魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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05 仕事(ビズ)の内容と報酬(ギャラ)

「それじゃあ、お互い納得ができたところで私たちは席を外しましょう」

 

 俺とファルナが軽い駆け引きの末、依頼人を認めさせたと見たキトンは、そう言ってそそくさと席を立った。

 

 一緒に居たはずのシズカはいつの間にか消えていた。

 彼女はいつもこうだった。

 だが大丈夫だ。

 彼女は必要な時には必ず居てくれる。

 

 ともかくここからは依頼人と具体的な仕事の話だ。

 スミスは語る。

 

「なに、簡単な話です」

 

 俺は苦笑いが漏れないよう顔の筋肉を引き締めた。

 依頼人の言うことは常に変わらない。

 どんな仕事もさも簡単そうに上手く話す。

 まぁ、難しい仕事を難しくやるのはプロではない。

 難しい仕事を簡単にこなすからこそプロフェッショナルだとも言えるのだが。

 

「仕事の内容は、廃墟となった旧市街の東の外れに潜伏している小鬼たちから黒い鞄を奪うというものです」

 

 襲撃と強奪はこの世界では基本とも言える仕事だ。

 だが、ただし、とスミスは続けた。

 やはり簡単なだけの仕事ではないようだ。

 

「目的の物を狙っている者は他にも居て、すぐに出ないと先を越される可能性があります」

 

 まず時間の制約と競争相手の存在があった。

 スミスの表情にも若干の焦りが見られることから、時間が無いという話は嘘ではないらしい。

 

「また長引くと小鬼に応援も来るようです」

 

 そして更に敵の増援だ。

 なかなかに複雑な背景(バック)を匂わせる言葉だった。

 

 ファルナは形の良い眉をかすかにひそめた。

 その秀麗な顔に浮かぶのは困惑だろうか。

 

「そうは言っても私たちには足がありませんわ。辻馬車を捕まえたとしても、夜の旧市街なんかに行ってくれる酔狂な御者は居ないでしょう?」

 

 それを請け負う者も、裏の世界に居ることは居る。

 普段は普通の辻馬車を装いながら、特別料金でどんな人物もどんな荷物もどこへでも素早く運送するプロの運び屋。

 東方風にカミカゼとも呼ばれている。

 

 だが、彼らを手配するには時間が無さ過ぎた。

 今からでは間に合わないだろう。

 

 しかし、それに対してはスミスが提案した。

 

「そこは私が馬車を出しましょう」

 

 なるほどと俺は納得する。

 二重の意味で。

 だからスミスに確認する。

 

「じゃあ、スミスさんも一緒に行くと」

「ええ」

 

 スミスはうなずく。

 次いで彼は燕尾服の懐から硬貨の入ったずっしりと重い袋を取出した。

 報酬(ギャラ)について話を詰める。

 

「報酬は金貨で十枚。すぐにでも仕事にかかってもらいますから、全額前払いでお渡しします」

「必要経費は?」

 

 すかさず聞く。

 遠慮なしに撃てるぐらいには欲しかった。

 足が出るのを怖れて使える弾を数えながら戦うのはごめんだ。

 俺の装備だと弾代、そしてファルナのメンテ代も嵩むからな。

 

 スミスは少し考える素振りを見せた。

 

「それでは経費として金貨五枚を上乗せしましょう」

 

 そう言って報酬に更に追加する。

 金払いが良くて結構なことだ。

 スミスからの提示(オファー)は、これぐらいの仕事なら十分なものだった。

 しかし俺はここで、わざと顔をしかめて見せた。

 

「全額前払いなのは好評価だが、商会の代理人の保障が無いやばい話にしちゃあ安過ぎないか? 急ぎで、しかも危険な仕事(ビズ)なんだし報酬(ギャラ)には色をつけてもらわないとな」

 

 この辺はちょっとした駆け引きの内。

 

「そうですわね」

 

 ファルナも自然に話を合わせてくれる。

 俺はスミスだけに聞こえるよう小声で付け足した。

 

「何なら内々にキックバックに応じてもいい」

 

 キックバックとは支払い代金の一部を謝礼として支払人に戻すこと。

 この場合は、

 

 契約額を上げてくれたら上乗せしてくれた分の何割かをスミス個人に賄賂(リベート)としてお渡しますよ。

 どうせ商会から経費として支払われる金なんだから山分けしましょうよ。

 

 と持ちかけているわけだ。

 取引相手に利益を提示してぐるになってもらう手法で、金払いを良くする他に……

 こちらの方がより重要だが、相手を抱き込むことで裏切りにくくすることが目的だった。

 

 だがスミスは所属する商会に対する忠誠心が強いのか、こちらの思惑を見透かしているのか、うっすらと笑うだけで首を振った。

 

「現場で得た物は鞄以外、すべてそちらの物にして頂いて結構です。私は目的の鞄さえ手に入れば良いのですから」

 

 とスミスは言うが、ことはそれほど簡単ではない。

 

「それは相手を皆殺しにして死体から金を漁れと? 無茶を言いますね」

 

 俺は平坦な口調で身もふたもなく語る。

 態度からも呆れは隠せなかった。

 

「ビジネスはもっとスマートにやるものですわ、スミスさん」

 

 ファルナも同意する。

 まぁ、言っていることには同感だが、少し理想が過ぎるとも思う。

 現実ってやつはもっとシビアで泥臭い(ウェットな)ものだからな。

 だがスミスは俺たちの指摘を受けても動じなかった。

 

「敵対する者は容赦せず排除する。当たり前の話では?」

 

 平然と言ってのける。

 

「そうですかね? 競合相手の働きが常にこちらの不利益になるとは限らないでしょう?」

 

 俺は疑問を挟むが、スミスは一顧だにしなかった。

 

「限らない? そんなあやふやさは必要ないでしょう。我々の前に立つ者は少なくとも味方か敵か、どちらかでしかありえない」

 

 根本的な価値観が、かみ合っていなかった。

 可能な限り戦闘というリスクを回避して目的を達しようとする俺たちに対し、スミスの考えはもっとシンプルだ。

 邪魔者は殺して奪う。

 単純だが、それゆえにゆるぎない行動原理だった。

 それもまた一つの考え方。

 マクドウェルのような巨大商会の競争では弱肉強食が当たり前なのだから。

 

「やれやれ物騒だな。あんた、そう言って一体何人をその手に掛けたんだ?」

 

 大仰に肩をすくめ探りを入れてやると、

 

「さて、我々のような者にとって殺人は紅茶のようなものでは?」

 

 スミスは涼しい顔をして言う。

 

「嗜みってやつです」

 

 思わず息を飲んだ。

 そんな俺とファルナにスミスは語った。

 

「人生は生きるに値しない。だから慈悲の心をもって幕引きをさせてあげる。それだけの話でしょう?」

 

 こいつは本物だな。

 仕事でなけりゃ極力お近づきにはなりたくないタイプだ。

 まぁ、それはともかく。

 

「なら、足りない代金分は身体で払ってもらおうか」

 

 仕方ない風を装って、俺は折衷案を切り出した。

 十分であるはずの金額についてごねて見せたのは、相手の譲歩を引き出すための布石だった。

 

「どういう意味ですか?」

 

 警戒したように問うスミスに、俺は笑って取引を持ちかける。

 

「現場に自分も行くってことは、どうせ俺たちがしくじったときには横槍を入れて目的の品を確保するつもりなんだろ」

 

 俺は依頼人が同行を申し出た時点でそこまで読みきっていた。

 俺は確かに若いが、裏の世界のことは十分に熟知している。

 

「だったら最初から協力体制を取っていた方が、仕事(ビズ)の成功率は上がる」

 

 時間に余裕が無いからといってストレートに力づくで行くのは趣味じゃない。

 これぐらいの細工はさせてもらう。

 

「なるほど」

 

 俺の提案に、スミスも納得した様子だった。

 

「しかしあくまでも主力はあなた方で、自分は保険ですよ」

 

 そう釘をさすのは忘れなかったが。

 

「それは当然ですわ」

 

 ファルナはうなずき、俺も同意する。

 こうして俺たちは報酬の金貨を受け取るとスミスと共に店を出た。

 仕事の始まりだった。


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