というわけで、着任日の後半部分です。
書き溜めが底を尽きてしまったため、もしかしたら次回以降の更新が遅れるかも。連休中にどうにかストックを増やしたいところです。
いささか腑に落ちないところはあるけれど、学園長の言い分が間違っていないこともわかる。何にせよ、俺たちが選んだ答えは同じだ。もたもたして決意が鈍る前に行動しよう。
手順を誤らぬよう、慎重にパソコンを動かす。他の機械と繋げたら大きな画面で観られるようになるのだが、基本の操作を憶えたばかりの俺には荷が重いので、今回はキーボードの上にある画面で観るしかない。
決勝戦の相手はプラウダ高校といい、説明書によると旧ソ連の流れを汲む学校である。
試合当日はあいにくの雨模様で、各車の車長はテントの中で挨拶を行うようだ。
まず目に入ったのは黒森峰の副隊長──みほくんである。1年生のうちから副隊長を任されるなんて、やはり彼女は相当な実力者らしい。さすがは家元の娘といったところか。
続いて隊長を見る。みほくんをかわいいと形容するなら、綺麗という表現が似合う子だ。凛々しい雰囲気ながら、顔の造形はみほくんそっくりで……たぶん、前に話に聞いたお姉さんだろう。
ほどなくして試合が始まった。フラッグ車はみほくんたちが担当し、お姉さんたち本隊とは別行動を取るらしい。
隊長の的確な指示のお陰で、黒森峰は序盤を制しつつある。しかしあるときプラウダの斥候がみほくんの車輌を発見し、その場で戦闘が始まった。
地形的に不利だったことから、みほくんたち小隊はお姉さんの指示で前進する。しかしその途中、敵の砲弾を避けようとした1輌がぬかるみに足を取られ、すぐ横の濁流へ呑み込まれてしまった。
その場にいた全車輌の動きが止まったのは一瞬で、すぐに砲撃が再開される。
「この場合、試合は中断されないのですか?」
「いいや、さすがにそんなことはねえと思うが……おっと、よく聞け大神。審判団も揉めているみてえだぞ」
確かによく聞くと映像には言い争っているような声が入り込んでいた。審判団の面々からしても、これは予想外の事態なのだろう。
しかし、中断するならするで早く決めてやらないと、救助班の要請をしてやることができない。水没車輌に取り残されている子たちのためにも、早急に対応するべきではないのか。
もどかしさを
悪路に足を取られて転び、傷だらけになっても走り続け、彼女は濁流へ飛び込んだ。そのまま泳いで水没車輌へ向かい、閉じ込められていた仲間を救出する。岸へ戻ってきたところで緊張が解けたのだろう、彼女はふらふらとその場に倒れ込んでしまった。
ここで終われば美談なのだが、あいにく筋書きには続きがあった。
仲間を助けたところで力尽きた少女はフラッグ車の車長で、司令塔を失った車輌は完全に動きを止めてしまう。それだけではない、フラッグ車のそばにいた護衛車輌もいつの間にか砲撃をやめていた。
決勝まで勝ち上がってきた強豪校がその隙を見逃すはずもなく、最初に動き出した1輌がフラッグ車を撃破──黒森峰の10連覇を賭けた一戦は、中盤以降の怒涛の展開とは打って変わって、拍子抜けするほどあっさりと幕を下ろした。
「……なるほど、そういうことか」
米田学園長の呟きを耳にして、はっと意識を取り戻す。想像だにしない結末に、俺は呆気にとられていたようだ。
「あの、学園長。今の映像に、みほくんが黒森峰を離れた原因が映っていたのですか?」
結果的にフラッグ車の車長──みほくんの行動がきっかけで、黒森峰は試合に負けてしまった。
だがそれは水没車輌の搭乗員を助けるためで、何もふざけて戦車を降りたわけではない。みほくんが責められる
俺もお前と同じ考えだがな、と言って学園長は目を伏せる。
「それがどんなに立派な行いだったとしても、西住が戦線を離れたせいで黒森峰が10連覇を逃しちまった事実に変わりはねえ。……俺たちは関係者じゃねえから客観的な意見を言えるが、連中が同じように考えられると思わねえ方が良い。ましてや彼女たちは心が未成熟の子供だ、つい感情的になって西住を責めちまっても仕方がねえんだよ」
「しかし、仮にみほくんを責めようと思っても、それより先にあの場で進軍を命じた隊長や、試合を中断させなかった審判団に文句を言うのが筋ではありませんか?」
「上官の命令は絶対──お前も軍人としての教育を受けた身ならわかるだろう? それに審判団を批判して、もしも来年以降の大会に影響が出たらどうする。良い思いはしねえが、目に見える戦犯にすべての責任を押し付けるのが一番楽な道なんだよ」
奥歯を噛み締め、どうにか感情を抑える。学園長の言葉は正論だ。どれだけ納得がいかなくても、決して言い返してはならない。
「意地の
「……いいえ。学園長のおっしゃる通りだと、頭では理解できていますから」
そうか、と相槌を打つ彼の顔には様々な感情が浮かんでいた。
気持ちの整理に幾分か時間を要し、ある程度落ち着いたところで顔を上げる。すると、こちらを見ていた学園長と目が合った。それを契機に改めて彼が「しかしよ」と口を開く。
「こいつは俺の勝手な想像だが……たとえ周りから批判されたって、それだけで西住が戦車道から離れるとは思えねえんだよな」
「というと?」
「考えてもみろ。仲間を助けるためとはいえ、いつ砲弾が直撃してもおかしくねえあの状況で、躊躇いなく戦車を降りられる奴がどれだけいる? 並みの精神じゃとても務まらねえ……たとえ火事場の馬鹿力だったとしても、それを土壇場で発揮できる西住は相当強い心の持ち主だ」
果たして、彼女は批判に屈して他校へ逃げるような子だろうか──と学園長は結ぶ。
確かにその通りだ。
自分の行動が正しいものだと確信していれば、どんな逆境に立たされても決して心が折れることはない。もしもみほくんが責任追及を逃れて転校してきたのだとしたら、それは彼女が自分を曲げてしまった何よりの証明である。
短い付き合いではあるけれど、あの子が〝仲間を助けた過去の自分〟を責めるとは思えなかった。
「つまり、今の映像とみほくんの心の傷は無関係だということですか」
「いいや、そもそものきっかけはあれで間違いねえだろう。ただ、直接的な原因じゃねえ。……俺が何を言いてえかわかるな?」
「あの行動の結果、みほくんは敗戦の責任を押し付けられるよりも嫌な目に遭ったということですか」
学園長は首肯した。
「あれだけの胆力を持つ西住でさえ心が折れちまった理由か……まあ、何となく想像が付くけどな」
「いったいどんな事情があったのでしょう?」
「悪いが、お前には教えてやれねえな」
にべもなく言って、彼はにやりと笑う。
「一から十まで全部教えていちゃあ、いつまで経っても大神が成長できねえからよ。さっきと同じで、自分なりの答えを探してみな」
ぐっ、と喉を鳴らす。痛いところを突かれてしまった。
「まあ、今回は新米教師の大神には少しばかり難しい問題だろうし、ひとつだけヒントをやろう。──西住流について調べてみな。彼女と縁深いお前なら、それで最適解を見つけられるだろうよ」
こいつは宿題にしておくから、ちゃんと解いておくように。
それだけ残して学園長は部屋を去る。
一難去ってまた一難、山積する難題を前に俺は思わず頭を抱えた。
昼食を済ませた後、俺は西住流について調べるために図書館へ向かった。しかし、いくら探しても戦車道について書かれた本は見つからない。司書に尋ねてみたところ、授業が廃止になるのに合わせて関連書籍を処分してしまったそうだ。
早くも計画が頓挫してしまう。学園の図書館に蔵書がないとすると、次に訪ねるべきはせんしゃ倶楽部だろうか。
すぐにでも向かいたいところだが、しかし今は仕事中である。戦車道の授業が始まるまでは生徒の下校時間になったら帰って良いとお達しがあったし、それまでは事務作業でもしていようか。
経費で賄う道具の申請や、訓練をする上でどうしても発生する騒音問題への対策など、目を通す書類はたくさんある。慣れない作業に手間取っているうち、気付けば終業時間になっていた。
きりの良いところで書類を片付け、まだ目を通していないものを鞄へ詰め込む。残りは家で確認するとして、今は西住流だ。
杏と学園長、それから他の先生に声を掛けて学校を出た俺は、その足でせんしゃ倶楽部へ向かう。息も絶え絶え訪問したことに店主は驚きを示すが、俺が西住流について知りたいと話したところ、「ちょっと待ってな」と言って店の奥へと消えていった。
呼吸を整えた頃に戻ってきた店主は、数冊の本をこちらへ手渡す。
「西住流についてわかりやすく書かれた本を幾つか見繕ってきた。俺の私物で構わないっていうなら、しばらく貸しておいてやるよ」
「良いんですか?」
「まあ、本当なら売り上げに貢献して貰いたいところなんだけど、先生も急ぎの用事みたいだしな。特別サービスだよ」
「助かります。……このお礼は必ず!」
頼んだぜ、と返した店主と別れてせんしゃ倶楽部を出る。
幸いどの本もそこまでページ数があるわけではないので、上手く時間を使えば夕飯前のジョギングまでに1冊は読破できそうだ。
「──あ、あのっ!」
急いで帰路に着こうとしたところ、横から呼び止められた。そこには大洗女子の制服を着た少女がいて──どこかで見たことがあると思ったら、先日せんしゃ倶楽部で模型を買っていた子である。
「俺に何か用かい?」
頷いたものの、彼女は両の指先を合わせて動かすばかりで何も言わない。
口にしづらい内容なのだろうか。どちらにしろ今日は都合が良くないので、急ぎの用事でなければ、話はまた次の機会にして貰おう。
そう告げると、少女は申し訳なさそうに目を逸らした。言葉を探しているようだが、彼女の口が開くことはなく……と思いきや俺の手元、正確にはそこにある本を見るなり勢い良く顔を持ち上げる。
「……西住流について調べているのですか?」
「ああ。上司から宿題を出されてしまってね」
「それでしたら、わたしがお役に立てるかも知れません」
先ほどまでのおどおどとした印象が一変し、彼女の瞳には炎が灯っていた。それはまるで、スイッチが切り替わったような──
「戦車道のことなら、この秋山優花里にお任せください!」
そう言って彼女は、見えない軍帽を被っていると錯覚するくらい綺麗な陸軍式敬礼をした。
結局、秋山さんの熱意に押し負ける形で西住流のことを教えて貰うことになった。
せっかく話を聞くなら左舷公園辺りへ行きたいところだけど、あいにく別の仕事も残っているので、今回は彼女を送る短い時間を使うことにする。
「まず、西住流は日本戦車道の中で最も由緒ある流派のひとつです」
俺に気を遣ってくれているのか、単に話したいだけなのかは定かではないが、自己紹介を挟む間もなく秋山さんは言葉を連ねていった。
曰く、西住流は統制された陣形と高い火力を用い、真っ直ぐに勝利を目指す流派である。その堂々とした戦法で、周りからは王者と呼ばれることも多い。
曰く、西住流は何があっても前へ進む流派であり、強きこと、勝つことを尊ぶ伝統がある。
曰く、西住流の勝利に対する想いはどの流派より強く、試合に勝つためなら多少の犠牲はやむを得ないとされている。
「撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れなし。鉄の掟、鋼の心──それが西住流」
「……それは?」
「西住流のスローガンのようなものですね。流派の教えをそのまま凝縮した、まさに真髄といえる表現だと思います」
秋山さんの言葉を受け、俺は腕組みをした。
「戦車道の名門、勝利至上主義の体現か。ありがとう。いろいろと参考になったよ」
「お役に立てて何よりです! ……っと、そろそろわたしの家に着いてしまいますね。まだ喋り足りないのに、残念です」
秋山さんは言葉通りしょんぼりと肩を落とす。
ほとんど初対面の男に家の場所を知られるのは嫌だろうし、彼女のためにも見送りはここまでにしておいた方が良い。そう考えつつ、何の気なしに視線を彷徨わせたところ、不思議と今いるこの通りが印象深く感じられた。何故だろうと記憶を探ったのは一瞬で、先日沙織さんとぶつかった場所であることを思い出す。
確か、ここから脇に逸れると散髪屋があって──せんしゃ倶楽部の店主や本人の話を総合すると、秋山さんはそこのお嬢さんか。
「……すまない。別に詮索するつもりはなかったんだけど、どうやら俺は君がどこに住んでいるのかわかってしまったみたいだ」
知ってしまった以上は黙っているわけにもいかないので、謝罪と一緒に事実を伝えた。昨今では個人情報の取得に関する事件が多いと聞くし、これが原因で大きな問題に発展してしまったらどうしよう。
「うちは父が自宅でお店をやっていますから、あまり神経質にならなくても大丈夫ですよ」
秋山さんはさして気にする様子もなく、
「それに、戦車好きに悪い人はいませんから!」
後半部分は特に力強い口調だった。
せんしゃ倶楽部の店主も同じことを話していたし、それはもしかしたらこの時代の共通認識なのかも知れない。
ともかく、秋山さんが気にしていないようで安心した。これで思い残すことはなくなったし、彼女をもう少し先まで送って俺も帰るとしよう。
「そういえば、君は俺に何か話があったんだよね?」
歩きながら、聞き忘れていたことを尋ねておく。顔を上げた秋山さんはどこか恥ずかしそうに頬を染めて、
「たいした話ではないのですが……その、先日は失礼な態度を取ってしまったので、次にお会いしたら謝ろうって思っていたんです」
「わざわざありがとう。こちらこそ、あのときは楽しい時間に水を差してしまったようですまなかった」
「い、いいえ……あの出来事があったお陰で、久し振りに戦車道の話ができましたから。それだけでわたしは満足です!」
ここまでで結構です、と言って秋山さんは頭を下げる。今度せんしゃ倶楽部で会ったらまた話をする約束をして、俺は彼女と別れた。
1人で歩く帰り道、そういえば結局自己紹介をし忘れていたことに気付いた。
秋山殿、再び登場です。
みほたちと出会うまでは人見知りであるような描写がされていましたが、戦車道のことになると饒舌になりそうなイメージ。