学園艦というだけあって、この船は大洗女子学園という高等学校──陸にある高等女学校とはまた違うものであるそうだ──によって運営がなされていると、道すがら西住さんが教えてくれた。なんでも、学園を中心としたひとつの街をそのまま切り取って船に乗せた形になっているのだという。どうりで甲板の先が視認できないくらい遠くにあるわけだ。聞けばこの学園艦には数万の住人がいるらしい。
艦内の行政に始まり、食料、住人の給料等は学園の支配下にある。したがって学園の長が、実質的な船の責任者であるという。そういう事情もあって、西住さんは件の大洗女子学園に案内してくれているのだが、
「…………」
「…………」
どうも言葉が続かない。
初めこそこちらの質問に応じる形で会話が成立していたのだけど、ある程度情報が集まった後に待っていたのは重苦しい沈黙である。
会話の糸口を見つけるために視線を移動させると、ちょうどこちらを仰いでいる西住さんと目が合った。数秒の間を置いて、どちらからともなく顔を背ける。言い忘れていたが、彼女はとても可憐な容姿をしている。したがって、直視するのは至難の業だ。
「黙っちゃってごめんなさい。男の人とお話をする機会なんてあまりないから、どんなことを言えば良いのかわからなくて」
かくして、西住さんも同じことを考えていたようだ。いや、きっと俺が感じる以上の気まずさを覚えているに違いない。これ以上彼女に負担を掛けるのも忍びないし、年長者としてこちらが一肌脱ぐとしよう。
「それより君のことが知りたいな」
とりあえず頭に浮かんだ台詞をそのまま口にして、すぐに後悔した。これではただの軟派者である。西住さんも頬を染めて落ち着かない様子だし、誤解されてしまったに違いない。すぐに訂正しよう。
「えっと、名前は西住みほで、出身は熊本、血液型はA型、10月23日生まれの天秤座で、ぬいぐるみ集めとコンビニ巡りが趣味です」
俺が声を出す前に西住さんが口を開く。どうやら普通に教えてくれるみたいなので、訂正の句は呑み込んでしまっても良さそうだ。
「好きな花は桜、好きな食べ物はマカロン、好きな戦車はⅡ号戦車で……」
途中耳に馴染みのない言葉が出てきたものの、せっかく自分から話してくれているのに水を差すのは悪いので聞き流す。
「それから憧れの人は──」
そこまで言って西住さんは口をつぐんだ。瞬く間に顔が真っ赤になり、わたわたと手を動かして動揺を呈す。ひとしきり慌てたところで落ち着いたらしい彼女は、こほんと咳払いをひとつして閑話休題とした。
「あ! 見えてきましたよ、あれが大洗女子学園の校舎です」
彼女が指差す先にあったのは、この辺りで最も大きな建物であった。なるほどこの船の中心というだけあって立派な趣である。
「今は春休み中で授業はありませんが、先生方はいるはずです」
「わかった。それなら西住さん、案内はここまでで構わないよ」
「え? でも……」
「これ以上君に迷惑は掛けられないからね。俺なら大丈夫さ」
このように念を押すと、やがて「そう言うのであれば」と消極的な肯定が返ってくる。これだけして貰ったのに、まだ恩を返しきれずにいると考えているようだ。西住さんは可憐なだけでなく、優しい心を持ち合わせているらしい。
「ありがとう。本当に助かったよ、西住さん」
「いいえ。こちらこそ、いろいろとお世話になりました」
互いに軽く頭を下げる。
「あのっ、大神さん!」
彼女自身無意識に飛び出た言葉だったのだろう、西住さんはつい先ほどと同じように慌てふためいていた。
「あ、えっと……早く東京に戻れると良いですね」
「ありがとう。もしまた会うことがあれば、そのときはよろしく頼むよ」
これを最後の挨拶とし、今度こそ目的地へ向かう。
学園艦の中枢を担う機関というだけあって、建物周辺の警備が徹底されているかと思いきや、校門の前には守衛の一人も付いていなかった。変に怪しまれる心配がないとはいえ、学園長に取り次いでくれる人がいないと不安になる。校門は開いているが、このまま進んでも良いのだろうか。少し考え、俺は躊躇いながらも構内へ足を踏み入れる。
しかし、これだけ広いと学園長がどこにいるのかわからないな。西住さんは他の教師もいると話していたし、そちらを探す方が効率が良いかも知れない。
などと考えているうち、水兵の制服を着た少女がこちらへ歩いてくるのに気付いた。小柄でおかっぱ頭、西住さんより幾らか幼いので教師ではなさそうだが、学園の関係者で間違いないだろう。
「そこのあなた、ちょっと止まってください」
言われて足を止める。向こうから声を掛けてくれたのなら話が早い、学園長へ取り次いで貰おう。そんな風に考えていたのだが、こちらへやってきた少女は俺が口を開く暇も与えずこう続けた。
「あなたは学園関係者ではありませんよね? 外部からのお客様の場合、受付で入校許可証が渡されているはずですが」
「ああ、すみません。学園長に用があるんだけど、どういう手順を踏む必要があるのかわからなかったから、校門から入ってきたんだ」
俺の言葉を受け、少女の顔が険しくなる。
「つまり、正規の手続きを経て中に入ったわけではない、と」
「そうなるね。もし良ければ取り次ぎを──」
「学園内に変質者入ってきたわ! 総員、確保しなさい!」
言い終わるより先に、少女がそう叫ぶ。それに応じて、瞬く間に彼女とよく似たおかっぱ頭の女の子が集まり始めた。
「いいっ!? 待ってくれ、俺は別に怪しい人間じゃない!」
「言い訳無用! 変質者はみんなそう言うの。弁解は守衛さんに聞いて貰うことね」
両腕を拘束される。女の子が相手なので下手な抵抗もできず、俺はされるがままにどこかへ連行されることとなった。
このまま変質者として届けられれば、誤解を解くのに時間が掛かってしまうに違いない。それは同時に、上官への連絡が遅れることになる。言い訳が許されないのなら、せめて話のわかる人が守衛なら良いなと、俺は諦め気味に考えた。