魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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41 最後の適合者(マスター)

「次が最後の一撃だ。擲弾発射器(グレネードランチャー)のでか過ぎる反動に、もう身体が耐えられない。最悪、命を落とすかもな」

 

 ごまかしは効かなかった。

 本の日焼けを防ぐためにカーテンによって日光が遮られた書庫の中にあっても、俺が手のひらに受けた血糊の赤ははっきりと浮かび上がっていた。

 咳込むと、更に痛みと共に血を吐く。

 

「分かりませんね。人形相手にどうしてそこまで必死になれるんです?」

 

 ナイトウォーカーは呆れたように言う。

 

「ファルナは従姉さんが、俺の大事な人が遺してくれた大切な……」

 

 そう言いかけ首を振る。

 過去、従姉さんを失った時に味わった喪失感。

 そして怖れ。

 そいつは俺の心に刻みつけられた傷痕だった。

 

 しかしな、だからと言っていつまでも過去に怯えて生きる訳には行かないのさ。

 

「いいや違うな。それだけじゃない。いつも一番近くに居て、誰よりも俺のことを想ってくれる。そんな相手を守りたいと思うのに理由が要るか?」

 

 いつまでも過去に負けているなんて冗談じゃない。

 忘れてもらっちゃ困る。

 

 今は俺がファルナのマスターだ!

 

「俺はファルナを守る。堕ちた英雄が立ちはだかるというのなら、英雄殺しを果たしてでも守り抜いて見せる。それが愛しているということだ」

 

 好きなものは好きと言えるのは勇気だと俺は思っている。

 それこそつまらない世間体だの意地だのは捨てて素直でいられるのは勇気だろう。

 

「マスター……」

 

 ファルナは感極まったように瞳を潤ませて俺を見つめた。

 彼女には酷く長い間待ってもらった。

 そんな気がする。

 

「それが、あなたの愛ということですか」

 

 ナイトウォーカーは呆れたように言う。

 

「しかし、これ以上どうすると言うのです? あなたの妖精は我が手にあり、最後の牙も折られた。あなたにはもう何も残っていない。幕の引き時ということです」

 

 単なる事実を告げるだけの口調。

 だが、

 

「残っていない? いいや、幕引きはこれからさ。あんたのフィナーレを飾ってやらなきゃな」

 

 要るのは奇跡か?

 なら起こしてやるさ。

 俺はグローブから解放され、露わになった左拳を見せつけながら言った。

 

「魔装妖精が信じてくれている限り、そして俺が魔装妖精を信じている限り、俺たちに不可能はない」

 

 俺の拳に輝く呪紋!

 

「まさか…… 受容器(レセプター)!?」

 

 ナイトウォーカーが驚くのも無理はない。

 適合者の身体に印を打ち人工精霊石と契約を交わす技は失われたはずだった。

 従姉さんに近しい魂の持ち主として予備登録されていたものの、幼さから魔導大戦への参加が見送られた……

 そう、俺がおそらく最後の適合者だった。

 

 ナイトウォーカーの手の内にあるファルナがこらえきれないと言うように澄んだ笑いを響かせた。

 

「私は最初から所有者(オーナー)ではなく、適合者(マスター)と呼んでいましたよ」

 

 俺は力ある言葉(コマンド・ワード)を言い放つ。

 

最終融合(メガ・フュージョン)!」

 

 ファルナの身体が爆発したように輝きを放ち、ナイトウォーカーを弾き飛ばす。

 肉眼でも見えるほど膨大な精霊力が周囲から集まってきた。

 

「我が同胞たちよ。マスターに勝利の約束を!」

 

 ファルナは集う精霊たちを受け入れる。

 魔装妖精のコアとなっている人工精霊石は適合者と精神融合を果たすことで戦略級の力を扱うことができる。

 適合者の精神を制御式に、人工精霊石に降ろした膨大な精霊力に指向性を与えてやるのだ。

 身体が拡張されたような感覚と、巨大な力を手にした万能感が俺を包む。

 だが、その負荷は適合者にすら精神崩壊を頻発させたほどのものなのだが。

 

(大きな欠落を抱えているのね……)

 

「従姉さん……」

 

 俺はファルナの中に在る従姉さんの気配を感じる。

 融合中に死亡した従姉さんの魂は、今なお色濃くファルナの中に残っている。

 

(今ここにこうして在ること。それ自体が、あなたにはこんなにも辛いことなのね)

 

 ひどく優しいものに包まれる感覚。

 

(その欠けた心を満たしてあげたい。好きよ、スレイアード。あなたを愛しているわ)

 

 その暖かな優しさが、俺を融合の重圧から守ってくれる。

 しかし従姉さんのことを引きずったままの俺だったら、溺れてそのまま飲まれてしまっただろう。

 感覚を繋ぐだけでも深刻なレベルで影響と反動を受けるくらいだ。

 完全に融合を果たしてしまったら、自分が自分でなくなってしまう恐れは常にあった。

 

 ナイトウォーカーのように、生を感じるために戦い、殺し続ける存在に俺もなってしまうかも知れない。

 やつは「もしかしたらこうなってしまうかも知れない」俺自身の未来の可能性だった。

 だからこそ嫌悪し、否定した。

 その裏にあったのは怖れ……

 

 だが今の俺は違う。

 現実を見つめること、乗り越えること。

 自分に出来ることから目を逸らさないこと、心を偽らないこと。

 それができたからこそ取れる手段だった。

 

「それならばっ! 融合前に適合者を片付ければ!」

 

 疾風のようにナイトウォーカーが俺に飛びかかってきた。

 Bランクの魔力強化神経(ブーステッド・リフレックス)が獣人化しても生きているのか、それとも生来の能力だけでそれだけのスピードを生み出せるのか。

 その拳が唸りを上げるが、俺がファルナに命じる方が先だった。

 

「ファルナ、アクション!」

 

 岩に鉄槌を叩き付けたかのような轟音!

 そしてナイトウォーカーの拳がぴたりと止まった。

 

 それを受け止めたのは、俺とナイトウォーカーの間に割り込んだファルナの魔術障壁(シールド)だった。

 彼女が突き出した左の手のひらを中心に、展開された魔法陣が半透明に輝きゆっくりと回転している。

 

 精神融合によって俺と感覚を共有したファルナが、涼しい顔をしてナイトウォーカーに問う。

 

「その程度の牙で、魔装妖精が倒せるとでも?」

 

 先ほどと攻守は正に所を変えた。

 違うのはファルナに装備された悪魔型魔装妖精の大型クローがナイトウォーカーの拳の中指を握り、押すことも退くこともかなわなくしていることだった。

 

「痺れますね。妖精とはいえさすが女性、強烈な殺し文句です」

 

 ナイトウォーカーは破顔した。

 

「これが適合者を持つ魔装妖精ということですか」

 

 一転して、牙をむき出し闘争心を露わにする。

 それは獲物を前にした獣の形相だった。

 ファルナと、その背後に居る俺をにらみつける。

 常人なら、その視線だけで心の臓を凍り付かせていただろう。

 生物の本能に直接作用するような凄みがあった。

 

 しかしファルナと精神融合を果たした俺には通用しない。

 相手の目をしっかりと見返して言い放つ。

 

「あんたの休める場所はもう地獄だけだぜ」

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