1話辺り4000~5000文字くらいを目安にしているのですが、気付けば倍くらいになってしまいました。そのため話の進行ペースとは裏腹に長いです。ご容赦ください。
なお、オリエンテーション中は原作以上に爆睡していたため、麻子さんは大神さんが大洗女子の先生であることを知りません。
オリエンテーションから2日後の朝、昨日いっぱいが提出期限であった選択授業の記入用紙の集計をするからと、この日も杏は早くに家を出た。
今回も生徒会の管轄ということで、俺の出る幕はないらしい。そのため、一緒に朝飯を食べたのち彼女を見送ったらもうやることがなくなってしまった。
そこで米田学園長からいただいた教育関連の書籍に目を通すことにしたのだが、これがなかなか面白くてつい読み耽ってしまう。気付けば出勤時間もとうに過ぎており、俺は慌てて荷物をまとめて家を出た。
このまま走り続ければ何とか始業に間に合いそうだ──そんな考えとは裏腹に、道も半ばで行く手を阻む存在が現れる。視界の先に、千鳥足で歩く1人の生徒の姿を捉えたのだ。
「ちょっと君、大丈夫かい?」
あんな調子ではいつ転んでもおかしくはない。とても見過ごすことはできず、俺はその背中に声を投げ掛けた。
彼女は足を止め、俯き加減のまま呟く。
「……つらい」
「ん?」
「生きているのが、つらい」
喉の奥から絞り出したような、苦悶に満ちた声だった。
予想だにしていなかった言葉を受け、思わず鞄を落としてしまいそうになる。「朝からなんてことを言うんだ、君は」という叱責の声はしかし、口から出る手前で止まった。あんなことを言うくらい精神的に追い詰められているのだとしたら、俺が声を掛けても逆効果になるだけである。だがしかし、今の言動は到底看過できるものではない──
「これが夢の中なら良いのに……」
今度は前のめりに転んでしまいそうになった。どうやら眠たいだけらしい。心配して損したとは言い過ぎだが、人騒がせな発言である。
紛らわしいことを言うものじゃない。そう注意しようと顔を覗き込んで、彼女に見憶えがあることに気付く。少し前、左舷公園の椅子でうたた寝をしていた少女だ。中等部の子かと思っていたのだけど、スカーフの色から察するに高等部の生徒らしい。
背広から懐中時計を取り出す。彼女の歩調で進んだ場合、授業開始時刻に間に合うかどうか微妙なところだ。できることなら手を貸してやりたいが、それだと俺が遅刻してしまう。かといって見捨てることはできない。どうしようか考えるうち、ふと良い案を閃いた。
俺はその場にしゃがんで、
「このままだと心配だから俺の背中に乗ってくれ。学園まで送るよ」
「……平気、わたしは大丈夫だ」
拒絶されてしまった。
いや、初対面でないとはいえ、素性の知れぬ男にこう言われて簡単に身を預ける乙女などいるはずがない。というか、俺の提案の仕方にも問題があるな。これではただの軟派者である。
身分を証明すれば怪しまれないだろうと、俺は懐から名刺を取り出して彼女へ手渡した。
「先日のオリエンテーションで挨拶をした通り、俺は大洗女子学園の教師だ。その名刺も本物だから安心して良いよ」
ちらりと見ただけで名刺をスカートのポケットへ仕舞った彼女は、ほとんど落ちている瞼をこすって「んー」と返事をする。ちゃんと伝わっているだろうか……って、それよりもう時間がない。
この際了承を得るのは後にしよう。俺は非難を覚悟で彼女を背に乗せる。
あれだけ明確に断っていた割に、抵抗する素振りは見られなかった。
時間も時間なので、通りには大洗女子の制服を着た女の子の姿が目立つ。背中に乗る彼女も変に注目されるのは本意でないだろうし、通学路からひとつ外れた道を利用することにした。
ジョギングで艦内のあらゆる通りを周っていたことが幸いして、裏道を使っても迷って遅刻ということにはならなさそうである。ただ、それでも全速力で走らねば始業に間に合わないのがつらいところだ。
しかし弱音を吐いている暇はない。余計なことを考えるより、まずは足を動かせ。これは日頃の鍛錬で培った筋肉が飾りでないことを示す絶好の機会ではないか。
高揚した気持ちを燃料に裏道を駆け、数分ののち辿り着いた交差点で足を止める。ここを左折したら学園の正門が見えてくる。この辺りで下ろしてやれば、彼女も遅刻しないで済むはずだ。
そう考えて声を掛けるも反応はない。軽くゆすってみたが、彼女は身じろぎするばかりで背中から離れてはくれなかった。耳を澄ませば小さな寝息が聞こえるし、どうやらこの短時間で夢の世界へ逆戻りしてしまったらしい。
あいにく俺の位置からでは見えないが、たぶんこの前同様に幸せそうな寝顔をしているのだろう。それを妨げるのは忍びないけれど、こちらにも時間がないので、今回は少女を起こすことにした。
「……どこだ、ここ?」
目を覚ました彼女はきょろきょろと辺りを見回し、横目で窺う俺を視認して動きを止める。
「お、下ろしてくれ……ください」
自分の置かれた状況を察したらしく、彼女は早口にそう言った。こちらとしても引き止める理由はないので素直に従う。
何事もなく地面を踏んだ彼女は、羞恥心を誤魔化すようにスカートを数回はたく。それから怪訝そうな目をこちらへ向けた。
先ほどはほぼ眠っていたようなものだし、もう一度説明しておく必要がある……と言いたいところだが、こうしている間にも始業時間は刻々と迫っている。俺は鞄を背負い直し、
「すまないが急いでいてね、俺のことは先ほど渡した名刺を確認してくれ。それと、この通りを左折したらすぐに学園の正門が見えてくるから、君も遅刻しないように気を付けるんだよ!」
あいにく返事を待っている余裕はないので、言い終わると同時に俺は走り出す。この位置だと職員用玄関は正門の手前になるので、彼女に示したものとは別の道を進み、なんとか時間内に校舎へ滑り込んだ。
更衣室で仕事用のベストとズボンに着替え、ネクタイを締め直す。これは杏が選んでくれた洋服なのだが、記録の中にある大帝国劇場のモギリ服とそっくりなのは果たして偶然だろうか。
学園長や他の先生方に挨拶をしてから仕事場へ行く。すでに記入用紙の集計が完了しているのだろう、授業開始の10分前の段階で、杏たちだけでなく手前の生徒会室にも生徒の姿はなかった。是非とも結果を検めたいところだが、生徒会の担当でない俺が見て良いものか定かではないし、そもそもそれがどこにあるかわからない。
受講者の数は後で杏から訊くことにして、今は自分の仕事に集中しよう。とりあえず、過去の売却記録から残存する戦車の数でも調べてみるとするか。確か少し前に柚子くんがまとめておいてくれた資料が奥の棚に……うむ、これだな。
それらを手に仮の執務場所である応接スペースへ向かう。個人的に気に入っている奥の長椅子に腰を下ろしたところで、テーブルに1枚の紙が置かれていることに気付いた。そこには杏の字で、
『先週頼んだ諸々の道具の用意ができたみたいだから、お昼になったらせんしゃ倶楽部まで取りに行ってくれないかな。あと、ついでにパンツァージャケットのカタログも貰ってきてね』
と書いてあった。
詳しい説明をしておくと、置き手紙の「諸々の道具」とは戦車道の周辺機器──主に車載カメラや
せんしゃ倶楽部は昼の12時開店なので、お遣いへ行くとしたら午後になる。急ぎの用事とはいえお昼まで着手できないとあれば、それまでは当初の予定通り残存する戦車の確認でもしていようか。
資料によると、かつて大洗女子学園は平均して25輌、全盛期には30輌以上の戦車を保有していたらしい。だがそれも過去の栄光で、記録があるだけで20輌近くをすでに売却してしまっている。残りがすべて学園艦のどこかに残っていると仮定しても10輌未満、もっと言えば売れ残りの可能性が高い。つまり、戦力の方は……わざわざ語るまでもないか。
思わず溜息をついてしまう。厳しい現実から目を逸らすように時計を仰ぐと、時刻は11時半を回っていた。
俺は書類を片付け、元あったところへ仕舞う。それから学園長にお遣いのことを話し、彼のご相伴にあずかって少し早めの昼飯を済ませた。
準備ののち玄関を出たところで、正門の前に白いワゴン車が止まっているのを発見する。どこかで見たことがある気がして足を止めてみると、すぐに運転席の扉が開けられた。あの厳つい風貌は、せんしゃ倶楽部の店主だ。
「お、ちょうど良いタイミングで会えたな。実は今、守衛さんに大神先生を呼んで貰おうと思っていたところだったんだよ」
「授業で使う道具の件でこれから店へ行こうとしていたのですが……俺に急ぎの用ですか?」
「ああ、まさに先生と同じ用事だよ。頼まれた車載カメラと咽頭マイク、会長の話じゃ先生1人で取りに来る予定だったんだろう? 結構量があるし、大変だと思って俺の方から届けに来たんだ」
「ありがとうございます。それと、わざわざすみません」
「気にするなって。もうじき娘の誕生日でよ、プレゼントを買いに行った帰りに寄ったから、こっちも別に手間ってわけでもなかったんだ」
「それはおめでたいですね。娘さんは幾つになるんですか?」
「今年で4歳になるよ。顔が俺に似なかったお陰で、それは女の子らしくてかわいいんだ……っと、話が逸れちまったな。せっかくここまで来たんだ、俺も運ぶのを手伝うよ」
「何から何まですみません。お詫びと言ってはなんですが、今後とも贔屓にさせていただきますので」
「ああ。その辺は頼んだぜ、大神先生!」
話が終わり、守衛に店主の分の入校許可証を貰ったところで、早速道具が入った段ボールを運び始める。無料で貸し出してくれるとはいえこれらは一応商品らしいので、万が一にも壊してしまわぬよう慎重に廊下を進んでいると、
「あ、大神先生」
途中でそう声を掛けられた。段ボールで声の主が見えず、少し身体を捻ってみたところ、おかっぱ頭と風紀委員の腕章が目に入る。
「やあ、そど子くん」
彼女は風紀委員長の園みどり子さん、通称そど子くんだ。彼女は俺がこの学園で最初に出会った子で、あれからもたびたび会って話をする仲である。
「先生までそど子って呼ぶんですね……まあそれは置いておいて、そちらの方は?」
「戦車道の専門店の店長さんだよ。彼の店で注文した品を運んでいる最中なんだ。……ああ、もちろん入校許可証は貰っているから安心してくれ」
「も、もう! その話は忘れてくれたんじゃないんですか!?」
「ごめんごめん。だけどまあそういう事情だから、そど子くんも心配しなくて大丈夫だよ」
「わかりました。でも、先生のお客様なら、そもそも信用できる方なんでしょうけど、」
『──普通Ⅰ科2年A組西住みほ、普通Ⅰ科2年A組西住みほ。至急生徒会室に来ること……以上』
そど子くんの言葉が校内放送に遮られた。今の声は……桃か?
昨日の放課後も生徒会長室で仕事をしていたが、あれ以来杏たちはみほくんについて何も言及していない。それなのに、今になって改めて彼女を呼び出す理由は何だろう。
……嫌な予感がするな。
「すまない、そど子くん。店長さんを生徒会長室まで案内してくれないかい?」
「は、はあ。それは別に構いませんが……」
「ありがとう。それと、ついでにこの箱も頼むよ」
「えっ? ちょっと待って……お、重っ」
そど子くんに段ボールを預け、店主に頭を下げたのち俺は走り出した。
激しい運動で身体が熱を帯びるのと対照的に、不思議と頭は冷静になっていく。
生徒会の3人とみほくんを結ぶ架け橋は、考え得る限り戦車道しかない。あのとき俺が反対し、その理由を説いて杏たちもわかってくれたのだと思っていたが、もしも彼女たちがまだみほくんを諦めていなかったのだとしたら。
たとえばみほくんが戦車道以外の授業を選択し、それを問い質そうと思ったら──本来俺が学園にいないこの時間帯は、彼女たちにとってまたとない好機といえる。
「お、大神先生?」
生徒会室へ入ると、そこで作業をしていた役員の子が驚きの声を上げた。悪いが今は返事をする余裕がない。彼女には後で謝るとして、俺は真っ直ぐに会長室へ向かい、蹴破る勢いで扉を開けた。
「──おい、杏! いったい君は何をしようとしているんだ!」
俺の声を受け、生徒会の3人とみほくん、それから彼女の両隣に付き添う沙織と華くんが一斉にこちらを見た。
みほくんは暗い顔をし、沙織と華くんは怒りをにじませ、柚子くんは気まずそうに目を逸らし、桃は引き攣った悲鳴を上げ、杏はその頬に冷や汗を浮かべる。
「げっ……い、一郎叔父。お遣いに行ったんじゃなかったの?」
「せんしゃ倶楽部の店長さんが頼んでいた品を学園まで届けてくれてね、今はそれを運んでいる最中だったんだ」
言って、俺は部屋の中央へ目を向ける。
「みほくん。今日君がここへ呼び出された理由を教えてくれないかい?」
杏たちに訊いてもはぐらかされてしまうかも知れないので、直接本人にそれを尋ねる。
みほくんは躊躇いがちに、それでも包み隠すことなく答えた。
「あ、えっと、わたしが必修選択科目の記入用紙に香道って書いたからだと……前に戦車道を取るよう言われていたので」
俺は額を手で覆う。杏たちは、今日だけでなくそれ以前にもみほくんに戦車道を受講させようと動いていたのか。
「杏、桃。みほくんに戦車道の受講を強制させてはならないと、前にあれほど言ったじゃないか」
「ひっ。ご、ごめんなしゃい!」
「……バレちゃった以上、言い訳はしないよ」
「柚子くん。2人が暴走しても、そのときは君が止めてくれると思ったんだけどな」
「うぅ……ごめんなさい」
言葉は三者三様でも、浮かぶ表情は同じである。どうやら彼女たちも心から非情にはなれなかったようで、一様に苦しそうな顔をしていた。
ここで杏たちを叱るのは簡単だけど、それでは年長者としてあまりに無責任な対応である。何故なら今回の件は、突き詰めれば俺の監督不行き届きが招いた事態なのだから。
「……あの。ひとつ訊いても良いですか?」
沈黙を破ったのは、状況が掴めないと言いたげに眉根を寄せる沙織だった。
「生徒会がみほに戦車道をやれって言ってたこと、せんせーは知らなかったんですか?」
「そ、それは……」
「──うん。今回のことは全部あたしたち……もっと言えばあたしの独断でやったことだから、一郎叔父は関係ないよ」
俺の声に被せるようにして杏は言う。否定すべきか逡巡するも、彼女の強い視線を受け、ついぞ声を出すことができなかった。
「なら、西住さんのおっしゃっていた通りだったんですね」
次いで華くんが口を開く。
「どういうことだい?」
「大神先生がこんなことをするはずがないって、西住さんはわたくしたちに何度も話していたんですよ」
「い、五十鈴さん、それは言ったらダメなやつだよ!」
「あら、どうしてです?」
「だって、その……恥ずかしいから」
言葉通り、みほくんはもじもじと恥ずかしそうに身をよじった。
彼女が俺を信じてくれたことに嬉しくなる一方、同じだけ申し訳ない気持ちになる。「着任したてで心の余裕がなかった」なんていうのは所詮言い訳で、もっと俺がしっかりしていれば今回の事態も未然に防げたに違いない。自らの未熟さを痛感するばかりだ。
だが、起きてしまったことをあれこれ言っても仕方がない。謝罪や悔恨は後で幾らでもできる。それより今はこの場を収めるべきだ。
「ここはひとつ、みほくんの意思を聞かせてはくれないかい?」
「わたしの意思、ですか?」
「ああ。君が戦車道をやりたくないと思っているなら、今ここではっきりと口にして欲しいんだ」
面と向かって相手に否定の意思を伝える行為は、どんなに些細なことでも恐怖を伴うものだというのは承知している。その上で俺は、一度だけで良いから勇気を出して欲しいと頼んだ。
「みほくんが間違った道へ進まない限り、どんな選択をしても俺はその意思を尊重する。君が『戦車に乗りたくない』と言ったら、今回のようなことが起こらないよう尽力すると約束しよう」
「わたしは……」
そこまで言ってみほくんは俯いた。内心で葛藤しているのだろう、その瞳はとどまる位置を探るように揺れ動いている。
時間が掛かっても良いから、他の誰でもないみほくんの答えを聞かせて欲しい。そんな想いを胸に、ただ俺はその瞬間を待つ。
言うべきことがまとまったのか、彼女は静かに顔を上げた。
「わたしは、自分がどうしたいのか……わかりません。だから──」
みほくんは深呼吸を挟んで、
「あの、大神さん……わたしと勝負してくれませんか?」
想定していたものとは違う答えに、俺は返事に窮してしまった。いったい何をどうすれば今の2つを「だから」で繋げられるのだろう。
また、そう考えているのは俺だけでないらしく、彼女以外の全員が頭に疑問符を浮かべていた。
続く言葉がないことを不可解に思ったのか、みほくんは「あれ?」と首を傾げる。それからきょろきょろと辺りを見渡して状況を察したようで、途端に彼女は慌て出した。
「あ、あの、頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃって上手く説明できないんですけど、武部さんも五十鈴さんも本当は戦車道をやりたいのに、わたしに合わせてくれて、わたしを庇ってくれて……大神さんも、わたしが戦車道をやらなくて良いようにしようとしてくれたって聞いて、それがとっても嬉しかったんです。わたしのために一生懸命……だからわたしも恩返しがしたくて。戦車に乗るのはすごく怖いけれど、でも今までとは違って嫌だとは思わなくて、それで……」
「えっと……つまり、みほくんは戦車道をやろうかどうか迷っているということかな?」
みほくんはおもむろに頷いた。
「2人と一緒なら……大神さんがそばにいてくれたら、勇気が出して前へ進める気がするんです。でも、そんな中途半端な決意じゃきっとチームのみなさんに迷惑を掛けちゃいますし、何よりわたしが納得できません」
──だから大神さん。これから胸を張って自分の意思を伝えられるように、わたしの迷いを断つお手伝いをしてくれませんか?
自らの想いを確かめるように胸に手を乗せ、みほくんは凛とした声音で言った。その目はどこまでも澄んでいて、言葉とは裏腹に迷いは感じられない。一度決めたらどんな困難にも立ち向かう──本人には言えないけれど、その姿は彼女が背を向けた西住流そのものだった。
ともかく、みほくんの意思は聞かせて貰った。約束通り俺はそれを尊重したい……が、その前に尋ねておくことがある。
「いったい俺はどんな分野で君と勝負をすれば良いんだい?」
知っての通りこちらには戦車道の心得がないし、学園艦にどんな車輌が残っているのか、どこにあるのかわからないため、それで雌雄を決することはできない。
加えて、俺とみほくんは育った時代も文化も違う。対等な条件で戦えるような競技は果たしてあるのだろうか。
「大神さんは二天一流の剣術を修めていらっしゃるんですよね」
「ああ、確かに幼少の頃から学んでいるけれど……それが?」
「前に西住流は戦車道が主流だとお話ししましたが、他にも流鏑馬や弓術、薙刀に剣術などにも精通しています。そのすべてを修めているわけではありませんが、うちの家系は戦車道の次に剣術に重きを置いているので、力不足に目を瞑っていただけるのならお相手を務められると思います」
なるほど確かにみほくんが剣術を修めているのであれば、こちらとしても良い勝負ができるだろう。
「それなら、勝負の規定などはどうしようか」
「対等な条件になるよう調整してくれたら、わたしはどんなルールでも構いません」
「わかった。ならば、放課後にでも空いている場所を借りるとしよう」
俺は杏に目を向ける。彼女は「ここまで来たらもう何も言わないよ」という顔で首肯した。
もし時間が許すようなら米田学園長にも立ち会っていただこう。万が一他の生徒に見られても、彼がいてくれたらあらぬ誤解を生むこともないはずだ。
「場所や道具の準備が終わり次第教室まで迎えに行くから、みほくんは動きやすい服装に着替えて待っていてくれ」
「わかりました」
「あ、あのぅ、せんせー?」
学園のどこなら簡単に借りられるだろうかと考えていると、少ししてから遠慮がちな声が上がった。見ると、沙織がおずおずと手を挙げていて、
「なんかいろいろ話が進んじゃってるみたいですけど、わたしや華はどうすれば良いんですか?」
「ふむ、そうだな……みほくんはどう思う?」
「やっぱり1人だと不安なので、できることなら一緒にいて欲しいです」
「──だそうだ。2人とも、もしも都合が付くならどうかみほくんに付き添ってはくれないかい?」
この申し出を、沙織と華くんは快く承諾してくれた。
気付けばもうすぐお昼休みも終わる頃である。他に質問はないようなので、みほくんたちにもう教室へ戻って良いと伝えた。
「さて」
彼女たちが部屋から出て行くのを見送ったのち、俺は残る3人の方へ向き直る。それに合わせて杏たちの背筋が伸びた。
「ああ、今回のことに関しては俺にも責任があるわけだし、別に君たちを叱るつもりはない。だからそう警戒しなくても平気だよ」
柚子くんと桃は露骨に安堵した素振りを見せる。が、杏だけは硬い表情を崩さない。
もしかしたら、言葉に続きがあるのを察していたのかも知れないな。
「だが、教師として……そして1人の人間として、君たちがやったことに関して話がある。今は時間がないから、放課後になったらすぐにここへ来ること。良いね?」
平静を装ったつもりであったが、それでも幾らか感情が表に出ていたのだろう。杏たちは揃って身体を震わせた。
次回予告の伏線をようやく回収し、第二幕の山場を迎えました。大神さんと生徒会のすれ違いも一段落し、原作とは違う形でみほが戦車道と向き合う決意をしたところで、今回は終わりとなります。
次回は完全オリジナルの話となります。今回の揺り戻しでたぶん文字数は少なくなります。
余談ですが、せんしゃ倶楽部の店主は大神さんより一回り歳上(32~33歳)の設定です。