「ナイトウォーカー!」
美形なだけに口の端を上げて見せる表情には凄みがあった。
「すみませんね、私としたことがノックするのを忘れました」
すまし顔で言ってのけるナイトウォーカーに、俺は首を振って見せる。
「お互いそんなことを気にする柄じゃああるまい? 先におくつろぎのところをノックも無しにお邪魔したのは俺たちの方だしな」
そう軽口を叩いて見せるが状況は悪い。
護身銃を握る手に緊張でじとりと汗をかく。
それでも格子状の滑り止めが彫られた
ナイトウォーカーは俺の内心の焦りを見透かしたように余裕の表情で答える。
「いえいえ、私たちは傭兵でしょう?
二十四時間常在戦場か。
さすがは元英雄、心構えからして違うもんだ。
そして不意に変化が始まる。
ナイトウォーカーの精悍な顔が、わずかな内に形を変え牙を生やした狼のものになる。
心臓の傷が盛り上がり、先ほど撃ち込まれた矢弾を吐き出した。
綺麗に痕が消える。
ファルナを捕まえた腕にも、いや全身に金色の体毛が生えた。
「心臓に止めを刺した?」
あざ笑うオドネル。
「そんなものでは、彼は死なない!」
人型の金狼、それがナイトウォーカーの正体だった。
「うおおおっ!」
恐怖を払うかのように俺は叫ぶ。
サイトを使わず訓練された感覚のみで構えた護身銃を至近距離からナイトウォーカーの腹部、今度は肝臓に目掛けて撃ち込んだ。
短銃身の小型銃だから胴体に当てるだけでは駄目で、撃つなら急所を狙う必要があるのだ。
下手な個所を狙うと反撃を受ける恐れがある。
肝臓は撃たれたら激痛でまず動けなくなり、更に多量の出血により死に至る部位だった。
普通の相手なら確実に葬っているはずの手ごたえ。
しかし、
「妙な弾丸を使うものですね」
それでもナイトウォーカーは倒れない。
小さく身体が揺れただけだ。
その身体から俺が撃ち込んだ弾丸が床に落ち、転がった。
弾頭は見事にひしゃげている。
潰れることで銃弾の持つ運動エネルギーを撃たれた者の体内で開放し、大ダメージを与えるミスリル・チップ。
だが、変身した人狼の強靱な肉体はそれすら瞬時に癒すのか。
至近からの銃撃を受けたというのにナイトウォーカーは口元すら歪めない。
この鋼のような強さはどこから来るのか?
そんな思いに駆られるほど、その姿は異様だった。
逆にナイトウォーカーの腕の一振りで俺は吹き飛ばされた。
人外の怪力。
「ぐはっ!」
部屋の端まで派手に飛んで、ようやく止まる。
「マスター!」
ファルナが悲鳴交じりに俺を案じる。
「服に仕込んだ防刃板があったから大丈夫だ。万が一の備えはしておくもんだな」
そう言って彼女を安心させようとするが、上手く行ったかどうか。
ダメージが酷く俺は仰向けに倒れたまま、すぐには立ち上がることができない。
確実に相手の命を削り取ってゆくような、容赦のない一撃だった。
痛みに顔が歪むのが分かった。
このままでは負ける。
この場合の敗北は俺たちの死を意味する。
「凄いパンチだな。あんた、傭兵なんてヤクザな商売は止めて拳闘士にでもなったらどうだ?」
それでも何とか減らず口を叩いて見せる。
ピンチな時ほど強がって見せるのが俺の流儀だ。
ナイトウォーカーは少し驚いた様子だった。
「この期に及んでそんな口が利けるとは、やはりタフな人ですね。あんな大砲を抱えながら非殺傷の弾を使う生ぬるい男かと思ったが、先ほどの襲撃は素晴らしかった。よもや心臓を蜂の巣にされるとは思いませんでしたよ」
ナイトウォーカーは楽しげに言った。
「便利だろ。通販で買ったんだ」
俺は回復のための時間稼ぎに軽口を叩いてみるが、やつは笑って受け流すだけだった。
「もっとも私を殺し切るには不足でしたがね。切り札は最後まで取って置くものですよ」
そう言って牙をむき出す。
やつにしてみれば結末が気に入らなければ何度でもひっくり返せるゲームの盤みたいなもんなんだろう。
反則だぜこいつぁ。
勝負になりゃしない。
「バカバカしい。スリルを、死を感じたけりゃ、一人で身投げでも何でもすりゃいいんだ」
付き合いきれないと俺が顔をしかめると、やつは鼻で笑った。
「そういう訳には行かないのですよ。ただ自殺するだけなんて嫌なんです。もっと、もっと私は戦いたい。戦って、戦い抜いて、死中に在る生を感じたい。そうすることでしか私は自分の命を、生きがいを感じることができないのですから」
戦いの果てに
「止めることも考えましたが無理でした。他になんのスリルも喜びもなかったんですから」
「スリルのために人を殺すな」
「私は人の生と死をこの手で感じたかった」
そう言って、ナイトウォーカーは嫌味なほどさわやかに笑って見せる。
「世界から人が多少減ったからといって、どうだというのですか?」
それはまぎれもないやつの本音なんだろう。
生きていることを確かめるためにやつは戦い続ける。
「ファルナを…… 放せ」
絞り出すように呻く俺に、ナイトウォーカーは嗤った。
「女性のピンチを救う
俺は立ち上がろうと、あがきながら答える。
「彼女が望むなら、
それは俺の本心だった。
「だったら屍になることも厭わないというわけですか」
ナイトウォーカーは面白そうに言う。
その瞳は殺したくて仕方が無いとでもいうような光を宿していた。
「残念、俺はそう簡単には死なない主義でね」
俺は喘ぎながらもそう答える。
この状況でもなお、俺は死ぬ気はなかった。
あきらめない内は決して終わりではないのだ。