戦車大戦-大洗華撃団、出撃せよ!-   作:遠野木悠

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お待たせしました、第二幕の最終話です。




チームの名前は──

待ちに待った戦車道の授業初日──ある意味で学園存続の分水嶺ともいえるこの日も、艦上には突き抜けるような青空が広がっていた。遠くに見える空と海の境目が陽に照らされ、ゆらゆらと煌く様が何とも幻想的である。

 

かくも清々しい光景は、俺たちの行く末を暗示しているのではなかろうか。そんな希望的観測に心が踊り、つい日課のジョギングにも力が入ってしまう。一緒に走っているみほくんが悲鳴にも似た声を上げるまで、全力で走っていたことに気付かなかったほどだ。

 

しかし節目の日でも平日に変わりはないので、出勤までの動きはいつもと変わらない。校舎に入ったところで杏と別れ、いつもの服に着替えてから生徒会長室へ向かう。

 

授業が始まるまでの時間で最後の確認を行なっていたところ、米田学園長が訪ねてきた。

 

「よう、大神」

 

「おはようございます、学園長」

 

挨拶を済ませ、お茶でもお出ししようと思ったところで待ったが掛かる。

 

「お前さんも忙しいみてえだし、今は気持ちだけで構わんよ」

 

それから学園長は真面目な表情を作った。

 

「結局、受講者はどれくらい集まったんだっけか?」

 

「みほくんたち2年生を筆頭に18名──杏たちを入れて21名になります」

 

「少しばかり寂しい数字だが、うちの事情を考えりゃあ案外妥当なところかも知れん」

 

「倉庫のあれ(・・)が5人乗りですから、単純計算で5台……正直なところ、これでも戦車が足りるかどうかわからないですしね」

 

「……すまねえな。俺より前の学園長が決裁書類を処分しちまったもんだからよ。種類はもちろん、数さえこちらは把握できていねえんだ」

 

頭を下げようとする彼を慌てて止め、俺は強引に話を進める。

 

「受講者の子たちには申し訳ないですが、とりあえず今日は戦車を探すところから始めようと思っています」

 

「それもやむを得んか。まあ、どうしても必要台数が集まらんときは俺に相談してくれ。文科省からの助成金も幾らかあるし、最悪県に借金すりゃあ廃棄寸前の戦車が買えるやも知れん」

 

この学園艦の解体を望んでいる文科省が助成金を出すなんて不思議に思えるかも知れないが、なんてことはない。戦車道の教育に力を入れるという国の方針から、申請さえ通ればある程度の資金を確実に担保して貰えるのだ。その分金額には融通が利かず、他校はもっぱら周辺機器や弾薬、合宿等の遠征費用に充てるらしい。

 

そんな話をしているうち、受講者の子たち全員の出席を確認したと柚子くんから報告があった。時計を見ると、もうじき始業のチャイムが鳴る頃合いである。

 

「それじゃあ大神、頑張ってこい」

 

そう残して部屋を出た学園長に敬礼を返し、俺は柚子くんを連れて集合場所──かつて使用されていた戦車の格納庫を目指す。

 

いよいよ授業が始まると思うと少しばかり緊張してしまう。隣を歩く柚子くんに悟られぬよう、ズボンのポケットに入れた拳を握り込んで武者震いを抑えた。

 

格納庫はグラウンドの脇に建てられており、校舎を出てすぐのところからでも見ることができる。またそれはあちらも同じで、一部の生徒が俺たちの姿を視認するなり幾つかの声が上がった。もしかしたら、みほくんとの勝負を観戦していた子もいるのかも知れない。

 

それはそれで交流を深めるきっかけになるから良いだろう、と考えをまとめるのと同時に集合場所に到着した。

 

受講者の向かいに立つ杏の横へ並び、その顔触れを確認する。みんながみんな可憐な容貌をしていることは置いておいて、みほくんたちや秋山さんなど、見知った生徒の姿もあった。みなの顔に浮かぶのは、新しいことに挑戦する不安……かと思いきや、期待の色の方が大きそうである。心なしか、視線が熱を帯びている気がした。

 

慣れない扱いに戸惑いながら、俺は用意していた挨拶を暗唱する。

 

「オリエンテーションのときにも自己紹介をしたからわかっているとは思いますが、改めまして、本日付で戦車道の授業を受け持つことになった大神一郎です。この春にこの学園に赴任したばかりの新米教師で、至らないところもあるかも知れませんが、粉骨砕身の覚悟で頑張りますのでどうぞよろしくお願いします」

 

いったん言葉を切って頭を下げる。ややあって沸き上がった拍手をこそばゆく思いつつ、今度は口調を崩してこう続けた。

 

「とまあ、硬い挨拶はここまでにして……君たちがこの授業を取ってくれたことを心から嬉しく思うよ。実績も何もない一からのスタートになるけれど、だからこそみんなで良いチームになるよう力を合わせて頑張って欲しい」

 

口を動かしながら、一人ひとりの顔を確認して行く。

 

「だけど気負う必要はないよ。とりあえず今は実際に戦車に乗ってみて、戦車道という競技を楽しめるようになることを目標にしよう。前に言った全国優勝というのは、そのおまけ程度に考えておいてくれれば構わないよ」

 

ただでさえ初めてのことだらけの彼女たちにこれ以上の重荷を背負わせたくはなかったので、学園の実情は伏せておくことにした。いずれ話すときが来るかも知れないが、少なくともそれは今ではない。これに関してはみほくんにも納得して貰っている。

 

「俺からの話はここまでにしておいて、次はこのチームの隊長に挨拶をして貰うことにしよう。さあ、桃。頼んだよ」

 

こちらの声に応じて桃が前に出る。

 

「大神教官からの紹介があった通り、チームの隊長を任された河嶋桃だ。なにぶんわたしも戦車道の経験に乏しく、みなに負担を掛けさせてしまうかも知れないが、どうかよろしく頼む」

 

結局、杏や柚子くんと比べて比較的手が空いている桃に隊長をお願いすることにした。消去法のような形になって申し訳ないが、彼女は彼女でやる気を出してくれているし、こちらとしても期待している。

 

しかしながら、桃は凛とした外見とは裏腹にどこか抜けている上、あがり症のきらいがある。彼女の名誉のためにみなには黙っておくが、実は先ほどの挨拶は手のひらに書いた文章を読み上げていた。これを機に精神面での成長も成し遂げることができたら幸いである。

 

そんな風に考えているうちに桃の挨拶が終わった。途中、原稿にはないこの学園の歴史についても話していたが、割愛させていただこう。

 

次に、みなの自己紹介を済ませておくことにした。名前と出身──公立高校ということで茨城出身の子が大半だった──、それから簡単なPRとでも言おうか、自分のことを30秒程度で好きに話して貰う。丸山さんという子がほとんど何も喋らなかったのには驚いたけれど、お陰で1番に顔を憶えることができた。緊張してしまったのかも知れない。他のみんなについては時々言葉に詰まることはあっても話し切ってくれたので、個々の人柄を知る良い機会になったと思う。

 

概ねつつがなく全員の話が終わり、満足げな表情で場所を譲った桃と替わって、今度は杏が前に立った。

 

「んじゃあ、ここまでで何か質問とかあるかな。どんなことでも良いよ。あたしたちや一郎叔父──じゃなくって、大神先生に訊いていておきたいことがあったら手を挙げてくれる?」

 

みほくんや生徒会を除くほぼ全員が手を挙げた。授業に入る前からこれだけ関心があるなんて、熱心な子ばかりで感動してしまう。

 

しかし俺とは違う感想を抱いたのか、杏の表情は芳しくない。

 

「若い男が少ないうちの事情を鑑みれば察しが付くけどさ……今手を挙げた中で、純粋に戦車道のことについて訊きたい子っている?」

 

これを受け、あれだけ勢い良く伸びていた手がみるみるうちに下がって行く。結局、残ったのは秋山さんとごく一部の子だけだった。

 

「みんな一郎叔父に興味津々みたいだし……生徒との交流って意味も兼ねて、いったんみんなとお話する時間を取ろっか」

 

杏は諦観とも取れる含み笑いを浮かべてそう言った。

 

こちらとしては出鼻を挫かれた形になったけれど、彼女の言うことはもっともである。生徒との信頼関係を築く以前に、まずはみなのことを知っておきたい。こちらの事情のすべてを明かすことはできないが、俺自身のことを会話の取っ掛かりにできるのなら幾分言葉に詰まることもないだろう。

 

1台の戦車に複数人で搭乗する性質上、友人同士で受講した子が多いらしい。すでに幾つかのグループができているようなので、俺から見て近い順に回って行くとしよう。最初は……1年生の子たちである。

 

誰が最初に質問したいか訊くと、みんな一斉に手を挙げた。その中から俺は、「あい!」と元気良く声を上げた桂利奈──話をする前に全員名前で呼んで欲しいと要望があった──を指名する。

 

「大神先生は付き合ってる人っていますか?」

 

桂利奈の問いを受け、割と離れたところにいるみほくんと沙織がこちらを見る。特に沙織はいつになく真剣な表情をしていた。

 

やはり年頃の乙女ということもあって、みなこの手の話題が好きらしい。他の1年生の子たちも、心なしかそわそわしているように思える。

 

「そうだな……俺自身、学生時代は勉強ばかりしていたから女性とは縁がなくてね。残念だけどみんなに話せるようなことはないよ」

 

俺の回答に周りがざわつく。期待を裏切ってしまっただろうかと思いつつ、しかし嘘をつくのも憚られるので、いっそのこと次の質問を受けてしまうことにした。

 

「先生は大洗の出身なんですか?」

 

「いいや、違うよ。隣の栃木県の出身だ」

 

「誕生日と血液型を教えてくれませんかぁ?」

 

「えっと……1月3日生まれのA型だよ」

 

「先生って背が高いですけど、何センチくらいあるんですか?」

 

「確か採用前の検査で測ったときは176センチだったかな。成人男性の平均より少し高いくらいだし、君たちと比べると大きく見えるかも知れないね」

 

「戦車道をやるとモテるって本当ですか?」

 

「それは人それぞれだと思うけど……参考までに俺の友人を例に挙げると、戦車道を嗜む女性は清楚で素敵だと話していたかな」

 

あゆみくん、優季くん、梓くん、あやの順番で投げられた問いにひとつずつ答えを返して行く。本当に俺個人への質問ばかりだったけれど、訊かれたら困る部分には触れられなかったのでひと安心だ。

 

あらかた疑問も出尽くしたところで、今度はこちらから彼女たちへ話を振る。その最中、裾を引っ張られたので顔を向けると、いつの間にかすぐそばへ来ていた紗希くんがこちらを見ながら、

 

「……パパ」

 

彼女の発言に、辺り一帯がどよめいた。俺自身も動揺のあまり声が出せなくなってしまう。いったいどういうことなのだろうか。

 

「先生、ちょっとだけパパに似てる……ます」

 

そう続けて、紗希くんは微かに頬を染める。

 

「あ、ああ、そうなのかい」

 

学園艦には中等部も併設されている。もしかしたら彼女は、長いこと家族と離れて生活しているのかも知れない。その寂しさがつい表に出てしまったのだとしたら、驚かせたことを咎めるのは気が引ける。

 

かつて〝大神一郎〟が新之介にしてやったときの気持ちを思い浮かべながら、そっと紗希くんの頭を撫でてやる。彼女は抵抗することもなく、まるで今にも寝てしまいそうな子猫のように目を細めた。

 

 

 

 

 

「大神先生はバレーボールについてどう思いますか!?」

 

1年生組と別れ、次のグループのところへ向かったところ、典子くんが開口一番にそう尋ねてきた。

 

「バレーボールというと、確か排球のことだったかな。それなら学生時代に少しだけやったことがあるよ。個人的にはなかなか楽しい競技だと思うけど、それがどうかしたのかい?」

 

「実はバレー部の新しい顧問の先生を探しているんです。それで、もし良ければ大神先生に引き受けていただけたらなと思いまして」

 

「顧問か。なってあげたいのは山々だけど、そこまで詳しいわけじゃないし、教師なったばかりでいっぱいいっぱいだからなぁ」

 

「それについては問題ありません! 基本的に練習は自分たちでやりますし、まだ部員が足りなくて試合にも出られませんから。名前だけでも貸してくれたら……いいえ、暇なときだけでも練習を見に来てくれれば十分ですので、どうかお願いします!」

 

典子くんの声に合わせて妙子くん、忍くん、あけびくんもこぞって頭を下げた。ううむ、ここまで真摯に頼まれると断りづらい。

 

「……わかった。名前を貸すくらい別に構わないし、手が空いたときなら練習にも顔を出せると思う。その代わりと言っては何だけど、気分転換にもなるだろうし、たまに練習に参加させてくれないかな?」

 

「もちろん大歓迎ですよ、大神コーチ!」

 

「よろしくお願いします、コーチ!」

 

「一緒に練習頑張りましょう!」

 

「目指せインターハイ!」

 

4つの「おー!」という声が重なる。

 

勢いで顧問を引き受けてしまったけれど、果たして俺に務まるものなのか……まあ試合には出られないようだし、典子くんたちが自主的に活動してくれるのならそこまで負担はないだろう。

 

彼女たちが笑って活動できる未来を作るためにも、何としても廃校を阻止しなければならない。

 

とりあえず今日のところは図書館でバレーボールの教本を借りることから始めるとしよう。

 

 

 

 

 

「ようやく我々の番が回ってきたか」

 

「待ちわびたぞ、元帥!」

 

バレー部の次に話をすることになったのは、一見すると仮装をした子のグループだった。聞けば彼女たち揃って歴史に明るく、服装も好きな偉人を模したものであるという。

 

赤いマフラーを首に巻いたカエサルと、緑色の軍帽を被ったエルヴィン──記録によれば先の戦争で名を馳せたドイツ陸軍の将校の名前らしい──が言葉を連ねる。紋付の着物を羽織ったおりょうと六文銭の額当てをしている左衛門佐も、こちらへ詰め寄らんとする勢いだ。

 

彼女たちの様子に心当たりがないわけではない。杏やみほくんはもちろん、柚子くんや一部の先生からも同じ反応をされたことがある。要は俺ではない大神一郎について何かしらの知識を持っているのだ。

 

そういう相手に対し、決まって俺はこんな方便を返す。

 

「よく誤解されるというか、勘違いされてしまうんだけどね。俺は君たちの知る大神一郎とはまったくの別人だよ」

 

そう告げると、4人はまるで雷にでも打たれたと言わんばかりの衝撃を受けた。

 

「え、いやだって同姓同名だし……出身地も元帥と同じ栃木だって」

 

「出身地に関しては本当に偶然なんだ。名前については父が歴史好きな人でね、苗字が同じという理由で一郎と名付けられたそうだよ」

 

「この前剣道場で披露していた二天一流の腕前は決して伊達ではあるまい。かの大神元帥と同じ、一朝一夕では会得できない技のはずだ」

 

「それについては否定しないよ。歳の離れた姉が熱心だったこともあって、物心付いた頃にはもう二天一流の稽古を始めていたからね」

 

「か、顔が若い頃の元帥とそっくりぜよ!」

 

「確かによく似ていると言われるけれど……考えてみて欲しい。彼が半世紀以上前に亡くなっていることは、歴史に明るい君なら知っているだろう。それとも、俺が明冶生まれの人間に見えるかな?」

 

少し意地悪な言い方かも知れないが、曖昧にしてはいけないことだと思うので、いっそのこと真正面から彼との関連性を否定しておく。

 

あてが外れたといった様子で彼女たちは頭を垂れた。思ったよりもショックを受けていて、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。

 

「……いや、たとえ先生が大神元帥本人でないとしても、これだけ条件が重なっているのに赤の他人と割り切るのはどうなのだろう」

 

ふいに聞こえたカエサルの呟きに、他の3人が顔を上げる。互いを見合わせたのち、彼女たちは再びこちらに目を向けた。

 

「よもやこれは偶然の産物などではなく、約束された必然で……きっと先生は名前と一緒に元帥の魂をも受け継いでいるに違いない」

 

先ほどまでの落胆はどこへ行ったのだろう、カエサルは高らかにこう続けた。

 

「ともすればそれは、かの人物の志を継いだ我々と本質的に同じではなかろうか」

 

「うむ」

 

「確かにその通りだ」

 

「違いない」

 

俺本人を置いてけぼりにして、彼女たちはうんうんと頷き合う。なんだか事態がややこしくなっているように思うのは気のせいだろうか。

 

などと考えていると、4人を代表してエルヴィンが俺の前に立って、

 

「今ここに新たな同志の誕生を宣言しよう。我々とともに高みを目指そうではないか、大神先生──いや、元帥!」

 

「いや、さっきも言ったけど俺は、」

 

改めて否定しようとしたところで、それを遮らんと彼女は手を突き出す。

 

「みなまで言わずともわかっているさ。先生と元帥は別人……けれどもせっかく同じ名前を貰ったのだし、伝説の軍人と名高い彼にあやかってみるのも悪くないとわたしは思うのだが、どうだろう?」

 

「確かに良い考えだと思うけれど……」

 

憧憬の対象がある意味でもう1人の自分というのが複雑な心持ちである。

 

その後も戸惑う俺を尻目に彼女たちはどんどん話を進めて行き、気付いた頃には当初の予定通り「元帥」と呼ばれるようになっていた。

 

 

 

 

 

「あー、えっと……お疲れ様です、大神さん」

 

度重なる質問や予想通りに進まぬ会話で体力を消耗したのが表に出ていたのだろう、俺を迎えるなりみほくんは困り顔でそう言った。

 

いくら仲の良い子たちが相手とはいえ、気の抜けた姿を生徒に見せては示しがつかない。お礼を口にする一方で、俺は内心で反省する。

 

3人と向き直ろうとしたところで、少し離れたところから優花里が俺たちの方を窺っているのに気付いた。もじもじとしているのは、もしかしたら話の輪に入りたくても入れない心の表れなのかも知れない。そう考えた俺は、みなに断った上で彼女を招く。

 

優花里は恥じらいながらも嬉しそうにこちらへやって来ると、自己紹介ののち改めて「混ぜていただけて光栄です!」と頭を下げた。

 

元々名前通りの優しい子だし、人懐っこい沙織が間を取り持ってくれたこともあって、優花里はすぐに他の2人とも打ち解けることができた。どうもみほくんのことを知っているようだが、彼女が戦車道に精通していることを考えれば特段おかしなことでもないだろう。

 

交友も一段落したところで、改めて俺は口を開いた。

 

「そろそろ質問を受け付けようと思うんだけど……そうだな、まずは優花里から話を聞かせて貰えるかい?」

 

目に付いた優花里を指名すると、彼女は申し訳なさそうに首を振った。

 

「あー、実はですね。わたしも先生と大神元帥の関係が気になっていたのですが、別の方にすでに質問されてしまったので……とりあえず先生のことを戦車道風に司令と呼んでもよろしいですか?」

 

「もちろん構わないよ。他の子もそうだし、好きに呼んでくれ」

 

「了解しました! では、大神司令と呼ばせていただきますね」

 

びしっと敬礼をした優花里にこちらも同じように敬礼を返す。

 

次いで俺は他の3人に目を向ける。確かみほくんは手を挙げていなかったので、残るは沙織と華くんだが、

 

「君たちとは授業外でもよく会うし、今更話をするようなこともないんじゃないかな」

 

「そんなのダメだよ! わたしだってせんせーとお話ししたくて待ってたのに、他のみんなだけずるい!」

 

ぶー、と沙織が不満げに唇を尖らせる。

 

「わかった。ならば沙織は俺に何か訊きたいことはあるかい?」

 

「うぇ!? ……いや、その、元々考えてた質問は他の子にされちゃったから、特に訊きたいことはないんだけどね。でもさ、わたしたちだけなんにもないのはちょっと寂しいっていうか」

 

「だけど、普通の話ならいつでもできるしなぁ……何も今この場で済ませなくたって、沙織さえ良ければ俺はいつでも相手になるよ」

 

このくらいの歳の子だと、友達には打ち明けづらいような話のひとつもあるに違いない。そういった悩みの捌け口になってやるのも、きっと教師の仕事のうちに含まれるのだろうと思う。

 

「あ……うん。せんせーがそう言ってくれるならそれでも良いかな」

 

心なしか早口で言い、そのまま沙織は顔を伏せてしまう。それっきり黙ってしまったので次の質問を募ると、今度は華くんが手を挙げた。

 

「つかぬことをお伺いしますが……大神先生は、花は好きですか?」

 

「え……」

 

「──ちょっと華!?」

 

彼女の問いにみほくんが乾いた声を漏らし、沙織が勢い良く顔を上げた。優花里でさえ驚きのあまり目を見開いている。果たして、今の質問にそこまで過剰反応する要素などあっただろうか。

 

「こ、こここ、こんなところで告白なんて、華ってば大胆過ぎ!」

 

ああ、なるほど。華くんの名前と植物の花の響きが同じだから、質問の意図を誤解してしまったらしい。彼女の名誉のためにも否定しておいた方が良いだろうと思い、口を開こうとして、

 

「な……っ!? ち、違いますよ、誤解ですっ! 違いますからね、先生……実はわたくし華道を嗜んでおりまして、昔から花に触れる機会が多かったものですから、少し気になっただけなんですからね!?」

 

華くんにしては珍しく取り乱した様子で言葉を連ねた。顔が真っ赤になっている辺り、本人も予想だにしない誤解だったのだろう。

 

「大丈夫、ちゃんとわかっているから」

 

とりあえず彼女が落ち着けるよう声を掛け、

 

「それから質問への答えだけど、やはり俺も日本男児だからね。強いて言うなら、季節を感じられるような花が好きだよ」

 

ついでに返答も済ませておく。

 

これに華くんはぴくりと肩を震わせると、幾ばくかの逡巡を経てこんなことを言った。

 

「あの、大神先生。よろしければもう一度おっしゃっていただけませんか?」

 

「 わかった。俺は特に季節を感じられる花が、」

 

「もっと端的に、好きか嫌いかで言うなら?」

 

「えっと、俺は花が好きだよ」

 

「……ふむ。悪くありませんね」

 

しきりに視線を動かしながら何度も頷いたのち、華くんはどこか満足そうな面持ちで「わたくしからは以上です」と結んだ。

 

 

 

 

 

生徒との交流という大義があるとはいえ、いい加減切り上げないと学園長に叱られてしまう。まだ話し足りないという子もいたのだが、続きはまた後日と約束し、俺はみなを倉庫の前に集めた。

 

「さて、そろそろ授業を始めるとしようか」

 

「あ、せんせーごめんね。たぶん授業と関係があることだと思うんだけど、ひとつだけ質問しても平気?」

 

申し訳なさそうに沙織が手を挙げる。戦車道に関する質問なら問題ないだろうと思って発言を促すと、

 

「ほら、戦車道ってみんなでやる競技でしょう? だからチーム名とかって大事だと思うんだけど、その辺はもう決まってるのかなーって」

 

「チーム名、か……」

 

そういえば考えていなかった。少なくとも夏の大会までは同じ名前を使うことになるだろうし、せっかくだから全員で決めるのも悪くないと思うが──

 

「チーム名なら、昨日までに生徒会(あたしたち)と西住ちゃんで決めといたよ」

 

「そうなのかい?」

 

初耳である。いや、元より生徒の自主性を尊重する方針だから別に構わないのだが、そういう大切なことは俺にも話しておくべきではなかろうか。

 

やんわりと苦言を呈したところ、「まあまあ、固いことは言いっこなしだよ」と杏はいつも通りの調子で返す。少しは悪びれて欲しい。

 

「お説教は後! 今はチーム名の発表が先でしょう?」

 

確かにそうだと思い、追及を止める。言いくるめられてしまった感が否めないが、個人的な遣り取りにみなを巻き込むのも忍びない。

 

俺が黙ったのを確認してから杏は言った。

 

「知ってる人もいるみたいだけど、大神先生って戦前に活躍した有名な軍人さんと同姓同名なんだよね。んで、その人が若い頃指揮していた秘密部隊があるんだけど……わかる子っているかな」

 

「聞いたことがある。大神元帥に秘密部隊といえば、太正時代に帝都の危機を幾度も救ったあの帝国華撃団のことだろう?」

 

杏の問いに、代表してカエサルが答えを述べる。

 

「しかし、帝国華撃団の隊員は非公開とされていたはずだ。大神元帥が関わっていたというのも、実際のところ噂程度の信憑性しかない」

 

「おー、鈴木ちゃん詳しいねぇ」

 

「あの、できればカエサルと呼んでいただけると……」

 

わかったわかった、と言葉よりわかっていなさそうな相槌を挟んだ杏は、

 

「まあ確かにそうなんだけどさ、そこんところを議論しても仕方がないし、とりあえず噂が正しい前提で話を進めさせてね」

 

そんな風に断りを入れ、彼女は続ける。

 

「せっかく面白い偶然が重なってるんだし、いっそのことチーム名は帝国華撃団の丸パクリ……もとい、尊敬の念を込めてその名前を使わせて貰った。ここまで言えばもうわかると思うけど、改めて発表します! あたしたちのチームの名前は──」

 

杏の呼吸に合わせて柚子くんと桃、それからみほくんのが口を開き、声を揃えてこう言った。

 

「「「「──大洗華撃団!」」」」

 

 




本編で台詞が多くないキャラクターほど淡白な描写になってしまいましたが、一応大神さんを大洗の全員と会話させています。漏れがあったら教えていただけると幸いです。

さて、当初の予定通りアニメ本編1話が終わったところで話を区切らせていただきます。前回同様、幕間と次回予告を挟んで第三幕に入りますのでこれからもどうぞよしなに。

ちなみに、呼び名に「くん」を付けるか一番悩んだのは優花里でした。


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