前回の揺り戻しで文字数が少なくなると言ったな?
……あれは嘘だ。
今回は6000字を過ぎた時点で「これは1万字を超えるな」と悟ったので、前後編に分けることにしました。お待たせした上に中途半端な進行具合ですみません。
「──なるほどな。そんでお前さんは、これから西住と剣を交えることになったってえわけだ」
午後の空き時間に学園長を訪ねて事の顛末を話したところ、そう言って彼は重たい息をついた。
「……申し訳ありません」
「どうして大神が謝るんだ?」
「みほくんの件は静観すると決めていたのに、生徒会のみんなに行動を許してしまいました。彼女たちの思惑に気付けなかった俺の失態です」
「相変わらず真面目な野郎だぜ……まあ、とりあえずこっちに顔を見せな」
言われて頭を持ち上げる。学園長は困ったような笑顔を浮かべていた。
「正直、俺には角谷たちの気持ちもわかるんだよな。確かに褒められた行為とは言えねえけどよ、あいつらだって何も悪意があって西住に声を掛けたわけじゃない。恣意的に解釈すれば、こんなことをしちまうくれえこの学校を守りたいって想いが強いってことだろう? そんな風に思ってくれるなんて、教師としちゃあ嬉しい限りじゃねえか」
「それは……」
「さらに付け加えるなら、西住に追い討ちを掛けたのならともかく、角谷たちの行動は彼女が決意を固めるきっかけになったみてえだしよ。雨降って地固まるとまでは行かなくとも、俺にはそこまで悪い結末とは思えねえんだ」
学園長の話を受け、知れず自分の視野が狭まっていたことを悟る。なるほどそういう見方もあるのか。少々感情的になってしまったと自戒し、顎を引いて押し黙る。
彼の言う通り、杏たちの行動はみほくんにとってプラスに作用したのかも知れない。
でも、だからといってそれを見過ごすことはできなかった。
「学園長のおっしゃることはもっともですが……しかし、今回の件でみほくんがどれだけ傷付いたのか、生徒会のみんなには話しておくべきだと思います」
「まあ、放課後までに手持ちの仕事を済ませたり、剣道部の瀬川に道場の使用許可を取り付けたり、俺には俺でやることがあるからよ。その辺の判断はお前さんの裁量に任せるぜ」
それにしてもよ、と学園長は感慨深そうにひとつ唸った。
「なんというか、今も〝昔〟も大神は変わらんな」
「……と、言いますと?」
「大帝国劇場で働いていたときも、お前さんは隊員たちが抱える問題と向き合い、一緒に乗り越えようって頑張っていただろう? あっちの大神とお前さんがどんな関係なのかは知らねえが、100年先の未来で同じようなことをしてるのが面白くてさ」
彼に言われてそういえばと記録を辿ってみれば、確かに帝国華撃団に籍を置いていた頃の〝俺〟は今の俺と似たようなことばかりしていた。時代が変わり、取り巻く人や環境が変わっても、俺が身近な女の子の悩みに直面する未来は変わらないらしい。ここまで来ると、もはや運命を通り越して宿命と形容できるのではなかろうか。
妙に説得力のある仮説を心中で提唱していると、
「──何よりよ、〝昔〟の俺が認めた大神の一番根っこの部分が変わっていねえのがわかって、それがたまらなく嬉しいんだ」
どうしてだろう。実感など全然ないはずなのに、彼の言葉は心に大きく響いた。前にもこんなことがあったなと思いつつ、俺は押し寄せる感情の波に呑まれてしまわぬように歯を噛み締めた。
お昼休みの話だと、みほくんはあくまで戦車道の片手間に剣術を学んだようなので、姉の指導の下、幼い頃から二天一流に傾倒していた俺とは練度に差があることが予想される。そこで、勝負を成立させるために幾つかのルールを設定した。
初めに、今回の勝負は三本ないし五本の有効打を取った時点で終了と定めた。ただしこれはみほくん側には適用されず、こちらの有効打が規定回数に到達するまでに一本でも先取できたら彼女の勝利とする。
次に、俺が得物を落とした場合はそれを拾ってはならず、それを2度、つまり両方とも手放したらみほくんに一本が入る決まりを設けた。なかなか変則的な規定だが、みほくん側に勝利へ至る道を複数用意してやれば戦略性も高まるし、終盤でも逆転の芽が残ると考えた次第だ。
「ここまでで何か質問はあるかい?」
米田学園長の口添えもあって、条件付きではあるものの、瀬川先生は剣道場の使用を許可してくれた。
たまたま午後の授業がなかった彼女に手伝って貰いながら道具の準備を済ませ、杏たちとの話し合いを終えてから、みほくんたちを迎えに普通Ⅰ科の校舎へ向かう。すでに体操服に着替えていた彼女と付き添いの2人を伴って剣道場を目指す道すがら、俺は取り決めについて話した。
「いいえ、大丈夫です」
「わかった。それなら次はひとつ目の決まり事についてだけど、みほくんはこちらが何本先取の方が戦いやすいだろう?」
みほくんは指先を口元へ運び、考える素振りを見せた。
「あまり自信がないので、五本先取でお願いできますか」
「承知したよ」
「……あの、横からすみません。大神先生にお尋ねしたいことがあるのですが」
右隣にいる華くんが口を開いた。
「今回の勝負は、先生と剣を交える過程で西住さんの心の迷いを払うことが目的なのですよね。だとすると、極論を言えば試合の勝敗に大きな意味はないと思うのですが……先生は、何をもって勝ち負けを決するおつもりなのでしょう?」
ふむ、良い質問だ。
華くんの言う通り、確かに勝負と銘打ってはいるが、今回の試合における勝敗はさほど重要ではない。何故なら、たとえみほくんの一本より先に俺が五本の有効打を取ったとしても、その時点で彼女の心に迷いが残っていたら目的を果たしたとは言えないからだ。
「だから俺は試合の決着を勝負の制限時間だと考えたよ。戦車道をやるかどうかは別として、期限までにみほくんの心を晴らしてやれたら俺の勝ち、それ以外はすべて負けということになるね」
「でもそれって、せんせー側はかなり不利なんじゃ……」
「心配してくれてありがとう。だけど今回の件は俺の不手際が原因で起きたことだし、それによってみほくんの心を傷付けてしまった。だからこれくらいの不利はあって当然で、むしろもっと条件を課すべきなんじゃないかと思うくらいだよ」
言って、俺は沙織から目を離す。じきに目的地へ着くことだし、話はここまでにしておこうか。
先日オリエンテーション会場として利用した第一体育館の東側にあるひと回り小さな建物──第二体育館の1階部分が剣道場になっている。
次の通りを左へ曲がると、道の先に人だかりができていた。普段なら第一体育館の周りに多くの生徒が集まっているのだが、今日はその隣が賑わっており……何というか、少し前より制服姿の子が増えた気がする。
「……大神さん?」
困惑するみほくんに、俺は肩をすくめて応じる。
「これには事情があってね」
剣道部顧問の瀬川先生は自身もその有段者で、今回の勝負にもたいへん興味を示した。察しの良い方ならお気付きだろうけど、彼女が道場を貸してくれる条件に挙げたのが「自分と剣道部の子たちに試合を見せて欲しい」という内容で、部員も20人ほどだというし、他に会場のあてもなかったので俺はこれを承諾した。
「あの、それならどうして他の人たちが?」
「……なんでも瀬川先生から話を聞いた剣道部の子たちが、俺が剣術の試合をすると周りに広めてしまったみたいなんだ」
言われるまで全然気付かなかったのだけど、着任の時期が特殊だったこともあって、俺の存在は学園内でちょっとした話題になっているらしい。そのため噂を聞きつけた生徒たちが見物に来たようだ。
「あー。言われてみれば確かに、ここ何日かでせんせーの話をよく聞くようになった気がするよ」
「……ですが、これだと西住さんが緊張してしまうのでは?」
華くんの言葉を受けてはっとなった。
慌ててみほくんに目を遣ると、観客の存在を知って萎縮してしまったのだろう、その身体は小刻みに震えている。顔色も悪くなっていた。
「すまない、準備に気を取られてそこまで気が回らなかったよ。もしも無理そうなら、勝負は後日に改めようか?」
「い、いいえ。大丈夫です」
みほくんは首を振った。
「たとえ後日にしても、剣道部の方がそばにいるのは変わらないんでしょう? どちらにせよ人の目がなくならないのなら、20人もそれ以上もわたしにとって大差ありません」
弱々しくも、どこか芯の強さを感じさせる声で続ける。
「試合が始まってくれさえすれば、周りのことは気にならなくなると思います。それに……大神さんたちのお陰でようやく前を向こうって思えたのに、時間が空いたら決意が揺らいじゃうかも知れませんから」
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ」
しかし、このまま正面の入口を使うのは気が引ける。本来生徒は利用してはいけないのだが、今回は職員用の裏口から入ることにした。
靴を脱ぎ、こっそりと剣道場へ足を踏み入れる。すると、剣道着姿の生徒と話をしていた瀬川先生が俺たちに気付いて手を振ってくれた。
高い位置で括った髪を揺らしながら、彼女はこちらへやってくる。
「大神先生がいない間に準備は全部済ませておきました。もう学園長もいらしてますし、こっちはいつでも試合を始められますよ!」
「ありがとうございます。何から何まで任せてしまってすみません」
「いえいえ、気にしないでください。なんといってもかわいい後輩の頼みですからね、わたしも頑張っちゃいました」
ふんす、と瀬川先生は得意げに胸を張る。
彼女は昨年度から採用された若手教師で、ひと月前までは学園で最年少の職員だった。そのため先輩という響きに強い憧れを抱いていたらしく、初めての後輩に当たる俺には何かと親身に接してくれ、今回の件でも多くの場面で力を貸してくれた。美人で優しいなんて、こちらからしても理想の先輩である。
などと考えていると、次いで瀬川先生は俺の1歩後ろに目を向けた。
「えっと……体操服姿のあなたが西住さん?」
「は、はい」
「剣道部顧問の瀬川です。よろしくね、西住さん」
「西住みほです。よろしくお願いします」
「さっきお試しで手合わせをして貰ったんだけどね。大神先生、とっても強くて驚いちゃった。だから西住さんも大変だとは思うけれど……まあ今回は勝つことが目的じゃないみたいだし、怪我だけはしないように気を付けて頑張ってね」
「ありがとうございます。……頑張ります!」
「ファイトだよ、みほ!」
「わたくしたちは少し下がったところで応援していますからね」
激励を残して離れる沙織と華くんを見送ったのち、瀬川先生の案内で用具室へと向かった。
試合で使う木刀はどれも重さや長さ、癖などに微妙な差異がある。みほくんの手に最も馴染むひと振りは彼女にしか選べないため、勝負を始める前にそれを吟味して貰わなければならない。
こちらの得物はすでに決めてあるので、瀬川先生にみほくんを任せて用具室を後にした。彼女が木刀を選んでいるうちに、この場を取り持ってくれた学園長に挨拶を済ませておこう。
「よう。来たな、大神」
得点板の横に座っていた彼は、こちらに気付いて立ち上がる。
「この度は、お忙しい中ご足労いただき感謝します」
「そんなにかしこまらねえで良いよ。……だけどそうだな、せっかく頑張って仕事を片付けたんだ。俺の労力に見合うだけの太刀捌きを見せて欲しいところだぜ」
「これでも毎日鍛錬は欠かしていませんから、その辺りにぬかりありません」
うむ、と学園長は頷いた。
「それからもうひとつ、お前の剣が西住の心に届くことを期待しているよ」
「はい、お任せください!」
「……ところでよ、大神に訊きてえことがあるんだが」
言って彼は得点板の脇、他からは死角となる場所に視線を向ける。
つられて見ると、そこに並んで座る生徒会三役の姿があった。みな俺がみほくんたちを迎えに行く前と変わらない様子で──柚子くんと桃は互いに身を寄せて泣きじゃくり、ただ1人静かに正座をしている杏も唇を噛んで瞳を潤ませている。
「あいつらのことはお前に任せると言ったが、こいつは少々やり過ぎなんじゃねえのか。角谷のあんな顔、俺は初めて見たぞ」
「あ、あはは……」
学園長の指摘に、思わず乾いた笑みが口から漏れる。
初めに断っておくが、あれから俺は彼女たちを怒鳴ったり、責任を追及したりはしていない。手を挙げるなんて論外だ。努めて冷静に順序立てて彼女たちがしたことを説き、各々に動機と事情を尋ね、自らの行動がどれだけみほくんを傷付けたのか聞かせただけである。……途中で熱が入ってしまったことは否定しないけれど、あくまで俺は正しいやり方で話し合いをしたつもりだ。
「大神のやり方が間違ってるとは言わねえよ。でもな、正論ってのは時に相手を傷付ける言葉よりずっと暴力的なものなんだ。……あの様子を見る限り角谷たちも反省しているみてえだし、ちゃんと後でフォローしてやるんだぞ」
彼の言葉を受け、もう一度杏たちに目を遣る。三者三様に心の内を露わにする彼女たちはいつもより幼く見えて──いや、重責に押し潰されないよう気丈に振る舞っているだけで、本来ならこれが歳相応の姿であるに違いない。みんなしっかりしているからつい自分と同じ目線で話をしてしまったが、その実3人とも年端もいかぬ少女なのだ。
……確かに、言い過ぎてしまったかも知れない。
まだまだ教師になりきれていないことを自覚し、全部終わったら彼女たちにも謝らなければいけないなと俺は考えた。
近頃は投稿期間が延びてしまいがちですみません。
相変わらず難しいところなので、書いては消してを繰り返しています。
失踪だけはしないようにしますので、長い目で見守ってやってください。
余談ですが、瀬川先生のモデルは「BAMBOO BLADE」の吉河先生です。……わかる人いるかな?