魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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42 適合者を持った魔装妖精の力

 ナイトウォーカーは挑発するように笑った。

 

「人狼を斃すには銀の武器で重要器官を再生不可能なまでに破壊するか、それこそ一撃で存在を消滅させるほどの強力な魔術を行使するぐらいしか通じない」

 

 ナイトウォーカーが敢えて自らの滅ぼし方を口にして見せるのは、そんな真似はできないだろうという自信があるからか?

 いや、この男は愉しみたいのだ。

 生死を賭けた戦いというものを。

 

「当然、そんな大魔術を構築する時間を与えてやるつもりなどありませんよ」

 

 不敵に挑みかかるナイトウォーカーの言葉に、俺はファルナへ命じる。

 

「イッツ・ショウタイム! ファルナ、ファイヤークリスタルに接続だ。焼き切ってやれ」

 

 挑戦には実力で対処する。

 俺たちは一つだ。

 やつの力に怯むことなど、ファルナが許しても俺自身が許さない。

 

「イエス、マスター」

 

 ファルナは確かな声で答え、俺の指示を実行する。

 ファルナの左手のクローアームの手のひらには小粒だが良質の炎の精霊力を発揮させる結晶、ファイヤークリスタルが埋め込まれていた。

 

「剛腕爆砕、紅蓮掌!」

 

 爆発的な炎が上がる。

 精霊力を魔術として構築してから放つのではなく義体から直接放出させる。

 秀真国の式神(シキガミ)傀儡(クグツ)の術の流れをくむ大技だ。

 絶叫を上げナイトウォーカーが飛びずさる。

 

 桁外れもいいところのパワーに空間が揺らいで見えた。

 膨大な精霊力を行使しその力は戦場の地形すら変えるという戦略級魔装妖精であるファルナに、悪魔型の異名を持つ最強の駆逐魔装妖精、炎帝(イフリート)の左手。

 俺はとんでもないものを組み合わせてしまったのかも知れない。

 

 だがしかし、俺の口から洩れたのは感嘆の声だった。

 

「驚いたな。ファルナの紅蓮掌をかわすやつが居るとはな」

 

 本当なら全身炎に包まれているところだったが、やつは捩じ切られた中指一本を犠牲にして逃れきっていた。

 

「でも、それももう居なくなりますわ」

 

 単なる事実を告げただけ、といったファルナの言葉。

 そのとおり。

 勝負がついた時、この場に立っているのは俺たちだけだ。

 傷口を押さえるナイトウォーカーに向かって言い放つ。

 

勝負(コール)だナイトウォーカー、最後の晩餐は無理でも、神様に祈る時間ぐらいは待ってやるぜ」

 

 時間稼ぎのため、そう言ってやる。

 普段どおりのファルナの武装では倒し切るのが難しいからだ。

 

「ふふ、気が利いていますね」

 

 返事をするナイトウォーカー。

 

 ……かかった!

 

 やつはこちらに時間を与えず畳み込むべきだったのだ。

 この選択が、勝負の天秤を俺たちの方に傾けさせる。

 不死身ゆえに死に鈍感なのがお前の弱点だ。

 

「死んでいく者には誰だって憐れみを感じるものさ」

 

 そう言いながら俺はポケットからファルナの身の丈を超える、魔装妖精が扱うものとしては長大な太刀……

 秀真国に伝わる片刃剣を取り出した。

 

「ははは、死ぬのはどちらでしょうね?」

 

 ナイトウォーカーは笑って見せる。

 にらみ合う俺たちをよそに、ファルナは俺に向かって左の手のひらを差し出した。

 

「私に紅蓮剣を」

 

 俺はその言葉に従い、太刀を渡してやる。

 鞘からするりと抜かれる刃。

 

「ブレード・コネクト!」

 

 ファイヤークリスタルの力が握りしめられた柄を通して希少金属、ヒヒイロカネの刀身を赤熱させる。

 

「伝説にある多頭竜(ヒドラ)は無限再生する頭を持っていましたが、傷口を焼かれることで再生力を奪われました」

 

 周囲の大気に揺らぎを生じさせるほどの高熱を放つ紅蓮剣を構え、ファルナは問う。

 

「再生能力を持つと言う人狼。しかし、この紅蓮剣でその身を焼き切られてもまだ不死身と言えますか?」

「悪魔め……」

 

 毒づくナイトウォーカーに、俺は笑った。

 

「そいつは褒め言葉だな。悪魔の方が天使よりも美しい。そうでなけりゃ悪魔に誘惑されるやつなんて居ないからな」

 

 魔装妖精(ファルナ)の持つ美しさは、それほどのものだと俺は思う。

 彼女に比べれば宝石などただの石ころに過ぎない。

 

「知らないようだから教えてやる。適合者と精神融合を果たした魔装妖精が扱える精霊力は、その時の適合者の精神力に比例するんだ」

 

 紅蓮剣の刀身の温度が上昇して行き、色が真紅から暗いオレンジ色になり黄色みを帯びた白へ。

 

「今日は最高に乗ってるんだ、隕石だって気合で割って見せるぜ」

 

 さらに青みがかった白に近くなる。

 沸き上がるのは強大な力を自在に操れるという快絶な感覚。

 はち切れんばかりにみなぎる力。

 

「どうだ。この勝負、一丁賭けてみるか? あんたが勝ったら大陸横断旅行とやらに招待してやるぜ」

 

 しかしナイトウォーカーは、俺の挑発に笑って見せた。

 

「このまま何も感じずに四十年生きるのか。それとも十年か? 長過ぎます。 私には、私であることを感じられる一瞬の方がはるかに大事なのですよ」

 

 それがこの男の本音か。

 

 轟ッ!

 

 ナイトウォーカーは咆哮(ハウリング)を放つ。

 人とは声量が根本的に違うそれは、生ある者に原初的な恐怖を抱かせ身体をすくませる。

 野生の肉食獣の雄叫びは凄い、腹に響くというが、それ以上だった。

 空気が振動し、俺たちの身体をビリビリと震わせる。

 だがしかし!

 

「効きませんね!」

 

 俺と精神融合を果たしたファルナは小動一つしない。

 

「チィィッ!」

 

 舌打ちしつつ、なおも必殺の意志を秘めてナイトウォーカーは飛びかかってくる。

 人外の身体能力が生み出す致死の一撃。

 それをファルナの剣戟が迎え撃つ!

 

 一刀両断!

 

 ナイトウォーカーの身体が炎に包まれ、一撃のもとに切断される。

 

「言っただろう、今日は絶好調なのさ」

 

 先の魔導大戦のさ中でも見られなかっただろう、力と力、殺意と殺意の熾烈なぶつかり合いだった。

 しかし、

 

「グッ、ガアアアアァァァッ!」

「そっ、そんな……」

 

 ファルナが目を見張る。

 ナイトウォーカーは炎に焼かれながらも、しかし確かに身体を再生し始めていた。


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