魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター   作:勇樹のぞみ

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08 小鬼とブービートラップ

 ファルナは目を付けた廃屋へ壊れた戸の隙間から侵入する。

 荒れた室内には破れたクモの巣があった。

 床の上には半乾きの泥。

 このことからごく最近になって何者かがここに足を踏み入れているということが分かる。

 そして、

 

(やはりありましたね。ワイヤー・トラップです)

 

 ファルナは暗闇の中、低く張られたワイヤー・ロープを発見する。

 優れた視覚を持つ魔装妖精ならではの感知能力だった。

 常人なら構えた銃の筒先に指輪のような重りを付けた糸を垂らしておくなどの工夫が要る。

 ワイヤー・ロープに先に引っかかり、罠を動作させることなく危険を察知できるからだ。

 

(簡単な鳴子罠だな)

 

 ファルナからの視覚映像を受け、俺はトラップを識別した。

 ワイヤーの先には小鬼らしい粗野な工芸品、木と骨で作った簡単なガラガラが釣り下がっている。

 気付かず引っかかると、これが警報を鳴らす仕組みだ。

 

(で、これを避けて歩く位置には……)

 

 パンジステーク。

 何も無いように偽装されているが、踏み抜くと毒の塗られたスパイクが足に突き刺さる罠だ。

 引っかかったら負傷する上、驚いて警報まで鳴らしてしまうだろう。

 いやらしい仕掛け方をする。

 もっとも空中を飛んでいるファルナには関係ないが。

 

 階段を見つけて二階へ。

 目標の居る空き地に向かって遮蔽の取れる窓をとりあえず三カ所、お互い離れた所に探し確保する。

 ファルナが潜んでいる建物から道路を挟んで相手の居る空き地の中心までは、結構な距離がある。

 傭兵の多くが扱うマスケットの短銃では狙うのが難しい距離だ。

 

 しかしファルナの銃は丸い鉛弾を黒色火薬(ブラックパウダー)でただ撃ち出すだけの一般に流通しているマスケット銃ではなかった。

 銃身(バレル)には呪化旋条(エンチャント・ライフリング)が刻まれ、これがチャンバーに充填された精霊力を加速、呪化して撃ち出すのだ。

 これにより命中精度(グルーピング)有効射程(レンジ)はマスケット銃や通常の魔術の倍以上を誇る。

 人工精霊石をコアに持つ魔装妖精専用の銃。

 

 そして闇を見通す妖精の視野(グラムサイト)を持つファルナには、旧市街の暗闇も障害にならない。

 彼女は建物の影から小鬼の一人に慎重に狙いをつける。

 目標は斧を杖のように携え、鉤爪のような形をしたナイフを手の内で弄んでいた。

 

(妙なデザインのナイフですわね)

猫の爪(キャットクロウ)と呼ばれているやつだな)

 

 俺はファルナの声なきつぶやきに答えてやる。

 

(柄頭に輪が付いていて、そこに人差し指を入れて逆手に構えるんだ。一見、素手のように見えるし鎌刃は引っ掛けただけで大きく傷を広げる。不意打ちや密着しての組討ちにはもってこいだ)

 

 そして手を開いても輪に指を通しているため落とさない。

 そのまま他の作業、習熟すれば銃を操作することさえできるため、帝国軍の特殊部隊でも使われていた。

 最近では裏社会(アンダーグラウンド)でも出回るようになったが、それなりの伝手が無いと手に入らないはずなのだが。

 

(鍔が無いようですが?)

(そりゃあ、鍔を頼りに切り結ぶもんじゃないからな)

 

 俺はその辺を説明する。

 

(そもそも不意の打ち合いで折れないよう、刃先の切り結びは極力避けるのがナイフという武器だ。その上で、太い血管の走っている首筋、手首の内側、腿の付け根などといった急所を狙って先に刃を繰り出すんだ)

 

 そういうことだった。

 その時、雲が切れ月明かりが差し込んだ。

 それにより小鬼たちが身にまとう闇に溶け込むような緋色のフード付きマントがファルナの視界に飛び込んだ。

 

 秀真の国から渡ってきたという小鬼の暗殺者集団、俗にレッド・ニンジャと呼ばれる者たちが蘇芳色と言われる濃い赤紫の装束を身に着けていることからも分かるように、明るいところでは赤は目立つが、暗いところになると逆に青や黒などといった色より目立たなくなり闇に紛れる。

 夜間迷彩というやつだ。

 

 そしてファルナは小鬼たちの正体に気付いた。

 

「あれは赤ずきん(レッドキャップ)?」

 

 赤ずきん(レッドキャップ)はその名のとおり、血の色をしたずきんを好んで被る小鬼の仲間だ。

 可愛らしい少女のようにも見えるがその本質は殺人者で、赤いずきんは犠牲者の返り血で染め上げられているという。

 よもや目標がそれだったとは驚きだ。

 

 また上から見ることで辛うじて分かったが、赤ずきん(レッドキャップ)たちは深穴を掘ってそこをカマドとし煮炊きをしている様子だった。

 ファイア・ホールと呼ばれる小鬼たち独自の技法で、風上に別に空気穴を掘ることにより穴の中で焚火ができるのだった。

 利点は光を余所に漏らさないことで、潜伏中、特に戦場で火を使うならこれ以上の方法は無いと言われている。

 

(暢気なものですね。こんな状況で火を焚いて料理ですか)

 

 ファルナは呆れるが、俺は首を振った。

 

(食える時に食うのが戦場の常識だからな。それが温かなものならなお良い)

 

 冷たい食べ物は消化に体力を浪費させられる。

 厳しい環境下にあった場合など、衰弱や低体温症から動けなくなり最悪死ということにもなりかねない。

 

 そういった意味で小鬼たちのサバイバル能力、もしくは宴会開催能力は凄まじいものがある。

 戦場はもちろん、帝都のど真ん中でも水路のザリガニやウナギ、飛来するカラスやキジバト、その辺に生えているタンポポなどの野草を採ってきてあっという間に酒の肴にしてしまう。

 帝国軍でも小鬼には食糧を三日分以上は渡さないという。

 勝手に酒に醸して飲んでしまうからだ。

 

 こんな状況でなきゃ、俺も携帯治療(ファースト・エイド)キットに消毒と気付けのために入っている蒸留酒のミニボトルを片手に混ざって、彼女たちが本当に噂どおり美少女揃いなのかを確かめてやるところなんだが。

 

 だが、不意に風を切って何かが赤ずきん(レッドキャップ)たちの元に飛来すると、陶器が割れるような音と共に彼女らの足元に紅蓮の炎が広がった。

 油入りのビンに火を付けて投げつけたもの、いわゆる火炎ビンによる攻撃らしかった。

 

 急に明るくなった現場に小柄な姿を浮かび上がらせる赤ずきん(レッドキャップ)たち。

 彼女らは一斉に空き地に残された壁などに身を隠す。

 

 その反射速度にファルナは軽く目を見張った。

 ファルナの妖精の視野(グラムサイト)には赤ずきん(レッドキャップ)たちの身体の表面に沿って走る魔力の線が映っていた。

 魔力強化神経(ブーステッド・リフレックス)の呪紋が持つきらめきだ。

 おそらくランクはC。

 さほど高度なものではないが、それでも常人の倍ほどの速度を与える代物だった。

 相手はただの小鬼ではなかったのだ。

 

 そして、そこに複数の足音が近づいて来る。

 

「くっ、依頼人が言っていた競争相手ですか?」

 

 空き地横の路地からマスケットの短銃を手にした人間の男たちが連携を取りながら突撃して来た。

 その数、四人。

 無個性なオーバーコートとがっしりとした体つきから、どこかの商会の工作員(エージェント)と見て取れる。

 一人だけ(バレット・クロスボウ)を背負っており、先ほどの火炎ビンの投擲はこれによるものらしかった。


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