魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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34 潜入準備

 金の腕亭に戻ると、亭主が声をかけてきた。

 

「スレイアード、店に荷物が届いてるぞ」

「分かった。ありがとう」

 

 アボット・アンド・マコーリー商会からは難燃性の生地を使い薄い鋼の防刃板を入れた作業着が届いていた。

 普通の品と見分けが付かず、変装として身に着けるのに適している。

 

 それからマクドウェル商会が用意した潜入の準備が届いた。

 目標の工房と契約している下水整備業者に手をまわして用意した偽の身分証明と合鍵だった。

 整備点検の連絡を工房に対して入れるので、これを使えば業者を装って敷地内に侵入し下水道へ通じる入り口の扉を開くことができるという。

 

「これで少しは楽ができそうですね」

 

 少しだけ緩んだファルナの声は用意された物が使えると判断したからか。

 

 下水整備業者から得たという情報によると、施設の地下には下水道が各建物からつながっているという話だ。

 この下水道は外部に出ることなく海に直接つながっているため、比較的警備は甘いと考えられる。

 下水道へは各建物のほかに、整備室から侵入できる。

 

「つまり、そこから下水道を辿って目的の建物に侵入すればいいんだな」

 

 さすがマクドウェル商会が用意した段取りだった。

 良く考えられている。

 

「細かな配慮とクオリティはフォックスが用意したものとは比べ物にならんなぁ」

「そうなのですか?」

 

 この辺はファルナには分からないか。

 俺は説明してやる。

 

「フォックスが用意した清掃業者に偽装するって手段も定石(セオリー)なんだが、今回は同業者が相手だからな。逆に見透かされる可能性が高い」

「清掃業者が?」

「商会の従業員が忙しく働いている中、清掃員は誰にも気にかけられることなく安い賃金で職場の清掃、汚れ仕事を静かに勤めている」

 

 ここがポイントだ。

 

「つまり、ほとんど誰にも気にされずに行動できること、金次第で雇い主を裏切る可能性を持つこと、これは利用する側からすればかなり都合がいいものなんだ」

 

 フォックスもおそらく金で清掃業者を買収しているはずだ。それも大した額ではないだろう。

 

「しかも安値で外部業者に委託しているものだから、管理は酷くいい加減だ。以前、機密情報を扱う公安で抜き打ちのチェックを行ったことがあったが……」

 

 結果は酷いものだった。

 

「身元が不確かな者の出入りを防ぐため事前に業者から名簿の提出を受けていたが、実際に作業していた清掃員のほとんどが名簿の名札を付けただけの別人だったそうだ」

 

 請負業者が人件費を削るために勝手に雇ったバイトや孫請けの業者を報告することなく使っていたんだろう。

 こんな風だから、俺たちのような者が紛れ込むのもまたたやすい。

 

「だから使いやすいが、しかし同業者からすると見え透いた手でもあるって訳さ」

 

 そういうことだった。

 そしてマクドウェル商会からは、下水整備業者のものに偽装された荷馬車も用意されていた。

 下水整備業者の作業服、工具箱、資材などが積まれている。

 

「明日九時頃に着くよう目的の工房に向かおう」

 

 俺はファルナにそう提案する。

 ファルナは静かな声で真意を尋ねた。

 

「わざわざ次の日まで待つ理由は?」

 

 俺は二つの理由を彼女に説明する。

 

「ナイトウォーカーにこちらの動きがつかまれている可能性がある以上、焦って突っ込むのは考えものだ。ここは時間を置いて行った方がいい」

 

 これが一つ目の理由。

 

「そして始業して休憩に入る前、この辺が一番、通路に人通りもなく行動しやすい。古い友人(ダチ)にも商会に勤めているやつが居てな。そいつから聞き取った話だが」

 

 これが二つ目の理由だった。

 

「そうなのですか」

 

 俺の説明に、ファルナは澄んだ瞳を瞬かせて納得した様子を見せた。

 そんな彼女へ、更に商会の実態を教えてやる。

 

「付け加えれば、警備のしっかりした大商会の本店でさえ、中に入ってしまえば作業服を着た人間なんて誰も気にしなくなる。商会の人間以外にも、掃除のおばちゃんや建物整備の作業員なんかが、いつもうろついてるんだからな」

 

 警備員ならともかく、一般の従業員の意識などそんなものだった。

 

「そこまで考えているわけですね」

 

 ファルナは感心した様子で俺のことを見る。

 一方で、俺はナイトウォーカーのことを考えていた。

 果たして不死身の化け物を倒し切れるのか……

 そいつはやってみないことには分からないってものだった。

 

「まぁ、今日は帰って英気を養うか」

「そうですわね。ジャガイモとカリフラワーがありますから、蒸して腸詰と一緒にお食べになりますか?」

 

 ファルナからの提案に、俺も相好を崩した。

 

「いいなそれ。蒸かしたイモをバターや塩で食べるのがまた美味いんだ」

 

 素朴ではあるが、これがまた堪えられない味だった。

 そしてカリフラワーもまた美味い。

 ファルナは芯も皮を剥いてスティック状にして調理してくれるが独特の甘みがあって、香ばしく焼き上がったソーセージと共にワインによく合うのだ。

 しかし、そこでふと気づく。

 

「あれ? うちに蒸し器なんてあったか?」

 

 台所をファルナにほとんど任せているとはいえ、俺も調理器具ぐらいは把握していた。

 

「あら、普通の鍋でも蒸し料理は可能ですわよ」

 

 ファルナは何でも無いように言う。

 

「どうやって?」

 

 首を傾げる俺に、ファルナは少し得意そうに説明した。

 

「石ころを鍋の中に敷き詰めて少量の水を注ぐだけですわ。これに食材を入れて蓋をして火にかければ蒸し料理ができます。ついでに蓋の上に重石を乗せれば内部が高温高圧になって短時間に調理が仕上がりますし」

 

 俺は、ほうと唸った。

 

「それはまた考えたな」

「軍隊式の調理法ですわ。前線には蒸し器なんてありませんから、鍋とどこででも手に入る石ころを使うんです。蒸し料理は食材の旨みと栄養を逃さない調理法ですからね。カリフラワーなんかは茹でると水を吸って甘みが残りませんし」

 

 そうしてファルナは遠い目をする。

 彼女の従軍経験は、そのまま従姉さんとの思い出に結び付く。

 普段は何でもないように暮らしてはいるが、ふとした拍子にこうやって思い出され、胸に痛みをもたらすのだ。

 

 だが、誰であっても平等にいつかは死ぬもんだ。

 自分のそのときに少し笑って死ねたらそれでいい。

 だから俺は話題を変えるため提案する。

 

「時間もあることだし、お前の義体のメンテナンスでもするか?」

 

 そう俺が促すと、ファルナはやはり食いついてきた。

 

「それはいいですけどマスター、今回もやっぱり待機状態(スリープモード)にならなくてはいけませんか?」

「ん? そりゃあ、そっちの方がいいだろう。細かい所に触れている時に、変に反応されたら困るし」

 

 メンテナンス中、魔装妖精を待機状態にするのは万が一の事故を防止するためだった。

 

「へ、平気ですわ」

 

 そう言うファルナだったが、

 

「やっぱりマスターの指が私の義体(からだ)の隅々まで触れるのを感じていたいですし」

 

 と小声でだが本音を漏らす。

 

「ファルナ……」

 

 俺は右手でファルナをカウンターの上に押さえ込んだ。

 ファルナは俺の人差し指を左手で抱え込んで……

 そして顔を赤らめながら俺から視線を外した。

 

「ほら、ファルナだって意識してるだろ」

 

 と言うか無意識に俺の指に爪を立てるのは止めてくれ。

 背中の爪痕は男の勲章と言うが、この場合はどうなんだ?

 

「ま、マスター……」

 

 言葉に詰まるファルナだったが、

 

「お前ら、そういうのは帰ってやれ」

 

 金の腕亭の亭主が俺たちに突っ込むのだった。

 

 

 

 帰宅して、

 

「あ、あら? おかしいですわ。待機過程(プロセス)が起動しませんね。これでは待機状態(スリープモード)に入れませんわ」

「いいから、さっさと落ちてくれ……」

 

 まだ、その話を続けるファルナだった。

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