魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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35 潜入

 俺はマクドウェルが用意した擬装用の作業服を着込んだ。

 作業服は動きやすさを第一に考えられているため、軍服に似て戦いやすい。

 ことにマクドウェル商会が用意したのは難燃性の生地でできている上、胴部には蒼く輝く岩妖精の呪化鋼板を打ち出して造られた防刃板が仕込まれている。

 更にひじとひざにパッドが当てられており、これによりとっさに無理な姿勢をとっても身体を痛めることが無くなっていた。

 

 頭には鍔付きの作業帽(ユーティリティーキャップ)を目深にかぶる。

 作業帽については民間用も軍用も大きな変わりは無い。

 ヘルメットのようにハードな防護は期待できないが、それでも射撃時に飛ぶ火の粉や、その辺にぶつけたり擦ったりした際に頭部を保護をしてくれるものだ。

 ヘルメットと違って何かにぶつけても音を立てないため隠密行動をとるには都合がいい。

 

 まぁ、そもそも帝国軍ではヘルメットすらろくに支給されず、支給されたとしても視聴覚を制限する旧来のものは銃を使う現場に嫌われた。

 それゆえ、こういった作業帽で戦場に立つ兵士が大半だったりするのだが。

 

 最後に新調した変装用の伊達眼鏡(アイウェア)をかけて準備は完了だ。

 

「その眼鏡も似合ってますわ、マスター」

 

 俺の様子を見ていたファルナは、そう言って瞳を細めた。

 

「目立たないための変装なんだがな」

 

 俺は笑って、ファルナをいつものように胸のポケットに隠した。

 

「んっ……」

 

 ファルナはポケットの中、落ち着かない様子でもぞもぞと身体を動かす。

 

「どうした?」

「いえ、防刃板が邪魔でマスターのぬくもりを感じられないものですから」

 

 俺は苦笑するほかなかった。

 

「そいつは我慢してくれ。こっちも命がかかっている」

 

 ポケットから顔を出して周囲を眺めるファルナに言う。

 

「潜入する時は隠れていてくれよ」

「もちろんですわ、マスター」

 

 ファルナは承知する。

 

「でも現在では職業妖精も増えているそうですし、さほど問題にはならないかも知れませんね」

 

 職業妖精とは戦後、戦う場を失った魔装妖精たちを民間で雇用するようになったことから生まれた言葉だ。

 

 かつては戦略兵器と呼ばれ、その力は戦場の地形すら変えるとまで言われた魔装妖精たち。

 だが現在では適合者の身体に受容器(レセプター)と呼ばれる印を打ち人工精霊石と契約を交わす技は失われていた。

 適合者を持たない魔装妖精たち単体では並みの魔導士以下の力しか振るえなくなっている。

 

 ただ、そもそも魔導士の存在自体が希少なので精霊魔術(シャーマニック・マジック)が使える魔装妖精たちは様々な分野で重宝されているという。

 決して表沙汰にできる商売ではないが、キトンの所に居るシズカも似たようなものだろう。

 

「よーし、いい子だ」

 

 俺はマクドウェル商会が用意してくれた荷馬車を走らせて、臨海地区の一角にあるアボット・アンド・マコーリー商会のマコーリー派の工房を目指す。

 

「マスターって馬車を動かせたんですのね」

「任せておけって。俺が運転できないのは馬の居ない馬車だけさ」

 

 そもそも女よりは楽だしな。

 マコーリー派の工房は事前情報どおり海に面していて、外周を高い塀に囲まれていた。

 

「これでは中の様子をうかがうことすらできませんね」

 

 ファルナは形の良いほっそりとした眉をひそめて俺にささやく。

 

「まぁな。その上、この手の塀の上にはガラスの破片なんかが埋め込まれていて乗り越えを防止しているのが定番だしな」

 

 警備施設の定石ってやつだった。

 

「さすがに侵入者への備えは万全ですか」

 

 ファルナはため息まじりに言うが、俺は首を振った。

 

「それがそうでもない。こんなものハシゴがあれば乗り越えられるし、ガラスの破片も毛布を被せてしまえばそれで終わりだ」

 

 高い塀は目隠しにはなるが、本気で襲撃をかけてくる者にはあまり意味が無い物だった。

 

「しかし…… 傑作なのは、外部の人間が接触可能な場所にゴミ置き場を設ける神経だな」

 

 俺はそこにゴミに偽装した仕掛けを捨てるふりをしながら設置する。

 

「ゴミ置き場が?」

「ああ、ゴミは情報収集において相手の機密を探り出す有力な手段だし、そうでなくとも放火などの犯罪に利用されることがある」

 

 まぁ、その隙を狙わせてもらう訳だが。

 人目が無いうちに手早く済ませ、馬車に戻る。

 

「いよいよですね」

 

 そう告げるファルナにはこう答えてやる。

 

「なぁに、夕食(ディナー)までにはすべて片が付くさ」

 

 正門は閉じていて、体格の良い守衛たちが頑張っていた。

 その腰には黒光りするブランダーバス、いわゆるラッパ銃がぶら下げられている。

 

 これは大口径、ラッパ状の銃口から黒色火薬(ブラックパウダー)と鉄くず、石、木片などその辺にあるものを何でも詰めてぶっ放すことが可能な、極めて野蛮で強力な散弾銃だった。

 ラッパ状に広がった銃口は、馬上や船上、そして暗がりでも火薬、弾が込めやすいという利点を持っている。

 そのため銃床(ストック)を廃し、銃身(バレル)を切り詰めたピストルモデルはまともな鉛弾と組み合わせて海兵や駅馬車の護衛、そして彼らのような商会の警備員(セキュリティ・ガード)などに好んで使われていた。

 

 俺たち傭兵や工作員(エージェント)なども場合によっては使う。

 射程が短いという欠点があるものの一発で敵をなぎ倒せるし、警備側と同じ武器を使っていれば発見されても味方と誤認される可能性がある。

 また撃ち合いになっても同じ発砲音なので敵味方の判断が難しくなり少人数で動く襲撃者側に有利に働くからだ。

 

 そして俺たちの前にはちょうど見覚えのある清掃業者の馬車が並んでおり、密かに様子を窺っていると手綱を握っていた作業服の男が強引に守衛室へと連れ込まれていた。

 

「やはりか」

 

 俺はフォックスが用意した馬車を囮として使ったのだ。

 俺と似通った背格好の彼は小遣い稼ぎの素人だ。

 間にその筋から手配したカットアウト、つながりを遮断し隠匿する要員を介しているため、どんなに洗っても俺たちとの関係は辿れないようになっている。

 

「そのまま使っていたら、今頃捕まっていましたね」

 

 ファルナが小声でささやく。

 だが勝負はここからだ。

 フォックスの馬車が守衛によりどかされ、俺たちの番になる。

 

「こちらになります」

 

 指示されたとおりに偽造された身分証を差し出す。

 

「うん?」

 

 首を傾げる守衛。

 そうしてしげしげと俺の顔を見る。

 

 やばいか?

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