魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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27 夜を歩むもの(ナイトウォーカー)

「で、悪い話ってのは?」

「やつを敵に回すのは止めておいた方がいいわ」

 

 アルベルタは真顔で忠告する。

 

「正真正銘の殺人狂よ。凄腕で化け物じみた生還率を誇るけど、その実力を目にした者は少ない。敵対者は皆殺しにされるからよ」

 

 顔をしかめて言う。

 

「元は魔導大戦の英雄だったとも聞くけど。栄光に満ちた帝国の守り手。白銀の騎士、紺碧の風神、黒の魔装姫……」

 

 最後の名前にファルナがぴくりと反応した。

 それは彼女自身と従姉さんを指す言葉だった。

 そうしてファルナはぽつりとつぶやく。

 

「まさか、金色の守護者?」

 

 なるほど、やつの見事な黄金の髪を思い浮かべる。

 らしい名だった。

 

「まぁ、そんなだったから誰も継続して使うやつは居なかったんだけど、今は契約を結んで雇われているって話ね。……雇い主の名は、確かオドネルとか言ったはず」

 

 初めて聞く名前だ。

 

「そのオドネルっていうのは?」

「アボット・アンド・マコーリー商会の役員らしいけど、それ以上は知らないわ。でもナイトウォーカーを雇う所を見ると手段を選ばない手合いみたい。まともなやつなら殺人狂なんか使わないでしょ」

「アボット・アンド・マコーリー?」

 

 思わぬ名前が出たことに、俺はファルナの方を向く。

 彼女も俺を見つめていた。

 しばし顔を見合わせる。

 

「これではっきりしたな」

「そうですわね」

 

 酔いも冷めたといった顔でファルナはうなずく。

 俺は言い切った。

 

「これはアボット・アンド・マコーリー商会の内部抗争だ」

 

 それが結論だった。

 

「ともかくアルベルタ、教えてくれてありがとう。これで何とかなりそうだ」

「そうですわね。ありがとうございます」

 

 俺たちはアルベルタに改めて礼を言い、酒を飲み干す。

 そして俺は席を立つと懐から取り出した硬貨をアルベルタに向かって指で弾いた。

 

「これは?」

 

 飛んできたそれを反射的にキャッチしたアルベルタに、こう言ってやる。

 

「酒の礼とチップさ。多過ぎるようなら神様とやらに俺たちの無事を祈っておいてくれ」

 

 不要だと言われた情報料の代わりに、そう言って金を大目に渡して店を出る。

 祈りなんてのは有り得ないことを神にお願いするような都合の良いものじゃない。

 やるべきことをすべてやった人間が、最後にその想いを託すもんだ。

 そういう意味で、アルベルタには重要な情報と装備を提供してもらっているんだ。

 あとは祈ることぐらいしかやってもらうことはない。

 

「じゃあなアルベルタ。また世話になる」

 

 別れを告げる俺に向かって、アルベルタは笑った。

 

「ええ、またいつでも来なさい。あんたのようなやつなら大歓迎よ」

「お世話になりましたわ」

 

 最後にファルナがそう言って、俺たちは地下にある店から抜け出した。

 そしてフォックスが連絡先として指定した酒場に向かうため、今度は辻馬車を拾って乗り込んだ。

 

 馬車はまっとうな市民が生活する新市街へと入り込む。

 よく手入れされた街路樹が並び、路上には煙草の吸殻すら落ちていない。

 灯火夫の手により街灯が灯され、路地にはランプを持った衛兵の姿だってある。

 そんな清潔で安全な街並みが続いているが、その代わり旧市街の住人にとってはメシのタネになるようなものが何も転がっていない、退屈で息が詰まりそうな街でもあった。

 

 フォックスに指定された住所にあったのは新市街の商業地区にある洒落た酒場、黒い靴下亭だった。

 小奇麗な店の中には燕尾服姿の客が多い。

 アボット・アンド・マコーリー商会のアボット系の派閥が使っているらしい高級店だ。

 床には分厚い絨毯が敷かれ、一歩足を踏み出すごとにブーツがわずかに沈み込む。

 

 亭主に繋ぎを頼むと店の若い者が使いに走り、しばらくしてフォックスが護衛を連れて現れた。

 夕方に別れて、その日の内に連絡があったことに驚いている様子だった。

 彼女のような美女を見返すことができるのは、わだかまりを別にしても気分が良い。

 そしてフォックスは俺の報告を聞くと、苦々しげに言う。

 

「裏切り者か…… 考えたくはなかったが、あり得る話だな」

 

 思案顔でしばし黙り込むが、それでも決断を下した。

 

「だが貴様らの話を鵜呑みにするわけにはいかん。十分に裏付けを取った上で対処する。半日後に例の酒場で待て」

 

 そう告げて一方的に席を立つ。

 

「おいおい、例の酒場って金の腕亭か?」

 

 騒ぎを起こした場所を平然と使うなんて非常識な姉ちゃんだな。

 俺は呆れる。

 

「でも半日後といいますと明け方になりますわ。お客さんたちもお家に帰って寝ているころですよね?」

 

 言われてみればそのとおりか。

 まぁ、あの店の常連たちのねぐらなんぞ、棺桶(コフィン)と呼ばれる二段に仕切られたベッドの上だけが個人スペースという集合家屋住まいや、廃墟などに住んでいる不法住居者(スクワッター)、変わったところでは帝都に網目状に張り巡らされた運河に浮かぶボートに一切合切の家財道具を詰め込んで生活するボートピープルだったりすることがほとんどで、(ホーム)と呼ぶには語弊があるがな。

 

「そうだな。まぁ、とりあえず俺たちも自分のヤサに帰って寝るか」

 

 席を立って店を出る。

 辺りには夜空に屋根の輪郭を浮き立たせ背の高い建物が並んでいた。

 商会勤めの賃金奴隷(ウェッジ・スレイブ)たちはもう帰宅し、お決まりの大豆食品(ソイフード)で夕食でも取っているんだろう。

 路地に人影はない。

 

 帝国では秀真国から伝わった大豆とその加工食品が平民に対する肉、乳製品の代用品として浸透していた。

 豆腐(トーフ)ハンバーグに砕いた高野豆腐(コーヤドーフ)で作るひき肉もどき、豆乳(ソイミルク)などなど。

 味はまぁまぁだし肉より身体にいいくらいだと聞くが……

 俺だったらもっと簡素に青い内に収穫したものを茹でて塩を振っただけの枝豆(エダマメ)の方が好きだった。

 大豆は絞って油を作ったり、絞りかすを家畜の飼料にしたりするため大々的に栽培されていて、安値で取引されている。

 そのため平民の懐には優しいが、俺たちは家畜じゃないと嫌う者も居る。

 

 そして辻馬車でも見つけようと大通りに向かおうとしたときだった。

 人気のない夜の商業地区の街路に革の手袋越しに手のひらを打ち合わせる音、拍手がしたのは。

 俺は素早くファルナと聴覚を繋ぎその優れた感覚で方向を特定。

 妖精の視野(グラムサイト)により索敵(サーチ)

 目標を視認(サイト)

 共有した視覚にマーカーで示される脅威、一体の人型の姿を捉える。

 思わずため息が漏れた。

 

「なんてこった…… 今日は災厄のバーゲンセールか? こんだけ色々あったっていうのに、仕舞いに死神まで出て来やがるか」

 

 人気の無い夜の商業地区の街頭に、金色の髪にオーバーコート姿の男がふらりと立っていた。

 芝居がかった仕草が自然と似合う。

 

 スミス、いやナイトウォーカーだった。

 夜の闇に美貌が輝く。


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