魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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29 喪失者

「ちっ、少しは痛がって見せろってんだ。可愛げが無い」

 

 毒づく俺に、やつは笑う。

 

「それは無理というものです。先の大戦で傷付き過ぎたためか、この身体は痛みというものを失って久しい」

 

 痛覚を喪失した特異体質?

 それがやつの不死身の正体か?

 

 油断なく身構えながら思考を巡らせる俺に、ナイトウォーカーは酷く楽しげに言い放つ。

 

「だからこそ、私は命がけの戦いがしたい。生きているという実感を、死の危険を感じることでしか持てなくなった私は戦って戦って戦い抜いて、そうして死にたい。私に残された最後の望みは自分の心の臓が背中まで貫かれ、血飛沫の噴き出す音をこの耳で聴くことなのですよ」

 

 それが殺しを続ける理由か。

 だがそんなものは俺には関係が無い。

 従姉さんが命賭けで終わらせたはずの戦争をまだ一人で続けているやつに酷く腹立ちを感じるだけだ。

 しかし、

 

「あなたにもこの気持ち、分かるのでは?」

 

 見透かしたような言い草に、我知らず片頬がぴくりと跳ねた。

 

「図星、ですね」

 

 こいつ、俺がファルナとつながることで現実感を喪失しつつあることを見透かしてやがるのか。

 だとしたら、この男は俺の未来の姿だとでも言うのか?

 冗談じゃない。

 

「一緒にすんな、この阿呆が」

 

 苛立ちが最高潮に達する。

 不意に警笛が路地に鳴り響いた。

 サンダラーの銃声を聞きつけた衛兵のものだろう。

 

「ここでは勝負はつけられないようですね」

 

 ナイトウォーカーは身をひるがえすと言った。

 

「次は邪魔が入らないところで心行くまで殺し合いましょう。我が戦友、黒の魔装姫の継承者よ」

 

 それだけ言い残して走り去る。

 

「手加減抜きの雷撃(ライトニングボルト)が直撃したはずなのに……」

 

 ファルナがつぶやく。

 やつは本当に不死身なのか。

 この局面では引き分け(スティルメイト)とせざるを得ないだろう。

 魔装妖精とただの所有者(オーナー)には荷が重い。

 まさかこのタイミングで出会うとは思っていなかったため、アルベルタから手に入れた奥の手も装填していないしな。

 やつを殺し切るには準備が足りなかった。

 

 何もできなかった俺はファルナとの感覚共有を解く。

 危機に瀕したせいか、かなりの深さまで結びついていて切り離すのに意志の力を振り絞る必要があった。

 反動もまた酷く、嫌な汗をどっとかく。

 俺は身体と精神の震えを無理やり抑えると、ファルナにうながした。

 

「衛兵が集まる前に、ばっくれるぞ」

 

 そう言って俺は通りを走り出す。

 やがて前方に客待ちの辻馬車を見つけた。

 

「旧市街との境にある歓楽街に行ってくれ」

 

 御者にそう指示し、その場を走り去る。

 何とも騒がしい夜だぜ。

 馬車のシートに背を預け、ため息をつく。

 

「マスター……」

「うん?」

 

 ファルナは俺の顔を見つめながら聞く。

 

「マスターは、こんな時でも笑うのですね。怖くはないのですか?」

 

 俺は笑っていたか。

 そうだな。

 昔、坊さんに先行きを考えて不安になるのは望みが高いからだって言われたが、望みを持たずに生きていたって仕方が無い。

 それは物事の表と裏なんだ。

 どうせ最後は皆死ぬって分かってるんだから、この身体に熱量がある内は上を目指して戦っていたい。

 だから俺はファルナにこう答える。

 

「怖いさ、だが俺は天邪鬼でね。脅されれば脅されるほど反抗してみたくなるのさ」

 

 そいつが俺の性ってもんさ。

 そう、おどけてみせる俺に、ファルナは口元をほころばせてくれた。

 硬質な美貌がそれだけで柔らかに花開く。

 いい笑顔だった。

 戦場では笑えなくなったやつから順に二度と笑うことができなくなる(しんじまう)って傭兵をやっていた親父も言っていたしな。

 ユーモアを込めた減らず口っていうのは人が生み出した生き残るための高度な知恵ってやつなんだろう。

 こうして、その日の晩は終わりを告げたのだった。

 

 

 

 深夜の帝都、瀟洒な邸宅が並ぶ閑静な高級住宅地。

 その中でも一際重厚な造りの屋敷でベッドに横になっていた男は、ふと風を感じて目を覚ました。

 閉めていたはずの窓が開いており、夜風が厚手のカーテンをはためかせていた。

 月光の差し込む窓辺に小さな気配。

 

「誰だ」

 

 男の問いに答えたのは、ささやくような若い女の声。

 

「私はとある方からの使いです」

「使い?」

「アッバーテを仕切る幹部の一人であるあなたに、折り入って話したいことがあるのです」

 

 男は目を眇めた。

 上品さの中にどこか冷徹な光が混ざり込んだ視線。

 

「この私が誰なのかを知っていて、ここまで忍び込んだというのか」

 

 威圧を込めた声は、しかし風を受けた柳のように流された。

 

「私にとってはこの程度の警備、無いも同然ですから」

 

 沈黙。

 そして、

 

「ランプを点けても?」

 

 男の問いには即座に答えが返る。

 

「いいえ」

 

 今度の声は男の耳元、すぐ側で聞こえた。

 月光を一瞬弾いたのは鋭い刃。

 しかし、それもすぐに納められた。

 

「私のことは知らない方がいいでしょう。いえ、今夜の接触も無かったことにするくらいが丁度よろしいです」

 

 女の声がささやく。

 

「良いお話があるのでそれを聞いて頂ければ、ですが」

 

 しばしの沈黙の後、男は再び聞いた。

 

「葉巻は良いかね?」

「……いいでしょう」

 

 男はサイドテーブルに載ったケースから高級そうな葉巻を取ると、専用のカッターで端を切り落とし吸い口を作る。

 そうやってからマッチで火を付けると口にくわえた。

 紫煙を吐いて、そして言う。

 

「話を聞こう」


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