戦車大戦-大洗華撃団、出撃せよ!-   作:遠野木悠

19 / 24
長らくお待たせしました。ようやくきりの良いところまで書き終えたので投稿です。

今回の話では剣道の専門用語がたびたび登場します。その中でも、わかっていないと場面を想像しづらい単語を幾つかここに書いておくので、参考になさってください。

二天一流の上段→サクラ大戦で大神さんが抜刀するときのポーズです。

正眼の構え→いわゆる中段で、剣道の一般的な構えです。

後の先→カウンターだと考えて大丈夫です。

一足一刀の間合い→1歩踏み込めば相手を打突でき、また1歩下がれば相手の打突を躱せる距離のことです。

遠間、近間
→それぞれ一足一刀の間合いよりも遠い、或いは近い間合いです。



二天一流対西住流

しばらくののち、みほくんは用具室から出てきた。その手にはひと振りの木刀が握られている。無事得物を決められたようだ。

 

試合場を囲った白線の中央に集まったところで、学園長がルールの確認をする。

 

「──んで、今回の主審は瀬川が、副審は俺と剣道部の浅倉が務める。……ここまでで何か質問はあるか?」

 

「こちらは特に」

 

「あ、ありません」

 

俺たちが剣道場へ来たときよりも、遠巻きにこちらを見る生徒の数は増えている。それで緊張がぶり返してしまったのだろう、みほくんの声は震えていた。

 

「まあそりゃあ、こんだけ観客がいたら緊張しても仕方がねえよな」

 

学園長はみほくんに優しい笑みを向けた。

 

「……まずは軽く深呼吸だ。そんで、落ち着いてきたら対戦相手の大神にだけ意識を向けろ。目の前の勝負に集中するんだ」

 

彼の言葉に合わせて呼吸を整えたみほくんは、静かに目を開いてこちらを見る。いつもとは違う力強い瞳に俺の姿が映っていた。

 

「よし、これで大丈夫そうだな。……瀬川、あとは頼むぞ」

 

そう言って学園長は浅倉さんと同じように白線まで後退する。入れ替わりでこちらへ来た瀬川先生は、俺たちを交互に確認して、

 

「これから試合を行います。一同、礼!」

 

よろしくお願いします、という俺とみほくんの声が重なる。

 

「それじゃあ、2人とも位置について剣を構えてください」

 

彼女の合図で開始線へと移動する。半身になった俺は切っ先が相手を捉えるよう左腕を伸ばし、もう片方の剣が顔の横に来るよう右腕を曲げる──二天一流の上段に構え、みほくんは木刀を正眼に構えた。

 

「──始め!」

 

瀬川先生の声に合わせて周りの音が聞こえなくなり、寒気にも似た緊張感が身体中を伝う。それは、忘れかけていた勝負の感覚だった。

 

みほくんに目を遣る。彼女がどんな動きをするのか。まずは後の先で相手の出方を窺おう。

 

木刀を右脇に構え直し、みほくんは駆け出した。即座に近間へ迫り、勢いをそのままに木刀を振るう。

 

「やあっ!」

 

掛け声とともに放たれた一撃を左の太刀で受け流す。力が外へ逃げるように武器を差し込んだので、みほくんはバランスを崩して前のめりになった。

 

その隙を見逃しはしない。俺は身体を反転させ、咄嗟に振り返る彼女の頭上数センチのところへ右の太刀を運んだ。

 

「有効!」

 

瀬川先生が有効打を認めて白旗を掲げた。学園長たちも同じように白旗を持つ手を上げる。全員の意見が合い、正式な一本となった。

 

仕切り直しのために開始線まで戻る。

 

初撃を返されて有効打を取られるとは思っていなかったのだろう、みほくんは未だに驚きが抜けない様子である。

 

間もなく第二戦の開始が告げられ、彼女は首を振ったのち木刀を握り直す。

 

先ほどとは対照的に、みほくんはその場から動こうとしない。俺の動きを警戒しているようだ。

 

ならば今度はこちらから行かせて貰おう。2歩前進して一足一刀の間合いへ詰めた俺は、そのまま右の太刀を袈裟懸けに振り下ろす。

 

みほくんは最低限の動きでそれを躱し、隙を突いて木刀を振るった。

 

左の太刀で防ぐ。思いの外衝撃が小さい。考えるうち、すぐさま彼女は切り返しで追撃を放つ。なかなかの反応速度だ。

 

だが、少し勢いが足りない。右の太刀で彼女の木刀を弾き、左の太刀を持ち上げる。それを察知して後退しようとするみほくんに合わせて剣を動かし、その鼻先に刃を向けた。

 

瀬川先生が有効を宣言し、副審の同意を得て一本が成立する。

 

開始線の上で剣を構えるみほくんの顔に、今までにない感情が表れていた。まだ具体的な答えが出ていないのに、このままだと試合が終わってしまう──そんな焦燥感が窺える。

 

実のところ、俺も似たようなことを考えていた。ここまで戦ってみたけれど、未だに彼女の心は見えてこない。思わず「手を抜いて時間稼ぎをするか?」という考えが浮かび、すぐに頭からはたき落とす。

 

剣とは己の心を映し出す鏡にも似ていて、何気ない一撃にも使い手の想いが宿るものだ。強い闘志は実力以上の力を発揮するきっかけになるし、逆に気持ちが弱い方へ傾けば太刀筋に必ずぶれが生じる。

 

もしここで手を抜いたら、剣を通じてそれを悟られてしまうに違いない。みほくんの迷いを断つために戦っているのに、彼女に余計なことを考えさせてしまう材料を与えるなんて本末転倒も良いところだ。

 

第三戦開始の合図で間合いを詰め、みほくんは体重を乗せた斬撃を放つ。俺は一戦目と同じように左の太刀でいなし、右の太刀を振り下ろした。瞬時に木刀を持ち上げた彼女は、左手を峰に添えてこちらの反撃を受け流す。

 

ここからみほくんは攻勢に転じた。今までより威力こそ低いが、継ぎ目のない怒涛の連撃にこちら側は防戦を強いられる。

 

攻め返す機会を窺いつつ、彼女の剣がどんなものかを分析してみた。

 

特筆すべきはその対応の速さだろう。一戦目で真っ向勝負では勝てないと悟るなり受けへ回り、それでも通用しなかったら手数で押す戦法に変えた。まさに変幻自在の立ち回りである。

 

続いて注目するのは体捌きの速さだ。木刀を振る速度はもちろんのこと、二戦目の初撃に対する動き──俺の太刀筋を見極める動体視力もさることながら、それを躱す反射神経も一朝一夕で身に付くものではない。戦車道をやっているとこういった分野も鍛えられるのだろうか。

 

いずれにせよ、これらの速さはみほくんの大きな武器である。

 

これだけ連続で剣を振えば普通はすぐに体力が底をつくものだが、日頃から走り込みをしているだけあって、彼女は息を上げる素振りも見せない。

 

あるときみほくんは小さく前進した。来る、と本能的に察して後退する。瞬きの間に、今まで俺がいた場所を木刀が通過した。

 

彼女は対峙する俺にしかわからないくらい小さく笑った。それはまるで、獲物が罠に掛かったとでも言いたげな──

 

「たあっ!」

 

床を蹴る音とともにもう1歩踏み出したみほくんは、直前の攻撃で足元付近に置いていた切っ先を燕返しの要領で振り上げた。

 

速い。この機を狙っていたと言わんばかりに放たれた必殺の一撃は、俺という的を射抜かんとする矢のように鋭く、軌道を捉える頃にはすでに回避不可能なところまで剣が迫っていた。

 

もしも平時のみほくんが相手だったなら、或いはここで負けていたかも知れない。それくらい鮮やかで非の打ち所のない一撃である。

 

しかしながら、今回に限ってはそれが届くことはない。

 

──心の乱れが太刀筋に表れている。

 

俺が反応できた理由などそれだけで十分だった。

 

刃で受ける暇はない。俺はみほくんの木刀を右の太刀の柄頭で弾いた。

 

みほくんは目を見開いて驚きを呈す。今のを防がれるとは思っていなかったようで、踏み込んだ体勢のまま動きを止めてしまっていた。

 

手を抜いてはならないとはいえ、さすがに大人気なかったかも知れない。そう考えつつ、俺は右の太刀をゆっくりとみほくんの頭上へ持っていく。三戦目の幕引きはかくも静かなものだった。

 

「えっと……それじゃあ、開始位置へ戻ってください」

 

瀬川先生が苦笑交じりに仕切り直しを促す。米田学園長も渋い顔をしており、「いくらなんでもやり過ぎだろう」と言いたげだ。

 

これに関しては言い訳のしようがない。内心で反省しながら指定の位置へ移動する。そののちみほくんを確認すると、彼女はまだ先ほどの場所から動いていなかった。

 

「みほくん?」

 

「……あ、すみません」

 

こちらの呼び掛けに応じ、みほくんは小走りで開始線へと向かう。

 

四戦目が始まり、互いに間合いを詰める。

 

先に仕掛けたのはみほくんの方だったが、その一撃は威力も速度も今までとは比べ物にならないほど質が落ちていた。これならば目を瞑っていても防げるだろう。隙も大きく、反撃も容易いが……彼女の瞳から闘志が抜け落ちていることに気付いて手を止めた。

 

勝負も後半戦に差し掛かり、みほくん側の有利はほぼなくなってしまったと言って良い。すなわち、以降の優劣は互いの実力に依存することになる。ならば一日の長がある俺に軍配が上がるわけだが、それで彼女が諦めてしまうような子でないのは知っている。

 

だったら、どうしてその剣技に精彩を欠いているのか。

 

みほくんは自身の最高の一撃──三戦目の燕返しを俺に防がれて、決着の時が近いことを悟ったのだろう。だから結論を急いで、試合よりも考えることに意識を傾けているのではないだろうか。

 

それが自分1人で答えを出せない問題だということは、勝負を提案したみほくんが一番よくわかっているはずだ。それなのに、彼女の心は内へ内へ引っ張られつつある。このままでは何の進展も望めない。

 

とりあえず、まずはみほくんの意識をこちらへ向けさせよう。

 

相手の剣を受けながら静かに機を窺う。何度目かの連撃をいなしきったところで、彼女はそれまでより半歩余計に後退した。大振りの攻撃が来る。考えている間に打ち込まれたそれを、左右の太刀を交差させて受け止めた。

 

鍔迫り合いが解けないように力加減を調整しながら、俺は彼女にこう尋ねる。

 

「いったいみほくんは何を迷っているんだい?」

 

「何をって……お昼休みにもお話しした通り、わたしが戦車道をやるかどうかを、」

 

「──それについては、もうすでに君の中でおおよその答えが出ているんじゃないかな」

 

「……え?」

 

みほくんは困惑の色を露わにする。どうやら彼女にも自覚はないらしい。或いは、無意識のうちに考えないようにしていたのか。

 

俺がそれに気付いたのはつい先ほどのことである。違うな、正確にはもっと前から予想はしていたのだが、実際に剣を交えるまで確信が持てなかった。

 

たぶんみほくんは今、戦車道を受講したくないと心から考えているわけではないのだろう。

 

……いや、これだとあまりに言葉足らずだな。

 

語弊がないよう補足しておくと、少なくともみほくんは、お昼休みに生徒会長室へ行くまでは戦車道をやる気はなかったのだと思う。それは杏が彼女を呼び出した理由からしても明らかだ。

 

それなら、どうしてみほくんは心変わりをしたのか。

 

沙織たちの献身に触発されたのかも知れないし、はたまた別のわけがあるのかも知れない。その候補は幾らでも想像が付くが、ここで何を話しても憶測にしかならないため言明は避けるとしよう。

 

とまあ詳しい理由はわからないのだが、以上のような仮説を立てた根拠は説明できる。

 

今回の勝負を提案したのがみほくんだということ──この事実こそ、俺の考えに説得力を持たせる重要なファクターだ。

 

彼女が心変わりしていないとすれば、昼休みの段階で受講を拒否するだろうし、たとえあの場で本音を言えなくても別の形で決着をつけようとする公算が高い。少なくとも「新しい環境でなら戦車道をやるのもやぶさかではない」くらいの心持ちでなければ、わざわざ俺と剣を交えようとする理由がないのだ。

 

だったら、みほくんのいう〝迷い〟の正体は何か?

 

「これは俺の私見で、もしも間違っていたら訂正して欲しいんだけど……みほくん。君はもう一度戦車に乗ることへの不安、ひいてはそれに対する葛藤を迷いと表現したんじゃないかい?」

 

戦車道をやることに消極的であっても、決して否定的ではない。そんな前提があると仮定すれば、この勝負を通してみほくんが払拭したいのは迷いとは別の感情である可能性が浮上する。

 

「みほくんは、自分の戦車道に自信が持てないだけなんだと思う」

 

──でも、そんな中途半端な決意じゃきっとチームのみなさんに迷惑を掛けちゃいますし、何よりわたしが納得できません。

 

昼休みに戦車道をやるかどうか尋ねたとき、みほくんは「勇気が出して前へ進める気がする」と言った後にこう付け足した。

 

今思えば、彼女は最初から意思を示していたのである。

 

木刀越しに感じるみほくんの力が弱まった。動揺に染まる顔は、図星を突かれたというより、今それを自覚したのだと声もなく語っている。

 

均衡が崩れないよう太刀に込める力を調整しながら、

 

「みほくん。君は、昨年の全国大会の決勝戦──そこで自分がしたことを今も気にしているのだろう?」

 

俺の言葉を受け、彼女は頬を引攣らせた。

 

「ど、どうしてそれを……」

 

「仕事中にあの試合の映像を見つけてね、みほくんが戦車から降りた理由が映り込んでいるかも知れないことを承知で確認させて貰った。……詮索するような真似をしてすまなかった。君からの批判は、どんなものでも受け入れるつもりだよ」

 

複雑そうな面持ちをしつつも、みほくんは小さく首を振った。

 

「思うところがないと言えば嘘になります。でも、大神さんに気を掛けて貰えて嬉しくもあるんです……あれからわたしのことを心配してくれたの、大人だとお父さんしかいなかったから」

 

「みほくん……」

 

断じて軽く考えていたわけではないが、彼女が抱える心の傷は俺の想像よりずっと深いところまで根ざしているようだ。

 

もしかしたら、これから言うことはその傷口に塩を塗り込む結果になるかも知れない。だが、どうしても確かめておかねばならないことがある。

 

「あの試合で勝ち負けより仲間の救助を優先したことを、みほくんは後悔しているのかい?」

 

「──っ!」

 

あれだけ弱々しかった彼女の剣に、今までで一番の力が込められた。

 

「……もしかしたらあの行動は最善ではなかったのかも知れません。だけど、わたしはチームメイトを助けたいって思ったんです。自分で決めたことだから、後悔なんてしたくありません!」

 

「だったらどうして戦車道から逃げたんだい?」

 

「──わたしだって初めは向き合おうとしたんです!」

 

体当たりで鍔迫り合いを解き、みほくんは木刀を振りかぶった。

 

「チームメイトだけじゃない、OG会も西住流のお弟子さんも黒森峰の教官もわたしのことを批判しました。途中で挫けそうになりましたけど、お姉ちゃんやわたしのことを認めてくれた子が支えてくれたから、一度は踏みとどまることができました……でも、わたしがやったことは間違っているって、お母さんがそう言ったんです!」

 

感情を乗せた連撃とともに彼女は続ける。

 

「本当は褒めて欲しかった! 西住流としてはいけないことでも、人として正しいことをしたねって認めて欲しかったんです……だけどお母さんはわたしのやったことを──わたしの戦車道を否定しました!」

 

重い一撃を最後にみほくんは攻撃の手を止める。力任せに剣を振るっていたからだろう、彼女は肩で息をしていた。

 

「……誰かのために頑張り、誰かのために行動するのが悪だっていうなら、いったいわたしは何を信じれば良いんですか?」

 

みほくんは苦しそうに顔を歪めながら声を紡ぐ。その姿は、まるでこの半年のうちに溜め込んだ心の(おり)を吐き出しているようだった。

 

酷いことを言ってしまった罪悪感で胸が痛む。しかし今は謝罪の時間さえ惜しい。荒療治であることは否定しないが、ともあれみほくんの本音を引き出すことができた。

 

──これでようやく俺も前へ進める。

 

再び始まった攻撃を両の太刀で防ぎつつ、俺はみほくんの〝迷い〟を断つための材料を探した。

 

頭を回せ、大神一郎……信じ続けてきた正義を否定されて自信を喪失した彼女に対して、いったい俺は何をしてやれるだろう。

 

危険を顧みず仲間を助けたみほくんのことを褒めるべきか? ……いや、それはない。彼女が褒めて欲しい相手はあくまで西住師範だ。付き合いの浅い俺がその代わりを務められるはずがない。

 

ならば慰めてやろうか? ……これも違う。話を聞く限り、黒森峰にもみほくんの味方になってくれる人間がいたようだ。それならきっと、もうすでにその子たちが彼女を慰めているに違いない。

 

だったらどうすれば──そこまで考えて、みほくんの剣が眼前に迫っていることに気付いた。すんでのところで身を引いて、何とかそれを回避する。

 

あと1秒でも反応が遅れたら直撃していた。命の危機に晒され、今までの思考が全部吹き飛んでしまう。慌てて太刀を構え、みほくんと向き直り──真っ白になった頭にひとつの考えが浮かんだ。

 

思わず含み笑いを漏らす。あれだけ悩んでも妙案は思い付かなかったのに、頭を空っぽにした途端に〝答え〟がわかってしまったのだ。

 

どうやら俺は正解だけを探そうとするあまり、本当に大切なものを見落としていたらしい。灯台下暗しとはまさにこのことだろう。

 

それがどんなに正鵠を射た意見であっても、現実的になせねば不正解と変わらない。今の俺にしてやれることなどたかが知れている。だったらその中でできる最善を考えれば良いのだ。

 

教師として、友人として、みほくんにしてやれることは3つある。

 

「俺は、あのときのみほくんの行動は間違っていなかったと思う」

 

ひとつは、彼女の正義を認めることである。これに関してはあの映像を観て以来ずっと考えていたことなので、ただそれを口に出すだけで良かった。

 

みほくんの瞳が揺れた。振りかぶった木刀は、しかし重力に沿うようにゆっくりと落ちていく。

 

俺はその切っ先を両の太刀で受け止めた。

 

大洗女子(ここ)は西住流とは何の縁もない学校だから、無理に流派の教えを守る必要はないんだよ。西住流がみほくんの戦車道を否定するなら、そのときはみほくんの〝西住流(せいぎ)〟を示せば良いんだ」

 

もうひとつは、西住流とは別の道もあるのだと教えることである。

 

家元の娘として幼い頃から流派の考えに触れていたが故に、みほくんは戦車道と西住流が同じものだと思っているのではないかと俺は考えた。

 

言い換えれば、彼女は西住流以外の戦車道を知らないのだ。だからいくら合わないと感じていても、自分の心を西住流という型に嵌め込もうとした。西住流の戦車乗りであろうとしたのである。

 

流派とは無関係の俺が軽々しく口にして良い話でないことは承知の上だ。無責任だと罵られても仕方がない。たが、それでも無理をして傷付いたみほくんを見て見ぬふりすることはできなかった。

 

「で、でも、わたし……」

 

みほくんは言い淀む。

 

新しいことに挑戦する弊害とでも言えば良いか。たいていの場合、人間は変わることに対して過敏に反応するものである。

 

みほくんはたぶん、西住流とは別の道へ踏み出すことが怖いのだ。

 

彼女の気持ちはよくわかる。突然100年先の未来へ飛ばされ、元の時代に帰る術はなく、第2の人生を歩むことをになった──少し勝手は違うけれど、俺だって変わることを強いられた1人だ。

 

その先駆者として、彼女に掛ける言葉はこれしかない。

 

「沙織や華くん、それに俺だって──前へ進むのがつらくなったときに、君の手を取ってくれる人がそばにいる。怖くなったら周りを頼れば良い。俺たちは決して君を見捨てたりはしないから」

 

俺にとっての彼女や杏がそうであったように、一番つらいときに支えてくれる人がいるのは心強いものだ。たとえ躓いても次へ向けて奮起できるし、その人たちのためにも勇気を出そうと思える。

 

「──みほくんは決して1人じゃないんだよ」

 

俺はそう結んだ。

 

こちらの想いを余すことなく伝えたつもりだが、果たしてどこまでみほくんの心に届いただろう。

 

彼女は顔を俯かせたまま動かない……と思いきや、あるとき身体中の力が抜けてぺたんと座り込んでしまう。すぐさま構えを解き、手を差し伸べようと近付いたところ、小さな嗚咽が耳に入った。

 

ゆっくりとみほくんは頭を上げる。こちらを仰ぐ顔は、止めどなく溢れる涙で濡れていた。

 

「大神しゃん……わたし、わたし……っ」

 

「……無理に何か言わなくても良いよ」

 

空いた手で彼女の頭を撫でる。それで緊張の糸が切れてしまったのだろう、みほくんは声を上げて泣き出した。

 

心配して駆け寄ってきた沙織たちにみほくんを任せて、瀬川先生のところへ向かう。突然の事態にあわあわと取り乱す彼女に、俺は試合の中断を申し出た。

 

 

 




……そうです、三部作です。
お待たせした上に完結しなくてすみません。今回は8000字を過ぎた辺りで「これは1万字を超えるな」と悟りました。華撃団結成はもう少しおあずけです。

書き終えた感想としては、「いろいろと反省の残る話だったなあ」というところでしょうか。剣術の描写もそうですが、モノローグに改善の余地が残されている気がしてなりません。のちのち修正するかも知れないので、その辺りはよろしくお願いします。

それと、今回は「大神さんの青臭い正義感」をテーマにしました。ちゃんと表現できたでしょうか?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。