魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

40 / 46
40 信じるということ

 オドネルはナイトウォーカーについて語る。

 

「彼こそ不死身の絶対的強者、人狼だ」

 

 そして傲岸に宣言する。

 

「彼と手を結んだ私に恐れるものなど何もない! 彼の力と新式銃の技術さえあればアボット・アンド・マコーリーの背後に居るアッバーテ商会はおろか帝国、いや世界ですら手にすることができるだろう」

 

 その顔は狂気に歪んでいた。

 

「夢かと思って笑うかね? 構わんよ。人は己の理解できないことを嘲笑するものだからな」

「よう、かっこいいぜ演説屋!」

 

 俺は何とか立ち上がりながら混ぜっ返す。

 力が思うように入らず膝が笑いそうになるが、それでも強がって見せた。

 死体置き場(モルグ)昼寝(シエスタ)を決め込むにはまだ早過ぎる。

 

「次は自作詩(ポエム)の朗読辺りが似合ってるぜ」

「何?」

 

 俺をにらむオドネルに言ってやる。

 

「くどくどと、うざったいんだよ。そうやって言い訳をするのは、自分に自信が無いからじゃないのか?」

 

 この、口を開くたびに己の底の浅さを晒していることに気付いていない様子の男は。

 

「人を見下して、自分が上だって言い聞かせていないと安心できないんだろ? 本当のあんたは、ただの臆病者だ」

 

 オドネルの表情が醜悪にひん曲がる。

 

「強がりを! よしっ、この妖精の手足をもいでやれ。自分の立場というものを分からせてやるのだ!」

「下種が!」

 

 瞬間的な強い怒りが俺の身体を突き動かした。

 右のパンチを牽制に、左の鉛入りグローブをナイトウォーカーに叩き込む。

 しかし、

 

「見え見えだっ!」

 

 ナイトウォーカーは片手で俺の左拳を受け止めていた。

 

「何か仕込んでいるようだが……」

 

 その鋭い爪が革のグローブに食い込む。

 

「その程度の牙では人狼は倒せない!」

 

 ナイトウォーカーの前蹴りが腹部に叩き込まれる。

 グローブはずたずたに引き裂かれ、俺は再び弾き飛ばされた。

 今度は隣にあった書庫らしき部屋まで転がった。

 

 ちっ、今のでアバラを何本か持って行かれたか。

 内蔵も傷つけたらしく、咳込むと鈍い痛みと共に血塊が吐き出された。

 オドネルは笑う。

 

「グハハハハ、思い知ったか若造。自分の力が通用しない相手というものを。勇気や努力でどうにかなることと、ならないことが分からん馬鹿から先に倒れていくものだよ」

 

 しかし、

 

「それでも私はマスターを信じますわ」

 

 ファルナの凛とした声。

 その物言いにオドネル、そしてナイトウォーカーは鼻白んだ様子だった。

 

「……分かりませんね。なぜそんな迷わない瞳をしていられるのです? 策があるのですか、目論みがあるのですか、それとも見た目どおりのただの人形なのか?」

 

 ファルナの迷いのない言動に、ナイトウォーカーは眼をすがめて問う。

 

「マスターは自信家なのです。だから言葉に遠慮がありませんし態度も大きい」

 

 ファルナが言い返すのが聞こえる。

 彼女が注意を惹きつけている隙に、俺はよろめく手足を叱咤して書庫でやつを倒すための算段をする。

 血反吐をはきながら擲弾発射器(グレネードランチャー)と護身銃に再装填。

 最後のフレシェット弾の弾頭から矢弾を引き抜き、室内にあった材料で特製の弾頭を準備した。

 

「でも絶対に嘘はつかない。信頼できるのです。マスターがあきらめたと言わない限り、そこにはまだ可能性が残されています」

 

 我ながらよくここまで信用されているものだと思う。

 この期待には応えねばなるまい。

 だがナイトウォーカーはファルナの言葉を否定した。

 

「自信家ね。……妖精のお嬢さん、自信はいつか崩れるものですよ。必ずね」

 

 ナイトウォーカーの口調の陰に見え隠れするのは確信か。

 

「裏切られないという確証はどこから来るんです?」

 

 ナイトウォーカーはファルナの言葉を虚言と断じる。

 

「一生自信たっぷりに生きていけるのは、奇跡のような幸運の持ち主かよほど鈍いか。そうでなければいずれ気付きます。自分が抱いている自信になんて、何の根拠もないってことに」

 

 その言葉にはナイトウォーカーがたどってきた人生の重みが感じられた。

 不死身の存在が語る、真実の重みが。

 しかしファルナはあっさりと言い切った。

 

「それは、あなた自身の話でしょう?」

 

 ファルナは興味なさげに言い捨てる。

 

「そんなものを私に告白されても困りますわ。ひねくれ者の人生相談なんかに構っている暇などありませんから」

 

 俺は鈍く疼く痛みも忘れて吹き出した。

 声を上げて笑ってしまう。

 

 彼女の言うとおり、この人狼は自信……

 自分自身の価値や正しさを痛みと共に見失ってしまったのだ。

 だから魔導大戦の英雄、金色の守護者はただの人殺しに堕ちた。

 

「貴様ら……」

 

 ナイトウォーカーの声色が変わる。

 しかし、

 

「否定できないんだろ?」

 

 俺は声を振り絞って言ってやる。

 

「生きている実感が無い? 当り前だ。俺たちを上手く使おうとしたように他人を利用しているだけの生活に充実もクソもあるわけないだろ。自分自身では何もしていないっていうのに」

 

 ファルナが話を引き延ばしてくれている内に、戦う準備は整っていた。

 

「あんたが他者を傷つけずにいられないのは、そうしないと自分というものが保てないからだ。自分の方が強いんだ、上の存在なんだと常に言い聞かせていないと自分の存在に自信が持てないからだ」

 

 そういう意味ではナイトウォーカーとオドネルは似た者同士と言えるかも知れない。

 

「そんな、自分の弱さを認める勇気を持たないやつに、俺とファルナが負ける道理がない」

 

 足を踏ん張り、再び立ち上がる。

 生きるということは今を足場に立つことだ。

 過去を顧みるのもまた大切だし、未来へのヴィジョンだって無いよりはあったほうがいい。

 だが今、この瞬間に在るべき確かな自分と言うものが無ければ、そんなことを考えた所で意味はない。

 今に全力を尽くすから未来が拓ける。

 誰にでもできることだと俺は思う。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。