5月4日の日間ランキングに載ったみたいです。
正直実感がありませんが、書く前から決めていた目標のひとつを達成できて嬉しい限りです。読んでくださった方、ありがとうございます!
あと一応今回からアニメの1話と同じ日になりますが、例のごとくヒロイン成分は少なめでお送りいたします。大神さんがヒロインと触れ合うまでもうしばらくお待ちください。
西住流の戦車道は、格上の相手に臆することなく立ち向かう勇気を、格下の相手に慢心することなく立ち向かう心意気を説き、各選手の高い練度を前提とする統制の取れた陣形と
その徹底した勝ちへの意識は、良く言えば目的に一途、悪く言えばそれ以外のことに排他的と評して良いだろう。或いは、それまでの過程より勝利という結果を優先すべきと考えているのかも知れない。
黒森峰女学園の戦車道チームは西住流の影響を受けている。言い換えると、選手たちの心には流派の精神が深く根付いているわけだ。
それらを踏まえて昨年の決勝戦、その勝敗を決したあの場面を思い返してみると、今までの考えとはまた別の側面が見えてくる。
すなわち、みほくんの行動は西住流の教えに背くもので、チームメイトだけでなく流派の人間からしても非難の対象となり得るのだ。
あまり考えたくはないが、恐らくみほくんは西住流の門下生──周りの大人たちからも先の行動を咎められてしまったのだろう。
しかしながら、彼女の心が折れてしまった原因は他にあると学園長は言っていた。初めは文字通り別の出来事がきっかけなのかと思ったが、流派について調べるうち、それは間違いだと考え直す。
みほくんが否定されたのは自らの行動ではなく、もっと根本的な……たとえば戦車に乗る理由、言うなれば彼女の戦車道そのものではないか。そして、誰にそれを否定されるのが一番堪えるか──
「西住流の師範、つまりはみほくんの母君だと俺は考えました」
子供は親の背を見て育つ。幼い頃から流派の教えに触れてきたみほくんにとって、その体現者たる西住師範は
以上が、せんしゃ倶楽部の店主から借りた本と秋山さんから聞いた話の内容を総合し、丸1日を掛けて導き出した俺の解答である。
選択授業のオリエンテーションを午後に控えた日のこと、朝一番に学園長室を訪ねた俺は、そこで例の宿題に対する自らの考えを伝えた。
こちらが話をしている間、学園長は終始無言を貫いていた。相槌さえいただけなかったものだから、途中で「俺は間違った結論を出してしまったのか」と不安になってしまう。ただ、実際には返事を忘れるくらい真剣に聞いてくれていただけらしく、ややあって彼は目尻の皺を緩めた。
「短時間でよくそこまで考えをまとめたな、さすがは大神だぜ」
「そうおっしゃるということは、学園長も?」
「概ねお前と同じ結論だよ。たぶん西住は、自分の中の譲れねえもんを一番尊敬する戦車乗り──彼女の母親に否定されちまったんだ」
椅子から立ち上がって、学園長は空を仰いだ。
「だけどな、大神……西住師範を頭ごなしに批判しちゃならねえぞ」
彼の言葉の裏に隠された意図を察し、少し迷ってから俺は肯定した。
思うところがないと言えば嘘になる。だが、ここで西住師範を悪く言っても感情に任せた独善にしかならない。少なくとも彼女が娘の正義を断じた理由がわかるまで、部外者は口を出すべきではないだろう。
しばらくの沈黙を経て、再び学園長は椅子に腰を下ろした。
「さてと、これで西住の心の傷についてはおおよその見当が付いたわけだが……それが原因で彼女は転校を決意したのか、或いは別のわけがあったのか、手元の情報だけじゃどうにも判断できねえんだよな」
「自分も同じ意見です」
理詰めで答えが出せるのはここまでである。たとえみほくんの人柄を知っていても、彼女が黒森峰でどのような生活をしていたのかわからない以上、その理由を幾ら考えても憶測にしかならない。
「その通りだ。下手な仮説を立てたばっかりに、それが先入観になって真実を見落としちまうことがあるかも知れん。俺たちが知りてえのはもっともな答えだ、もっともらしい答えに用はねえ」
「……そうなると次に考える必要があるのは、俺が教師としてみほくんにどんな道を示してやることができるか、でしょうか?」
うむ、と学園長は頷いた。
「何か考えはあるか?」
「選択肢は3つあると思います。ひとつはみほくんが改めて西住師範と話をすること。もうひとつは逆に彼女や戦車道から距離を置くこと、つまりは現状維持です」
「なるほど。それで、最後のひとつは何だ?」
「みほくんがもう一度戦車に乗ることです」
俺の言葉を受け、学園長はすっと目を細めた。
「そいつはどういう了見だい?」
「たとえ西住流の教えに背く行為であっても、俺は仲間を助ける道を選んだみほくんは間違っていないと信じていますし、彼女にもそう思っていて欲しい……主観的な意見で恐縮ですが、みほくんの戦車道が正しいものであると証明するには、やはり戦車に乗り続けるのが効果的かと」
「たしかにそうかも知れねえが、西住の意思はどうする。まさか無理矢理授業を取らせるなんてことはしねえだろう?」
「もちろんみほくんの同意を得ることが大前提です。こちらから強制するつもりはありませんし、彼女にもそう話してあります」
「それじゃあ、今のところはあくまで理想論ってところか」
「ええ。ひとつ目の選択肢もみほくんの心の整理が付くまでは難しいでしょうし、結局は消去法で現状維持しかないと思います」
「……だな」
直接みほくんの力になれないのは残念だけど、考えを尽くして導き出した最適解がこれなのだから仕方がない。他にできることはといえば、彼女が俺を頼ってくれたときに相談相手になることくらいだ。
教師という立場は決して万能ではない。悔しくないといえば嘘になるが、自分の限界を知ることができたと思えば諦めもつく。何より、彼女のために使った時間が無駄だったとは思いたくはなかった。
──こちらから戦車道をやることを強要してはならないが、みほくんの方から「戦車に乗りたい」と申し出があれば喜んで受け入れる。それ以外のことに関しては基本的に現状維持とし、彼女が間違った道へと進まない限りは過剰な干渉をしてはならない。
今後の方針を固めたところで、俺は学園長室を辞する。
本日の俺の仕事は、6時間目に行われる選択授業のオリエンテーションの会場作りだ。他の授業との兼ね合いで手を貸してくれる先生が少ないので、早いうちからやってしまうとしよう。
会場となる体育館の掃除や大道具の運搬は男手があった昨日のうちに済ませてあるので、今日はパソコンを始めとする小道具の用意と会場作りが中心になる。行ったり来たりするのは面倒なので、まずは小道具を体育館へ運んでしまおうか。よって、目的地は生徒会長室となる。
真っ直ぐにそちらへ向かうと、朝に一度施錠しておいたはずの鍵が外されていた。どういうことだろうと思いつつ扉を開けてみたら、杏と柚子くん、桃の3人が応接椅子に並んで座っていた。
「やっと帰ってきた。もう、どこ行ってたのさ?」
「ちょっとした野暮用でね。それより俺に何か用かい?」
いくら杏たちでもこれは話すべきではないと判断し、内容をぼかして伝える。応じる杏はぴくりと眉を動かすも、触れて欲しくないという俺の気持ちを汲み取ったのか、それ以上の追求はせず、
「小山とかーしまは小道具類の不備がないかのチェックを、あたしは一郎叔父に話し忘れていたことがあるのを思い出してね」
前者はすでに確認済みだという。後者については、オリエンテーションの演目に一部変更があったという旨だった。
「今から対応すればそちらも何とかなりそうだ。わざわざ休み時間にすまないね。ありがとう、助かったよ」
「ううん。こっちこそ、一郎叔父に準備を全部押し付けちゃってごめんね。オリエンテーションはあたし主導でやるから、もうひと頑張りお願いできる?」
「押し付けられたなんて思っていないよ。今の俺は君たちの手助けをするのが仕事だし、これくらいならお安いご用さ」
「うん。ありがとう」
照れ臭そうに視線を逸らした彼女は、机の上に置いてある、俺が学園長と会うまで読んでいた西住流の本を手に取った。
「西住流って、確か戦車道の有名な流派だったよね。一郎叔父、そこの教えを授業の参考にするつもりなの?」
「あ、ああ。まあそんなところだよ」
「ふうん」
言って、杏は再び俺の目を見る。こちらの思考を見透かしているような、居心地の悪さを覚える眼差しだった。
「……西住流といえばさ、この前家元の娘さんがうちへ転校してきたらしいね」
鼓動が早くなる。果たして、俺は表情を繕えているだろうか。
杏だけでなく他の2人もそれを知っていたのだろう、柚子くんは視線を落とし、桃は表情を強張らせる。
ひと言ずつ、こちらの反応を窺うように杏は続けた。
「前の学校でも戦車道をやっていたみたいだし、西住ちゃんの存在はまさに渡りに船ってやつだね。ここは何としてでも戦車道の授業を取って貰って、メンバーの底上げを、」
「──それは駄目だ」
気付けば俺は声を上げていた。
「みほくんの意思が伴わない限り、彼女は戦車道をやるべきではないと俺は思う」
「……わざわざ下の名前で呼ぶくらいだし、やっぱり一郎叔父は西住ちゃんのこと知ってるんだ」
「彼女は俺のジョギング仲間でね、よく一緒に走っているんだ」
「それで転校の経緯を……なるほどね」
杏は指で眉間を押さえ、小さく唸った。
「大洗女子が戦車道の授業を復活させることにしたのはつい最近だし、西住ちゃんがそれを避けてここへ来たことは想像が付くよ。でもさ、一郎叔父。あたしたちにはメンバーを選んでる余裕なんてないんだよ? 確かに良い気はしないけどさ、経験者がいるといないとでは何もかもが違うだろうし……負けたら廃校になっちゃうんだから、長い目で見たらこれは彼女の居場所を守ることにも繋がるんじゃないかな」
戦車道の全国大会で優勝することが廃校を免れる条件である以上、みほくんが授業を取ってくれたらどれだけ心強いことか……杏の主張は痛いほどよくわかる。だが、戦車道の授業が復活すると話したときの彼女の表情が頭から離れない。
みほくんは今、瀬戸際のところでどうにか踏みとどまっているように思える。俺たちの事情を優先して無理に戦車道を受講させたら、今度こそ本当に彼女の心は壊れてしまうかも知れない。
それがどれだけ不合理であろうと、みほくんにだけは戦車道を押し付けてはならない──俺の意見は変わらなかった。
「しかし大神教官。裏で調べたところ、我が校に西住以外の戦車道経験者は1人もいませんでした。彼女がいなければ、我々は素人だけで戦うことになります。そんな状態で大会に出るくらいなら、多少強引にでも西住に授業を取らせるべきでは?」
「桃、君の言いたいことはもっともだと思うよ。でも、やはり許可はできない」
「何故ですか!?」
桃はなおも食い下がる。
杏と同じで、彼女の言い分は正論に違いない。事実、それが一番の近道であることは俺自身もわかっている。
しかし、わかっているからこそ、みなには非情な選択をして欲しくないと思う。だからこそ俺は、心を鬼にして彼女たちにもうひとつの正論を叩き付けた。
「学園艦を守るためにみほくんを利用する。それは、国の都合でここを潰そうとしている文科省のやり方と何が違うというんだい?」
俺の言葉に3人、特に杏の表情が大きく歪んだ。胸が痛い。彼女たちを傷付けるような言い方しかできない自分に嫌気が差す。米田学園長ならば、もっと気の利いた話ができただろうに。
「……ごめん、言い過ぎたよ。だけど、君たちの行動がどのような意味を持つのか、それをわかって欲しい」
自分の未熟さを痛感しながら、それでも想いを伝えようと口を動かす。
しばらく無言の時間が続くも、やがて杏は頷いてくれた。
「わかった。一郎叔父の言う通り、表立った勧誘はしないことにする」
「……良いんですか、会長?」
柚子くんが問う。杏は嘆息してから応えた。
「まあ、一郎叔父の言うことが正しいっていうのはよくわかるからさ。……仕方がないよ」
彼女は両隣の2人へ交互に目を遣ったのち、
「これであたしの話は全部終わり。何か質問はある?」
「いや、大丈夫だよ。わがままを言ってすまないね、杏」
「ううん、平気……それじゃあ一郎叔父。体育館の準備、頑張ってね」
まだ全部は納得できていないのだろう。声音とは裏腹に、杏の表情は硬いままだった。
「──小山。西住ちゃんってどこの所属だっけ?」
「普通Ⅰ科の2年A組だったはずですけど、急にどうしたんです?」
「あたしさ、今日のお昼休みに西住ちゃんのとこ行って、戦車道のことを頼んでみようと思うんだ」
「し、しかし会長。先ほど教官にあれほど注意されたではありませんか。……それに、会長自身も『勧誘はしない』とおっしゃっていましたよね?」
「あたしは〝表立った〟勧誘はしないって言ったんだよ、河嶋」
「でも、それって屁理屈なんじゃ……」
「わかってる」
「大神先生にはどう説明するんですか?」
「もちろん何も言わないよ。まあ、後でめちゃくちゃ怒られることは目に見えてるんだけどね……だけど、それでもあたしはやろうと思う」
「理由を伺ってもよろしいですか?」
「一郎叔父の言う通り、あたしの行動は少なからず西住ちゃんを傷付ける結果になると思う。本当はこんなことしたくない。……でも、ここで何もしなかったらきっと後悔する。どちらを選んでも悔いが残るなら、あたしはやって後悔する道を選びたい!」
「「…………」」
「そういうわけだからさ。今回はあたしの独断で、2人は知らなかったってことにしてくれないかな。これなら怒られるのはあたしだけで済むから、」
「──杏」
「……小山?」
「1人で抱え込まないで。わたしはどんなことがあっても杏の味方だから。杏がやるって決めたのなら、最後まで協力させて欲しいな」
「わ、わたしもついて行きます、会長!」
「……2人ともありがとう、それとごめんね」
「謝るくらいなら考え直してくれても良いんですよ? 普段優しい人ほど怒ると怖いって言いますし、たぶん大神先生も……」
「な、何だ、柚子ちゃんは怖がりだな……とうに覚悟ができているわたしをそのっ、見習ったらどうだ」
「そんな震え声で言っても説得力がないよ、桃ちゃん」
「う、うるさいな!」
「まあ何にせよ、やるからには一郎叔父にばれないようにしなくちゃ。2人とも、共犯者になるならその辺りは気を付けてね」
「「はい!」」
「よし、んじゃあこれから3人で作戦を考えよっか」
というわけで、先の次回予告でも触れた暗躍の描写を入れました。
会話文だけで3人を書き分けるのは大変です。
大神さんも杏も、どちらが正しい選択なのか一概に言えないところが難しい……まあ、次の次の話くらいで決着がつくのかな?
とりあえず、第二幕はアニメ2話の前半までを考えています。