「ミルクはともかく、たまにはワインぐらい飲まないのか?」
そう尋ねると、アルベルタは鼻で笑った。
「酒は蒸留酒に限るわ。ワインなんてかび臭い酒は大地にでも飲ませておけばいいのよ。できるまで何十年も待つなんて、暇人のすることだわ」
やれやれ、質実剛健な反面、せっかちなのは岩妖精の性か。
「なら、ホットをワンフィンガーで」
「ワンフィンガーとはまた薄いわね」
俺の注文をアルベルタは笑う。
ワンフィンガーとは、グラスに指一本分の太さの高さまで酒をつぐことだ。
「酔っている場合じゃなくてな」
俺は憂鬱さを隠しきれない声で答える。
それに強いアルコールは口の中や唇の傷に沁みる。
まぁ、豪快に酒で消毒するのも良いかも知れなかったが。
「蜂蜜は入れる?」
「ああ、頼む」
アルベルタはグラスに蒸留酒を少量入れ、お湯を注ぐ。
そこに蜂蜜を入れて軽く
「そっちのお嬢ちゃんは?」
アルベルタは彼女の手元を興味深そうに見ていたファルナに尋ねた。
「ショットグラスがあればそれで。生のままで頂けますか?」
魔装妖精は人工精霊石をコアに持つ。
それに宿った精霊の力で動いていた。
基本的に飲食は不要だが、料理をこなすため味見程度の摂取は可能だ。
そして、
「
そういうことだった。
だからファルナにはショットグラス……
人間で言う一口分の小グラスにそのままの蒸留酒が出される。
そして俺には蒸留酒のお湯割りが出される。
この飲み方をすると香りが高く、蜂蜜の甘味が疲労を癒してくれる。
「疲れているときには、これが一番いいな」
俺は一口味わうとつぶやく。
「酒本来の、繊細な味わいはわからなくなるのが難点だけどね」
笑いながらそう言うのはアルベルタだった。
アルベルタがひいきにしている蒸留酒は帝国西端の冷涼な土地で造られている上物だ。
時をかけて湿地帯に堆積された
樫の樽に詰めて寝かせることで豊かな香味を身につけた蒸留酒は、熟成させた月日を飲む者に感じさせる。
「確かに、いいお酒を飲んでいますね」
とは、生のままの蒸留酒をショットグラスを抱えながら飲むファルナの言葉だ。
アルコールの影響か、朱に染まった頬とわずかに緩んだ表情が煽情的だ。
一方で、その左腕に装着された悪魔型魔装妖精用の大型クローアームは、こういう物を持つ場合でも便利そうだった。
「お嬢ちゃんの旦那はこんな酒、飲ましちゃくれないの?」
笑いを含んだ声でアルベルタが言う。
「俺を旦那って呼ぶな」
俺はそっぽを向いてグラスを傾けた。
アルベルタは磊落に大声で笑った。
「何よ何よ、照れ隠し?」
そして呆れ声で言葉を続ける。
「お嬢ちゃんもこんな愛想が無い男の、どこが気に入っているんだか」
それは俺も同感だ。
ファルナもシズカも、どうして俺に固執するのかが分からない。
俺は無言でグラスを傾けた。
しかしファルナは視線を泳がせるとこう言った。
「だって、マスターはするのが上手ですもの」
「ごはっ!」
思わずむせる。
酒を吹き出さなかっただけマシか。
「あはは、らし過ぎるわね。学生の癖に、このケダモノが!」
ひいひい言いながらアルベルタは爆笑する。
「ファールーナー」
俺は若干の怨みを込めて彼女を見るが、ファルナは頬を朱に染めながら視線を外していた。
いや、彼女が言っているのはメンテナンスのことだ。
義体の隅々まで診られるのは魔装妖精にとって羞恥を覚えるものだっていうのは分かっている。
だが、それにしたって人聞きが悪過ぎた。
仕方なしに俺はアルベルタの笑いが治まるまで待つのだった。
しばらくして、笑い過ぎで目尻に滲んだ涙を拭いながら、アルベルタは改めて俺に尋ねる。
「で、今日はどうしたのスレイアード。
この
「そうだな、
俺がそう言って
そして汚れを落としたり油を注したりしながら組み上げて見せる。
「これでどう?」
俺は
がたつきや余計な遊びが無いこと、動作がスムーズなこと、
「まるで玩具を与えられた子供のようにも見えますわね」
とは、ファルナ。
そりゃ、あんまりだ。
俺は改めて
「それで…… 注文のものを見せてもらえるか」