなんだがな。

 無抵抗のやつをいたぶる趣味なんぞ俺には無い。

 大体拷問なんて手の込んだ真似は異常者(サイコ)でもない限りやる方もひどく疲弊するのだ。

 できることならやりたくない。

 必要ならためらわないがファルナの眼もあることだしな。

 

 俺の言動に、ファルナは顔をしかめて言う。

 

「丸っきり悪役の台詞ですわね、マスター」

 

 俺は首を振った。

 

「いいや、俺は慈悲深いぜ。大人しくしてりゃ、俺だって子供はいじめやしない」

 

 男の背の低さを揶揄してやると、相手は簡単に挑発に乗った。

 

「お、俺に手を出すと組織が黙っていないぞ」

「……なるほど、アッバーテ系列の商会か」

 

 はっと口をつぐむ男だったがもう手遅れだ。

 阿呆が。

 犯罪組織(シンジケート)をバックに持つ商会など帝国ではアッバーテしかあり得ない。

 

(アッバーテといえば、背後にマフィアが控えていることで有名な巨大商会でしたわね)

 

 ファルナの言うとおり、アッバーテ商会とマフィアのつながりはかなり有名な話だ。

 アッバーテの会長アブラーモ・アッバーテは合法な事業を拡充する一方で非合法、半非合法な事業をマフィアたちに分け与え、その上納金で大きな利益を上げていた。

 自らが持つ合法的な事業で資金を洗浄(ロンダリング)し更にマフィアに恩を売るという寸法だ。

 アッバーテ商会の役員は、マフィアの首領たちで占められているというのは周知の事実だった。

 

「だが貴様程度を使ってるところを見ると、アッバーテ本体ではないな。配下のどの商会だ?」

「それは言えねぇよ。分かるだろ、命がねぇよ!」

 

 男は蒼褪めた顔をし、震える声で言った。

 

「なるほど、マフィアは裏切りには厳しいからな。お前が身元を吐いたと見れば、俺たちが手を下すまでもなく組織が速やかに始末をつけてくれるか」

 

 男の顔色が蒼白を通り越して土気色になる。

 

「勘弁してくれ……」

「なら、きりきりしゃべることだ。これ以上、俺たちと接触を続けていると全部吐い(ゲロっ)たと思われるぞ」

 

 そして、霊的経路(チャンネル)を通じて俺の指示を受けたファルナが対照的に優しく囁く。

 

「今ならまだ素知らぬ顔でお別れすることが可能ですわ。後はお互い口をつぐめば良いのです」

 

 示された一筋の希望に、男は縋るようにファルナを見た。

 ファルナはただ黙って秀麗な顔に微笑みを浮かべるだけだ。

 慈愛に満ちた天使のように、そして破滅へと誘惑する悪魔のように。

 そうして、ついに男は肩を落とした。

 

「俺はアボット・アンド・マコーリー商会の者だ」

「聞かん名だな」

 

 俺が目を細めると、男は慌てて言った。

 

「そりゃあ仕方がねぇ。うちはアッバーテ系列のアボット商会と独立商会のマコーリー商会が、最近合併してできた商会だ」

 

 商会の合併・買収(M&A)はビジネスの世界ではよく行われる手法だ。

 市場や人材、機材の確保、ブランドを育てる手間と時間(ヒマ)を金で買う。

 またその他にも多額の技術開発費を費やすことなく相手商会が持つ高度な先端技術情報の入手が可能になるからだ。

 しかし、

 

「実情はマフィアの力を使ったマコーリー商会の乗っ取りといったところか?」

 

 男は黙り込むが、ファルナの感覚は誤魔化せない。

 

(そのようですわ)

「図星のようだな」

 

 内心を見抜いたように言う俺に、男は化け物でも見るかのような目を向けた。

 それではアッバーテは何のためにそんなことをしたかだが。

 

「アボット商会というのは、何を扱っていたんだ?」

 

 男はしばし迷っていたが、心の内を見透かすように言い当てる俺に観念したのだろう、重い口を開いた。

 

「銃だ。新式銃の開発、そう聞いている」

 

 俺は盛大に顔をしかめた。

 きな臭いにもほどがある。

 最新式の銃の技術など、物によってはこの国どころか世界の均衡を揺るがす恐れがあった。

 

「他には?」

「お、俺の知っていることはこれで全部だ。嘘じゃねぇ」

 

 ふむ、この男はただの下っ端、これ以上情報を引き出すのは無理だろう。

 

「命だけは助けてやろう。後は自助努力ってやつで何とかするんだな」

 

 俺はボックス席の隠し扉を開くと男を解放した。

 情報を漏らしてしまったこの男が裏切り者として処分されるか否かは、当人の機転と努力次第といったところだ。

 最悪死んだところで、不運なやつが不運な最後をとげたというだけ。

 俺には何の関わりも無いことだし、関わるつもりもない。


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