魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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31 最終通告と、それを理解できない女狐と

 フォックス側から提供されるのは、まず偽の身分証が二人分。

 これを使えば工房と契約している清掃業者を装って敷地内に侵入することができるという。

 

 次は目標となるマコーリー派工房に関する情報を収めた紙の資料。

 目的の工房は物流の関係から各商会の工房が多い臨海地区の一角にある。

 敷地は広く、周囲を高い塀と海に囲まれている。

 敷地内には建物が三棟並び、その内の一つ、三階建ての建物がオドネルの管轄する工房だった。

 

 問題の鞄はその工房内にオドネルが保管していると考えられる。

 工房の内部構造や警備状況は不明。

 

「内部の状態はともかく、警備状況が分からないのはまず過ぎる」

 

 俺は舌打ちする。

 

「オドネルに関する資料はありますか?」

 

 ファルナの質問に人相書きが示される。

 壮年のいかにも才気に走ったような面構えの男だ。

 オドネルは工房の建物に私室を持っていて、用心のためか最近はそこで寝泊まりをしているらしい。

 更に俺は質問する。

 

「工房の始業時間は?」

 

 始業は八時。

 夜間、オドネルと護衛は別として警備員以外の職員は居なくなるという。

 

「ふむ」

 

 資料は以上ですべてだった。

 他に清掃業者に偽装した荷馬車と作業服が用意されている。

 

「服は防刃板入りか? 生地は難燃素材だろうな?」

 

 俺はフォックスの部下に確認する。

 難燃素材とは羅紗(ラシャ)のように元々燃えにくい布か、防炎薬剤を塗布し燃えにくく加工した布をいう。

 

「いや、ただの一般的な作業服だ」

 

 平坦な口調の答えが返ってくる。

 

「そこは張り込もうぜ。何のための下準備なんだよ」

 

 理想を言えば防弾ベストが欲しいが、絹を特殊な四層織りにした布地で仕立てられているというそれは目の玉が飛び出るほど高い。

 

 それに比べて銃弾の直撃は防げないが、跳弾やある程度の刃物には耐えて見せる防刃板。

 火の気がつきものの火薬を使った戦場を潜り抜けるための難燃素材。

 これらを使った衣服はこの業界ではごく一般的な物だ。

 

 マスケット銃は銃口からだけでなく、手元の火皿からも点火薬が火花を散らすものだしな。

 難色を示す俺に、ファルナがささやく。

 

「潜入してから中で着替えてもいいんじゃないですか?」

 

 俺は首を振った。

 

「いいや、業者になりすませるんだったら昼中堂々とやった方がいい。夜間、完全に人が居なくなるなら、相応の警備が敷かれるだろうしな」

 

 番犬だったら可愛いものだが、実際には凶悪な魔獣が敷地内に放たれたりする。

 定番は黒妖犬(ブラック・ドッグ)辺りか。

 夜と死の先触れとも地獄の番犬(ヘルハウンド)とも呼ばれる。

 黒い仔牛ほどもある巨体を持ち、燃えさしの石炭のように赤く底光りする魔眼は暗闇さえ見通し侵入者をそれこそ地獄の底まで追い立てる。

 その爪は灰色熊をも超える破壊力を持ち、牙は鋼鉄の防具ごと人体を噛み砕いて見せるというから恐ろしい。

 

 潜入のために用意されたものについて説明が終わると、再びフォックスが話し始める。

 

「清掃業者を装って用意した身分証で敷地内に潜入しろ。工房の警備が管理する名簿にも載せておいたから正門は問題なく通過できるはずだ」

「相手にばれていなければな」

 

 俺はため息まじりに言う。

 昨晩のナイトウォーカーのこともある。

 こちらの動きが見透かされている可能性があるため、潜入には別の手を考えた方が安全かも知れなかった。

 フォックスは言う。

 

「潜入した後の行動は任せる。目的の鞄を取り戻せれば手段は問わないし責任も問わない」

 

 つまり言外に、機密奪還の過程で工房に損害が出ようとも、そして多少の死傷者が出ようとも許容すると伝えている訳だ。

 この辺は暗黙の了解というやつだった。

 

「ただし鞄の中身を傷付けることだけは絶対に避けろ。作戦を終えたら、この酒場で鞄の受け渡しだ。目的の物を確認したら解放してやる。賞金首になりたくなければ必ず目的を完遂しろ。以上だ」

 

 俺はフォックスに対して言う。

 

「要するに俺たちは、あんたたちの商会の内紛に巻き込まれただけだったってわけだ」

 

 オーバーに肩をすくめて見せる。

 これぐらいの嫌味は示しても罰は当たらないだろう。

 

「ここから先を俺たちにやらせるつもりなら、仕事(ビズ)に見合った報酬を用意してもらう必要があるんだが? 俺たちもボランティアをやっている訳じゃないんでね」

 

 善人気取りで奉仕活動なんぞやったところで銅貨一枚にもなりゃしない。

 悪目立ちして後で面倒なことになるだけだ。

 

 そもそも善人というのは裏の世界の傭兵をやる上ではマイナスの評価にしかならない。

 後ろ暗い仕事を依頼するんだから、良心なんぞに行動を左右されるようなやつには任せられないのだ。

 だから適度に悪党(ロクデナシ)で金に汚いやつの方が信用される。十分な金を払っている限り裏切らないからだ。

 

「俺は自分の腕前に見合う報酬の仕事(ビズ)しかしないんだが」

 

 金に固執する訳じゃないが、技量には正当な評価を求めるのが俺の主義だった。

 金は大事、これ以外のことを言うやつは信用するなというのは親父の遺言だったが、これは詐欺に気を付けろと言っているだけじゃない。

 対価の伴わない仕事は不確実だったりいい加減になったり、要はプロの仕事ではなくなってしまうということも意味してるんだ。

 

 しかし、

 

「貴様らのような輩に払う金などない」

 

 とフォックスはつっぱねる。

 俺はフォックスに忠告する。

 

「このままだとあんたらは完全に傭兵たちの信用を失うことになるぜ。今後、必要になったとしても協力する傭兵は居ないだろう。今からでも仕事(ビズ)を依頼した形にして報酬を払った方がいいと思うが?」

 

 俺の主張はこの業界の常識にのっとったものだった。

 

「はした金をケチって将来に損失を出すのは賢い商人のやり方じゃないだろう? 金は合理的に使ってこそ意味がある。必要な費用まで出し渋る倹約家は表の世界でも裏の世界でも大成はしないもんだぜ」

 

 投資するからその分儲かるわけで、その投資を出し渋れば儲けもまた望めない。

 当たり前の話だろうに。

 

 商人に商売について説くのもおかしなものだがな。

 この期に及んでも、まだ俺が忠告をしてやっている意味を汲んで欲しいところだ。

 しかしそれでもフォックスは、

 

「無事解放してもらえるだけでもありがたいと思え」

 

 と言い捨てる。

 そのかたくなさはいっそ見事とも言えるものだった。

 

「サルと契約を交わす人間が居るか?」

 

 フォックスはその琥珀の瞳に蔑みの表情を浮かべ、俺たちを見下す。

 

「居ないっ! 貴様ら薄汚い傭兵などと結ぶ契約など無いのだよ」

 

 その眼は言葉どおり、対等の人間を見るものでは無かった。

 美人なだけにそういうのが好きな連中なら背筋をぞくぞくさせるんだろうな、と思えるほどきっぱりとしたものだ。

 生憎俺にはそういう感性は備わっていなかったが。

 

「俺たちと契約するつもりはないということだな」

 

 俺は念を押す。

 

「当たり前だ」

 

 フォックスは言い切った。

 ならば相応の対応を取らせてもらう。

 俺は腹を決めた。


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