魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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37 サドンアタック

 狭い小部屋だった。

 外に出る扉が一つだけある。

 ファルナと共に扉に耳を当てて外の様子を探る。

 ここからが本番だ。

 

「良さそうですわ」

「分かった」

 

 誰も居ないときを見計らって外に出た。

 そこは広いホールになっていた。

 右側に二つの扉、左側に扉と通路、奥の方に階段が見える。

 

「階段を使って三階へ行こう」

「他の階は無視するのですか?」

「高い地位に就いている人間は大抵上の階に居るものさ。権力志向が強いやつなら特にな。人を見下して偉くなったつもりでいるんだろう。ついでにナイトウォーカーも居るはずだ」

「昼間、警備のある場所なのにですか?」

 

 ファルナには必要性が感じられないのだろう。

 しかし俺は確信を持っていた。

 

「孤独だからだろ」

 

 権力者はえてしてそういうものだ。

 だからこそ番犬を手元に置きたがる。

 

 途中、何人かの職員ともすれ違ったが、作業服を着ている俺たちに意識を向ける者は居なかった。

 事前にファルナに話したとおり、内部に入ってさえしまえば作業服を着た業者など誰も気にしないようだった。

 しかし俺たちが目的の三階へ向かおうとしたときだった。

 

「まずい。警備の巡回だ」

 

 二人組の警備の制服を着た男たちが階段上方から現れた。

 ただの職員と違って素通りはできないだろう。

 

(どうします?)

 

 霊的経路(チャンネル)を通じてファルナが問う。

 

(今から隠れたらかえって怪しまれる。黙ってポケットの中に居ろ)

 

 俺はそう答え、自身も自然な風を装う。

 警備員たちはやってくると声をかけてきた。

 

「どちらの方ですか?」

「あ、下水の点検に来たピーターズ工務店ですが、給湯室はどちらですか?」

 

 俺はすまし顔で、いけしゃあしゃあと言ってのける。

 

「ピーターズ工務店? 聞いてないぞ」

 

 首を傾げる警備員に、俺は困った顔をして見せた。

 

「連絡が来てないんですか? 正門じゃあ、ちゃんと受け付けてくれたんですが」

 

 そしてこう続ける。

 

「どうもこの棟の排水に問題があるようで、確認に来たんですけど」

 

 それを聞いて警備員は納得する。

 

「想定されていた点検範囲の外だから、こちらまで連絡が来なかったのか?」

「念のため後で正門の警備に問い合わせてみるか」

 

 俺に給湯室の場所を教えて巡回に戻る。

 俺とファルナは教えられたとおりに給湯室まで行き、警備員たちの姿が見えなくなったところで息をつく。

 

「何とか誤魔化せましたね」

「まぁ、こんなもんだろ」

 

 俺たちは再び上の階を目指す。

 今度は特に問題なく三階に着いた。

 やはりホールに出る。

 周囲を見回すが、

 

「案内板は見当たらないな」

警備(セキュリティ)の関係でしょうか? でも扉にはプレートが付いていますわ。虱潰しに見て行くしかないですね」

 

 わずかに険しい表情をして見せるファルナに、俺は首を振った。

 

「いや、全部見なくても南東の部屋から順に見て行けばいいはずだ」

「理由は?」

 

 短く問うファルナに、簡単に理屈を説明する。

 

「日当たりの関係だ。一番偉い人間を北側の部屋や西日の差す部屋には普通入れない。しかもオドネルは寝泊まりする私室まで持ってるんだろ」

 

 なるほどとファルナも納得した様子だった。

 一番南東の部屋を調べてみると秘書室だった。

 

「どうやら当たりを引いたようだな。その隣は?」

 

 目的の役員室かと思ってプレートを見るが、違っていた。

 

「総務ですね」

「役員室には秘書室を通じてしか入れないのか?」

 

 分からないが、試してみる価値はありそうだった。

 廊下に人目が無いことを確認してから、俺は背に回したバッグから擲弾発射器(グレネードランチャー)を取り出す。

 磨き上げられた木製の銃把はいつもどおり手にしっくりと馴染んでくれた。

 

 更にメインで扱う武器に問題が起こった場合に切り替える予備の武器も手早く確認する。

 戦闘中に悠長にトラブルを解決している暇は無いからだ。

 常に最悪のケースを想定しておけば、実際の行動はより簡単になる。

 

「いきなり例の弾頭で大丈夫ですか?」

 

 心配するファルナに、俺は笑って見せる。

 

「まだるっこしいのは嫌いでね。準備運動は無しさ」

 

 ファルナは不承不承という感じでうなずいた。

 それだけ俺を想ってくれているってことだが。

 

「発砲すれば、それほど時をおかずに警備が駆けつけてくると思いますが」

 

 その忠告にはこう答える。

 

「なに、それだけの時間があれば大抵のことにケリが付く」

 

 それだけ迅速に俺たちは動く。

 その上で、

 

「死んだ親父曰く、後のことは後で考えろってね」

 

 度胸と割り切りが必要だった。

 勝負は一瞬、機会は一度きり。

 それに俺は命を賭けに(ベット)して挑む訳だ。

 ファルナも魔導銃サンダラーを構えた。こちらは常と変らぬ自然体だ。

 

「扉を開け放って、壁を遮蔽に不意打ちでいいか?」

 

 銃撃戦では遮蔽物を利用することだ。

 ドアの前で固まったり、ドアから入ったところで銃を構えたりしてはいけない。

 チームで行動しているなら後続の邪魔になるし、そもそも室内に居る敵が反撃する場合、まずドアの方向を狙うからだ。

 まぁ遮蔽といっても、建物の内壁は姿が隠せても銃弾を貫通させてしまうソフトカバーにしかならない場合が多いので、その点は注意しなければならないが。

 

「了解です」

 

 ファルナの短い返事を受け、俺はタイミングを計る。

 俺はドアの左側、ファルナは右側に立つ。

 俺は擲弾発射器(グレネードランチャー)を右に構えるし、ファルナは左のクローアームでサンダラーを保持するので、遮蔽物の陰から射撃を行う場合はこのポジションがやりやすいのだ。

 とにかく敵に対し身をさらさないこと。

 

 状況によっては右利きでも左構えに切り替えた方が良いが、火打石発火(フリントロック)式の銃器では点火薬を込めた手元、右側面にある火皿からも火花が噴き出す。

 火皿を顔から離して構える短銃ならともかく、肩に銃床(ストック)を当てて抱え込んで撃つ長銃、そして擲弾発射器(グレネードランチャー)ではこの発射時の火花を至近から顔面に浴びることになるため状況に合わせて左構えに切り替えるということはできなかった。

 

(ファルナ、クロックアップ)

(レディ)

 

 ファルナの支援により意識を加速。

 同時に素早く扉を開け放つ。


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