魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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06 スニーキングミッション

 スミスが用意したのは二輪一頭立ての小型の馬車だった。

 二人乗りの、詰めれば三人まで並んで乗れる客室があった。

 御者には車両後方にある一段高いバネ付きの座席があり客室の屋根越しに手綱を取るようになっている。

 辻馬車で利用されている型と同じものだ。

 

 それを引くのは見事な黒の毛並を持つ半妖精馬だ。

 水の妖精馬がまれに雌馬を襲い孕ませた仔を半水棲馬(ケルピー・ハーフ)と呼ぶ。

 父親譲りの強靱な体躯を持つが、父親と違って人間にも何とか飼い慣らすことができるため軍馬として高い人気を持つ。

 そんなものを使えるのだから、

 

「さすが商会勤め。いい馬車を使っていますね」

 

 感心したようにファルナは言う。

 

「個人の持ち物ですか?」

 

 俺はスミスに聞いてみた。

 

「ええ」

 

 と肯定の返事がある。

 

「私たちにも、こんな風に使える足があるといいですね、マスター」

 

 ファルナの言葉に対しては、俺は馬車に乗り込みながら答えた。

 

「冗談、ここまでハマりたくない。何年ローンです?」

「放っておいて下さい」

 

 痛いところを突かれたのか、スミスは素っ気なく答える。

 

「それでは行きますよ」

 

 オーバーコートを着込み、御者台に腰かけたスミスが手綱を操る。

 その手際はなかなかに良い。

 そして備え付けのランタンに軍用の遮光カバーを被せて前方下方向だけを照らすよう極力明かりを絞った馬車が走り出す。

 馬蹄が一定の調子で石畳を叩く音と、一対の車輪が回る音がする。

 乗り心地が良いのは岩妖精が鍛えた良質の鋼による板バネが車軸を支えているからだ。

 

 馬車は暗い夜の旧市街を東に向かって軽快な音を立てながら進んだ。

 身を切る風が夜の息吹をささやきかけてくる、そんな気配がした。

 

 ……地獄騎行(ヘルライド)か。

 

 ファルナが寒さでも感じたかのように、ポケットの中で俺の胸に身体を寄せた。

 俺は大丈夫だという意味も込めて、ポケットの上から彼女をそっと撫でたのだった。

 

 

 

 三十分ほど馬車を走らせると目的地に到着する。

 かつて帝国の中心だった旧市街は魔導大戦末期の吸血鬼撲滅戦で失われており、戦いの爪痕があちこちに残る荒涼とした廃墟となっている。

 新市街が建てられ市民の大半がそちらに移住したことから再建されることもなく放置されており明かりもまばら。

 人通りも周囲の廃墟に住み着いた不法住居者(スクワッター)を時折見かける程度だ。

 ボロボロになった壁には乱雑に描き込まれた落書き(グラフィティ)

 

 スミスは馬車を止めた。

 

「さて、どのような手段をお考えで?」

 

 そう俺たちに作戦を聞く。

 

「私が潜入と攪乱でしょうか。小さいし姿隠しの力も持っていますから」

 

 魔術戦闘を得意とするファルナが即座に答えた。

 気負いのない声だったが、同時に確かな自信も感じさせる涼やかな声音だ。

 

「鞄の確保は俺がやろう」

 

 俺もうなずく。

 と言うか手のひらに乗る小妖精サイズのファルナにはできないことだから、この役割分担は当然だった。

 

 俺は変装と闇に溶け込むカモフラージュのため濃緑に染められた軍用三角巾をバンダナ代わりに口元に巻いて顔を隠す。

 この業界、目立ちたがり屋より恥ずかしがり屋の方が長生きできるのは常識だった。

 軍用の三角巾は本来の医療目的のほかに、このように口元に巻いて防塵マスクにしたり、首筋を守るネッカチーフ、汗止めに頭に巻くヘッドバンド、覆うように被れば頭部を保護する帽子代わりになる。

 応用範囲が広く持っていると便利だった。

 

「分かりました。目的の鞄を持った小鬼たちが居るのはこの先の空き地です」

 

 そう告げた後、スミスは念を押す。

 

「競争相手が居ること、そして時間をかけると小鬼たちに増援が来ることをくれぐれも忘れないで下さい」

「了解ですわ」

 

 ファルナはプラズマの翼をのばすと空中に飛び上がった。

 月光の元、踊るように優雅なステップを踏むとその姿がかき消える。

 妖精の舞踏と呼ばれる呪術的歩法によって、見る者の霊的死角に滑り込んだのだ。

 

(それじゃあ行ってきます)

 

 霊的経路(チャンネル)を通じて俺に告げる。

 それは同時に俺へ彼女の視覚情報も伝えていた。

 魔装妖精が魔導大戦中、偵察用ミニ・ドローンとして活用されていた所以である。

 

(視界が明るいな)

 

 霊的経路(チャンネル)が繋がっている俺たちは双方向に思念を交わすことができる。

 

妖精の視野(グラムサイト)は闇を見通しますから)

 

 それゆえ明かりが無い低光度条件下(ロー・ライト・コンディション)でも魔装妖精たちの視界に問題は無い。

 視野の共有だけでも感じられる能力が何倍にも拡張されたような万能感に、実際の肉体の方が非現実に思える。

 俺は歯を噛みしめて流されないようこらえた。

 

 人の気配も明かりも絶えた大気は暗く澄んでいた。

 月だけが混沌都市と呼ばれるウォレスの帝都すべてを見ている。

 廃墟の影が地面に明暗を作りだし闇に潜むものを隠してくれる。

 そんな闇夜をファルナは気配を殺し慎重に低空を飛び、音を立てずに移動する。

 

 こんな静かな場所ではかすかな音でも思いがけないほど遠くまで届いてしまうからな。

 帝国軍の斥候兵(スカウト)狙撃兵(スナイパー)、傭兵など隠密行動を行う者も、何かに当たると音を立ててしまうヘルメットではなく戦場に合わせ目立たぬ色で染められたブーニーハットを愛用しているし、銃や刀剣類の鞘にも帯状の布をきっちりと巻いてカモフラージュと消音の処理を施したりしている。

 軍で支給される数打ちの剣の鞘は力がかかると軋みを上げるため、それを防ぐためにもきつく布を巻いておくのは有効だしな。

 

 そして音の進む速度は常に一定。

 聴覚に優れた者なら音の大きさと方角でこちらの位置をつかんでしまう。

 特に今回の相手は小鬼だ。

 抜き出た強さは持たない彼らはその分、臆病で慎重で狡猾だ。

 臆病さゆえに周囲をいつも警戒している。その察知能力を侮ることはできない。


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