魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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43 切り札

「やはり、か」

 

 俺は擲弾発射器(グレネードランチャー)を構えた。

 やつが立ち直る前に仕掛ける!

 

「退け!」

 

 俺はファルナが飛び退くのと同時に、まだ動けないでいるナイトウォーカーに向けて擲弾発射器(グレネードランチャー)を放つ。

 引き金(トリガー)を絞ると火打石が火打金を兼ねた火蓋を叩いて火花を散らした。

 それが火皿の火薬に引火して薬室の火薬を激発させるのだ。

 その爆発で擲弾発射器(グレネードランチャー)のカップに入れられた榴弾が撃ち出されると同時に、榴弾の底部にあった導火線(タイム・ヒューズ)に火が付く。

 強烈な反動に肩が軋み、傷ついていた身体に耐えがたい痛みが走った。

 

「なっ!」

 

 爆発にやつの身体が呑み込まれる。

 この距離で榴弾を使われるとは思わなかったろう。

 鉄片を周囲にばらまき広い殺傷範囲を持つ破片榴弾ではなく、火薬の爆発の力だけで攻撃する爆裂榴弾だからこそ効果の範囲が限られ、こちらも巻き込まれずに使えるのだ。

 その上、

 

「ぐああああっ!?」

 

 ナイトウォーカーの絶叫。

 使用したのは聖榴弾、爆発時に聖灰をぶちまける対不死仕様の特殊弾だ。

 不死身であっても、いや不死身だからこそ効く。

 以前、キトンから仕入れてもらった横流し品だったが、すぐ使うあてが無くてもまめに投資しとくもんだな。

 

 俺は更に懐から護身銃を抜いた。

 擲弾発射器(グレネードランチャー)の射撃に伴う反動で俺の身体はすでに限界を迎えていたが、そこは融合を果たしたファルナのアシストで強引に動かす。

 爆煙を割って倒れ込んでいるナイトウォーカーに駆け寄り、その耳から頭に護身銃を叩き込んだ。

 

 撃鉄(ハンマー)雷管(プライマー)を叩いて発火させ、その火花が火門を通じて発射薬に火を付け爆発させる。

 これがどんぐり型の銃弾を撃ち出すのだが、銃弾の底部はスカート状にくぼんでいてコルクのクサビが打ち込まれている。

 発射時の圧力でこのコルクが押し込まれることで銃弾が外側に膨張、銃身(バレル)に刻まれた螺旋状の溝(ライフリング)に押し付けられて回転する。

 この仕組みのお蔭で銃口から弾丸を込めるときには抵抗なく行え、発射時には銃身内の螺旋状の溝(ライフリング)に食い込みながら密着することができるわけだ。

 

 こうして回転を与えられた弾丸は高い安定性と直進性を持ち、普通の丸い弾丸をただ撃ち出すだけのマスケット銃とは比較にならないほどの命中精度を示す。

 

「がっ!」

 

 ナイトウォーカーは床に転がる。

 頭蓋骨が保護していない耳の穴からミスリル・チップで脳を破壊されては、さすがの人狼も無事では居られない。

 

「よくもっ……」

 

 それでも傷口を押さえながら、ナイトウォーカーは立ち上がろうとする。

 しかし、

 

「な? なにっ!」

 

 急に平衡感覚を失ったかのように、どさりと受け身もとれずにその場に倒れ伏す。

 

「な、何が起きている? こ、こんな馬鹿な! か、身体に力が……」

 

 ナイトウォーカーの身体が、がくがくと震える。

 

「身体に力が入らないっ!? た、立ち上がることができないっ!」

 

 必死に手を突き立ち上がろうとするが、かなわない。

 

「吐き気がするっ、眩暈までっ。ど、どういうことだ、この私が気分が悪いなど。この私が銃に撃たれたぐらいで立つことが…… 立つことができないなんて!」

「岩妖精が作った、ミスリル・チップと呼ばれる特別な弾丸のお蔭さ」

 

 擲弾発射器(グレネードランチャー)に再装填しながら、俺は種を明かす。

 

「違うのは材質だけじゃ無い。先端を窪ませた形状により命中すると体内で弾痕より大きくマッシュルーム状にひしゃげて内部を破壊する」

 

 普通のマスケット銃じゃあ使えない。

 銃身(バレル)螺旋状の溝(ライフリング)を掘って、どんぐり状の弾丸に回転を与えて直進させる、岩妖精の特製の銃だからこそ使える特殊弾頭だった。

 

「そいつを耳から頭蓋骨の中に突っ込まれたんだ。弾丸を外に吐き出すこともできず、脳の再生が邪魔されているのさ」

 

 腫瘍が脳を圧迫しているようなものだ。

 そのせいで脳の機能に不具合が生じている訳だ。

 

「こ、ろ…… して…… やる」

 

 呪いの言葉を吐きながら立ち上がろうともがくナイトウォーカーに、俺は歩み寄る。

 

「驚いたよ。紅蓮剣に焼かれ、聖榴弾を喰らい、ミスリル・チップを脳に受けてなお立ち上がろうとする化け物が居るとはな」

 

 そう告げて、ナイトウォーカーの左胸に擲弾発射器(グレネードランチャー)を押し当てた。

 もう、そうしないと当てる自信が無かったのだ。

 先ほどの一撃が正真正銘、擲弾発射器(グレネードランチャー)をまともに撃てる最後の攻撃だった。

 

「だが、もう居なくなる」

 

 震える指で必死に銃把を握る。

 引き金(トリガー)を絞る瞬間が酷く間延びして感じられた。

 

「何者だろうと撃ち貫くのみ!」

 

 発射。

 反動で肩とそれを支える腰の筋肉が断末魔の叫びに似た軋りを発するが、死ぬ気でこらえる。

 ゼロ距離から放たれたのは、

 

「ごはっ、こ、これは……」

「部屋にあった椅子の足から削り出した、白木の杭だ」

 

 それは不死者……

 吸血鬼に止めを刺す最も確実な方法だった。

 ナイトウォーカーは血と共にうめき声を吐く。

 

「ばか、な…… こんな、もので人狼が……」

真銀(ミスリル)の弾丸を撃ち込まれて、死なねぇ人狼なんざ居ねぇよ」

 

 俺はナイトウォーカーに告げてやる。

 

「吸血鬼撲滅戦の英雄、金色の守護者。あんたはとっくの昔に吸血症に感染していたんだよ」

 

 感染性の不死症という点では、人狼も吸血鬼も似たようなものだ。

 その上、生来の人狼としての不死身さを持っていたから気づかなかったのか。

 ナイトウォーカーが驚愕に眼を見開く。

 

「なる、ほど、痛みを感じられない訳…… とうの昔に死んでいた、とは」

 

 杭打ち機(パイルバンカー)として働かせた擲弾発射器(グレネードランチャー)に心臓を背中まで刺し通されて、ナイトウォーカーはようやくその呪われた生に終わりを告げた。

 

「切り札は最後まで残して置くもんだぜ」

 

 俺はナイトウォーカーにそう言ってやる。

 しかし、

 

「おおおぉぉぉぉっ!」

 

 最後の咆哮!

 ナイトウォーカーは消え去る寸前の力を振り絞り跳躍。

 とっさに避けた俺目掛け襲い掛かってくる。

 

「させません!」

 

 迎え撃つファルナが放つのは、幾条もの剣筋の乱舞。

 物理法則を無視したかのような速度で振るわれるそれは、すべてがほぼ同時に放ったとしか思えぬものだった。

 これがAランクをも越えるスピードを持つ彼女の技だ。

 

「この刃、断てぬものは無いと思いなさい」

 

 すれ違いざま、瞬時に八分割されるナイトウォーカーの身体。

 だがそれだけでは終わらない。

 炎の精霊の力が乗せられた剣は切り口を燃え立たせ、そして……

 

「弾けろ!」

 

 爆発させる!

 斬って燃えて爆発!

 

 不死身の人狼は、太刀を振り切ったファルナの背後で壮絶な最期を遂げた。

 

「感謝するんだな、ナイトウォーカー。やっと死ねたんだ」

 

 俺の口からそんなつぶやきが漏れた。

 思えば、彼が英雄という立場も省みず命を懸けた戦いを求めていたのは、死に場所を探してのことかも知れない。

 今となっては分からないことだが。

 

「ファルナ、融合解除(フュージョンアウト)

「了解です、マスター」

 

 精神融合を解く俺たち。

 名残惜しいが、従姉さんの魂を含有したファルナとの融合は長くは持たない。

 これ以上は俺の魂が戻ってこられなくなるのだ。

 それだけ、好きな人と魂の欠落を埋め合う行為は魅惑的なのだ。

 

 だが俺は食卓の向かいに誰かが居てくれる幸せも知っている。

 ファルナと一つになってしまってはその喜びを感じることもできなくなるからな。

 ナイトウォーカーはそれを知らなかったから、ただ一人で周囲の者を食らい尽くすしか無かったのだろう。

 大事な存在が自分の他に在ったか無かったか。

 それだけが奴と俺との違いなのかも知れない。


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