「いい加減、用件に入って下さいませんか」
俺のことを気遣ったのか、ファルナが強引に話を進めようとした。
「これは失礼」
キトンは謝罪を口にするが、一方で微笑ましそうにファルナを見やる。
「ふふふ、この小さな頭の中では自分のことと、あとはご主人様のことしか考えてないんだから」
それに対し、ファルナは言う。
「私の思考なんて、前のマスターを失った時に崩壊していることは自覚済みです。心も砕けてしまったに違いありませんわ」
ファルナは俺と同じ人を失った者同士だ。
しかし、
「それでもマスターはパズルを組み立てるように、私を癒して下さいます。そんな人を愛しく思うのはおかしいのでしょうか?」
問いかけの言葉でありながら、何人たりとも口を挟ませない口調。
「いいえ、誰にも否定することなどできはしません。ロジックではないのですから」
「……そう」
そこに俺の注文していた
俺は相場のチップを加えた代金を引き換えに渡してそれを受け取る。
そしてウェイターが十分に離れたところで、キトンはすっと表情を
ここまでの彼女の無駄口は邪魔が入らなくなるまで間を持たせるためのつなぎでしかなかったのだ。
そうして同席していた男……
今回の仕事の依頼主を紹介した。
「マクドウェル商会のスミスさんだそうよ」
マクドウェル商会といえば、この北の大国ヴォレス帝国でも屈指の大貴族、マクドウェル伯爵が経営する巨大商会だ。
傘下に置いている中小の系列商会やお抱えの職人たちを合わせれば、扱っていないものなど無いとまで言われている。
帝国を経済力で支配している巨大商会の一つ。
しかし、
「スミスさん、ね」
そのありふれた名前からしてあからさまな偽名。
そして最初に見抜いたようにただ者ではない様子から、商会の
ファルナとの接続により強化された視野に映っていたスミスの
速度特化型でない限りほぼ最高のグレードだった。
そしてその解析パターンは軍用の呪紋であることを示している。
帝国軍で一部の強化兵向けに採用されているタイプだ。
軍の出身者か?
マクドウェルは腕の立つ元軍人の再就職先としては有力なところだから、おかしなことではないが。
しかし…… 近くで改めて見ると分かるが、スミスは息を飲むような美形だった。
整った造作に滲み出る野性味が男らしい精悍さを与えていた。
髪は金の直毛でこれもまた美しい。
俺は呆れた。
偽名を使っていてもこれでは意味が無い。
後で特定するのも難しくないだろう。
まぁ、一夜限りの割り切った大人な関係で済めば、この美人さんについてあれこれと詮索せずに済むんだがな。
「そして、こっちがスレイアードとファルナ。見ての通り、魔装妖精とその所有者よ」
キトンはそう俺たちを紹介した。
ファルナが不満そうな気配を抱くのが分かったが、手をかざしてそれを抑える。
こちらの手の内を無暗にひけらかす必要は無い。
だが、スミスは顔をしかめた。
「私は荒事向けの要員を手配したはずだが?」
疑問に思うのも無理はない。
その条件だったら、がっしりとした身体に
それで現れたのが呪紋を入れた様子もない若造と、小さな妖精では納得できないのが普通だ。
「仕方がありませんわね」
ファルナはそうつぶやいて、左手のクローアームを腰部背面ラッチにマウントした大型銃にまわした。
その次の瞬間だった。
抜く手も見せずに彼女は銃をスミスの眉間に向け
悪魔型魔装妖精の主要武装の一つ、魔導銃サンダラー。
精霊力の電撃変換機能を持つ強力な武器だった。
それを
魔装妖精は素早いのだ。
人間とは基本となる
サンダラーの呪的チャンバーには既に
わずかに漏れ出す紫電がそれを現していた。
「気に入って頂けました?」
ファルナはスミスに向かって銃口を突きつけたまま、すまし顔で微笑んで見せる。
「なるほど、お嬢さんの実力は本物らしい」
スミスは納得した表情でファルナを見る。
それを確かめた上で、ファルナはサンダラーを腰に戻した。
依頼人に対して悪びれた気配もない。
彼女にとっては、いや魔装妖精にとってはマスターがすべてなのだから。
一方、残った俺にスミスは疑いの目を向ける。
そちらがそういう態度に出るのなら、と俺は表情を改めて手札を切った。
「俺はマクドウェル商会の代理人にコネがあるんですけど」
直接的な武力と同じか、それ以上に人脈というのはこの業界で力を持っているのだ。
活用しない手はなかった。
表だろうと裏だろうと、世間は人と金とコネで成り立ち回っているのは同じ、というのは傭兵をやっていた死んだ親父の言葉だ。
「
マクドウェル商会の仕事であるというのなら、取引の実績があって信用のおける代理人を通すのが望ましい。
俺の要求はまっとうなものだった。
しかしスミスは明らかに顔をしかめた。
弱みがある証拠だ。
そしてスミスは状況を説明する。
「実は私が情報を入手したのがつい先ほどでね。正式な手順を踏んでいる時間が無い。正直、今話している時間も惜しいくらいだ」
焦燥を感じさせる声。
俺の指摘は依頼人の痛いところを突けたようだった。
その結果に満足しつつも、俺は失礼にならないよう表情に出すことは控える。
この辺は依頼人への配慮の内だ。
スミスは薄く笑って見せる。
「それに、できれば今回のことは私のレベルで上手く処理しておきたいのですよ」
内に秘めた功名心を暗に匂わせた言葉だった。
「なるほど。商会の
俺は探りを入れるのも忘れない。
この業界、問わず語らずが建前だが、しかし裏をまったく取らない考えなしでは長生きできない。
「そういうことです。私の権限で動かせる人員はみな旧市街に不慣れでして。万が一の取りこぼしを防ぐには旧市街の裏にも通じた外部のプロを雇わざるを得ないのですよ」
スミスはそう答え、更に付け加える。
「我々が動くことで他の商会の注意を惹き、介入を招くのも好ましくありませんし」
無難な答えだったが、それがどこまで本当かうかがい知ることはできなかった。