戦車大戦-大洗華撃団、出撃せよ!-   作:遠野木悠

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私事ではありますが、先日拙著への感想をいただきました。
こういう形で投稿するのは初めてなので、自分の文章を読んで貰えていることがわかって嬉しく思います。お気に入り、しおりの登録をしてくれた方々もありがとうございます。それらを励みに、粉骨砕身の思いで完結を目指す所存です。




一郎叔父

 

新次郎は自分の曽祖父である──目の前の少女はそう言った。

 

未成年の甥にひ孫がいるなんて、普通に考えればおかしな話である。しかしながら、この子は名乗る前から俺のことを知っている様子だったし、また初対面の相手にこれだけ手の込んだ嘘をつく理由もない。少なくとも、思考停止で否定するのは間違っているように思う。

 

けれども、手放しで信じるのも土台無理な話だ。

 

そんなこちらの事情が透けて見えたのだろう。彼女は「困らせるようなことを言ってごめんね」と苦笑いを浮かべた。

 

「ところで、一郎叔父は今日の日付ってわかる?」

 

「それはわかるけど、いきなりどうしたんだい、角谷さ──」

 

「もう、さっき『杏』って呼んでって言ったでしょう?」

 

彼女は俺の言葉を遮り、拗ねたような声でこちらを(たしな)める。

 

「あ、ああ、すまない。杏、で良いのかな」

 

「よろしい。……それで、今日の日付なんだけど」

 

杏の問いに、俺は忘れもしない着任の日を伝える。

 

彼女は目を見開いて驚きを示すが、先ほどのように取り乱すことはせず、「それを証明できるものを見せて」と言った。その顔があまりに真剣だったので、俺は手持ちの物で最も信頼できるであろう、任官の通達書を渡す。それに目を通した彼女は、長い沈黙ののちゆっくりと息を吐いて、ある未来の日付を口にした。

 

「あたしの記憶が正しければ、今のが今日の日付だよ」

 

「……何だって?」

 

その日付は、上野行きの列車の中で眠りに就く前、最後に時計を確認した日から100年以上が経過したものであった。あまりのことに狼狽える俺に、彼女は手のひらほどの板を見せる。指で触るよう促され、おっかなびっくり従うと、蒸気機関もないのに杏、小山さん、黒髪の子の3人の写真が突如現れる。そして同じ画面には、今しがた杏が言った日付がそっくり表示されていて──未知の技術と併せ、俺の中の否定しようとする思いがどんどんしぼんでいくのがわかった。

 

「……なあ、杏。帝国華撃団は、この時代にも残っているのかい」

 

最初は深い霧の中にあった状況も、話を聞くにつれてその輪郭がぼんやりと窺えるようになってきた。そのため、この問いに対する答えも何となく想像がつく。本音を言うと確認するのは怖いが、ここで逃げては一生前を向く機会がなくなってしまうような気がした。

 

だから、この質問はある種「どんな現実からも目を背けないぞ」という俺の覚悟の表れだと考えて構わない。

 

「残念だけど、帝国華撃団はもうずっと昔になくなっちゃったよ」

 

低い声で杏は言う。下手な夢を見させまいとする容赦のない一刀両断は、この場においては同情よりずっと心に響く優しさであった。

 

「それからね、もっと言いづらいことなんだけど」

 

「俺は大丈夫だから、きちんと真実を話してくれ」

 

杏は逡巡(しゅんじゅん)しつつも頷き、そしてゆっくりと口を開く。

 

「大日本帝国軍は……今から半世紀以上前に戦争で負けて、その責任を取る形で解体されたから、もう存在しないんだ」

 

「……ああ、そんな気はしていたよ」

 

考えてもみれば、艦の上に街を築くなんて発想は、そこに兵器を乗せる必要がないくらい平和でなければ浮かびはしない。きっとここに住む人の大半は戦争を経験したことがなくて、またそれを経験せずとも豊かな暮らしができるくらい、この100年で国力が上がったのだろう。

 

それはまさに、俺たち軍人が抱く理想の未来であった。

 

御国が敗戦し、軍が解体された末に平和が訪れるというのも皮肉な話であるが、しかし結果として我々は本懐を遂げたことになる。だから絶望する必要などない──そう自分に言い聞かせる。

 

「一郎叔父、大丈夫? 顔、青くなってる」

 

「……帝国軍人として、人の役に立つような仕事がしたかった。それが叶わないと知った今、生きる意味を失ったというのは言い過ぎだけど、人生の目標がなくなってしまったことは否定できない」

 

遠縁の親戚──今さら彼女を疑っても仕方がないので、ある程度の情報は鵜呑みにしていこうと思う──とはいえ、歳下の女の子に弱みを見せるなんて紳士としてあるまじき行為であるが、誰かに気を遣えるほど気持ちの余裕がなかった。

 

まるで心の真ん中に穴が開いてしまったような感覚である。

 

「……太正に戻る方法はないのだろうか」

 

「ごめんね。同じような例は聞いたことがないから、あたしにもわかんないよ」

 

言葉が途切れる。息苦しさを覚えるほど空気が重たい。

 

「あのさ。一郎叔父は、人のためになることがしたくて軍人になったんでしょう?」

 

いつの間にか下を向いていた顔が自然と持ち上がる。杏と目が合った。

 

「それって、軍人じゃなきゃ駄目なのかな。この100年で世界はいろいろ変わったから、人の役に立つ仕事なんて幾らでもある。その中にはきっと、一郎叔父にとってやり甲斐のあるものが必ずあるはずだよ」

 

杏は身を乗り出し、言葉を連ねる。

 

「たとえば学校の先生なんてどうかな。この学校先生足りないし、今は教員免許がなくても何とかなる制度があるから、きっと──」

 

「励ましてくれてありがとう。だけどすまない、今は先のことを考える余裕がないんだ。もう少しだけ、気持ちの整理をさせて欲しい」

 

「……わかった。じゃあ、気分転換に海でも眺めて来たらどう?」

 

「ああ、そうしようかな」

 

「帰り道はわかる? 不安なら正門まで案内させるけど」

 

「いや、大丈夫だ。1人で平気だよ」

 

杏は無理をして作っているのがわかる、引き()った笑みを見せた。

 

「あと2時間くらいであたしも帰れると思うから、後でまた正門まで来てくれる? 一郎叔父、この時代じゃ住むところもないだろうし、とりあえずあたしの家においでよ」

 

「……どうして君はそこまでしてくれるんだい?」

 

俺は思わずそう尋ねた。いくら血の繋がりがあっても、親等は離れているし、ましてや俺たちは初対面である。親戚とは名ばかりの、赤の他人と言っても過言ではない。普通なら助ける義理などないはずだ。

 

「さっきも言ったけど、あたしのじーちゃんって一郎叔父と面識があってさ、小さい頃からずっとあなたのことを聞かされて育ったんだ。そのせいもあって、あたしは一郎叔父を心から尊敬しているの。憧れの人って言っても良いよ。……そんな人が目の前で困っているのに、何もしないなんてできない。他の誰でもない、あなただから力になりたいって思ったんだ」

 

かくも世界から冷たくされ、心が折れかけていた俺にとって、杏の言葉はさながら太陽のようにあたたかく感じられた。自然と目頭が熱くなる。しかし、涙だけは見せまいと必死にこらえた。

 

「ありがとう。では、お言葉に甘えることにするよ。今から2時間後というと……16時くらいにここへ戻れば良いかい」

 

「そうだね。それまでに気持ちの整理がつけば良いけれど」

 

「やるだけのことはやるつもりさ。だから君も、残りの仕事を頑張っておくれよ」

 

「うん。あたしも頑張るね」

 

最後の最後、これまで繕ってばかりだった杏の顔が緩んだ。

 

 

 

 

 

大洗女子の正門を抜けた俺は、杏の助言に従って海を見に行くことにした。とはいえこの辺りの土地勘はないし、新たな道を開拓する気力もないので、とりあえず西住さんと出会ったあの展望台を目指す。

 

目を覚ましたときに座っていた椅子に腰を下ろし、杏との会話を思い返す。最初の四半刻であれこれ思案し、何も建設的な意見が見つからなかったため、いっそ俺は開き直って頭の回転を止めた。波の音を聞き、遠くに見える海を眺めながら深呼吸をする。そのうち身体を取り巻く焦燥感が薄れていくのがわかった。海を見て心が落ち着くなんて我ながら単純だと思うが、悲観的な感情に支配されて追い詰められるよりはずっと健全な精神の在り方だと自賛しておこう。ともかく、先のことはわからないが、だいぶ気持ちの整理がついた。

 

頃合いの良いところで椅子を立ち、大洗女子学園へ向けて歩き出す。また怪しまれてはいけないので、正門から少し離れたところで待っていると、16時を少し回った辺りで杏と小山さん、黒髪の子の3人がこちらへ歩いて来るのが見えた。

 

杏はきょろきょろと周囲を見渡し、俺を見つけると笑顔を作って手を振った。こちらも手を振り返して合流する。

 

「その顔を見ると少しは楽になったみたいだね、安心したよ」

 

「君には心配を掛けさせたね。ありがとう、杏」

 

お礼を言うと、杏は頬を掻きながら「どういたしまして」と返した。

 

「……えっと、あなたは先ほどのお客様ですよね」

 

脇から小山さんが声を出す。それを受け、杏は俺の手を取って自らの隣に引き寄せた。

 

「この人、歳は近いけどあたしの叔父さんでさ。いろいろあってあたしの様子を見に来てくれたんだよ。ねえ、一郎叔父?」

 

話を合わせろと目配せされたので、こちらも自然な風を装って頷く。

 

「いつも姪と仲良くしてくれてありがとう。改めまして、杏の叔父の大神一郎です」

 

「いいえ。わたしの方こそ会長にはお世話になってます。小山柚子です」

 

「同じく、河嶋桃です。先ほどは挨拶を忘れて申し訳ありません」

 

「気にしないでくれ。小山さんと、それから河嶋さんだね。こちらこそよろしく頼むよ」

 

握手でもしておこうかと思ったところで、反対の手を杏に引っ張られる。ぼろが出る前に2人と別れよう──彼女の目はそう語っていた。

 

「それじゃあ小山、かーしま。あたしたち、買い物があるから先に失礼するね」

 

追求される前に早足で正門を後にし、2人が見えなくなったところで歩調を緩める。手を離した杏は、その場で身を翻してこちらを仰いだ。

 

「買い物っていうのは方便だったけと、せっかくだから一郎叔父の服でも買いに行こっか。いつまでも軍服じゃ暑くて大変でしょう?」

 

口には出さない意図を感じ、つくづく優しい子だなと俺は考える。貸し借りがどうとか言うのは憚られるが、今後この子が困っていたらできるだけ力になろうと、このとき決意した。

 

 

 

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