魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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03 猫妖精の仲介屋とクノイチ型魔装妖精

「あら、早かったわね」

 

 仔猫(キトン)はその通り名(ストリート・ネーム)にふさわしく、機嫌の良い猫のように瞳を細めるとボックス席に俺たちを迎え入れる。

 その頭には髪の間からぴんと尖った猫の耳が顔をのぞかせていた。

 腰からは優美にカーブを描く長い尾がすらりと伸びている。

 彼女は猫妖精なのだ。

 九つの命を持つ(ナイン・ライブス)と言われる神秘に包まれた魅惑的な一族。

 身に着けた動物性の香料、霊猫香(シベット)が鼻をくすぐる。

 

 彼女のほっそりとした首筋にはチョーカーが巻き付けられ、それに下げられた水晶(クリスタル)が光を反射して煌めいていた。

 一見首輪のようにも見え、倒錯的とも蠱惑的とも感じられるがこれは単なる飾り(アクセサリー)ではない。

 

 この水晶は別名、妖精の涙と呼ばれる妖精族の記憶が封じられている結晶だ。

 今付けているのは隠密行動に長け戦闘力も高い闇妖精の物か。

 これがチョーカーを通じて脊髄の魔力強化神経(ブーステッド・リフレックス)と接続し、記録されている妖精の技能を再現するのだ。

 このために彼女の全身には、とある闇医者の手により透明な魔法の染料でDランク相当、軽度の魔力強化神経(ブーステッド・リフレックス)の呪紋が刻まれていた。

 

「ようキトン。久しぶり」

 

 俺は彼女が持つ見事な男のロマン、実にけしからん胸の隆起に向かって挨拶をした。

 

「どこに向かって言ってるの?」

「そりゃ本体にだろ」

 

 ショートジャケットを羽織ってはいるものの、その下は露出の多いビスチェとホットパンツという挑発的な格好だ。

 これに反応しないのは男じゃないだろう。

 

 キトンは沈黙。

 そしてこう言う。

 

「……あなたって、最低だわ」

「そのセリフは言われ慣れているよ。色々なやつに、色々な意味でね」

 

 いつものやりとりだ。

 

「不潔ですわ、マスター」

 

 ファルナが歯ぎしりして悔しがるのもまたいつものこと。

 

「そんなに胸が大きいのがいいなら、乳牛とでも結婚するといいんですわ」

「おいおい……」

 

 つんとすねたように言う彼女に、頬が引きつりそうになる。

 虫も殺せないような顔をして強烈な毒舌をふるうものだから違和感が酷い。

 慣れている俺でもそう思うのだから大概だ。

 

 まぁ、身体のサイズを別にすればファルナだって芸術的とも言えるプロポーションの持ち主なんだがな。

 

「まったく、私が乗りそうな胸ですこと」

 

 ファルナはそう言ってポケットの中から飛び出し、実際にキトンの胸の上に立とうとするが、

 

「し、沈みますわ!」

 

 深い胸の谷間に落ち込んでしまい、わたわたともがくことになる。

 

「た、助けて下さいまし、マスター」

 

 いや、さすがにそこに手を突っ込む訳にはいかんだろ。

 

「あ、あんまり動かないで」

 

 キトンも危険な場所にはまり込んでいるファルナと、彼女から受ける刺激のせいか顔を赤らめ身体をよじる。

 

「むぎゅっ」

 

 あ、ファルナが押しつぶされた。

 男だったら泣いて喜ぶシチュエーションなんだろうがな。

 

 それはともかく、ファルナが何とか危険地帯から這い出た所で俺は聞く。

 

「シズカはどうした?」

 

 俺が見慣れたキトンの相棒、魔装妖精のシズカの姿を探すと、

 

「お呼びになりましたか?」

 

 不意に、耳元にそっと告げられるソプラノの柔らかな声(ウィスパーボイス)

 

「っ、シズカ……」

 

 肩にかすかな重みを感じちらりと視線を向ければ、どこからともなく忽然と現れた手のひらサイズの小妖精が黒装束姿で俺の右肩に乗っていた。

 

 事前に気配はまったく感じられなかった。

 彼女は隠密哨戒型魔装妖精なのだ。

 秀真国の影響を色濃く受け継いだ外装からクノイチ型とも呼ばれる。

 

「相変わらずだな。調子はどうだ?」

 

 苦笑しながら問うと、シズカはその性格を表すかのように控えめに微笑んで見せた。

 

「おかげさまで問題はありません」

 

 ささやくような、それでいて良く通る美声。

 

「いつもシズカのメンテナンスをありがとうね、スレイアード」

 

 そうキトンが言うとおり、俺はシズカの整備も請け負っていた。

 

「マスター、無駄口はそこまでにして下さいな。キトンさんも急ぎの用件だったんじゃないんですの? あとシズカさん、私のマスターから離れて下さい」

 

 ファルナが話に割り込んだ。

 その声はいかにも不機嫌そうだ。

 艶やかに輝くプラズマの黒き翼を腰から展開して宙に浮き、腕組みをしている。

 彼女は俺が人間、妖精を問わず女性と親しそうにしているといつもこうだった。

 自動人形とはいえ女性型ということか。

 

 何とかしてくれとキトンに視線で助けを求めるも、

 

「魔装妖精も女の子なんだから、扱いは慎重にね」

 

 と、笑顔で返されてしまう。

 俺にできるのは肩をすくめて見せることだけだった。

 そんな俺に、キトンは何でもないようにさらりと問う。

 

「やっぱりまだ彼女のこと、忘れられない?」

 

 一瞬だけ、動きが止まった。

 これだから、この女性は苦手だった。

 

「……忘れられるはずがない」

 

 俺は当然のこととして言った。

 

 従姉さんの面影を魔装妖精(ファルナ)に求める。

 決して健全とは言えないだろうが、そんなのはこの街では普通だ。

 誰しもが歪みを抱えながら生きている。

 いや歪みの一つでも持ち合わせていなくては生きづらいのがこの街だった。

 

 人の過去に深入りするのは情報も扱う仲介屋(フィクサー)の性か、キトンの悪い癖だ。

 詮索屋とお喋り魔は長生きできないのがこの業界だと彼女自身、分かっているはずなんだがな。


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