魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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28 クロックアップ

「デートの約束をした覚えはないんだが?」

 

 俺の軽口に、やつは口元を笑みの形に歪めて見せた。

 

「よもやあなた方が私のところまでたどり着くとは思いませんでしたよ。私自身が表立って動くと身元がばれる可能性が高いからといって、あなたたちを使ったのは失策でしたか」

 

 そしてスミスは言い放つ。

 

「言いませんでしたか、私は。昨日の晩のことは忘れて下さいと」

 

 そう告げて口の端を釣り上げる笑顔に凄みがある。

 俺はさりげなく背中の鞄を下ろすと、横に空いた穴に手を突っ込んで擲弾発射器(グレネードランチャー)の銃把を握った。

 鞄で覆ったままのそれをナイトウォーカーに向ける。

 鞄の先には穴が開いていて、この状態で撃てるようになっていた。

 

「俺たちを見張っていたのか? いや違うな。そんなことをするより始末した方が早い」

 

 疑問を口にする俺に、ナイトウォーカーは種明かしをした。

 

「あなた方を見つけたのは偶然ですよ。敵対する派閥の動きに網を張っていたところに、あなたたちが私の正体を持って現れた」

 

 その場の酒の勢いでつい機密に関することまで話してしまう者も居る。

 そんな商会の人間の行きつけの酒場というのは敵対勢力から見れば最高の情報収集の場だ。

 

「フォックスがつけられていたのか」

 

 情報が筒抜けなことに、俺は頭を痛める。

 相手の手は予想以上に長い。

 ナイトウォーカーはうっすらと微笑んだ。

 

「……あなたたちのことは風の噂で聞きました。あの有名な妖精憑きとその妖精だとね」

 

 その呼び方、今夜はよく聞く。

 しかし、

 

「風なんぞと噂話をするのはどうかと思うが」

 

 鼻で笑ってやる。

 

「そいつは裏の世界の人間の呼び方だな。帝国アカデミーに言わせれば学生番号の数字の羅列がそうなのだと。そして魔装妖精たちにはマスターかドクターと呼ばれるのさ」

 

 ナイトウォーカーの表情が引き締まる。

 

「……そして度胸もいい。今までこの業界であなたが生き残って来られたのはそのしたたかさのお蔭か、あるいはよほど強運の星の元に生まれたのか」

「無論、両方に決まってるさ」

 

 俺は迷うことなくそう答える。

 どちらか一方だけですべてが片付くほど現実は単純じゃないからな。

 だが、ナイトウォーカーは笑みを深めるだけだった。

 

「それも今日で終わり。やはりあなたたちはここで始末しておくべきですね」

 

 内に秘めた殺意を抑えきれないとでもいうように宣言する。

 その無造作に羽織られたコートの下には剣呑な武器が隠されているはずだった。

 

「あの世への旅は二人の方が寂しくないでしょう?」

 

 ナイトウォーカーからの威圧感(プレッシャー)が強まる。

 しかしファルナと感覚を繋いでいるせいで今一つ現実感の薄い俺にはさほど効かなかった。

 いや、死への緊迫感が逆に生きていることを感じさせ心地良い。

 危険な兆候だった。

 

「そんな気遣いは無用だぜ」

 

 俺は余計なお世話とばかりに言ってやる。

 無駄口で挑発しながら相手の呼吸を、攻撃タイミングを計るのだ。

 人間、息を吸ったところに攻撃を仕掛けられても即座に対応できるが、息を吐ききったところに仕掛けられると弱い。

 無論、こちらもしゃべるということは逆に呼吸を読まれ攻撃を受ける危険もあるから呼吸は小さく。

 上半身、肩の動きも意識して抑える。

 それを見透かしてかナイトウォーカーは笑う。

 

「さすが、落ち着いていますね。しかし頭に鉛弾を撃ち込まれてもそうして居られますか?」

「よしてくれ。あいにく頭はこれ一つでね。替えが無いんだ」

 

 そして不意に、ナイトウォーカーの手が素早くオーバーコートの懐に伸びる。

 

(ファルナ、クロックアップ)

(レディ)

 

 ファルナとつながっている状態の俺は、思考の一部を彼女に肩代わりしてもらえるため一時的に意識を加速(クロックアップ)させることが可能だ。

 体感時間が引き伸ばされ、周囲が止まって見えるように感じられる。

 単純に素早さを上げる手段としては魔導士の魔術や、皮膚に魔法の染料で神経のバイパス回路を書き込む魔力強化神経(ブーステッド・リフレックス)の呪紋などの身体強化(フィジカル・エンチャント)があるが、それらは思考、そして判断まで早くなる訳では無い。

 それに比べ、身体能力はそのままでも思考が加速されていれば余裕をもって対処、そして的確な反撃が可能だ。

 魔装妖精とのつながりを深め、そのアシストで動作から極限まで無駄を省く最適化を行うならなおさら。

 

 ファルナの支援で加速された意識の中、俺は擲弾発射器(グレネードランチャー)の狙いを定めて引き金(トリガー)を引こうとする。

 重い生身の身体にもどかしさを感じるものの、ナイトウォーカーの動きを確実に捉え、無駄のない理想的な動きで迎撃ができる……

 はずだった。

 

 しかしナイトウォーカーの抜き打ちの速度はそれを更に上回った。

 霊的経路(チャンネル)を通じて共有したファルナの妖精の視野(グラムサイト)には、ナイトウォーカーの身体の表面に沿って走る魔力の線が映っていた。

 全身の神経をバイパスしてずば抜けた反射神経を得る呪紋、魔力強化神経(ブーステッド・リフレックス)のきらめきだった。

 Bランク、実用上は最高とも言えるグレードの魔力強化神経(ブーステッド・リフレックス)の呪紋の効果、それがこれか!

 

 ファルナと接続することで拡張された視界に脅威警告が赤く鋭く点滅する。

 ほんの一瞬のことが酷く間延びして感じられた。

 

 ナイトウォーカーの手に握られた短銃が俺を狙い、しかしずしりと腹に響く轟音が俺の隣でした。

 

 やつの身体が雷撃(ライトニングボルト)を受け吹き飛ぶ。

 ナイトウォーカーの抜き撃ちをなお上回るスピードで放たれたのはファルナの魔導銃サンダラーによる銃撃だった。

 俺は絞りかけた引き金(トリガー)を止めたが、しかし構えは解かずに告げる。

 

「下手な芝居は止めたらどうだ、金色の守護者」

 

 ふつふつと笑い声が夜の街に響く。

 それは、倒れたはずのナイトウォーカーから発せられたものだった。

 

「その名を知っているとはね」

 

 驚いたことに、いややはりと言うべきか銃撃の影響を感じさせない動きでナイトウォーカーがむくりと立ち上がる。

 その光景は異様だった。

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