手元に資料がないため独自設定となります。正史と違う部分は、お手数ですが各自で脳内補完してください。
あと長いです。
撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れなし──
というのは、大和撫子を意味することわざをもじって作られた西住流の真髄である。特にお母さんが好きな表現で、良いことをして褒められるときも、悪いことをして怒られるときも、大事な話をするときはいつも一緒に聞かされた。そのため、わたしやお姉ちゃんの中ではお母さんといえばこの言葉という共通認識がある。
日本戦車道において西住流は最も歴史があり、そして最も多くの門下生を囲う大きな派閥だ。
西住流は統制された一糸乱れぬ陣形から繰り出される圧倒的な火力を用いて短期決戦で決着をつける──いわゆる電撃戦を得意とし、防御よりも攻撃、ないし機動力に重きを置いている。
西住流の教えでは何より勝つことを尊び、負けること、逃げ出すことを忌諱する傾向が強い。勝利至上主義をそのまま形にした流派で、試合に勝つためなら多少の犠牲を出しても構わないとされている。その徹底した勝ちへのこだわりから、観戦する側からも「華がある」と評判が良い。
かくいうわたしも、戦車に乗って西住流を体現するお母さんの姿に憧れ、いつか自分もあんな風になりたいと思う時期があった。戦車でお出掛けするときはいつもお姉ちゃんと一緒に真似をしていたし、戦車ごっこをするときはどちらがお母さん役をやるのか毎回のように喧嘩したのをよく憶えている。
やがてわたしも西住流を習い始める歳になった。想像していた何倍も練習は厳しく、最初の頃は筋肉痛がつらくて泣いてしまったこともある。それでも先に始めたお姉ちゃんには負けたくない、そしてお母さんに認められたいという想いを胸に毎日遅くまで練習をした。
目に見えない努力だけだと不安だから、誰が見ても明らかな結果を早く出したい。だから来る日も来る日も頑張って……そうして見えた結果は、わたしには西住流の才能がまったくないという
戦車の操縦は苦手だけど、それ以外の役割ならいつ任されても平気なくらい基礎は身に着いている。でも、西住流が絡むと途端に実力が発揮できなくなってしまう。そのせいで負けた試合は幾つもあった。
西住流は勝利至上主義を掲げる流派であるため、基本的に試合に勝つことをゴール地点に据えている。目的のために勝利するのではなく、勝利自体が目的と言えばわかりやすいだろう。
わたしにとって、勝つための目的とは心に火を灯す燃料のようなものだ。それが大きければ大きいほど頑張ろうという気持ちになるし、窮地に陥っても挫けない胆力を奮い立たせることができる。逆に、勝った先に何もない西住流の考えを取り入れると、わたしは心の重心をどこに置いたら良いのかわからなくなってしまうのだ。
今までも薄っすらとそんな気はしていたけれど、本格的にそれを自覚したのは中学へ進学してからである。1年生だけで行う校内模擬戦で、わたしは戦車道を始めて間もないチームに撃破されてしまったのだ。
西住の次女はスランプに陥っている──すぐにそんな噂が流れた。
日に日に周囲の目が気になるようになって、戦車道から逃げ出したいと考えるようになる。けれどもわたしが進学した黒森峰女学園は西住流の影響を強く受けた学校であったため、その跡取り娘が戦車から降りることを誰も許してはくれなかった。
逃げられないのならば仕方がないので、わたしは自分なりに目的を持って西住流と向き合おうとした。しかし、気持ちとは裏腹に校内模擬戦での黒星は積み上がっていく。事態を重く受け止めたお母さんがわざわざ様子を見に来てくれたのだけど、面と向かって西住流を否定するようなことは言えず、そのときは適当なことを言って誤魔化してしまった。
去り際に見せたお母さんの寂しそうな顔は今でも記憶に残っている。
負けが込むにつれ、段々と周りの人たちがわたしを遠ざけるようになっていった。西住の次女は不調なのではなく、単に才能がないのだと気付いたのだろう。西住流の落ちこぼれ、家元の娘だから特別扱いされている──直接言われたことはないけれど、裏でチームメイトがそう話しているのを何度も耳にしたことがある。
ダメなわたしとは対照的に、お姉ちゃんは華々しい戦績を幾つも打ち立て、2年生でありながら隊長に抜擢されるほど周りから期待されていた。当然姉妹で力量を比較され、そのたびに劣等感を抱いたものである。でも、不思議と妬ましいと思ったことはない。お姉ちゃんになら負けても仕方がない。心のどこかでそう諦観していたのである。
いつの頃からかわたしはお姉ちゃんを避けるようになっていた。自分を守るためではなく、わたしに構っているとお姉ちゃんまで悪く言われてしまうと考えたのである。
それを悟られてしまったようで、ある日わたしはお姉ちゃんに呼び出された。てっきり怒られると思っていたのだけど、実際に対面してみるとそこにいつもの凛々しさはなく、ただただ悲しそうな顔をしていた。「何か怒らせるようなことをしたか?」と問われ、わたしはすぐに否定をする。
迷った末、自分の気持ちを全部伝えることにした。最初は「考え過ぎだ」と否定していたお姉ちゃんは、しかしわたしの「もう戦車に乗りたくない」という言葉を機に顔色を変える。苦しそうに息を呑み、まるで呻くようにこう尋ねた。
「みほは、戦車道が嫌いになってしまったの?」
わたしは首を振る。
今も昔も戦車に乗ること自体は嫌いではない。むしろ、好きなのだと思う。だから余計に西住流の看板を重たく感じてしまうのだ。
「それなら西住流は全部お姉ちゃんが引き受ける。だから、みほはみほだけの戦車道を見つけなさい」
優しく目を細めてお姉ちゃんは言った。
それは久しく見ていなかったお姉ちゃんの〝素の表情〟で──懐かしいと思う一方、わたしはどこか救われたような気分になった。こんなわたしでも味方になってくれる人がいる。それを再認識すると同時に、どれだけ探しても手に入れられなかった「戦車に乗る目的」を見つけることができた。
お姉ちゃんの力になりたい。
その想いを心の底に留めてみると、自分でも不思議なくらい動きが良くなった。相変わらず西住流は下手っぴだけど、わたしだけの戦車道を模索しながらいろんな策を試すうち、段々と模擬戦で勝てるようになっていく。西住流の定石を知った上で、その弱いところを攻めるやり方が多いことから、わたしのやり方を「邪道」と言う人もいた。それでも良い成績を残すたび、お姉ちゃんがまるで自分のことのように喜んでくれたので、それを励みに頑張った。
黒森峰の高等部へ進学した辺りから、わたしのことを認めてくれる人が増えていく。西住流に傾倒する先輩からは相変わらず良い顔をされなかったけれど、同学年の子たちからお休みの日に遊びに誘われるようになって、もう少しでお友達になれそう──なんて思っていた矢先、事件は起きた。
忘れもしない1年生の夏、高校戦車道の全国大会でのことである。黒森峰女学園は前年までに9連覇の快挙を成し遂げ、前人未到の10連覇を賭けて試合に臨んだ。大きな目標のお陰でチームの士気は1回戦から最高潮で、OG会や世間の期待に応えるように勝ち進んでいく。
そして迎えた決勝戦、その当日はあいにくの悪天候で、視界も足回りも最悪だった。
この大会でわたしはお姉ちゃんから副隊長の任を拝命し、決勝戦ではチームの心臓部であるフラッグ車の車長として主に後方支援を担当していた。
決勝の相手である青森のプラウダ高校に対し、お姉ちゃんたち本隊は持ち前の電撃戦術で序盤を制することができた。このまま行けば順当に勝利するだろうと考えていたところ、運悪くわたしたちフラッグ車が相手の斥候に見つかってしまう。
お姉ちゃんに指示を仰ぐと、撤退ではなく進軍を命じられた。
このときわたしたちは崖に面した細い道におり、降りしきる雨で滑りやすくなっていること、相手の砲撃で絶えず地面が抉られていることなどを踏まえると、ここでの前進は無茶な作戦に思える。しかし「西住流に逃げるという道はない」という教えがある以上、お姉ちゃんも弱気な行動は取りたくはなかったのだろう。
命令なら従わなければならないので、わたしはフラッグ車が率いる小隊を前進させた。 再三にわたって注意を喚起したこともあって順調に前へ向かっていたのだけど、道も半ばのところで敵の砲弾を避けた1両が滑落し、荒れ狂う濁流へ呑まれてしまう。
それを見た瞬間、わたしの頭は真っ白になった。
早鐘を鳴らす鼓動が
けれどもそれは底なし沼の中で足の踏み場を探すように無謀な行為で、足掻けば足掻くだけ胸が苦しくなってしまう。いったいどうすれば良いの?
自問自答に雁字搦めになって身動きが取れずにいたところ、ふいにわたしの世界からすべての音が消えた。……今でも不思議だけど、そう形容するしかない現象に襲われたのである。
数瞬の沈黙を経て最初に聞こえたのは、無線越しに助けを求める隊員たちの声であった。
刹那のうちに天与の閃きを得る。すぐさまわたしはキューポラから出て、転げ落ちるように崖を下った。
そこから先はよく憶えていない。目が覚めるとそこは病院の個室で、身を起こすと、いたるところから鋭い痛みを感じた。腕や足には包帯が巻かれていて、少し動かしてみた感じ切り傷を負っているようである。
その後お見舞いに来たお姉ちゃんの話で、先の試合でわたしが戦車を降りて水没した車両まで泳いで行ったこと、救助隊が来る前に搭乗員を助けることができたこと、彼女たちも入院しているけれど命に別状はないこと……そしてわたしがいなくなったことで動けなくなったフラッグ車が撃破され、10連覇を逃してしまったことを知った。
聞いているうち、いつも通りの凜とした表情の中に怒りが見え隠れしていることに気付く。その理由はわかっているため、機先を制してわたしはごめんなさいをした。
するとお姉ちゃんは溜息をついて、
「いくら水没車両を助けるためとはいえ、砲弾がいつ飛んでくるかもわからないのに外へ出たら危ないじゃないか」
てっきりわたしの行動が原因で負けてしまったことを咎められると思っていたのだけど、怒りの矛先はどうやら危険を冒したことに向いているようだ。
こちらの身を案じてくれるのは妹として純粋に嬉しい。けれども西住流を体得しているお姉ちゃんが負けることに無頓着、ということはないだろう。わたしの行動を怒っていないのかと訊くと、
「実のところ、悔しくないといえば嘘になる。確かに西住流としては咎めるべきだし、今後誰かにそれを責められてしまうかも知れない。しかし、みほの行為は決して正義に
よくやった、とお姉ちゃんこの前と同じ笑顔を見せる。
他の誰でもないお姉ちゃんが認めてくれたから、わたしは自分の行動に自信を持つことができた。
たとえどんな批判に晒されても受け止めてみせる──そんな思いはしかし、すぐに打ち砕かれてしまった。
一番尊敬する戦車乗りのお母さんに、真っ向からわたしの行為を非難されてしまったのである。
あの日お姉ちゃんに励まされてからというもの、わたしなりに積み重ねてきたすべてが音を立てて崩れ落ちた気がした。誰かのために頑張り、誰かのために行動するのが悪だというなら、いったいわたしはどんな理由で戦車に乗れば良いのだろう。
……ううん。それ以前に、わたしの想いを全部否定する戦車になんてもう絶対に乗りたくない。そう考えてしまった。
チームメイトの大半やOG会、西住流の門下生など、お母さん以外の人からも会うたびに叱責された。「批判を受け止める」なんて意気込みはどこへ行ったのか、今まで以上の冷遇に耐えきれなくなったわたしは、秋を待たずして戦車から降りる決断をする。
いつも気に掛けてくれたお姉ちゃんや、お友達の一歩手前まで仲良くなっていた逸見さん、その他にも止めてくれる人はいた。正直こんなわたしを必要としてくれるのは嬉しくはある。
だけど、もう心が折れてしまった。
西住流なんて──戦車道なんて大嫌い。
面と向かってそう告げると、わたしを引き止める人はいなくなった。
黒森峰女学園の10連覇を邪魔した戦犯であるわたしのことは戦車道を受講していない生徒の間でも有名になっていて、せっかく戦車を捨てたというのに、取り巻く環境は前よりむしろ悪くなっていた。お姉ちゃんや逸見さんたちが悪評をなくそうと動いてくれていたらしいのだけど、目立った改善はなく……むしろ、わたしを庇うことでみんなに火の粉が降り掛かり、今やその立場が悪くなりつつあるらしい。
わたしの行動が原因で自分が傷付くだけならまだ我慢できる。でも、そのせいで他の誰かが悪く言われるのは耐えられない。
だから、あの1件以降苦手意識が付いてしまったお母さんに何度も頼み込んで、わたしは黒森峰から別の学校へ転校することにした。
「西住流の名を継ぐ者として、本来ならあなたは戦車から降りることが許されない立場にいます。それを理解した上で、みほがどうしてもと言うのなら転校を許しましょう。ただし、今後あなたには戦車に乗ることを禁止します」
以上が、転校に際してお母さんから受け取った言葉である。
これ以上お母さんに迷惑は掛けたくないし、わたし自身もう戦車に乗りたくないので、転校先は戦車道が何年も前に廃止となっている大洗女子学園を選んだ。
これからは本当の意味で戦車とは無縁の学生生活を送ることになる。異性とほとんど接したことがないし、そもそも女子校だから恋を経験できるとは考えていないけれど、いわゆる普通の女子高生として今度はお友達とたくさん思い出を作りたい。
3月最初の寄港で学園艦へ搭乗し、新学期に向けていろいろと準備をしていたある日、わたしは不思議な出会いを体験した。
その日は荷造りも一段落して、学園艦の地形を把握しようとお散歩に出掛けた。途中「せんしゃ倶楽部」というお店を見つけて気が動転してしまい、周囲の確認を怠っていたところ同じくらいの歳の女の子とぶつかってしまう。その拍子に家の鍵を失くしてしまい、1人で探していると、
「何か困っているようだね」
横から声を掛けられる。突然のことに驚きながら視線を上げてみれば、そこには眉目秀麗という言葉がよく似合う男性がいた。
思わずわたしは声を失ってしまう。脳が目の前に〝彼〟がいる事実を受け入れられず、一種の思考停止に陥ってしまったためだ。
面識こそないものの、わたしはこの人を一方的に知っている。
彼はお母さんの初恋の相手で──本人は「尊敬する偉人」と言って譲らないのだけど、実家の使用人の菊代さんがこっそり教えてくれた──、わたしやお姉ちゃんは何度もその半生を聞いて育ったのだ。
実のところ、彼はわたしにとっても憧れの存在である。そのためこうして会えたことに内心では舞い上がってしまいそうなくらい嬉しいのだけど、しかしどうしても気掛かりなことがあって素直に喜べない。
わたしの記憶が正しければ、彼はもう半世紀以上も前に亡くなっている。それに顔立ちは瓜二つと表現して良いものの、お母さんが持っていた写真よりずっと若々しく、わたしとそう変わらない年齢であることも不可解だ。
本当に彼はわたしの知る〝彼〟なのかな?
疑問が氷解するより先に、彼は失くした鍵を一緒に探したいと申し出た。憧れの人に迷惑を掛けたくはないので遠慮するも、「自分は帝国軍人だから困っている人は見過ごせない」と押し切られてしまう。それから彼の手を借りて30分、無事鍵を見つけることができた。
目先の問題がなくなったところで互いに自己紹介をする。
そこで彼は自らを大神一郎と名乗った。
他人の空似だよねと表面的に考えたのは、それが最もシンプルな解であったためである。しかし心の一番深いところではまったくの逆、むしろ今の自己紹介でわたしは彼が〝彼〟であると確信していた。
根拠と呼べるほど論理的な材料はない。でも、出会ってから今までに見せたすべての行動は、あのお母さんが優しい笑みを浮かべて語る彼の人物像とこれでもかというほど一致していたのだ。
幸いなことに、彼との出会いは一期一会にはならなかった。その翌日のこと、日課のジョギングの途中で顔を合わせたのである。黒森峰にいた頃の癖が抜けきらないだけで、ほとんど惰性で身体を動かしていたのだけど、こうして彼に会えたのだから喜びも
どうやら彼にも同じ日課があるらしい。それを聞いた瞬間に、わたしは惰性を習慣へ再び昇華させる決意を固めた。
話をするうち、わたしは彼が自分でもどうしてこの時代にいるのかわかっていないのだと知る。けれども手掛かりはあるようで、次の寄港でそれを確かめに行くそうだ。
その2日後、日課を終えて休憩していたわたしに、今度は彼の方から声を掛けてくれた。密かに期待していただけに嬉しさが込み上げてきたのだけど、はしたないので表には出さない。
なんと、彼は今度わたしが通う大洗女子学園の先生になるそうだ。
もはやわたしに感情を隠すことなどできはせず、詳しい話が聞きたくて彼へ詰め寄った。絶対にその授業を履修しようと担当科目を尋ねてみたら、狼狽えながらも戦車道を任されたと言う。
それまで上り調子であった意識が急下降する。お母さんは獅子ではないけれど、まるで千尋の谷へ突き落とされたような気分だ。忍道や仙道を始めとする未経験の選択授業ならともかく、よりにもよって戦車道……というか大洗女子学園には戦車道の授業はなかったはずじゃ?
聞けば、故あって今年からそれを復活させることになったらしい。確かプロリーグの発足に伴って、どの学校でも戦車道に力を入れるようにと文科省が推していたはずだし、その影響だろう。
一瞬、「最初からわたしが西住流の娘だと知って声を掛けたのかな」と勘ぐってしまうも、すぐに否定する。彼の時代ではまだ西住流は流鏑馬の流派でしかなく、少なくとも初めて会った段階ではわたしが戦車乗りの家系の出とは知らなかったはずだ。念のため確認を取ってみたら、似たような答えが返ってきたのでひと安心である。
わたし自身もまだ心の整理が付いていないことを察してくれたのだろう、必要以上の詮索を避け、代わりに彼はこのように言った。
「俺は、西住さんに戦車道の授業を取ってくれとは頼まないよ」
「それは経験者がいてくれると心強いし、やってくれるのなら大歓迎だ。でも、君の気持ちを無視してまで受講させようとは思わない」
「詳しい事情はわからないけれど、君はその西住流から離れるためにわざわざこの学校へ転校して来たのだろう? それなら、せめてここにいる間だけでも戦車道とは関係ない生活をしてみるのも良いんじゃないかな」
それらは彼がわたしのことを〝西住の娘〟という色眼鏡を通してではなく、〝西住みほ〟として見てくれている何よりの証拠で……お母さんはもちろん、いつも味方になってくれたお姉ちゃんでさえ掛けてくれたことがない、今わたしが一番欲しい言葉だった。
嬉しさのあまり涙が出そうになるも、彼にみっともない姿を見せたくないという自尊心、もとい乙女心でどうにかこらえる。
それでも感情の昂りは抑えきれず、気付けばわたしは自分を下の名前で呼んてくれるよう頼んでいた。
彼からしてみれば、何の脈絡もなくそうお願いされて困惑したことだろう。だけど、わたしだって無意識のうちに口を
恥ずかしさといたたまれなさからどうにか場を繕おうと口を動かしていると、それに割って入る形で彼はわたしの名前を呼んでくれた。
それを耳にして平静を装えるはずもなく、感極まって頰が緩んでしまったことは言うまでもない。
姉住さんは、みほと2人きりのときは一人称が「お姉ちゃん」に変わりそうなイメージ。
不器用で、自分の想いを上手く伝えられないけれど、心の中ではいつも妹のことを考えていて……黒森峰が10連覇を逃したときも、西住流の教え通りにみほを批判するのではなく、後でこっそり「よくやったな」と褒めてあげる気がします。