戦車大戦-大洗華撃団、出撃せよ!-   作:遠野木悠

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近頃忙しかったため、なかなか書く時間が取れず投稿が遅れてしまいました。
これ以降もしばらくは不定期での更新になるかと思います。申し訳ありませんが、どうかご容赦ください。


勝負の行方

 

恥ずかしながら泣いている女の子にどう声を掛けたら良いかわからなかったので、引き続きみほくんのことは沙織たちにお願いすることにする。その間に俺はもう一度杏たちと話をしたり、学園長や瀬川先生と勝負を続けるべきか協議したりした。

 

その結果、最後までやるかどうかはみほくんの希望に沿う方針で意見がまとまる。

 

15分ほど休憩を挟んだのち、みほくんの方から試合を続けたいと要請があった。俺はそれを承諾し、手早く再開の準備を済ませる。

 

「あの、大神さん」

 

開始線へ向かおうとしたところ、みほくんに呼び止められた。

 

「正直なところ、前へ進むのはまだ怖いんです。だけど今ならちょっとだけ勇気を出せそうで……大神さんがわたしと向き合ってくれたから、やっとそう思えるようになりました」

 

「あくまで俺はきっかけを作ったに過ぎないよ。そう考えられるようになったのは、他の誰でもないみほくんの力だ」

 

「それでも、わたしは大神さんの言葉に心を救われました。本当にありがとうございます」

 

涙と一緒に余計な感情も外へ出すことができたのだろう、みほくんの声にはに今までの〝迷い〟が感じられなかった。

 

これ以上否定するのも野暮だと思った俺は、肩から荷が下りたことを実感しつつ「どういたしまして」と口にした。

 

「……それと、見苦しいところをお見せしてすみませんっ」

 

早口にそう言って、みほくんは開始線へと駆けて行く。せわしなく木刀を構えた彼女は、目の周りだけでなく頬も赤らんでいた。

 

「それじゃあ、四戦目を再開します。──始め!」

 

瀬川先生の声で近間まで詰め、みほくんは初撃を放つ。威力も速度も申し分ない一撃だ。

 

迫る剣を弾き、攻撃後の隙を狙って右の太刀を振り上げる。こちらの動きを読んでいたらしく、彼女はその軌道に木刀を合わせて受け止めた。

 

剣と剣がぶつかり合う鈍い音が響く。その中で、俺はみほくんの変化を実感していた。

 

受けるたびに痛みを覚えるほど一撃が重たいのに、攻めの周期はまったく衰える様子がない。身体に余計な力が入っていない証拠だ。

 

何より彼女の顔は生き生きとしていて、純粋に試合を楽しんでいるように思える。

 

「病は気から」なんてことわざにもある通り、人は自分で考えるよりずっと己の感情に影響されるものだ。少し考え方を変えるだけで結果に違いが出ることもあるし、今のみほくんのように楽しんで事に当たれば時に実力以上の力を発揮することもある。

 

みほくんの連続斬りを丁寧に捌いていたところ、あるとき急に威力が弱くなった。仕掛けてくる。どんな事態にも対応できるよう、俺は両手の太刀を下段に構え直した。

 

踏み込みと同時に木刀が振り下ろされる。右の太刀で受け止めようとしたが、剣と剣がぶつかる直前にみほくんは身を引いた。

 

続けざまに彼女は袈裟斬りを放つ。直前の行動の意味がわからず困惑していた俺は、一瞬反応が遅れて攻撃を許してしまった。

 

みほくんの木刀は、中段より少し下にあった俺の左の太刀を叩く。

 

今度はこちらの戦力を削ごうとしてきたか。その衝撃で手が痺れてしまったものの、ここで放すわけにはいかないと夢中で柄を握る。

 

俺の気合いが勝ってなんとか落とさずに済んだものの、上手く力が入らず、太刀の動きを封じるように被せられた彼女の木刀を払うことができない。

 

だが、こちらの武器はまだ残っている。みほくんは左の太刀に意識を集中しているようだし、反撃するなら今しかない。

 

右の太刀を素早く持ち上げる。俺の動きを察知してみほくんは顔を上げたが、あいにく攻撃を防ぐには少しばかり反応が遅い。

 

我ながら完璧な奇襲で一本取った──そう考えたのも束の間、彼女の表情を目にして思わず太刀筋がぶれてしまう。

 

子供が悪戯を企てているときのような、楽しくて仕方がないといった顔をしていたのだ。

 

体勢はそのままに、みほくんは左の手を木刀から放す。そして、自らの腕を俺の剣の軌道へと持っていったのだ。

 

──このままだとみほくんが怪我をしてしまう!

 

咄嗟に剣を引いて直撃だけは免れた。しかし、無理な身体の使い方をした反動で俺の右腕が硬直してしまう。

 

その間に木刀を握り直したみほくんは、大きく振りかぶってもう一度左の太刀を叩く。今度こそ衝撃に負けて手から離れたそれが、床に落ちて乾いた音を鳴らした。

 

小さく息をついて、みほくんはふにゃりと頬を緩める。

 

俺の得物を奪うためとはいえ、躊躇なく自らの腕を囮にした女の子と同一人物とは思えない、何とも気の抜けた笑顔だった。

 

「これでようやく一矢報いることができました!」

 

「……ああ、素晴らしい立ち回りだったよ」

 

少し迷ったのち、俺は賞賛の言葉を送った。

 

危ない作戦だと注意すべきかも知れないが、それは試合が終わってからでも良い。瀬川先生が何も言わない以上、試合はまだ続いているのだ。俺は得物を失った左手を右の太刀に添え、正眼の構えを取る。

 

それを見てみほくんは後退する。試合が中断されることはなかったものの、心理的に仕切り直しをしたいのかも知れない。

 

そんな推測とは裏腹に、彼女は構え直すよりも先に床を蹴った。間合いを詰めながら切っ先をこちらへ向け、放たれるは神速の突きだ。

 

ただでさえ得物を片方奪われてしまったというのに、これ以上の無様を晒してなるものか──という意地でもって遮二無二身体を動かし、俺はみほくんの攻撃に木刀を合わせる。そのまま刃を滑らせるようにして受け流し、突きの勢いを殺したところで切り返した。

 

今の一撃に全力を注いでいたみほくんは、反応はできても対応はできないといった苦々しい面持ちで俺の反撃を受ける。これが有効打だと認められ、四戦目も俺が制する結果となった。

 

互いに開始線へと戻り、息を整えたところで試合再開が宣言される。

 

いよいよ勝負の終わりが見えてきた五戦目、みほくんは持ち前の速さを軸に手数で攻める作戦を選んだ。先ほどの大胆さとは裏腹に、長所を生かすその立ち回りは堅実であるといえる。

 

得物を片方失って万全の状態とはいえないが、剣術の基本である一刀の動きは心得ているので、少なくとも今の状態が続く限り劣勢になることはないはずだ。仮に力の均衡が崩れることがあるとすれば、それはみほくんが奇を衒った策に打って出たときだろう。

 

彼女の表情はまだ死んでいない。俺に反撃の隙を与えぬように攻めながら、絶えず突破口を探して視線を彷徨わせている。このまま負けるわけにはいかない。そんな気迫が伝わってくる。

 

みほくんは大きく振りかぶって俺の太刀を横薙ぎにした。次に繋がらない力任せの一撃は、彼女が行動を起こす合図だ。

 

すぐに太刀を構え直して受けの準備をする。対するみほくんは仕掛けてくるのではなく、逆に距離を取った。

 

そこで構えを解いた彼女は、駆け足で試合場を反時計回りに進み、道中にあったもの──四戦目で俺が落とした得物を拾う。それから素早くこちらへ肉薄し、両の木刀を交差させるように振り下ろした。

 

落とした得物を拾ってはならない、というのは俺にだけ適応される決まり事なので、それをみほくんが拾って使うことに問題はない。瀬川先生たちは極力介入しない立場を取っているため、床に残されていた俺の得物だが、まさかそれを再利用するとは思わなかった。

 

当たり前の話ではあるけれど、太刀は両手で握る武器である。二刀流はその前提に背いた運用法であるため、たとえ一刀に慣れた人でも上手く使いこなせるとは限らない。

 

普通は両手で振るうものを片手で扱うことになるため、二刀流にはかなりの膂力(りょりょく)が必要になる。百戦錬磨、一騎当千の実力を誇る姉ならばともかく、普通の女の子には荷が重いのではなかろうか。

 

などという俺の考察はまったくの見当違いで、みほくんは思ったよりもずっと二刀流を使いこなしていた。さすがに両手持ちのときより一撃は軽いが、それと引き換えに手数が倍加している。剣に振り回されている様子もないし、どうやらジョギング以外にもきちんと身体作りをしているらしい。

 

「戦車道を始めて最初に任される仕事は砲弾の装填ですから。これでも腕力には結構自信があるんです……っ!」

 

言って、みほくんは左右の木刀を同時に振り下ろした。俺は横一文字に得物を構えてそれを防ぐ。攻撃の反動で彼女の両腕は持ち上がり、がら空きになった脇腹目掛けて俺は引き胴を入れた。

 

みほくんは飛び退いてそれを躱し、2本の木刀を中段に構える。再び近間へ詰めた彼女は、こちらの防御を崩すべく今まで以上に鋭い連撃を放った。

 

しかし、残念ながら俺には届かない。

 

姉の指導は二刀流での立ち回りが基本だったので、実際に相対したとき、俺は一刀よりも二刀を相手にした方が上手く動ける。彼女には悪いが、この作戦ではいくら粘ったところで勝ちの目は薄いだろう。

 

攻撃を続けるうち、徐々にみほくんの動きは緩慢になっていった。いくら膂力があっても、慣れない動きをしていれば嫌でも疲労は溜まる。もしかしたら、決着の時は近いのかも知れないな。

 

自らの劣勢を悟ったのか、みほくんは攻撃に見切りを付けて遠間の外まで後退した。すっかり息が上がっている。そろそろ体力も限界のようだが、しかしその目に宿る闘志はまだ死んでいない。

 

小休止を挟んで呼吸を整えた彼女は、額の汗を手の甲で拭うと、

 

「これだけ打ち込んでダメなら、あとはジリ貧になる一方です。……悔しいですが、今のわたしじゃどれだけ粘っても試合を長引かせるだけで、大神さんから一本を取れる気がしません。だから──」

 

みほくんは右の木刀の切っ先をこちらへ向け、宣言する。

 

「〝次〟にわたしの全部をかけます。それで決着を付けましょう」

 

潔い決断である。瀬川先生に意見を仰ぐと、ややあって首肯が返ってきた。主審である彼女が認めるなら、こちらから断る理由はない。

 

「わかった。ならばみほくん、君の全力を俺に見せてくれ」

 

「はい!」

 

その場で半身になったみほくんは、左の木刀をこちらへ向け、右の木刀を振りかぶる。仕掛けるにはいささか遠い位置だが、上段に構え直すのだろうか。

 

頭の先まで木刀を持ち上げたみほくんは、ひと呼吸置いて背中を反らし、身体のバネを利用して勢い良く投擲(とうてき)した。円を描く軌道で放たれたそれは、まるでインディアンが扱う手斧のようである。

 

またしても定石を無視した戦法に驚いて初動が遅れてしまうが、それでも努めて冷静に木刀を叩き落とす。問題はこの後で、俺が投擲物への対処をしている間に、みほくんは次の行動に入っていた。

 

気付いた頃にはすでに彼女は遠間の中におり、なおも全速力でこちらへ迫っていた。もう片方の木刀を両手で持ち直しているし、自分の間合いに入ればすぐにでも攻撃が可能な体勢である。

 

回避行動は間に合わない。ならばどうすべきか。考えるよりも先に俺は太刀を納め、軽く腰を落として両足に力を込める。

 

近間へ入ったところで、みほくんは大きく飛び跳ねた。そして上空から振り下ろされるのは、彼女の体重を乗せたまさに全力の一撃だ。

 

迎撃のタイミングを誤ってしまえばみほくんが怪我をしてしまうかも知れない。俺は明鏡止水の心持ちでその一瞬を待った。

 

「狼虎滅却──」

 

慣れ親しんだ言葉とともに太刀を引き抜いた。なるだけ速く、鋭く──名前の通り太刀筋が光って見えるような居合い斬りで応じる。

 

「はああああああ────ッ!」

 

「紫電一閃ッ!」

 

剣と剣、想いと想いがぶつかり合い、これまでのものとは違う耳障りな音が道場全体に響き渡る。それは、俺の居合いを受けたみほくんの木刀が中ほどのところでへし折れた音だった。

 

慌ててみほくんの姿を確認する。攻撃の瞬間に床から足を離していたがためだろう。力の逃げ道がなく、衝撃をもろに受けた彼女は後ろに投げ出されてしまっていた。

 

俺は太刀を捨ててみほくんの落下地点へ先回りをし、どうにかその身体を受け止める。

 

「わっ」

 

横抱きの形ですっぽりと俺の懐に収まったみほくんは、場にそぐわないおっとりとした声を上げ、そして小さくはにかんだ。

 

「えへへ、負けちゃいました」

 

「いいや、勝負は君の勝ちだ」

 

「え?」

 

どうやら状況を把握できていないらしい。両手が塞がっているため、俺はその根拠を顎で示すことにした。

 

それに合わせてみほくんは首を動かす。その先には、驚きの表情を浮かべつつもみほくんの有効を示す赤い旗を掲げる瀬川先生がいた。

 

「あれ? でもわたし、最後の打ち合いに押し負けたはずじゃ……」

 

「その後、俺は空中に投げ出されたみほくんを助けるために木刀を手放してしまったからね。事情はどうあれ、これで左右両方の得物がなくなってしまったわけだから、勝負の取り決めに則って君の一本になったんだよ」

 

みほくんは頬を膨らませた。意に沿う決着の仕方でないことが不満らしい。

 

そう思う気持ちもわからないでもないが、いつまでも道場を借りているわけにもいかないし、たとえ他の場所を見つけられたとしても、これから再戦となれば体力的にも厳しいものがあるだろう。どうしても続きがやりたいというなら後日相手になるとして、今は彼女に訊いておかねばならないことがあった。

 

「ともかくこれで勝負はついたわけだけど……どうだろう。俺は君の心の迷いを晴らしてやることができたかな?」

 

みほくんがどう答えるのかおおよその見当は付くけれど、今回の勝負を行うにあたっていろいろと協力してくれた学園長や瀬川先生、場所を提供してくれた剣道部のみんな、彼女を支えてくれた沙織たちのためにも本人の口から聞いておく必要がある。

 

何より、勝負の相手を務めた身として俺もそれを知りたかった。

 

「えっと、それについてはお陰様で──」

 

言いながら顔を上げたみほくんは、俺と目が合ったところで口をつぐんだ。みるみるうちに頬が朱に染まっていく。どうしたのだろうと見つめ返してみると、ふいっと顔を逸らされてしまった。

 

あー、やうー、といった特別意味がなさそうな唸り声を上げたのち、みほくんは消え入りそうなほど小さな声でこう言った。

 

「あの、わたし……戦車道、やります」

 

 

 




さて、今回でようやくみほとの勝負も一段落しました。
時間は掛かってしまいましたが、これでようやく話を進めることができますね。

大神さんの必殺技の中で1番好きなものを出せたので、個人的には満足しています。
みなさんはどの技が思い出に残っているでしょうか?

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