戦車大戦-大洗華撃団、出撃せよ!-   作:遠野木悠

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生徒会長

謎のおかっぱ集団に取り押さえられ、渋々守衛の詰所へ向かっていると、廊下の最奥の横道から小柄な老人が現れた。

 

彼を見て、みなが足を止める。左右の腕を押さえられている俺もまた然りだ。

 

「おうおう。ずいぶんと大所帯じゃねえか、園」

 

「はい、実は先ほど変質者を捕まえまして」

 

「……そいつは穏やかじゃねえな」

 

老人は、今までにこやかだった目を刃物のように鋭くする。士官学校の教官で慣れている俺でさえ、思わず息を呑むほど迫力があった。

 

「それで、お前さんたちが捕まえているのがその変質者ってわけか」

 

老人はおもむろに顔を持ち上げる。激情に震える声は、彼が本当に生徒を大切に想っていることの証左だ。初対面の俺でさえわかるほど強い怒りを抱いているのだ、ひょっとしたら弁明の前に1発は殴られるかも知れない。俺は、ある種諦めにも似た覚悟を決める。

 

結論だけ言えば、彼は何もしてこなかった。それどころか、俺を視認した途端に、まるで魂でも抜けてしまったような表情を作る。

 

「あの?」

 

先頭に立つ少女、園さんに呼ばれて老人ははっと我に帰る。それから用意しておいたような笑みを浮かべて「なんでもねえよ」と言った。

 

「それで学園長、この人の扱いについてなんですが」

 

彼女は老人に俺の処遇を仰ぐ。あれ、ちょっと待て。今、学園長って言ったよな。

 

「貴殿が大洗女子の学園長殿ですか? 俺は帝国海軍の大神一郎と申します。このような姿で恐縮ですが、貴殿にぜひ聞いていただきたいことが──」

 

「こら、無駄口を叩かないの!」

 

園さんに口を塞がれ、言葉が途切れた。

 

「ああ、園。すまんが彼を放してやってはくれないか。入校許可証はねえみてえだが、これでも学園のお客人なんだよ」

 

思わぬところからの援護に、内心で戸惑いが隠せない。また、そう言われて驚くのは園さんたちも同じで、素早く俺を解放したかと思えば、みな一様に気まずそうな顔を作る。特に園さんは顔を青くして、俺への行動に対する後悔をにじませていた。

 

「その……お客様とは知らず、大変な失礼をしてしまって、どうお詫びをしたら良いのか」

 

「いや、入校許可証を付けていなかった俺にも責任があるし、気にしなくて良いよ」

 

「で、でも」

 

「まあまあ、今回は喧嘩両成敗で良いじゃねえか。なあ、お客人もそれで構わねえだろう?」

 

こればかりは相手を責めても仕方がない。俺は同意を呈する。

 

「それとお前さんの用事なんだが、俺はこれからやることがあってよ、すぐには対応してやれねえんだ。代わりに何とかしてくれそうな奴に取り次いでやるから、それで勘弁してくれないか」

 

「そうですね……」

 

できれば学園長と話がしたいが、あいにくこちらには時間がない。少し考えた末、この申し出を受けることにした。

 

「助かるよ。あんた、話がわかるぜ」

 

言って、彼は園さんに目を向ける。

 

「角谷なら事情がわかるはずだ、お客人を生徒会長室に連れて行ってやってくれ。それから、入校許可証も忘れずに渡してやるように」

 

「了解」

 

園さんは敬礼をした。うむ、と応じたのち学園長はこの場を去る。

 

それを見届けたのち、園さんはおかっぱ集団に解散を命じる。2人になったところで、彼女は懐から入校許可証を取り出し、俺に手渡した。

 

「改めまして、大洗女子学園風紀委員長の園みどり子です。先ほどは本当に失礼しました。その罪滅ぼしとしては簡単かも知れませんが、わたしが責任をもってあなたを生徒長会室までお送りいたします」

 

 

 

 

 

こちらに対して思うところがあるのだろう、園さんは終始無言で俺の前を歩いていた。西住さんのときとは違い、彼女には気持ちを整理する時間が必要だろう。そう考えた俺は、無理に話を振ることもせずにその背中を追う。そのまま階段を上り、廊下を伝って別の階段を上り、辿り着いたのは学園の最上階、その最奥の部屋であった。

 

園さんは扉を叩き、

 

「すみませーん、会長のお客様をお連れしたんだけど」

 

「はーい、今行きます」

 

ゆったりとした声とともに扉が開けられた。中から現れたのは、園さんと同じ海兵の制服を着た少女である。結い上げた茶色の髪と垂れ目が特徴の、どこか母性を感じさせる子だ。

 

彼女は俺の顔を確認したのち、ぺこりと頭を下げた。

 

「大洗女子学園、生徒副会長の小山柚子と申します」

 

「ああ、これはご丁寧に。自分は大神一郎です」

 

「大神様、ですか」

 

小山さんは頬に指を添えて記憶を手繰り、そして申し訳なさそうに眉をひそめた。

 

「すみません。会長はそのような方とお会いする予定はなかったはずですが」

 

「元は学園長のお客様なのよ」

 

横から園さんが補足を入れる。これで納得したらしく、小山さんは表情を緩めて大きく頷いた。

 

「わかりました。では、会長にお取り次ぎしますね。……園さん、お客様をここまで連れて来てくれてありがとう。あとはわたしがご案内するから、あなたは風紀委員のお仕事に戻って」

 

でも、と呟き、園さんは俺を見る。どうやら先のことをまだ気にしているみたいだ。

 

「手間を掛けさせたね、園さん。もう十分償って貰ったから、俺はさっきのことを忘れる。だから君も忘れて、本来の職務に戻ると良い」

 

ここまで最短で来られたのも彼女のお陰である。本来なら面倒を押し付けたこちらが謝るべきところだし、これ以上この子に負担を掛けさせたくはなかった。

 

俺の言葉が駄目押しになったようで、園さんはひとつ息をつき、初めてこちらへ笑みを見せる。年齢相応の、かわいらしい笑顔だった。

 

「そこまでおっしゃるなら仕方がありません。わたしは仕事に戻ります。……じゃあ小山さん、後は頼んだわよ」

 

一礼をし、園さんは部屋を出る。

 

「あのう、園さんと何かあったんですか?」

 

小山さんの問いに、俺は苦笑混じりに首を振って応える。それで察してくれたのだろう、彼女は柏手を打って話を戻した。

 

「では、すぐに会長の角谷へ取り次ぎますので、わたしの後ろをついて来てくださいね」

 

言葉を切った小山さんは身を翻して歩き出す。案内されたのは、部屋の奥にある観音開きの大きな扉だった。

 

「会長、お客様がお見えです」

 

「お客? あれー……小山、今日ってなんか予定入ってたっけ」

 

「元は学園長のお客様なんですけど、会長が代わりに対応するようにとお達しがあったみたいです」

 

「なるほど……んー、よくわかんないけど、了解。それじゃあお客さん、中に入ってくーださい」

 

中の人の間延びした声に従い、俺は扉を開けた。

 

生徒会長室と銘打たれた部屋は、手前に応接用の机と椅子、脇に仕事で使う設備、中央に執務用の机、そして最奥には学園艦を一望できる窓と、学生が使うものとは思えないほど立派な造りをしていた。

 

執務机の周りには2人の少女がいて、俺が来るまでは何かを話し合っていたらしい。手前に立つ黒髪で背の高い子は、手元の紙面を机に置いてこちらへ怪訝そうな目を向ける。対して、執務椅子に座る二つ結びの小柄な子は、茫然自失とした顔をし、 紙面ではなく黄色い食べ物──干し芋をぽろりと手から落とした。

 

後者の反応に既視感を覚え、俺は喉を鳴らす。

 

「嘘、なんで────がここにいるの?」

 

扉から聞こえた声は、恐らく二つ結びの子のものだろう。けれども今の彼女からは先ほどの飄々とした雰囲気は感じられず、うわ言のような呟きの大半が空気に溶け、ほとんど俺の耳へ届かなかった。

 

「会長、どうなさったのですか」

 

黒髪の子がそう尋ね、彼女の顔を覗き込む。

 

「あっ……ううん、何でもないよ」

 

二つ結びの子は今しがた落とした干し芋を拾い、素早く口へ入れた。

 

「ごめん、かーしま。今の話はまた後でにしよ。それよりお客さんの対応をするから、少しの間下がっててくれる?」

 

「それは構いませんが……会長おひとりでお客様の対応なさるんですか」

 

「そうだねえ。他の人にはまだ秘密のことだからさ、頼むよ」

 

わかりました、と頷いて黒髪の子が部屋から出て行く。去り際にお辞儀をされたので、こちらも同じように頭を下げた。

 

「待たせちゃってごめんなさい。わかっていると思うけど、あたしが生徒会長の角谷杏です。なんかお話があるみたいだし、とりあえずそっちの椅子へ。学園長の代わりにあたしが聞きますんで」

 

角谷さんに促され、応接用の椅子に腰を下ろす。彼女は俺の対面に座り、持っていた干し芋の袋をこちらへ向けた。

 

「良かったらおひとつどーぞ」

 

分けてくれるらしい。目が覚めてからというもの、絶えず動いていたせいで小腹が空いていることだし、せっかくだからいただくとしよう。

 

貰った干し芋を齧ってみると、深く凝縮された甘みが口いっぱいに広がった。

 

「……ほう、これは美味いな」

 

「でしょー? 干し芋はね、大洗の名産なんですよ」

 

言って、自らも干し芋を取り出そうとする。すんでのところで手を止めた彼女は、いけないいけないと首を振ったのち、机に袋を置いた。

 

「それで、大神一郎さん。話って何でしたっけ?」

 

「おや、どうして俺の名前を知っているんだい」

 

「そりゃあ、あたしが昔見た写真と全然姿が変わってないですもん。別人だって言われたら逆に困っちゃいますって……まあ、どうしてあなたがここにいるのか全然わかんないから、別の意味で困っているんですけど」

 

後半は急に声が小さくなって聞き取れなかったが、なるほど写真か。

 

最近撮ったのは士官学校の卒業写真である。それ以前だと、たぶん進学する前、栃木の生家で姉や甥の新次郎と一緒に撮ったものがあったはずである。新次郎もちょうどこの子くらいの歳だし、もしかしたらあいつの友達だろうか。

 

「もしかして、君は新次郎の知り合いかい」

 

「知り合い、ねえ……まあ、そうなるのかな」

 

「最近会えていないんだけど、あいつは元気にしているかな」

 

同郷らしきことがわかり、つい気持ちが乗ってしまう。一方で、角谷さんはどこか悲しげな表情をしていた。

 

「あー、うん。元気だった、と思いますよ」

 

「だったと過去形にするってことは、もう長く会っていないのかい」

 

「というより、直接会ったことはないんです。……あたしが生まれる前に死んじゃったから」

 

「新次郎が死んだ!?」

 

彼女の口から告げられた言葉に、思わず身体が持ち上がった。俺を慕ってくれる甥が死んだと言われて、平静を保てるはずがない。

 

「そんな馬鹿な、だってこの前も俺に手紙をくれて、」

 

「あの人はずいぶんと長生きで、あたしの顔を見るまで生きるぞーって言っていたらしいけど、産まれる少し前に倒れて、そのまま……老衰だったそうです」

 

「老衰とは言うが、あいつは君とそう変わらない歳のはずだろう!」

 

至極当たり前のことを言ったはずなのに、角谷さんはその顔に困惑の色を浮かべる。鳩が豆鉄砲を食ったようだ、と形容すればわかりやすいだろうか。

 

「なるほど、記憶がないんだ。そうなると、今の姿は若返ったんじゃなくて、若かった頃の……」

 

「なあ、角谷さん。もっと詳しく話して──」

 

「角谷さん、なんてよそよそしい呼び方はやめてくださいよ。詳しいことはわかんないけど、たぶんあたしたちって血繋がってると思うし。だから杏って呼んで。ね、〝一郎叔父〟?」

 

「なっ、それは新次郎の……どうして君が」

 

「混乱しているみたいだし、改めて自己紹介するね」

 

話がまったく見えない俺を尻目に、彼女は不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。そしてこちらへ手を差し出し、

 

「あたしの名前は角谷杏。お母さんの旧姓は大河で、新次郎はあたしの曽祖父なんだ。あなたのことは、その息子のじーちゃんからよく聞いているよ。よろしくね、一郎叔父」

 

 

 

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