俺は荷馬車を約束の旧市街の廃墟となった倉庫に停める。
マクドウェル商会の代理人、ジョエル氏が自ら護衛を連れて出迎えてくれた。
オーダーメイドと一目でわかる上質なオーバーコートを着たジョエル氏が
警護対象を守るための最高グレード、Aランクの
限界一杯まで呪紋が刻まれた肉体を銃器と共に隠しているのが推測された。
彼らに一対一の戦いを挑もうと考える馬鹿者はまず居ないだろう。
そして護衛の他に居るのは技術系らしきスタッフたちだった。
奪取してきた黒い鞄を俺が渡すとさっそく彼らが中身を確認し、ジョエル氏に間違いが無いことを報告する。
ジョエル氏はとても満足そうにうなずいた。
「確かに、約束のものは受け取った」
彼の指示で護衛の男の一人が袋に入れられた仕事料の残金、金貨三十枚を差し出す。
俺はそれをそのまま受け取った。
相手とは誠実な取引の実績がある。
この場で金貨の枚数を確かめるなどといった無粋な真似をしなくても確実なビジネスができるのだった。
ジョエル氏は
「今後、君たちに賞金が懸けられるような動きがあれば、我々が当局に働きかけ取り下げられるように手配しよう。それでいいかね」
「ええ、そうしてもらえると助かります」
そのようになる可能性は少なかったが、保証があるに越したことはない。
ジョエル氏は完璧ともいえる営業向けの笑みをわずかに崩して本音らしきものを吐露する。
「正直、今回は君たちに助けられたよ。この件では私もかかりきりで、妻にだいぶ不満を抱かれていてね」
ジョエル氏にしては珍しくプライベートなことまで口にした。
それだけ俺たちに気を許しているというポーズか。
しかしそこで、ファルナが妙に悟った様子でこう言った。
「人間なんかと結婚するからですわ」
人間以外である彼女が口にすると何やら奥深いものがあるが……
もう少し言葉を選んで欲しいと思うのは俺だけだろうか。
ジョエル氏は
そして彼は笑いが収まるとこう続ける。
「まぁ私的なことはともかく。上の方も喜んで下さるはずだ」
こちらもリップサービスなのかも知れなかったがしかし、
「マクドウェルの、上?」
雲の上過ぎて今一つ現実感が湧かなかった。
ファルナが冗談めかして言う。
「まさか会長などと仰いませんよね?」
会長といえばもちろんマクドウェル商会の頂点、マクドウェル伯爵だ。
ファルナは笑うが、ジョエル氏の表情は笑みの形のまま変わらない。
「まさか……」
言葉を失う俺たちに、ジョエル氏は言う。
「あまり追求しないでくれたまえ。人見知りをする方でね」
「はぁ」
人見知りねぇ。
そりゃあ、ホイホイとその辺に顔を出すような気安い人物ではないが、その言い方はどうかと思う。
そして俺は引っかかっていたある疑問について聞いてみた。
「最後に一つだけ、教えてもらえますか?」
これは俺の純粋な知的好奇心から出た質問だった。
「なんだね?」
「いえ、都合良く
俺は言ってみる。
「
ジョエル氏は口元に笑みを浮かべた。
「いい読みをしている。とだけ言っておこう」
それが答えだった。
「それはどういたしまして」
俺は苦笑する。
つまりサムとかいう例のトロール鬼の
マクドウェル側も、それを承知していたということだ。
そもそもマクドウェル商会がアッバーテ商会によるマコーリー商会の乗っ取りをみすみす見逃しているのがおかしかった。
ジョエル氏の話ではマコーリー商会の開発した新式銃をマクドウェル商会で生産する予定だったというが、それには高額の対価、技術料の支払いが発生するはずだ。
だが、こうしてアッバーテが荒らした商会から機密を奪うことができれば、そんな費用は掛からない。
そこまで考えるのは穿ち過ぎだろうか。
「スレイアード君、協力関係にある相手ですら裏で出し抜くのがビジネスの世界だよ」
俺の考えを読んだように、ジョエル氏は言った。
「敵はどこに潜んでいるか分からん。ある意味、マフィアなどを相手にするよりよっぽどシビアだ」
そう語る彼は、そのシビアな案件を日常的にこなしているのだろう。
余裕の笑みを浮かべていた。
「それでは今回はこれで。君たちとは今後も良い付き合いを続けて行きたいものだ」
そう言ってジョエル氏は上機嫌で立ち去って行った。
ビジネスは常にこうあって欲しいものだと俺は思う。
「これで仕事は終了ですね」
やっと肩の荷が下りたという、気だるげな表情でファルナは言う。
しかし俺は首を振った。
「いいや、金の腕亭に招かれざる客が居るはず」
いい加減、うんざりしつつ肩をすくめた。
刺激の無い日常を過ごしているときには好き好んで裏の世界の仕事に足を突っ込む気になるが、スリルに満ちた駆け引きが続けば今度は平和な日常が恋しくなる。
……我ながら勝手なものだが、人というのはそういうものだろう。
「まぁ、さっさと片付けて美味い飯でも食うか」
「どうなさるおつもりですか?」
ファルナの問いには口の端を釣り上げて答える。
「無論、釘を刺しに行くさ」
そう告げてから、彼女には聞こえないように小声でつぶやく。
「固くて、長くて、ぶっといものをな」
ファルナは俺を見てあきれた様子で言った。
「楽しそうですね、マスター」
俺は人の悪い笑顔が浮かんでいるのだろうな、と思いつつも口元を歪める。
「分かるか? 事実を知ったときのやつの反応を考えると、最高に楽しくて仕方が無い」
ファルナは苦笑交じりに言う。
「知ってはいましたが、マスターは本当に
「人聞きが悪いな。そいつは相手によりにけりさ」
否定はしない。
「自分で撒いた種を刈り取らせる。ただそれだけのことだ」