魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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20 マスター、そこをどいて下さいな。そいつ、壊せないっ。

 扉を閉めてため息をつく。

 

「これでフォックスの背後(バック)は分かったが」

 

 ファルナも秀麗な顔を曇らせながら言う。

 

「マフィアですか……」

 

 マフィアなんぞと関わるなど絶対に避けたい部類の話だった。

 組織を敵に回すことになったりしたら酷く厄介だ。

 

「次はスミスさんの正体と行方ですわね。マクドウェル商会の代理人には連絡を取らないのですか?」

 

 ファルナの確認には、肩をすくめて見せる。

 

「例の物はマクドウェル商会も狙っているだろうから、こっちも迂闊なことを言えないからなぁ。そんな状態で、もしうっかり漏らしてしまったらまずいことになるし」

 

 大商会の代理人は頼りになるコネだが、もろ刃の剣でもある。

 相手とは持ちつ持たれつの対等な関係だ。こちらの情報を伏せたまま向こうの情報だけをもらうわけにも行かない。

 

「まぁ、アボット・アンド・マコーリー商会側が信用できなかったら、遠慮なく見限って連絡を取らせてもらおう」

 

 俺はあっさりとそう言い切る。

 

「それじゃあ仕事を斡旋してくれたキトンさんに聞いてみましょうか。裏を取ってくれているはずですわ」

 

 ファルナが提案する。

 キトンは俺たちとの約束通り夜になると、その見事な爆乳を揺らしながら金の腕亭に現れた。

 彼女の相棒である魔装妖精、シズカも一緒だ。

 キトンは事情を聞くと聡明そうな整った顔を曇らせて、いかにも申しわけなさそうな表情で言う。

 

「問題のある仕事(ビズ)を回した私にも責任の一端はあるわ。できる限りの協力はするから」

 

 その言葉にファルナは首を傾げる。

 

「そこまで責任を感じるんですか? 私たちは素人じゃないんですから、仕事を受けた後の責任は本人たちにあると思うんですけど」

 

 そのつぶやきには俺が小声で答えた。

 

仲介屋(フィクサー)は信用も資産の内だ。臭い仕事(ビズ)を人に回したとなると、今後の取引に関わるから気を使ってるんだろ。うかつな仲介屋(フィクサー)は死んだ仲介屋(フィクサー)であるって言葉もあるぐらいだしな」

 

 直接触れることも見ることもできないものだが、信用という資産は馬鹿にならない。

 行いを積み重ねることでしか構築できず、失うときはたった一つの誤りや裏切りですべてが消え失せる。

 信用とは人格であり魂であり、その人間そのものとも言えるだろう。

 

「裏切られたからといって、どこかに訴え出るような真似ができない裏社会(アンダーグラウンド)だからこそ信用は大切なのさ。こっちの世界じゃ信用だけが保証なんだ」

 

 それを聞いていたキトンはほろ苦い笑みと共に言葉をこぼした。

 

「今の私には痛い言葉ね。どうしていつもそう、ありのままを口にするの?」

「他のことを言ったところで役に立たんからな」

 

 キトンはファルナに向かって口の端を上げ笑顔を作って見せる。

 

「飾らない人よね」

「知ってますわ。私のマスターなんですから」

 

 ファルナは何を今更という様子だ。

 本人の目の前で寸評を語り合わないで欲しいが。

 それでスミスのことだが、

 

「ごめんなさい。急な仕事(ビズ)で報酬が高額だったから事前に裏を十分取っていなかったの」

 

 とキトンは謝る。

 そんな仕事でも仲介をしたのは彼女が隠密哨戒型魔装妖精シズカを相棒としているからだった。

 シズカにスミスの追尾をさせれば裏は取れると判断したのだろう。

 リスクを踏まないと大きな儲けを望めないのはどこでも一緒だ。

 しかしシズカが謝罪した。

 

「昨晩、スミスさんの馬車を追跡しましたが、相手は裏の世界の方々が利用する厩舎の一つに馬車を預けて、その後、不覚にも見失ってしまったのです」

 

 真面目な彼女は悔やむように言う。

 

「私がもっとしっかりしていれば……」

「いや、気にすることは無い。相手が上手だったってだけの話だ」

 

 俺はシズカに自分を責めないよう声をかけてやる。

 しかし彼女は納得しない。

 瞳を潤ませ俺の胸にすがる。

 

「あーっ!」

 

 ファルナが声を上げるが、思いつめているシズカには届かないようだ。

 そのまま俺に懇願する。

 

「罰を下さい。どんなことでもいたします。信じられないような酷いことでも…… いえ私、その方が嬉しいです」

 

 なぜ、そこで陶酔したような声を出されるのかが本気で分からない。

 

「マスターが他の魔装妖精(おんな)を……」

 

 地の底から響くような低音。

 ファルナがサンダラーを抜いて迫る。

 

「マスター、そこをどいて下さいな。そいつ、壊せないっ」

「止めろファルナ、シャレにならん!」

 

 俺は慌ててシズカを掴んで引き離す。

 

「あっ」

 

 とっさのことで力を入れ過ぎてしまったが、嬉しそうに声を上げるシズカはどういうつもりなのか。

 力を緩めると残念そうな顔をするし、それを見たファルナが肩を震わせながらサンダラーを照準するし。

 キトンは口の端をきゅっと釣り上げ小悪魔的な笑みを浮かべた。

 

「悪い男よね。あっちこっちで女の気を狂わせてると今に地獄に落ちるわよ」

 

 いくら何でもそれは人聞きが悪過ぎるぞ。

 

「ともかく!」

 

 声を上げて場を仕切り直す。

 

「誤魔化してるわね」

 

 キトン……

 

「どうして、この子たちってあなたのことをこんなにも好きなのかしらね?」

 

 俺が知るか。

 馬鹿な男にとって女は永遠に謎さ。

 思考停止するなと怒られそうだがな。


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